エルステラちゃんとした版。もろちん、ちゃんとしてないからボツで冥獄界行きです。え? こんなことして何をしたいかって? 地獄を顕現したのさ。
このゲームに限界はない。みたいなキャチコピーに引かれた訳ではないが、本当に何でも出来んのかよと思いながらも、友人とか色々な人達に進められ、そのゲームをプレイすることにした阿左美勇治。
ギアなる物を妹から借り受けた勇治は、そのままゲームの世界へとダイブする。
どちらかと言うと、突っ込み処満載のゲームシステムに悪戦苦闘し、悪態を吐きながらも別にゲームの世界で成り上がるつもりの無いから、それならそれで良いやと開き直る勇治だった。
効果音で表すならば「へにょわ~ん、へなへな~」みたいな感じで一本の剣が振るわれた。
「あんだこれ!? 全然駄目じゃねぇかよ!?」
思わず勇治は地団駄を踏んだ。その地団駄も何処と無くぎこちない。そう、フルダイブ式のゲームで初心者も初心者が希に起きえる現象が彼には起きていた。
その名も「夢みたいな感じで上手く走れないよ現象」である。正式名称は多分あるのだが、知らないし知る必要もないので割愛する。起きうる症状は読んで時の如く、凄く浮き足立っちゃうのである。傍目から見ると「スーパー操作が下手くそな人である」そして、実際そうでもある。
今、彼がいるのはチュートリアル空間の何処かもわからぬ闘技場『名も無き闘技場』である。何も無い円形の闘技場に、滅びて朽ち果てた柱や、誰もいない客席が何処と無く物悲しい雰囲気を与える空間である。
そして、何処にも行けないので本当に物悲しい空間である。
勇治はかれこれ二十分もの間、この空間で「あーでもないこーでもない」している。マジで適正『ジョブ』が見当たらないのだ。
元々、身体を動かす事が好き勇治には『ウォーリアー』であったり『モンク』なんかが適正なのではないかと思われたし。本人も思っていたのだが、これがビックリ「へにょんへにょん」なのである。ここまで「へにょんへにょん」だと話にならない。
最初は数分もすればどうにかなるだろうと思っていたが、これまたビックリ。数分立っても「へにょんへにょん」である。
唯一、まとまに動けるのが『ビーストシャーマン』の動物に変身すると言ういスキルを発動した時だけなのだ。しかも、それでも若干ぎこちない。しかも、通常時は更にぎこちない。
それに、この『ビーストシャーマン』も、さあどういう『ジョブ』なの? と言われると勇治は「わからない」と首を傾げるしかなかった。
取り敢えず、説明文章には……
『仮面を纏いし時、獣の力をその身に纏う“獣術師”。我等は彼等を“ビーストシャーマン”と呼ぶ!!』
と、書かれている。
勿論、勇治はようわからないのである。なんのこっちゃ? である。この『仮面』が変身する動物を左右するのか。変身する動物で仮面が左右されるのかもわからない。攻撃タイプなのか、魔法タイプなのかもわからない。
「もしや、真ん中なのか!?」
良くわからないが、勇治の中には『真ん中』と言う概念が存在するらしい。恐らく、どっちも出来るタイプの事を言ってるのだろうが、往々にしてそう言うのは『地雷』だったり、器用貧乏であったり、結局はどっちかに片寄る事になるのが相場である。
勿論、そんな常識は勇治の頭の中には砂粒一粒分もない。
ただ、このゲームの良い所は『地雷』が無いことだ。
故に『常識』と呼ばれる場合は、単純にプレイヤースキルが終わってると言う事になる。そして、今のところ勇治らプレイヤースキルが終わってる。ちゃんとした『地雷』である。
かといって、まともに動ける様になるまで、この『名も無き闘技場』で研鑽する等と言う行為はする訳がない。
「くっそ~ このゲームに9,800円したんだぞ~」
なんとお買い得価格、今ならセール中につき半額である。なんと、基本プレイも三ヶ月無料である。素晴らしい、太っ腹だね!!
