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正直言って、彼女の言ったことが真実なのかわからない。だが、前世の記憶があると言うのは物理的にはあり得ない。それならば、そのあり得ないが実現した理由を考える必要がある。それこそ、物理的に……
その物理的に実現しうる可能性を彼女は提示して。なおかつ実演して見せた。これは紛れもない事実だ。と言うことは信じざるおえないし、信じてしまいそうになる。
となると私は……
「私はただ前世の記憶があると思い込んでた、一人の少女と言うことですね」
実際には前世の記憶ではなく記録と言うところか。
通りで酷く曖昧な記憶だと思った。何て言ったって、機械に向けて放った電波を人間である私が無理やり受信したんだ、受信状況が悪いのも無理はない。幼い頃の私はそのブツブツの記録を共感覚により脳裏に浮かぶ映像として見ることで、自分の前世の記憶と勘違いしてしまったと言うことだ。
ありえると思う。漠然と前世の記憶があるなんて言うあり得ない話よりは説得力はある。
思わず、自分の手のひらを見る。
ガントレットを纏った手のひらだ。
そう、この手は私の手だ、この身体も私の身体だ。だけど、この頭の中に宿る記憶は私の物ではない。そして、それは前世の誰かの記憶でも何でもなく、機械が作り出した記録でしかなかった。
じゃあ、いま私が考えたり、感じたりする、感情は誰の物なのか。もしかしたら、これも作り出された物なのか。いや、これは断じて違う。私が戦う理由も感情も全部が私の感情だ。
私、アルルの感情だ。
ふと、私の手を握る、細くしなやかな白い手が視界に移った。私は顔を挙げその手の主を視線に写す。
「ベルさん……」
ほんのりと青みがかった白いドレスを身に纏い、龍の角と羽。そして尻尾を持った青白く美しい少女。彼女は優しい微笑みをこちらに向けている。
そうだ。なら彼女は一体……
「貴女は一体何者なんですか?」
私のその言葉を聞いて彼女は静かに頷いた。
「私も貴女と同じ、記憶を受け継いだだけの一人の少女です」
そうか、なんとなく予想はしていたが、やっぱり彼女もそうなのか。それなら、なぜあれ程までにこの星の過去に詳しかったのか納得出来る。
しかし、彼女は更に驚愕の言葉を放った。
「私はこの世界を造り出した最後の人間。その男の記憶を受け継いだ少女です」
私は自分の目が丸くなるのがわかった。
なるほど、それならばこの星の過去に詳しい訳だ。とんでもない事だ、この世界の創造者が私の目の前にいる。
その時、彼女は不意に私を抱き締めた。
強く、強く私を抱き締めた。
「ちょっ!! ベ、ベルさん!? 突然どうしたんですか?」
私は突然のことに驚いて声を出してしまう。
それでも、彼女は私を離しはしなかった。
強く強く、だけれでもどこか優しく私のことを抱き締めた。
「貴女のことをずっと待っていました。この世界のことを話してくれる人をこの世界のことを教えてくれる人を。そして、この世界のことをどう思っているか教えてくれる人を……」
そう言った彼女は震えていた。
どうして、震えているのだろうか?
「貴女達は私達のことを恨んでいませんか? この創られた醜い世界で、人と人が殺し合い戦争をする世界を創り。その世界で生きなければいけない使命を与えてしまった。そんな、私達のことを恨んでいませんか」
ああ、そうか……
この人がいなければ、この世界は無く。戦争をする必要もなかった。こんな苦労も悲しみも苦しみも味わうこと無かった。戦争が戦争を呼び、多くの人が殺され死ぬこともなかった。
確かに、この世界を恨んでる人も。こんな世界に産まれない方が良かったと思う人もいるだろう。
だけど、私はそう言う人達とは違う。
そう、むしろ……
私は彼女を抱き締め返して、力一杯彼女を腕に抱いて見せた。
さっき、私のことを優しく抱き締めて、優しくしてくれたお返しをするように……
「いいえ。むしろ、よく何千年もの間、諦めずに私達に命のバトンを繋いでくれたと感謝の気持ちしかありません。きっと、貴女は何世代も何世代も身体と記憶を受け継いで研究を進めて来たんでしょう?」
彼女は何も言わずに私の胸の中でも頷いてみせた。
そう、それはきっと気の遠くなるような過酷な道のりだっただろう。
それでも、彼女は諦めずに私達に命のバトンを繋いでくれた。そして、この世界で生きる権利を私達に与えてくれた。
そうでなければ、私はここにいないし。喜んだり、笑ったりすることもなかった。アレクくんや師範、そして、カーターさんや騎士さんと出会うこともなかった。
「確かに、この世界は醜いかもしれません。それでも私はこの世界が大好きです。希望が沢山あるこの世界が大好きです」
それに前世の記憶だって、ただの記録でしかなかったけど。それのお陰で人を助けることが出来た。動揺もするし、驚愕もする。だけど、彼女のことを恨むことは絶対にない。
「貴女が諦めていたら、私はこの世界で産まれて、沢山の人と出会うことも無かった。そして、新な希望も命も生まれることはなかった。そんなのって悲しくありませんか?」
そう、それは余りにも悲しくて虚しい。
そんなの絶対に嫌だ。私はそれだけは断言できる。
だから彼女に伝えるんだ。
「ありがとう、私達に命を繋いでくれて。諦めずに私達に未来を託してくれて」
そう言うと、彼女は私の胸の中で静かに涙を流した。
そして、小さな声で泣きながら私に笑いかけた。
「本当に貴女のような人と出会えてよかった。きっと。私は貴女のような人が産まれるのを待ち望んでいたんです。ありがとう、この世界を好きでいてくれて」