そんなバナナフィーバー。もう、ここまで来ると言うことはない。もう無理だ。時は来た、それだけだ!!
「そ、そんな馬鹿な!!」
余りの衝撃にハウンズは声を挙げた。
場所はネイ・グ・ロウから森を一つ越えた辺りに存在する村。その内の一件の民家、その屋根の下にいた。
そして、ハウンズの目の前にはベッドに横たわった、一人の老婆がいた。
肌は灰色に濁り、皺も深く刻まれている。呼吸も浅く、酷く衰弱している様にも見える。髪の手入れ等しているはずもなく、傷んだ白髪が至る所に跳ね針金の様に枕やシーツにまとわりついている。
「間違いだ。彼女がこの老婆であるはずがない……」
ハウンズはもう一度、自分に言い聞かせる様に声を挙げてみせた。そして、自らの後ろにいるシャルロットを見て、仕切りに首を横に振り続けた。
そのハウンズの様子を視線の端で捉えながら、シャルロットは足を進め、老婆を見下ろした。
そして、自分の目の前の老婆の身体を上から下へと順に視線を投げ。暫くすると、肩を下ろしながら深い溜め息を吐いた。
「なんて、酷いことを。きっと、この人が貴方の言ってる少女ですよ……」
酷く悲しげな表情を浮かべシャルロットが口を開いた。
そのシャルロットの言葉を否定する様に、ハウンズは首を横に振った。
シャルロットはハウンズの様子を視界には捉えるが、決して視線を合わせようとはしなかった。
「なら、証拠を見せましょう……」
シャルロットは自らの胸に手を当て、そこから光輝く羽を取り出した。そして、深呼吸すると羽を老婆の元へと投げた。
ひらりひらりと羽が宙を舞い、やがて老婆の胸の中へと吸い込まれていった。それと、同時に老婆の身体が光に包まれた。
その余りの輝きにハウンズが目を背けた。
驚くべき事に、ハウンズが次に老婆へと視線を向けた時に、そこに老婆の姿はなく、一人の少女がベッドに横たわっていた。
針金の様だった髪は艶のある銀糸の様に艶やかに光り。肌は張りと輝きの有ると十代のそれに戻っていた。苦し紛れの様だった呼吸も、心根しか心地好い寝息を立てている様も見える。
その少女こそ、まさしくハウンズが捕まえた少女だった。
「ば、馬鹿な!!」
その驚愕の言葉を他所に、シャルロットは悲しげな表情を浮かべ。そのまま、ハウンズに語り掛けた。
そこに、いつもの抜けた様な表情をしているシャルロットの姿は無く。非常に神妙で憂いを帯びた様な表情をしていた。
そのシャルロットの顔を目にして、ハウンズが思わず息を飲んだ。
まるで、何か違う者が宿っている様な。ハウンズにはそう見えた。
否、そうとしか見えなかった。
「私達が待つ“聖女”としての力を魂の根本から抜き取ったんです。それもかなり乱暴なやり方です。これでは精神はおろか、肉体にも大きな影響を及ぼす事になる。現に彼女は今、死にかけてました……」
「“聖女”としての力?」
ハウンズの理解が及ぶ範囲を大きく越えたのか、彼は目を大きく目を見開き。シャルロットと、今しがたまで老婆だった少女を交互に見ることしか出来なくなっていた。
そのハウンズの様子を見て、シャルロットが小さく頷くと神妙な面持ちで口を開いた。
「最早、その人の“核”と言っても良いでしょう。それを無理矢理に抜き取ってしまったんです。さっきの私みたいに自分の意思の元、力を譲渡するなら問題は余り有りませんが、無理矢理これをやってしまうと……」
「命の危機に関わるのか?」
シャルロットは尚も神妙な面持ちで頷く。
この時、シャルロットは他の少女達の事を考えていた。もし、他の少女達も同じ様に力を抜き取られていたら、と……
最悪、既に死んでいるか。或いは自分が自分で無くなった感覚に絶え切れずに自死しているという可能性も捨て切れない。
その考えがシャルロットの脳裏を過ると同時にハウンズが遅れながらも口を開いた。
「な、ならば。ほ、他の少女達は……」
「同じ様な事になっているでしょう。最悪、自死している可能性も有ります……」
シャルロットの返答にハウンズが目を見開いて驚愕して見せる。
しかし、そんなハウンズの態度も他所にシャルロットは素っ気なく口を開いて見せた。
「当たり前の話ですよ。人間、腕が無くなればショックですし。女性は顔が傷物になれば生きることすら辛くなる。それ相応の事が彼女達に起きているんです。自ら命を断つ可能性は十分に有るんです。よく、この娘はこの状態になるまで、生きるのを諦めないでくれました……」
そう言うと、シャルロットはベッドの上に横たわる少女の髪を優しく撫でつけ、「お陰で助けることが出来ました」と小さく呟いた。
その様子を見たハウンズがハッと何かに気付いたのか、シャルロットの肩を勢い良く掴んだ。
「そうだ! 君が他の少女達も助ければ良いんじゃないか! そうすれば……」
ハウンズはその言葉を口にすると、すぐに口をつぐんだ。
シャルロットが苦悶の表情を顔に浮かべていたからだ。
まるで苦痛に身をよじる様な、その表情にハウンズは理解した。
「……で、出来ないのか?」
「本当に申し訳ありません。今、彼女に渡した力が私の限界なんです。これ以上は、私の命にも関わります。それに、これも肉体を健康な状態に戻しただけで、意識や精神までは取り戻せません。あくまで肉体的な死期を遅らせただけなんです。本当に申し訳ありません……」
そう言うとシャルロットは自分の不甲斐無さに力無く項垂れた。何が女神の転生体だ、何も出来やしないじゃないか。と、自分を責めることしか出来なくなってしまった。
しかし、ハウンズは首を大きく横に振って否定してみせた。
「君が気に病む必要は何処にもない。悪いのはこんな卑劣な真似をしている、我々、教会の人間だ。君は彼女を救ったんだ、それは間違いなく道徳的な行いだ、それだけは絶対に揺るがない!!」
シャルロットの肩を掴む、ハウンズのその手に力が籠る。
暖かく優しい正義の心。
誠実で厳格な理性の魂。
強く鍛え抜かれた身体。
その全てに火が着き、ハウンズの頑丈の炎が勢い良く燃え上がった。
その熱気に思わずシャルロットは唾を飲み込んだ。
「君の行いが消して無駄ではなかったと、照明するんだ。そうでなければ、そうでなければ余りにも報われない……」
「で、ですが。どうやって?」
ハウンズはシャルロットを見詰めると、少し視線を落とし「考えがある」と、自信無げにではあるが呟いた。




