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 目が覚めると一人の青年が私を見下ろしていた。短めの白髪に大きく綺麗な灰色の瞳に知的な印象を与える眼鏡に涼しげな表情。年頃の男の子にしてはやけに肌が白く、身体の線も細いように思える。そして、その知的な外見に合わせたかのような白いローブを纏っている。


 そんな、彼が私の肩を手で掴み私を軽く揺すっている。その手はとても細く白く綺麗で先程の夢の中の手とは全くの別物だった。それを見て少しだけ胸を撫で下ろす。


「まったく、やっと起きたのか」


 彼が呆れた顔をしてこちらを見下ろす。


「アレクくん。どうして私の部屋に……」


 アレックス・ワーミスト。それが彼の名前だ。


 彼の呆れた様な目がこちらを尚も見下ろす。私はベッドから起きるとまだ寝惚けた目を擦りながら部屋のようすを見渡す。別段変わったところはない。

 今、まさに私の腰かけている簡素なベッドがひとつに勉強机もひとつ。そして、いくつかの着替えが入っているクローゼットがこれまたひとつ。簡素な部屋だろう。散らかる程の物もないし、かと言って綺麗と言える程の手入れもされていない。


 もう一度、こちらを見下ろしている彼に視線を移す。やはり、その顔は呆れたと言った表情をしている。


「早くしないと朝の授業に遅れるぞ」


 ああ、そうだった。ここは確か白の師団。その総本部ホワイトロックだったか。前世の記憶と先程の夢の世界と現在が入り乱れて混線している。


「わかりました~ すぐ準備しま~ふ」


 思わず欠伸が出てしまう。アレクくんはそんな私の様子を見てやはり呆れたと言った表情をしている。


「ほら、早くするんだ。早くしないと遅刻するぞ」


 そう言って、彼は私の腕をひっ掴みクローゼットの前へと連れて来た。私はやれやれと溜め息と共に欠伸をして、クローゼットを開いた。クローゼットの中を一通り見て。彼が着ているのと同じ白いローブを手に取る。そして、アレクくんを一瞥する。


「なにしてる。ほら、早くしろ」


 今度はこちらが呆れた顔をしてみせる。

 まったく、勘の悪い男の子は女の子に嫌われるぞ。

 

「一応、私も女の子なんで部屋から出ていってくれますか? それとも、見たいんですか?」


 そう言って、さもどっちでも問題ないと言ったように私はパジャマのボタンをひとつ外す。

 

 その様子を見た彼の白い顔が一気に赤面した。あの様子を見るに「せっかく起こしてやったのにその態度はなんだ」と怒り心頭になってるか。あるいは、私のことを女の子としてみてくれているかのどちらかだろう。


 彼は勢いよく振り返り、部屋を後にしようとする。私はそんな彼に一言声をかけた。

 

「起こしてくれてありがとうございます。待たせるのは悪いんで先に行っちゃってて下さい」


 彼は背中を向けたまま片手を上げ、私の言葉に答えてみせた。そして、そのまま私の部屋から出て行った。


 ……やっと、ひと息つけるか。


 私はクローゼットについている小さな姿鏡に目を移した。


 子供っぽい顔に緑色の瞳。肩で切り揃えた金髪の髪に身体も子供っぽい肉付き。そして、子どもっぽく細っこい四肢。いちおう、女の子とわかる程度の膨らみはあるがそれだけで、このローブを纏ってしまえば。さあ、どちらでしょうと言った感じだ。


 まあ、それはそれでやりやすい。なんせ私の前世は男だったからね。ただ、この前世の記憶と言うのも微妙な物でかなり霞がかっている。

 記憶の中にある前世の世界は不思議な場所で、鉄の塔が幾百とそびえ、鉄の箱が走る世界だった。この世界よりも遥かに文明が発達していて何もかもが進んだ世界。そんな世界で生きていた記憶がある。だけど、なんで私が死んだのか、どういう人生を送ったのかはいまいち思い出せない。

 その世界の知識も思い出せる範囲と思い出せない範囲があるし。一体どう扱ったらいい物かと言う感じだ。


 そして、この世界での私は戦争孤児で物心がついた時には既に路地裏の泥水を啜って生きていた。今にして思えばよく変な病気を貰わなかったなと思う。これまた今にして思えばだけど。あの時の自分は既に前世の記憶を頼りに何とか食べられそうな苔だの虫だのキノコだのを選別して口にしてたのかもしれない。


 そんな風に生きていた私にもある日、転機が訪れた。

 大して色香のない私を組伏せようとする男に出会ったのだ。


 そう、あの夢の男だ。暗闇の中、顔も何もわからなかったがあの手の恐ろしさと醜さとニオイだけは今でも鮮明に悪夢として甦る。


 そして。その時、私の中に眠るひとつの才能が覚醒した。それが“魔術”の才能だった。後で聞いた話では、私の魔術の属性は“雷”らしい。


 それこそ無我夢中にがむしゃらに発動させた魔術は凄まじい稲光となって放たれ。その男を一瞬で消し炭にしてしまったのだ。その時の凄まじい轟音と目を見張る程の稲光は今でも忘れはしない。そして、その恐ろしい程の威力も決して忘れはしない。


 なんせ、人ひとりの命を意図も容易く絶ってしまったのだ。忘れようにも忘れられない。いくらそれが自分を犯そうと襲ってきた男でさえだ。


 そして、その騒ぎを聞き付け現場に駆け付けた白の師団の人間に私は保護され今現在へと至ることになる。それが今までの私の物語だ。

 

 自分の過去に思いを馳せながら、私は白の師団の魔術師に配給される白いローブに袖を通す。白の師団と言うだけあって配給される衣服の類いも白が多い。本当は洗濯が大変だし汚れも目立って大変だから好きじゃない。

 配給される衣服類の中でも唯一の黒色である、タイツに足を通し。ローブに隠れていて見えはしないのだが、スカートか短パンどちらを履くかを迷い、短パンに手を伸ばす。前世が男性だからなのだろうか。どうもスカートと言うものは慣れないらしく、私はどうしても短パンを選んでしまう。


「よし、これでいいか」


 そう言って、姿鏡を見る。すると、そこには立派な白の師団の魔術師がいた。少しばかり髪が寝癖で元気に跳ねているけれど。まあいいだろう、どうせ誰も気にしないさ。


 白の師団とは世界を守る自警団、黒の師団と相対する集団の総称とでも言えばいいのだろうか。

 古くは何百年前にまでさかのぼるらしいが私はよく知らないし知るつもりもない。簡潔に言うならば「黒の師団が世界征服をしようとしてて、それを止めようとしてるのが白の師団」と言う認識でいいと思う。


 あらゆる種族や国民が集う国際組織であり。それ故か国家間の橋渡し役や交渉役になることも多く。平和の使者とも呼ばれたりしている。実際にはそんなことはないが勝手に呼んでいるので止めることも出来ない。実際にはもっとえげつない組織なんだが。それはまあ、別に話さなくてもいいだろう。


 取り敢えず、授業に遅刻したら面倒だし。アレクくんも待っているかもしれないし、早く行くとするか。


 そう思い、私は自室を後にした。

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