しかし、既に勇治は辞め様かどうか悩んでいる。
それはそうだ、コントローラが不良品なら取り替えて貰えば良いが、自分の脳味噌が不良品なのだ、取り上げようがない。
ギアの方が不良品と言う可能性も勇治は考えたが、妹が普通に使っているのでそう言う事はない。つまり、勇治の脳味噌がちゃんと不良品なのだ。
「取り敢えず、三ヶ月やって。駄目だったら……」
駄目だったら、そん時考えよ。と勇治は溜め息を吐いた。そして、慣れないウィンドウを操作しジョブを『ビーストシャーマン』に決め『名も無き闘技場』を後にする事にした。
『ようこそ、El,stellaの世界へ!』
「おめ、ブッ殺すぞ!!」
開始早々、アナウンスに暴言をブッ混み。勇治は『El,stella』。通称『lll』の世界へと足を踏み入れた。
☆
開始早々、便意を催しログアウトした勇治は、スッキリとした顔付きでログインした。もしや、スッキリしたことにより自分の脳味噌に何かしらの異変が起き、普通のプレイヤーの様に歩ける様になったのでは? と思った勇治は開始早々、ガンダッシュを決め込んだ。
しかし、想像する走り姿とは程遠く「てろんてろん」な走り方になっていた。まさに酔っ払いの千鳥足である。
道行くプレイヤーが「うわぁ、何あれぇ、キモい」とか「何んだあれ、どういうロールプレイなんだ」等と口にし、クスクスと嘲笑う声を挙げた。
この周りの反応に勇治は心がポッキリ折れた。
因みに勇治は小中も運動部でかなり良い成績も残している。高校は遊びたいと言う理由で、部活には入らないと決め、バイト選手へとジョブチェンジしたが、その心の奥底には熱血魂が根付いている。
つまり、負けず嫌いの勇治は心がポッキリ折れて「良い子ちゃん」のフリをするのを辞め。何がなんでもここにいるボケカス共を見返してやるぞ、と言うスイッチが入ったのである。
糞腹が立った勇治は、人間である事を辞めるため。慣れない手つきでアイテムウィンドウを開いた。装備メニューから何か有るだろうと所持品の一覧を開く。
「あるじゃねぇか!! 良いのがよ!!」
勇治は所持品の欄で燦々と輝く『化けネズミの仮面』を指でドラッグし自分のアバターに着せて見せた。そこで勇治は自分の姿を始めて見ることになった。
なんと奇っ怪な格好か、赤だの黄色だの緑だのカラフルな民族衣装に何かの木の実で作った様なネズミの仮面が引っ付いている。これでは、どっかのジャングルで出てくるモンスターじゃねぇか~
そんな事を心の底で思いながらも勇治は自らの変身スキルを発動させる。
「☆へ☆ん☆し☆ん☆」
そう、このゲームにはスキルを発動させる手段の一つとして音声でのスキル承認機能が存在する。そして、勇治の発動させたスキルは言った通り『変身』である。
勇治の肉体が「モコモコ」と膨れ上がり、瞬く間にその身体を小汚ない毛皮覆った。
「どうだ!! 爆肉鋼体ッ!!」
爆肉鋼体かどうかは知らんが、勇治はその姿を瞬時に巨大で小汚ないネズミへと変化させた。ちゃんと臭そうである。因みにこのゲームは臭いも再現されている。
「ちゅ~!! 食べちゃうぞ~!! ちゅ~ちゅ~!!」
もうこうなっては勇治の独壇場である。勿論、初回ログインで来た町と言うことは『はじまりの町』的な物なのだか。そんなのお構い無しにと勇治は暴れまわった。
ネズミの巨体でプレイヤーを潰し、突進し、食べる。
もはや、その姿は『ビーストシャーマン』ではなく『ビーストバーサーカー』である。しかも、嫌らしいことにネズミの姿になった勇治はかなり動きが機敏だ。先程の「てろんてろん」な姿は見る影もない。
既に、町に魔物が侵入したばりの騒ぎが『はじまりの町』で勃発している。これがゲームでなければ、とんでもない事態である。否、ゲームであってもとんでもない事態である。
しかし、こんな事をしていては何時かは大目玉を喰らう。
「止まれ、化け物!!」
「ちゅちゅ~!?」
既に心の底からネズミの化物と化した勇治に一人の女騎士が立ちはだかった。
