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白の団員の朝は早い。
既に私もパトリシアさんも着替えを済まし、部屋を後にしようとしていた。
「パトリシアさん。準備はいいですか?」
そう言って、私も腰に手を当て革製のウエストポーチがあるのを確認する。これの中にはちょっとした秘密兵器が入っているのだ。ただ、秘密兵器なので使わないで済むに越したことはない。
「は、はい。大丈夫です。あ、あと、その……」
パトリシアさんは不意に何かを言いたそうにモジモジし始めた。
なんだろう、もしかしてトイレにでも行きたいのかな? それなら、さっさと行けばいいのに。とは言うものの「トイレに行きたいなら、トイレに言ってこいや!」とも言う訳には行かないので、笑顔で「どうしたんですか?」と聞いてみる。
すると……
「パトリシアじゃなくて。パ、パティって呼んでください!」
お、おう。なるほど。そう言うことか。別にトイレに行きたかった訳ではないのか。モジモジしだしたから、てっきりトイレに行きたいのかと思ってしまったではないか。
まあ、そう言うことなら甘えさせて貰いますか。
「はい、ではパティさん。行きますよ~」
そう言うと、私達に二人仲良く部屋を後にした。
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「遅いぞ、二人とも。既にユーゲントの騎士が来てるぞ」
全然、早くなかった。むしろ、遅刻気味だったみたいだ。
早速、減点だな、こりゃ
「いや、申し訳ありません。皆さんも申し訳ありません」
そう言って、アレクくんにカーターさん。そしてユーゲントの騎士に頭を下げる。
「いえ、御心配なさらず。私も今しがた来たところですから」
そう言った騎士の姿は全身を甲冑で包み込み、その顔すらも兜に隠れている。
兜はグレートヘルムとバシネットヘルムの中間のような形をしており。カッコ悪く言ってしまうと登頂部が少し尖ったバケツの様な物を被ってる。しかし、その身に纏っている甲冑の重厚感も去ることながら、それを平然と着けていられるこの騎士の体幹の強さに驚きを隠せない。
恐らく、その甲冑の総重量は三十キロはあるだろう。
「それでは早速、案内させて頂きましょう。さあ、私について来てください」
そう言うと、騎士は平然と歩き出した。
その様子に一同が驚く。
びっくりす程に静かなのだ。あれ程の甲冑を着けていたら、もっとガシャガシャドシドシとやかましく音を撒き散らすと思えるのだが、あの騎士からはむしろ軽装を着けているかのような軽やかな音が耳に届く。
明らかに身のこなしが常人のそれを遥かに凌駕している。
「因みに、あれがユーゲントの一般的な騎士の身のこなしです」
騎士を見て、目を丸くしている私達を横目に見てカーターさんが苦笑いしながら口を開いた。そして、最後に悲しそうな表情を作りひと言付け加えた。
「だから、俺は騎士になれなかった」
無理もない、アレをやれと言われたら絶対に出来ない。前世では男だったから断言出来るが常人の身のこなしではない。甲冑を着て動く事は出来るだろうが、あそこまで軽やかに密やかに動く事は出来ない。
「皆さん、どうしたんですか? 速く、ついて来て下さいませ。はぐれてしまいますよ!」
既に遠くの方へと歩いて行ってしまった騎士がこちらの方を向いて手を振っている。
「は、はい! 今、いきます!!」
そう言って、私達は騎士の後を急いでついて行った。
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ユーゲントを出発して既に三キロ程は歩いただろうか。ユーゲント周辺の平原を進み、その先にある森林地帯を私達は進んでいた。
鳥達のさえずりが耳に届く。それに木々の合間から時折、鹿や兎などの生き物も目に入る。
「もう少しですよ。はぐれないで下さいね!」
先頭を行く騎士が私達の方を振り返りながら言葉を発した。
「はい。ですが、少しだけペースを落として下さい」
その後ろを歩いていた私が騎士に頼み込む。すると騎士は立ち止まり、身体ごと振り返り一行を見た。
「ああ、これは失礼。失念しておりました」
そう言うと、騎士は自分の兜を一度叩いて見せた。
私も騎士と同様に後ろを振り向き一行を見る。
と言うより、二人を見る。
アレクくんとパティさんだ。二人は生粋の魔術師だし、動きにくいローブも纏っている。そのせいでかなり遅れを取っている。別に平原だったら、はぐれたりしないから平気だろうと思っていたが。流石に森の中では、はぐれでもしたら命にも関わるので流石に放置出来ない。
その二人の様子を見て、私達の少し後ろを歩いていたカーターさんが苦笑いする。
「いやはや、あのローブは歩きずらそうですね。あーあー、裾も踏んじゃって汚れちゃってますよ」
私はカーターさんの言葉を聞いて苦笑いしてしまう
「歩きずらそうじゃなくて、実際に歩きずらいですよ。だから、私はあのローブを着るの止めたんです。しかも、白なんで汚れも目立ちますしね」
思わず、本音が溢れてしまう。
それを聞いていたカーターさんが一度笑い声をあげ、私を見た。
「ずっと思ってましたけど、隊長は魔術師にしてはエラく庶民的ですね~ 格好もそうですが、本当に魔術師なんですか?」
そう言って、私の姿をまじまじと見る。まあ、どちらかと言うとこの格好は剣士に近いからね。そう思われても仕方ない。それに真っ当な出自がある魔術師ではないし。彼の見立ては間違ってない。
「まあ、私は孤児でしたからね。魔術師と言うよりは普通の人の感性の方が強いのかもしれませんね」
そう言うとカーターさんが、私の言葉に少々驚いたと言う感じの表情をしてみせた。
「隊長は孤児だったんですか? 一体、どう言った経緯で白の師団にやって来たんですか?」
その質問は少し答えたくないな。
取り敢えず私は、カーターさんに向かって。人差し指で唇を押さえながら「ヒミツ♡」とだけ答えてみせた。
そんな私の様子を見たカーターさんは呆れたような表情を浮かべながら笑った。そして、「はいはい、わかりましたよ」と呆れたような笑顔を浮かべたまま頷いて見せた。
なんとなくだけどカーターさんの人間性はわかって来たな。かなり大人な方らしい。こう言う人がパーティーに居てくれるのは凄く助かるな。
取り敢えず、これからよろしくお願いしますね。カーターさん。
と、勝手に心の中で言わせていただきます。




