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アレクくんの話によるとユーゲントにある古代遺跡は未だにその全貌を明らかにしていない未開の遺跡だと言う。つまり、ファンタジックな言葉に言い換えるならば遺跡と書いて“ダンジョン”と言えばいいのだろう。
その遺跡の中へと続く扉は硬く閉ざされており、その扉を開けるだけで、五十年もの歳月を費やしたらしい。その扉の先も見たことのない素材で作られた通路が迷宮の様に張り巡らされていると言われており。なおかつ、その迷宮の中には動くオーパーツである機械兵士が闊歩しており。その迷宮へと侵入した者達を排除する為に、いつ何時であれ巡回しているらしい。
白の師団の団員も幾度となく、その迷宮へと足を踏み入れたが、それが最後、二度と戻っては来なかったと言う。
しかし、機械兵士の特性なのか彼らは遺跡の外に出ることは決してなく。遺跡の中に入らなければ襲っても来ないため。ユーゲントの人間も白の師団も対処に迷い、最終的には禁足地に指定して放置せざるおえなくなった場所らしい。
私の隊長としての初の任務はそこを調査してこいよ、との事らしい。
「いや、無理ですよ……」
思わずそう口にする。
アレクくんも難しい顔をしながら頷く。
「ああ、無理だ」
いや、待てよ……
私の魔術の属性は雷だ。そして、その機械兵士もどうやってるかは知らないが恐らく電気で動いているはず。それならばどうにか出来る可能性があるのではないか? そう口にしようとアレクくん見た瞬間、アレクくんが口を開いた。
「因みに君と同じ雷の魔術の使い手も昔、その遺跡に潜ったが結局は帰ってこなかった」
そうですよね。雷の魔術でどうにかなるならとっくにどうにかなってますよね。私は思わず溜め息を吐いてしまう。
「無理だって言うしかありませんね」
そう言うとアレクくんがこちらを見て一度頷いた。やはり、そうだよね。アレクくんがそう言うなら、この選択は間違いないだろう。
仕方ない、昇進は見送りだな。別に成り上がるつもりなんてないから、どうでもいいけど。出来たら出来たで嬉しいし。出来なかったら出来なかったで悲しい。しかし、次のアレクくんの一言で私は考えを一変させた。
「なら、術式を開示するしかないか……」
思わず瞳孔が開くような、そんな感覚がした。
「な、なんでそうなるんですか? 話が飛躍してませんか?」
そうだ飛躍し過ぎだ。出来ないのは出来ないので仕方がない、ならそれで私の昇進が白紙になって、そこで話は終わりじゃないのか? なんで、術式の開示にまで話が飛躍するんだ?
「上は君の査問会での態度を見て疑念を抱いてるみたいだ。白の師団に仇なす者であるかもしれないとも思ってる方々もいるらしい」
そんな戯れ言を戦場で自ら身体を張って戦った私に言うのか。腹のそこから怒りの感情がふつふつと沸いてくるのがわかる。
アレクくんはそんな私を他所に尚も言葉を続けた。
「それで忠義を示すために信用に足りる物を要求してる。普通なら土地だったり、調度品だったりと言ったちょっとした個有財産を納めたりするんだが。君にはそう言う物がないからな。必然的に知的財産である術式の開示になる」
絶対にあり得ない。それならば遺跡に行って機械兵士に殺された方がましだ。そんな私の様子を知ってか知らずか、アレクくんが尚も言葉を続けている。
「でも、こちらは悪い条件じやない。家名も与えるし、白の師団から個人的な土地と屋敷も、そして十分な謝礼金も与えると言っている。これ程の額なら白の師団を抜けて研究に専念したってお釣りが来るぞ」
アレクくんが嬉しそうな表情で私を見る。にこやかに、爽やかな笑顔で私に微笑みかける。なんで、そんな顔が出来るんですか?
それじゃあ、それじゃあ駄目だよ……
「術式は開示しません」
私がそう口にした瞬間、アレクくんの顔から笑みが消えた。
「な、何を言ってるんだ君は!? そ、それはつまり君がユーゲントに向かうってことなんだぞ!? みすみす死に行くような物だぞ、自分の言ってることがわかっているのか!?」
そんなのわかってる。
それでも私は術式は開示しない。そんなことをするぐらいなら、私はこの術式を持って墓場に行く。この世界に地獄を産み出すくらいなら、自分がこの術式を持って地獄に行く。丁度いい、この術式を産み出した私にはピッタリの責任の取り方じゃないか。そうだ、それがいい。
「ふざけるな!! 君は自分の命より、術式が大事なのか!!」
アレクくんの怒りの声が私に向けられる。しかし、それは話の論点がずれている。私に取って、術式なんてどうでもいいし。開示してこの戦場からいち抜けた出来るなら喜んでする。私はそう言う人間だ。
だけど、私の術式の所為で戦場に行くはずでなかった人が、死ぬはずでなかった人が、そんな人違が殺し殺されるなんて絶対に我慢ならない。
この術式は私が人を守るために産み出した術式なんだ、それで人が死ぬなんて絶対にあってはならない。もし、それで人が死ぬなら、お互いに覚悟の上で戦うべきだ。
私と彼の様に……
それなのにアレクくんは、私が命よりも術式が大事だと考えてると。そう思ってる。
「ふざけてなんていません。私はこの術式を開示するつもりはありません。もし、この術式を開示しなければ地獄に落ちると言うなら、私はこの術式を持って喜んで地獄に落ちます」
その瞬間、頬に弾けるような痛みが走った。
アレクくんの平手打ちが私の頬を弾いたようだ。
「君に取って術式がどれ程の物かわからないが、本当にそれは自分の命よりも大事な物なのか!? もう一度、自分の胸に聞いてみろ!!」
ああ、やはり。男と言う生き物は最低だ。自分の前世が男であるが故になんだかウンザリする。都合が悪くなるとすぐに手を挙げ、こちらの言い分もろくに聞かないで、自分の都合ばかり押し付ける。
そう言う、ろくでもない男は実際に少数だがいる。
彼の手が、あの日路地裏の暗がりから出てきた手と重なった。
少しだけ、信じても良いかなと思っていたのに……
もうダメだ、信じられない。
「……出ていって」
そう、呟く。
彼が少し狼狽える。
そんなの関係ない。
はやく、出ていけよ。
「出ていってよ!!」
そう叫ぶと彼は逃げるように私の部屋から出て行った。
二度と…… 二度と男なんて信用するもんか……




