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「やっと来たな、ほら速く行くぞ。今ならギリギリ始業の鐘に間に合う」
そう言って、アレクくんが私の頭に白いベレー帽を乗せた。私はそれを手に取り眺めてみる。そのベレー帽には私の名前が書いてある。私のベレー帽だ。どうして、アレクくんが持ってるんだ?
私がそう思っていると。私の考えを察したのかアレクくんは少し笑いながらも呆れた表情を作った。
「昨日の授業で忘れてたんだ」
ああ、なるへそ。そう言えば無いなと思った。私はそのベレー帽をかぶりながら「ありがとう」と申し訳なさそうに笑ってみせる。
「よし。ほら速く行くぞ」
アレクくんが一度頷いて、背を見せて歩き出した。私もそれに習って歩き出した。
白の師団の総本部であるホワイト・ロックは、全体で三層構造となる巨大な白亜の城の姿をしている。
最下層である一階には師団の候補生や非戦闘員が住んでおり。そこで授業や学園生活の真似事をしている。二階には本部であるここに駐在している正団員が住んでおり。有事の際に備えている。そして、三階には白の師団の幹部達が住んでおり、白の師団の進むべき方向性を難しい顔をして話し合っている、のだろう。
不意に窓の外の景色に目を移す。
活気のある街並みが私の瞳に写る。このホワイト・ロックの元に広がる広大な敷地には城下町と言って然るべき街並みが広がっている。
そう、まるで国その物なのだ。そんなことを考えていると彼が背中を向けたまま私に言葉を投げ掛けて来た。
「まったく。君と言う者は何時までも自分が白の師団の団員だと言う自覚が無いようだな。毎日、寝坊ばかりで魔術の授業も居眠りばかり……」
いやはや、胸が痛い。まったくその通りである。私は勉強が苦手だし、魔術と言うのも理屈っぽく考えるよりも感覚に頼る方がなんとなく性に合っている。
「いやはや、申し訳ありませんね。座学は苦手で……」
そう言って、私は思わず自分の後頭部を撫でる。
「全く、そんなんで戦場に出ても瞬く間に黒の師団の軍勢に殺されてしまうぞ」
返す言葉もない。百歩譲っていただいて、屁理屈をこねさせて貰えば、座学でどうにかなるなら戦場で苦労はしない。とでも言わせてもらおうかな。まあ、これに関してはアレクくんが言ってることは間違いない。なのでそう言う屁理屈は口に出さずに頭の中に留めておこう。
「まあ、でも。私は一応女なんで最悪慰み物になるだけで済むかもしれませんね」
こう言う減らず口こそ、頭の中で留めておこうとは思うのだけれど、それが出来れば苦労はしないと言わんばかりに勝手に口が動いていた。そんな私の減らず口を聞いたアレクくんが鬼のような形相を浮かべながらわこちらを振り向いた。
「そう言うことは例え冗談でも、言うものじゃないぞ」
そう言うと、彼は向き直り再び歩き出した。
まあ、実際の話、冗談でもなんでもない。私はいつか戦場に出るだろうし。その戦場で負ければそう言ったことになる可能性は十二分にある。
もし、そうなったら。多分私は必死に命乞いするだろうし、いくらだって媚を売るだろう。尻尾だって、尻だって振る。出来るだけ優しく扱って貰うためにそう言った行動を必死にするだろう。過去のトラウマなんて関係なく、私はそう言った行動をするだろう。単純に死にたくないから。
それに私も戦場に立って命のやり取りをする立場だ、最悪命を失う覚悟はある。それに比べれば慰み物になる事なんて軽い方だ、むしろ男性陣と違って最後にワンチャン生き残るチャンスがあるんだから、そこは喜んで然るべきだ。だから、そうなったら必死にそうなるのを望むし、そう言った行動を取る。それにその結果、死んだ方が良いと思ったなら自分で死ねばいい。
舌でも切るなり、腕を噛み切るなり、自分の魔術で脳でも焼き切るなりして自決すれば済む話だ。ただそれだけの話。ただこれも減らず口なので頭の中に留めておく。流石にこれを言ってしまったら、アレクくんに本当に激怒されてしまう。
暫く歩くと私達が向かうべき教室が目に入った。するとアレクくんはひと安心したのか、やれやれとでも言いたげに肩をすくめ私を見る。
「全くの君のお守りも大変だよ。君の下らない冗談にも付き合わされるし、危うく僕も授業に遅刻するところだったしな」
だから待ってなくていいって言ったのに……
それにお守りを頼んだ覚えもないし。
アレクくんはそう言って少し笑ってみせる。そして、教室の方へと視線を向けた。その視線の先を見ると、アレクくんの笑顔がゆっくりと引っ込んだ。
私もその視線の先を見る。何やら教室の方が騒がしい。
そのいつもと違う雰囲気を察して、アレクくんを見ると難しそうな顔をしている。
「なんか様子が変ですね」
どうやら教室の前が騒がしい。教室の外に人が集まって人だかりが出来ているようだ。一体、なにがあったんだろうか? その様子を見てアレクくんが人だかりへと近づいていった。
「どうしたんですか。なにかあったんですか?」
そのアレクくんの問い掛けに一人の候補生が勢いよく答えた。
そして、勢いよく帰ってきた答えは驚愕の答えだった。
「どうしたもこうしたもねぇ! 黒の師団がこのホワイト・ロックに攻めてきたんだ!」




