表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

107/137

7

 街の街道を挟むようにして三角屋根の家々が並び立っている。


 その建物の様子はいつもと変わり無いが、その建物の住人達の様子は普段とは打って変わって不安と恐怖の表情を浮かべている。そして、皆一応にホワイト・ロックの方向へと向かっている。恐らく、この様子なら動ける人なら無事にホワイト・ロックまで辿り着くだろう。


 なら……


「皆さん、私達は子供や老人、或いは怪我人と言った自分の力ではホワイト・ロックまで辿り着けそうにない人達の救助に回りましょう。気が動転してる人もいるでしょうから、そう言う人達にも声を掛けてホワイト・ロックまで向かうように諭してあげてください」


 私のその声を聞くと同時に候補生達が街へと走り出した。


 皆、一応に子供や老人達の元へと駆け寄り、彼等の手を取り、共にホワイト・ロックへと向かう。


「一度に出来るだけ沢山の人達をホワイト・ロックに導いてください! そして、ホワイト・ロックまで誘導したら、直ぐにこちらに戻って来てください、いいですね!」


 私は候補生達にそう声を掛け、更に奥へと歩き出した。

 そう、前線の方に向かって歩き出した。


◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇


 少し歩くと遠くの三角屋根から火の手が上がっているのに気が付いた。なるほど、恐らくあそこが最前線だろう。


 師範もあそこで戦っているはずだ……


 もう一度、師範に言われた言葉を思い出す。そうだ、私の役目はここら一体の民間人の避難誘導だ。これ以上深く前線に入り込むのは私の役目ではないだろう。そう思い、私は辺りを一度見渡してみる。


 恐らく、民間人の避難はあらかた済んでいるのだろう。街並みは静かでとても閑散としている。むしろ、耳鳴りがするのではないかと思うほど静かだ。遠くの方では人の声や前線の方では叫び声の様な物が微かに聞こえるが、この辺り一帯は静寂その物だ。


 恐らく、ここら一帯は大丈夫だろう。逃げ遅れた人が居ないか少しだけ確かめてから私も後方に戻るか……


 そう思った矢先、私の耳に微かな人の声が届いた。

 子供の泣く声がする。


 この静寂の空間を裂くように子供の泣く声が私の耳に届く。恐らく、この近くで子供がまだ残ってるんだ。私は耳を済まして声の出所を探る。


「こっちか?」


 そう自分を諭すように呟いて、建物と建物の間の細い通路を見詰める。確かにその通路の先から声がする様な気がする。とにかく、確かめてみるしかない。私はその細い通路へと向かった。


 建物と建物の合間を縫うようにして出来た抜け道のような通路だ。細くて薄暗い、いわゆる裏路地と言う奴だろう。こう言った裏路地を見ると昔の記憶が甦りそうになる。

 今まさに甦りそうになった忌まわしい記憶を、頭を振って脳裏から振り払う。


 その時、再び子供の泣く声が耳に入った。


 今度はかなり近い。やはり、この方向で間違いなかったんだ。私は急いで、声のした方向へと向かって駆け出した。

 細い裏路地を走り抜けようとした時。ふと、その裏路地から別れた路地裏への通路が視界には入った。


 路地裏には一人の女性が倒れており。その倒れた人に寄り添うようにして一人の子供が地面に座り込んで泣いていたのだ。


 思わず、自分の鼓動が跳ね上がるのを感じた。


 親子だろうか。この狭い路地裏で人混みに巻き込まれて怪我をしてしまったのだろうか。とにかく、確かめて見なければ。


「大丈夫ですか!?」


 私の声に反応したのは子供の方だけだった。


 栗色の髪をおさげにした可愛らしい女の子。身に纏っている服は白い下地に茶色のピナフォア、或いはエプロンドレス等と言うのだろうか。そんな彼女が目を真っ赤に泣き張らしながら、こちらを振り向いたのだ。私は視線の端で彼女お母さんと思われる方を見た。


 茶色の長い髪を後ろで結っており、女の子と同じく黒の下地に茶色のエプロンドレスを見にまとっている。その見た目からふたりが親子であることはなんとなく察しがついた。


 急いで、女の子の元に駆け寄り抱き締める。


「大丈夫、どうしたの?」


 私の問い掛けに女の子は口々に「お母さんが、お母さんが」と泣きながら答える。私は直ぐに母親の方へと視線を移す。


 頭から血を流している。


「やっぱり……」


 恐らく、この細い通路を沢山の人が走り抜けたんだろう。彼女はそれに巻き込まれて、転んだ拍子に頭を打ったんだ……


 恐る恐る、彼女の手を握り脈があるかを確める。


 ……よかった、脈はある。


 彼女の脈はリズムよく拍動を刻んでいた。

 

「大丈夫だよ、大丈夫」


 そう言って、女の子に言い聞かせる。もしかしたら自分に言い聞かせているのかもしれない。


 私はそっと彼女の頭に手を置いて傷口を探った。


 すると、擦れた様な痛々しい傷口が目に入った。恐らく、転んだ時に擦ったのだろう。同じ箇所にたんこぶがあるのもわかる。たんこぶがあるなら大丈夫とはよく言うが、そんなの実際のところ何の当てにはならない。

 でも、今この瞬間、彼女は生きてるし。間違いなく生きようとしているはずだ。この場所に置いて行くことは出来ない。


「君、名前は?」


 私は胸の中にいる女の子に声をかけた。


「私、メイ」


 女の子が今にも消え入りそうな、それでいて震えた声で返事をした。余りにも弱々しくて微かな命の灯火。吹けば消えてしまう小さな小さな灯火。


「大丈夫、お母さんは生きてるか大丈夫だよ。今から安全な場所に連れて行くからメイちゃんも手伝ってくれるね?」


 女の子が小さく頷いた。


 この命の灯火を守らなければいけない、決して消してはいけない。だって、弱々しくてもこんなにも一生懸命に灯っているんだ。絶対に守ってあげなければ行けない。


 そうだ、私はこんな風に困ってる人を助けるために白の師団に入ったんだ。私みたいに路地裏で泣いていることしか出来ない、無力な子供に手を差し伸べる為に白の師団に入ったんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