17
「さて、隊長としては始めての任務行きますか……」
照り返すような朝日がホワイト・ロックと彼方まで続く三角屋根の街並みを明るく照らす。前回の戦いとは打って変わって街の様子は今まで通りの賑わいと穏やかさを取り戻しているように見える。
「ほら、お嬢ちゃん早く馬車に乗りなよ。先客が待ってるよ。早く出発しないとユーゲントにつく頃には明日の朝になっちまうよ!」
幌馬車の手綱を握った御者が私にそう声をかけた。
私はその御者と幌馬車を順番に見た。御者は革のベストを身に纏いその手には革製の鞭を握っている。冒険者のような身なりをしている。それなりの年齢をしているかと思ったが、その顔は若々しく年としては私より少し年上、ひと言で言うなら青年と言ったところだろうか。
御者の撫で付けた茶髪が目に入る、恐らく癖っ毛を無理やり撫で付けたいるのだろう。その襟足の辺りがくしゃくしゃと縮れている。
「君、いくつ?」
そんな、青年が私を見て目を丸くしながら聞いてきた。恐らく、遠目に見て私がお嬢さん程度の年頃であるのはわかったが、いざ近くで見てみたら思ったよりも少し子供っぽくて驚いているのだろう。
「十六歳ですよ」
私は笑いながら答えてみせる。
「いやはや、これは驚いた。隊長さんだって聞いたから、もう少し大人の女性かと思いましたよ。十六歳で隊長とはさぞかし優秀なんでしょうね」
私の答えに顔を輝かせながら、青年が口を走らせる。そして、私の格好を爪先から頭の先まで眺めるような仕草をみせた。
「それに魔術師って言うから、もっと重々しいローブを纏った方が来ると思ってたんですが、意外と軽やかな格好をしてるんですね」
そう言って私の格好を物珍しそうな目でもう一度見渡した。
そう言えば、今回の服装は前回とは違うんだった。前回の戦闘を踏まえて服装を一新したのだ。だって剣を振り回して戦う私にローブの裾は長過ぎる。文字通り邪魔だ。て言うか邪魔以外の何者でもない。
そんなことを思いながら私は自分の服装に目を落とした。
白い丈の短いドレスコートに同じく白い皮のハイブーツ。腕には肘までを守る金属で作られたガントレット。そして、その腰には幅広の騎士剣がぶら下がっている。
魔術師と言うよりかは剣士と言った方がいい格好だろう。仕方がない。私の術式に格好を合わせると剣士の様な格好になるのは必然だ。だから、この御者が物珍しそうな顔をするのも頷ける。魔術師が来ると言って、剣士が現れたんだ。そりゃ、物珍しそうな顔もする。
その物珍しそうな顔で私を眺める御者を横目に幌馬車に視線を写す。荷馬車に屋根の骨組みをつけて、それに幌を張り付けた様な簡素な造りだ。
「私はこれに乗ってればいいんですか?」
そう言って、その幌馬車を指差す。
私の様子を見て、御者が笑いながら答えてくれる。
「ああ、案外乗り心地はいいんだ。まあ、ユーゲントまでの間、ゆっくりしていっておくんなしい」
私はその言葉に頷いてみせ、馬車へと向かった。
馬車の後ろは中が見えないように暖簾のように幌が垂れており。私は、それをかき分けて馬車の中へと乗り込んだ。
「やあ、アルル。遅かったじゃないか」
そう言ったのは、アレクくんだった。
そのアレクくんを見て私の口が思わず開いた。
開いた口が塞がらないとはこの事だろう。昨日、私にビンタを喰らわした男が得意気にこちらを眺めていた。いや、よく見ると苦笑いの表情を浮かべている。あちらも気不味いと思ってるのだろう。
正直、昨日のは私も悪いと思っていた。ろくに事情も説明せずにヒステリックを起こしてしまったんだから。そらビンタも飛んで来るさ。
気不味いな。余りにも気不味過ぎる。
まあ、こう言うのは先に謝ってしまったもんがちだ、どうせあっちも申し訳ないと思ってるんだ。先に謝ってしまおう。なんかの交渉をしてる訳ではないんだ、どっちでも良いだろう。
「昨日は本当に申し訳なかった!!」
しかし。そんな私の考えをひっくり返す程の勢いでアレクくんが両の手を荷台の床につけ。おでこも勢いよく荷台の床ぶつけながら頭を下げた。
その様はまるで土下座である。
と言うより、土下座以外の何者でもなかった。
「君の事情も考えずに好き勝手に自分の考えを押し付けてしまって本当に申し訳ない!! 挙げ句の果てには暴力を振るうなんて、男にあるまじき行為、本当にすまなかった!! 許してくれとは言わない。だが、この任務への同行だけはどうか許して欲しい!!」
男らしいまでの土下座に口上である。
先程も言ったような、昨日のことは私もろくに説明しなかったのも悪いし。アレクくんからしたら、ああ言った行動をするのもわからないでもない。
でも、ビンタは少しやり過ぎかな……
でも。実際のところ、アレクくんの行動は私のことを思っての行動であることは冷静に考えればわかるし。私のことを本心から心配してるからこそのあの行動な訳で。あの時は私もヘラっちゃったけど、今にして思うとアレクくんの行動には愛しか感じない。
だって、私がお金一杯貰って。土地を貰って家も貰って。そこでゆっくり暮らせば良いじゃんて進めてくれてるんだ。悪意がある訳がない。むしろ、私が意地になって命すら掛けて術式にこだわってる方が異常なんだ。それを異常だぞって言って諭してるだけなんだから、別に間違っちゃいない。むしろ正しい。
それに今のアレクくんの姿には誠意しか感じない。
私は思わず先日ビンタを喰らった頬に手を当てる。
もう、怒ってなんかないのに。むしろ私の方が謝らなければいけないと思っていたくらいなのに。
アレクくんが恐る恐ると言った様子で顔をあげる。
その様子を見て私は少し笑ってしまった。
なんだろう、彼はやっぱり誠実な人なんだろうな。世界中が彼みたいな人達ならいいのに。
私はそう思って、アレクくんを見ながら微笑んでみせた。多分、これで十分だろう。彼ならきっと、私の答えはわかってくれるだろう。




