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 あの戦いの次の日。私は査問会に招集された。私の感覚では、あの戦場で気絶して目が覚めたら「はい、直ぐに来なさい」である。


 思わずため息が口をついてしまう。


 前回の戦いで身体中は筋肉痛でビキビキだし。腰はなんか浮いてる感じがするし。殴られた所はたんこぶになってるしで、もう満身創痍なのに査問会って何よ、少しは労ってちょうだいな。こちとら中身は男でも身体は女の子ですよ。とまあ、冗談はさておき。


 この査問会でなんで私が呼ばれたか、それが一番の問題だ。今回の戦いで何があって、どうなって現在に至るのか。そこら辺は恐らくパウル師範などが呼ばれてあらかた説明しているはすだ。

 

 なら。なぜ私が呼ばれたのか、なのだが実はなんとなく想像はついている。


「……それでアルル候補生は自らが生み出した術式を用意て、黒の師団の隊長格を討ったと言うことで間違いないかな?」


 大きな円形の会議室。そのド真ん中に私は今立たされている。そして、高く段々になった席の数々から白の師団の御歴々達がこちらを眺めている。


 まるで裁判か何かだ……


 しかし、よく見てみると半数程の席が既に空いている。つまり、空いた半数の人はこの査問に既に興味がないと言うことだ。そんなんでいいのだろうか査問会。


「はい、間違いありません」


 そんなことは思いながらも、私は大人しく問いかけられた問に答えて見せる。そして、その問いを投げ掛けて来た人物を見る。


 魔術師然としたと黒くつばの広い尖り帽子に真っ白な長い髭。髑髏を彷彿とさせる骨と皮ばかりの皮膚に深く刻まれた皺の数々。そして、その老いて落ち窪んだ瞳は暗く骸骨の眼底を彷彿とさせる。

 しかし、それにも関わらず時折見せる凄まじく鋭く光る眼光はその老練さと、その凄まじい生命力を強烈に印象付けさせた。


 彼こそ白の師団の師団長のひとり。

 サルバザール・ガルバディアスその人である。


 恐らく、この白の師団にいる魔術師の中では最古の魔術師だろう。

 そして、最強の魔術師のひとりでもある。


 さらには私が前回の戦いで使った《ガルバディアスの戦車刑》等の呪文を産み出した本人である。数学的に言えば公式を産み出した本人とでも言えばいいのだろうか。


 まさに偉人と言って過言ではない。

 そんな人が今まさに目の前にいる。

 

「して、その術式の内容とは如何様な物であるか…… その、開示するつもりはないか?」


 彼はいやにバツが悪そうに口を開いた。


 まあ、そうだろう。自分の術式を開示する魔術師なんてそうそういない。居るとすれば金銭目的で術式を開示するか。あるいは先代から受け継いだ術式が自分には使えないから、一定の契約の元、誰かに開示するか、と言った所だろう。


 実際に私もこの術式を開示すればかなりの富を得るだろうし。少なくとも私の代は遊んで暮らせるだけの資金は手には入るだろう。


 正直な所、私に魔術師としての誇りはないし。私に取って魔術は何かをする為の手段でしかない。

 だから研究者として名を挙げるつもりも魔術師の大家として成り上がるつもりもない。だから、術式を売り払って、この戦争からいち抜けたするのも選択肢としては悪くないと思う。


 私の術式は簡単だし原理さえわかれば多くの魔術師が使用出来るだろう。だから、きっと良い値で売れると思う。随分裕福な暮らしは出来ると思う。


 だけど……


「申し訳ありませんが、術式の開示はするつもりはありません」


 この術式はある意味で一人の魔術師に剣を握らせて、兵士へと仕立てあげる術式に等しい。つまり、私の術式は簡潔に説明すると術者を「磁力の力を用意て勝手に身体が動く兵士」へと仕立てあげる術式なんだ。

 術者の素養や精神、考えや思想も関係無く術者を兵士へと変えてしまう。


 それは重々承知していたつもりだったが。あの男、フランソワ・ロベスピエールに止めを刺す瞬間それを痛い程実感した。

 

 自分はあの時、精神的には完全に止めを刺すその手を止めようとしていた。でも術式がそれを許さなかった。既に磁力の力が宿り、勢いのついてしまった私の剣は止まること無く彼を両断していた。

 

 私のその感情とは裏腹に私は彼を殺めてしまった。今にして思えばこれは私の責任だし、彼を殺したのは致し方ない事だったと割り切れる。

 しかし。それは私がこの戦いにおいて、私自身で戦う理由を決められたからであり。更にはこの術式を作った張本人だから割り切れるんだ。


 全てが自分の責任だと……

 

 だけど、例えば研究者志望の魔術師がこの術式を教えられ。剣を握ったとしよう。自分は戦いたくないし、魔術は人の繁栄の為に研究する物だと、そう思っていた魔術師は一体何を思うのだろうか。

 

 無理矢理戦う自分の肉体に、救うはずだった人を殺める兵士となった自分を見て、どう思うか。


 そんな魔術師が溢れる戦場を見て、彼らは何を思うのだろうか。


 そんな未来は絶対に作ってはならない。


 私は人の繁栄の為に魔術があるなんて高尚な思想はない。だけれども、私は少なくともこの魔術と言う力を誰かを守るために使いたい。そして、私のこの才能はその為にあると思っている。

 

 大切な物を守る為、大切な何かを守る為。


 白の師団なんて私に取ってはどうでもいいし。黒の師団だってどうだっていい。だけど私の知り合いや、アレクくんみたいな候補生の仲間達は守りたい。


 その為にこの術式を産み出したんだ。

 私自身が戦えるように。


 そう、この術式を開示すれば、私の信念が根底から揺らいでしまうんだ。大切な仲間達を守るために作った術式なのに、その仲間達を戦場に送り、傷つけてしまう物に一変させてしまう。


 それだけは、絶対に出来ない。


 恐らく、この考えは組織としては間違っている。

 それでも、これだけは絶対に譲れないんだ。


「術式の開示をすれば、それ相応の待遇を用意するぞ」


 査問委員の一人が私に言葉を投げ掛ける。


 恐らく、彼らは私の術式が欲しいんだ。大して才能もなく、家名も無く、魔術師としての歴史も無い。そんな私が生み出した術式が……


 無理もない。何も持っていない、私が生み出し、隊長格を下した程の術式なんだ。それは、きっと単純だが汎用性の高い術式だと思っているのだろう。その推測は正しい、全くもってその通りだ。私は思わず、溜め息が出る。

 

 だからこそ、渡せないんだ。


「残念ですが。どんなにお金を積まれようが厚待遇で迎え入れられようが私はこの術式を開示するつもりは全くありません。もし、この度の査問がそう言った話をする為に設けられたのなら、私から出来る話は以上になります。他の用件があるようでしたら、どうぞなんなりとご質問ください」


 しかし、その私の言葉とは裏腹に彼等は何も質問してこなかった。


 見ると皆、一様にして目を丸くしている。

 つまり、この場はその為だけの場と言うことだ。

 

 ならばもう、ここに私がいる意味はない。


「無いようですので、私はこれで失礼させて貰います」


 そう言い切り、私は踵を返して会議室を出ていった。

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