それを見た群衆が一斉に喝采を挙げた。群衆は何やら「やれ!!『白騎士』!!」だの「やっちまえ!!『銀剣』!!」やら「いけぇ!!『副団長』!!」等と息巻いている。
確かに女騎士はウェディングドレスとも、見て取れる程の白さと形状を誇る鎧を纏っており。その金髪を結い上げた様は『白騎士』と呼ぶに相応しいと言えよう。
そして、その手には『銀剣』と言う二つなの由来だろうか、美しい装飾を施された銀の剣が握られている。
その立ち振舞いや、群衆からの呼び名から察するに、かなりの腕利きプレイヤーであると思われる。しかし、既に脳までネズミと化した勇治にはそんな事を判断する知能は残っていない。
因みに、思考が獣帰りする仕様はこのゲームに存在しない。
これは勇治が馬鹿なだけである。
勇治は正に獣の如く、女騎士に飛び掛かる。しかし、女騎士はその勇治の首を意図も容易く両断し、はね飛ばして見せた。勇治はその余りの速さに度肝抜かれ「ちゅ!?」と言ってしまった。
こうして、勇治の初めてのPKはPKによって終了された。
『はじまりの町』に首を飛ばされた勇治の遺体が無惨にも転がり、やがて光になって消えた。そして、その後を女騎士が見下ろしながらウィンドウを開いた。
その一連の様子を見ていた群衆達もそれに習うかの様にウィンドウを開いている。これはキルログの確認し勇治のプレイヤー名〈YUJI〉をブラックリストにブチ込んでいるのだ。
この様に問題のある行動をするプレイヤーをブラックリストに入れ、その一定数を越えると一定期間、町への出入りが出来なくなると言う仕組みだ。
今回の件で勇治こと〈YUJI〉は見事にブラックリスト認定され、町への出入りが出来なくなった。まあ、当たり前の所業である。
しかし、その当たり前の出来事に一人だけ驚きの表情を浮かべている人物がいた。
そう、それは女騎士その人だった。
女騎士はただひっそりと口に手を添え「勇治?」とだけ呟いた。
☆
首をちょんぱされた勇治がリスポーンしたのは、何処かもわからない森の中だった。本来のリスポーン地点は最後に立ち寄った『町』等になるのだが、勇治はブラックリストに入ってしまった事により、そこら辺でリスポーンする事になる。
本当にてきとうにポイっと、リスポーンされる。
目の前にモンスターの群れとかが有っても文句は言えない。悪いことするお前が悪いの精神である。しかも、勇治は当面の間は正式な町へは入れない。これも、悪いことするお前が悪いの精神である。
しかし、そんなことは知らないし、どうでもいい勇治は取り敢えず「てろんてろん」になってしまう肉体を捨て、獣の姿へと『変身』する。
化けネズミへと変身した勇治は、取り敢えず腹が立ったので手当たり次第に木だの、そこら辺のモンスターだのをブッ倒してストレスを発散させる事にした。
その姿は完全にモンスターである。
野良のプレイヤーがこの光景を見れば「よし、倒そう」か「よし、逃げよう」と判断するであろう光景である。
そんなの構わずと勇治は暴れ散らす。
本来、人間の身体で無い物を操るのには、それ相応に技術や感覚が必要なのだが、勇治にはそんなものが無いにも関わらず異常に動きが良い。
人間状態の動きは「てろんてろん」なのに、獣の姿へと変わると動きが良い。それも着実に切れが増している。ほとほと、疑問ではあるが。まあ、それは置いておこう。
「ちゅ~ ちゅちゅっ!」
これは「はぁ~ つかれたっ!」と言っている様だ。それはそうだろう、かれこれ三十分は暴れまわっている。レベルもいつの間にかに上がっている。が、そんな事を勇治がわかるハズもなく、レベルアップボーナスのタスクが出ても、ネズミの手で「邪魔だ!」と言わんばかりに「ぺぺっ!」と弾いてしまい。レベルアップボーナスを振らずいる。
「ちゅ~ ちゅ~ちゅ~♪」
これは「なんか~ たのしい~♪」と言っている様だ。本来の楽しさの百分の一も理解していないのに「楽しい」とほざく勇治である。
もはや、脳味噌もネズミになっているのではないかと思われる程の馬鹿である。因みに、そんな仕様は存在しない。正真正銘、勇治がアホ垂れなのである。
