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「黒の師団が攻めて来ただって!!」


 アレクくんが驚きの声をあげる。


 そんなの当たり前だ。この白の師団の総本部である、ホワイト・ロックに黒の師団の軍勢が攻めて来るなんて、一大事以外の何者でもない。声を荒げて当然の事態だ。


「ああ。今、郊外の外れの方で交戦してるらしい。今さっき、団員達が出ていったのを見たぜ!」


 出て行ったと言うことは、出撃したと言うことだろう。


 団員達が出て行ったと言うことは私達候補生も出撃する可能性があるってことだろう。問題なのはどれだけの規模の軍勢が攻めて来たのかと言うところだが……


 私は人だかりに目をやった。


 皆が一応に不安と恐怖が入り交じった表情をしている。視線も落ち着かずにキョロキョロと周り見ている者や逆に不安で頭を抱えてる者もいる。恐らくだが、この様子を見る限り現在の正確な戦況を把握してる人はひとりもいないだろう。


 私と同様に人だかりを不安げに見ているアレクくんのローブを摘まんで少し引っ張ってみせた。


「な、なんだい、アルル?」


 アレクくんがこちらに視線を移す。その顔は若干の不安を抱えているようには見える。それは当たり前のことだろう。しかし、彼は私の方を見ながらも、チラチラと視線の端でこの候補生の集団の様子を訝しげにうかがっている。


 恐らくだが自分の不安な感情よりも、この集団の落ち着きの無さを不安に思っているように見える。それならば私と考えは同じだ。


「アレクくん、この状況は不味いよ。正しい情報が入って来ないから。皆、軽いパニックになってる。師範から正しい戦況を聞いて皆に知らせた方がいいよ。もしかしたら、大したことないかもしれないし」


 最後の言葉は希望的観測だが。そう言った可能性だって十分ある。その逆も然りではあるけれども。


 私の考えを読み取ったのかアレクくんが一度頷いた。


「ああ、その通りだな。師範に指示を仰ぐべきだな。行くぞ」


 そう言うと、アレクくんは先程来た道に振り返り歩き出した。私もそれにくっついて行く。


「危ない所だった。危うく、あの場に呑まれるところだったよ」


 アレクくんが若干の冷や汗をかいている。


 仕方ない、こんな状況で冷静に物事を判断する方が難しい。かく言う私も今の行動が正しいなんて威張るつもりもないし。正しいかなんてわかりもしない。そんなの事が終わってみなきゃわからないし、終わってみてもわからなかったりする類いの話だ。


 でも、だからこそ正しい情報は何よりも大切だと思うし。なるべく正しい判断をするために正しい情報を手に入れて、皆と共有しなくちゃいけない。そして、それが出来ていない様子なので私達が動くと言うまでの話だ。冷静になれば誰だってわかる。しかし、皆がその冷静さを失ってしまっているのが恐ろしいところではあるが。きっと、彼等も白の師団の一員だ、正しい情報が入ったらきっと規律を取り戻すはずだ。

 

「とにかく、速く師範のところに行きましょう」


◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇


 師範達はホワイト・ロックの一階に一人一人の私室が設けられている。私達の師範もその一画に大体いつも在中している。


「パウル師範!!」


 アレクくんが部屋の扉を勢いよく開けて部屋の中に入る。ノックの一つもしないのかと思ったが、緊急事態なのでいいのだろう。私もアレクくんに続くように部屋に流れ込んだ。

 部屋の中は書斎になっており。私の背丈よりも高い本棚に沢山の本がぎっしりと詰まっている。そして、その部屋の中に灰色のローブを纏った初老の男性が一人立っていた。


「ああ、これはいい所に来ましたね、アレックスにアルル。丁度よかった」


 僅かに黒が混じった灰色の髪に深く皺の刻まれた顔。優しそうなタレ目に灰色の瞳が眺めるようにしてこちらを見る。


「パウル師範。黒の師団が攻めて来たと聞きましたが本当ですか!!」


 そう、彼こそがパウル師範。私達の魔術の先生である。


 師範には白の師団の孤児院に居る時から色々とお世話になっている。優しくて魔術師としてもとても強い人だ。小さい頃からお世話になっているからか、私にとっては父親のような物でもある。

 

 アレクくんの言葉を聞くとパウル師範はゆっくりした挙動で頷いてみせた。つまり、肯定の意味だ。しかし、それにしては師範はあまりにも動きが遅く緩やかだ。まるで私達に見せつけているようにすら見える……

 実際、これは師範のやり口である。ワザとゆっくり行動して相手に一息つかせて、冷静にさせる。私は小さい頃からこれに何度もウズウズさせられた。


 そんなことも知らずにアレクくんが声をあらげる。


「では、パウル師範!! 我々はどうすれば!!」


 アレクくんがゆっくりと動く師範を急かすように捲し立てる。そこで初めて師範が素早くアレクくんの言葉を手の平で遮ってみせた。


「落ち着きなさい、アレックス。そう慌てていたら救える命も救えんぞ。今のところ、君達はとびっきり速く行動を起こせている。だから落ち着いて話を聞いておくれ。よし、では詳しい話は歩きながら話しをしよう」


 そう言って、師範が私達を横を通り過ぎ、先ほど私達が歩いて来た道を歩き出した。さっきから私達は同じ所を行ったり来たり大忙しだな。そんな事を思った私の目の前を少し冷静になった様子のアレクくん通り過ぎ師範の後を追う。そして、私はそのアレクくんの後を追って歩き出した。


「先ず、黒の師団は郊外の外れに出没した。現在は白の師団が迎撃している。最初の情報では黒の師団の勢力は中隊規模、およそ二百と報告があった。これに本部の団員の五百が迎撃に出た。地の利もこちらにあり、こちら側が負ける可能性は低いと考えられる」


 師範が戦況の説明をしながら、足早に歩く。師範の「こちら側が負ける可能性は低い」と言うその報告にアレクくんが胸を撫で下ろすのが見えた。しかし、本当の話はここからだろう。


 何て言ったって、師範は私達に「いいところに来ましたね」と行ったんだ。


 それは詰まり、私達にはやるべき事があると言う事だ。

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