第7話 マイルームにて…………
「この際。過去の事は良いでしょう。今後の事を話しましょう」
青年がそう口にするとこちらを見て笑顔を浮かべた。相変わらず王子様の様な顔面である。そんな非の打ち所無い笑顔を向けられると俺は顔面神経麻痺を起こしてしまうよ。
これが女性ならばうっとりしてもおかしくないんだろう。しかし、残念な事に俺は中身がバリバリのオッサンなので、どう反応したら良いかわからない。
それより……
過去の事って何? ねぇ、過去の事って何?
過去の俺は何をしたの? 過去のアルエちゃんは何をしたの?
「アルエさんが不幸にも過去の記憶を失ってしまった、と言う話はカーディナル枢機卿から聞きました……」
ああ、そこはちゃんと話が伝わってるんですね。
冷静に考えるとカーディナル枢機卿って名前、変だよね。枢機卿自体がカーディナルって意味だから。ストレートに英訳するとカーディナル・カーディナルになるもんね。
まあ、ゴリラの学名がゴリラ・ゴリラみたいのと同じだろう。
「ですが、記憶を失う代わりに聖女となる為の試練を乗り越え。見事に聖女の力を天上の存在から承ったとお聞きしました」
なるほどなるほど。それで俺は聖女と言う事になってるんですね。
「つきまして、私がアルエさんの護衛となり身の回りの世話をさせて貰う事となりました」
そう言うと青年は頭を下げてみせた。
やはり、騎士と言うだけあってか、かなり訓練されているのだろう。動きの節々が美しく洗練されている様に思える。
と、そんなことより。私は何をすればええの?
「あの~ 所で私は何をすれば良いんですか?」
俺がそう言うと青年は眉を潜めてこちらの顔を眺めてみせた。
不味いな、何やら可笑しな事を口走ってしまったらしい。まあ、俺に関してはおかしい事だらけだから怪しまれるのは仕方ないけどね……
どうにか誤魔化す方法は無いかと考えていると、青年が眉を吊り上げ肩をすくめながら答えてみせた。
「正直、私に“何をすれば良いか”問われましても困ってしまいます……」
「そ、そうなんですか?」
そう言うと青年が笑いながら頷いてみせた。
「いかんせん、聖女と言う存在事態がそうそう存在しませんからね。何をすれば聖女なのか、何を基準に聖女なのかもわかりません。何故、貴女が聖女となったのかもわかりません。根本的な事を言ってしまえば、貴女が聖女で有ること事態確かめようもありません」
そう言うと青年は不敵な笑みを浮かべながらこちらに視線を向けた。
思わず「それはどういう意味?」と聞きたくなったが、このまま会話のキャッチボールをしていると大暴投をかまし、勝手に墓穴を掘って、なんなら自分で埋葬されそうなので、深いことは聞かないことにし取り敢えずは頷いてみる。
すると、そんな俺の様子を見て青年は目を丸くしてみせた。
思わず、その様子を見て首を傾げてしまう。
なんか、やっちまったのか俺は?
まったく、一体なんなんだ。この違和感は……
すると、青年はふと我に帰ったのか、一度頭を下げると口を開いてみせた。
「……いえ、すいません。では、私は常に部屋の前におりますので、何か用があったら何なりと御申し付け下さい。出歩く際も護衛として側に着きますので……」
そう言うと青年はきびきび小気味良い動作で部屋のドアに手を掛け、部屋から出ていこうとしだした。
その時、俺は思わず声が飛び出してしまった。
「あ! あの! 一ついいですか?」
俺の問い掛けに「はい。何でしょう?」と行った様子で青年が振り向いた。
そう、わからない事だらけだけど、一つだけハッキリさせて起きたい事がある。
「失礼ですが…… 御名前を教えて貰ってもよろしいですか?」
俺がそう口にすると青年はビックリした様に目を丸くしてみせた。
だから、そのリアクションはなんなんだ?
俺はなんかやらかしとるんか?
しかし、青年はそんなリアクションをしながらも、笑みを浮かべ答えてみせてくれた。
「私の名前はアルベルトです。どうぞ、これからよろしくお願いします」
「は、はい、すいません。何もかも忘れてしまっていて」
そう言って、俺は申し訳ありませんと頭を下げた。
そして、頭を挙げるとアルベルトは穏やかな笑顔でこちらを眺めていた。その笑顔の真意はわからないが、多分悪い意味ではないと思う。
て言うか、そう思いたい。
もうわからないことだらけで不安しかない。