そんな勇治を遠くで眺める一人の少女がいた。言わずもがな、先程の女騎士である。彼女はモンスターの如く、暴れ狂う勇治を遠目で眺める若干引いている。
「何やってるんですか、あの人……」
ごもっともである。だが、そんな正論は勇治には通用しない。何せ、何をすれば良いのかも分からず、町から追い出され、追い出されたことも良くわからず。目標もなく、森に放っぽり出されたのだ。そりゃあ、何やってんだ状態にもなる。
自由度の高過ぎるゲーム特有の「何すれば良いかわからないよ」現象である。まあ、実際はタスクとかで「次は○○をしましょう」的な物が有るのだが、勇治はそんな物は指で「ぺぺっ!!」とやってどっかにやってしまっている。
そして、そのタスクの詳細を二度と見る事はないだろう。更に追加するなら、勇治はブラックリストにブチ込まれたので『はじまりの町』での最初のタスク進められない状態にもなっている。つまり、ちゃんと詰んでいる。勿論、救済措置もあるのだがそんな物、勇治は知らない。
「勇治先輩!」
荒れ狂う化けネズミとなった勇治に溜まり兼ね、女騎士が声を掛ける。化けネズミと化した勇治はその声のする方に視線を向けた。その姿に女騎士はギョッとする。
当たり前である。先程、戦った両者が再開したのだ。再び戦闘になるのではないかと警戒するのは頷ける。
そして、何より……
「ひ、人違いだったら、すいません」
人違いだったらどうしようと言う疑惑が彼女の頭に浮かぶ。そう、勇治が自分の知ってる勇治じゃなかったら、ただの恥ずかしい人違いである。なんなら、先程ブッ殺したので恨まれてる可能性もある。
まあ、それは逆恨み以外の何者でもない。ただ、彼女の知る「勇治」は、そう言った事を根に持つタイプではないのだ。それ故のコンタクトなのだが、もし全然違う「勇治」だったらどうしよう。と、そう言う感じの不安が彼女の頭の中を駆け巡る。
「あ、あの…… 私、日向です!! 中学の時のマネージャーの……」
そう言う、個人情報はなるべく言わない方が良いのだが、フルダイブ式のゲームあるあるの「つい言っちゃった」である。しかし、その情報は勇治を正気に戻らせる決定打となった。
「ちゅう? ちゅうちゅうちゅ?」
化けネズミが何やら喋る。しかし、いかんせん人語ではないので理解不能である。因みにこんな仕様もない。普通に喋れるのに何故か勇治は人語が話せなくなっている。
「あの…… 先輩、普通に喋れる筈なんですけど……」
「えぇ!? 本当かちゅ~!? あ!? 本当ちゅ~!!」
何故かネズミの名残が少し残っているが。勇治は見事に人語の獲得に成功した。因みに仕様なので皆が出来る。
「あ~ やっぱり、先輩だったんですね」
「そうちゅ~」
なんで、この人は「ちゅ~ちゅ~」言ってんだ? と疑問の表情を彼女が浮かべる。もう、彼女に取っては色々が謎なのである。なんで『はじまりの町』で暴れてたのか、何故「ちゅ~ちゅ~」言ってるのか、もう意味不明なのである。
「と、取り敢えず。なんで、暴れてたんですか?」
「ん~ じちゅはな……」
そう言って、勇治は今までのしょうもない経緯を話した。勿論「ちゅ~ちゅ~」言いながらである。日向と名乗った女騎士は呆れながらも取り敢えず頷いて見せた。そして……
「と、取り敢えず。運営にメールを送りましょう」
「ちゅ~ どうやってやるちゅ~」
日向は勇治の馬鹿っぽい発言に当たり前の様に頷き、運営にメールを送る方法を教えた。
あーでもないこーでもない。と化けネズミがウィンドウを開いて悪戦苦闘している。それを彼女は懇切丁寧にそこはこーであーしてこう、と教えていって。
本来の「勇治」もこんな感じの人間であるが、一度教えた事はちゃんと覚えるので、それを理解している彼女は根気良く勇治に色々な事を教えた。
「よし、これでいいちゅ~?」
「どれどれ?」
出来上がった運営へとメールに日向が目を通す。そこには『なんかぁ。動く時に「てろんてろん」になりますぅ。どうしてぇ?』と記されていた。
「馬鹿ですか? 頭までネズミになってるんですか?」
「ちゅう!? そんなことないちゅ~!!」
流石に、この事態には驚愕した日向は取り敢えず、勇治の身に起きている症状を彼女なりに診察し、友人名義で運営にメールを送る事にした。
その内容はこうである……
『友人の話なのですが。初めてのブルダイブ式ゲームだからか、動きが歪になっています。まるで、操り人形みたいな動きをしています。彼のジョブは“ビーストシャーマン”なのですが。動物の姿になっている時は、ある程度普通に動けるらしいです。あと知能も何故か低下しているような気もします。もしかしたら、不具合かもしれないので出来れば対処して頂くと嬉しいです』
「ちゅ~ うんえいには、こんなかんじでメールをおくるのでちゅか~」
「いや、運営へとメールの作法なんて知りませんよ」
「えぇ~ 知らないんでちゅか~」
日向は、そろそろ勇治が自分の事を馬鹿にしてるんじゃないかと思い始めた。ただ、彼女の知っている「勇治」はそう言うふざけた悪戯はするけど、運営にメールをさせる程の迷惑な輩ではない。
一体、彼の身に何が起きてるんだと、日向は首を傾げた。しかし、その疑問は驚く程の速さで解決された。
「はい、ども~ 運営からの使者で~す」
文字通り運営の手の者が来たからだ。
その人物は白い狐の面を着けた『ビーストシャーマン』と思われる男性で、着物の様な衣服に身を包み、その腰には刀の様な物を携えている。
その姿を目にした日向は思わず身構えた。
「その白面。貴方はまさか《化身剣神》!?」
「うん? そこの君は俺のこと知ってるみたいやね? そうよ、俺がかの有名な《化身剣神》ですわ。どうぞ、よろしく!」
そう言うと、狐面の男は笑い声を挙げた。
ぶっちゃけ、《化身剣神》だの、《肌着》だのと言われた所で勇治にはピンと来ない。ウンとも、スンともである。
そんな勇治の様子を察して、日向は狐面の男について話す。
「か、彼はトッププレイヤーの一人。《ビーストシャーマン》の能力で妖狐に変身したり。人間の姿でも凄まじい剣捌きを魅せる、プレイヤーです。どちらのプレイスタイルも神々しいその様から化身だの、剣神だのと呼ばれて《化身剣神》なんて二つ名で呼ばれてるんです」
「自分で聞いてみると。ほんま、慇懃な二つ名やわ。恥ずかしいわ。まあ、でも、そのお陰で《プレイヤーネーム》を教えなくて良いのは助かりますわぁ。《プレイヤーネーム》を覚えられて、いちいち検索されたら面倒やからね」
そう、このゲームに取って《プレイヤーネーム》と言うのはかなり厄介な代物となっている。
このゲームで《プレイヤーネーム》はキルされた瞬間に、キルログの検索を掛けなければ出てこないのだが。この《プレイヤーネーム》が露見すると、そこから検索を掛けられ、そのプレイヤーが何時何処に行ったのかバレてしまうシステムになっているのだ。
勿論、直接的に検索を掛けられる訳ではない。
例えば、各地にある、転送ポータルで《プレイヤーネーム》を検索すると。そのプレイヤーが何時何分にそのポータルを使用したかがわかってしまうのだ。
他にも、ダンジョンのオブジェクトや、木々なんかも、それに触れながらウィンドウを開き検索を掛けると、検索したプレイヤーがその場所を何時通ったか、わかってしまうのだ。
所謂、ストーキング行為が出来てしまうのだ。
実際、これをストーキング行為に利用するのはかなり難しいし、そう多くはない。しかし、こと攻略を主にするプレイヤーには大きなヒントになることも多い。ことダンジョン探索の際や、広大なマップを宛も無く歩くよりは大きなヒントと成りえる。
それ故、彼の様な上位プレイヤーのネームは攻略の糸口に成りえるので非常に貴重なのだ。だから、皆、知りたがるし。本人は本人で教えたく無いのだ。
因みに、勇治の《プレイヤーネーム》は既にバレたが、皆、マークしてないので、いかんせん問題無い。強いて言うなら、日向が何でこんなにも早く勇治を見つけられたのか、と言う話のタネはここにあるぞと言う落ちである。
つまり、この『エルステラ』と言うゲームの中では《プレイヤーネーム》は真名の様な物となっており。そうそう、教えてはならない物になってしまっているのである。
勿論、上位プレイヤーである《化身剣神》は自分の名前なんて教える気なんて更々ない。
「ほんで、アンタの名前は?」
「私は《白騎士》です」
「俺は勇治!」
勿論、勇治はそんなことも知らないので《プレイヤーネーム》にほぼ直結で繋がる本名を言ってしまうと言う馬鹿をやらかすのである。
日向は思わず気まずい顔をする。
「いやぁ…… こりゃ、重症みたいやなぁ……」
《化身剣神》が自分の狐面のおでこの部分をポリポリと掻いてみせた。
「おたく、こう言うフルダイブ式のゲームとか関係無しに、オンラインゲームをするのが初めてみたいなもんなんちゃう?」
「おう、はじめてはじめや!」
勇治が化けネズミの姿のまま手を振ってみせる。その様子を日向と《化身剣神》が少し呆れながら眺める。
「なら、今まで何かスポーツか何かに熱中しとったりせんかったか?」
「してたで? 陸上の長距離やっとたわ。地域の駅伝大会も出とったで?」
その答えに《化身剣神》が「なら、ほぼ黒やな」と呟く。その言葉に日向が眉をつり上げた。
「くろ?」
「ああ。なんと言うか、脊椎反射的な域まで達したスポーツ選手に有りがちな不具合なんや。ちょっと、勇治とか言っとったな。一度、その変な動きっちゅうのを見せてくれ」
その問い掛けに勇治は渋々ながら答えた。
勇治は化けネズミの姿から、《ビーストシャーマン》の姿に戻り、取り敢えずそこら辺をテクテクと歩いてみせた。
テクテクと言ってはみた物の、その様はまるで酔っぱらい、あるいは操り人形のような歪な動きをしていた。
その哀れな姿を見た《化身剣神》が呆れ果てた様子で口を開いた。
「うわぁ…… ひっさびさに見たなぁ…… ここまで酷いの……」
「酷いって、なんやねん!」
「それより、心当たりが有るんですか?」
日向の言葉に《化身剣神》が頷くと、彼は勇治の身体に起きている事をゆっくりと話はじめた。
「ボクサーが一発良いのをもろて、殆ど意識がのうなるって言うことは良く有る事や。でも、ボクサーっちゅう生き物はそれでもコングが鳴るまでは闘うんや。意思がのうなっても、身体に刻まれたミット打ちの角度やタイミング、リングの揺れる感覚、セコンドの声、その全てがボクサーを動かすんや。それは意識云々の問題ちゃう、脊椎から、肉体的から発せられる野性的な指令や……」
こいつ、何言ってんだ、と日向が眉を潜める。しかし、その反対に勇治は思い当たる節があった。
「永遠の様に続くコースを走る時。何時でも足は止まろうとする。喉からは血の味がする。肺にはガスが貯まって脇腹がいたなる。徐々に重うなる足は速度を送らせる。それでも、身体に刻まれた速度の感覚が足を進ませる。もっと早く、もっと早くと進ませる。レース終盤、もう何も考えていないはずなのに。あれはもう意識云々の話やなかった」
不意に二人が同時に頷く。
そして、《化身剣神》が口を開いた。
「つまり、勇治。あんさんに起きとるのは、脳よりも僅かに速い神経伝達回路を持つ人間特有の不具合なんや。脳からの信号とようわからん所から出てる変な信号が混線して、訳わからん挙動をしてもうてるねん」
「なん、やと……」
ようわからん事ばっかやないか! と言おうとしたが、勇治はその言葉をぐっと飲み込んだ。それは、この男についてある疑問が産まれたからだ。
「おたくも、俺と同じなんやないか?」
「あぁ、そうや。でも、俺は克服した。どうにかなるっちゃなるんや。今でも少しラグい時が有るけどな。それに運営もどうにかしようとパッチの開発もしとる。俺はそのパッチの試験運用何かにも参加しとるんや。どうや、興味あるか?」
勇治は勢い良く頷いた。面白いそうだと思わざる負えない。それに、この《化身剣神》と言った男に勇治は非常に興味をそそらられたのだ。
「すまへんが、《白騎士》の嬢ちゃんはここでお別れや。ほな、勇治ぃ。着いてきいや」
そう言うと《化身剣神》は森の奥へと消えていった。勇治は直ぐに化けネズミへと姿を変え、その後を追った。
深いもりが(死亡)




