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奥手切は眠りたい。

 セツは寝る前のこの時間が苦手だ……。


 あの人に嫌な思いをさせてないだろうか。

 もっと他に接し方があったかも知れない。

 こうすれば、ああすれば。


 堂々巡りを繰り返して、もう考えるのが辛くなった時に気を失うように眠る。


 健全ではない。

 そんな生き方は健全ではない。


 セツはそう思いつつも、同じような時間を毎日過ごしていた。


 そしてここ数日は、行動に加え。

 言葉を使うようになった。


 それだけで複雑さは何倍にも膨れ上がり。

 もっと優しい言葉は無かったか、とか。

 あの時に気付いて上げられれば良かったのに、とか。


 考える時間は更に増えていった。

 だけどそれが辛いことだけではない。


 遂に日和ちゃんに謝ることができたから。

 辛いだけじゃなくて、日和ちゃんと郡さんと仲良く楽しく御話しがしたい。

 そういう楽しみができた。


 其処で新しい問題が起こったのだ。

 辛くて気を失うように寝ていたのに、楽しい部分が生まれたから。


 気を失わないのだ。


 つまり眠れない、ずっと考えてしまう。

 日和ちゃん郡さん日和ちゃん郡さん。


 うぅ、セツはおかしくなってしまったのでしょうか。


 二人のことを考えると怖い気持ちとか嬉しい気持ちとか、ない交ぜになって。

 寝るのが難しくなってしまった。


 昨日は午前二時を過ぎていた。

 今日は午前三時を過ぎている。

 明日は午前四時を過ぎるだろう。


 このままでは眠れない日も近い!?

 セツは新しいピンチに気付いて。


 ……気絶した。




 o第5話o


 ↓奥手切は眠りたい。↓




 日和ちゃんは、かに座。

 郡さんは、うお座。

 セツは……。



「……おとめ座です!」



 よし!

 これなら誰も傷付かない。

 セツは頑張りました!


 ……。

 其処で目が覚めた。



「うぅ、何とか眠れた……」



 起きれたと言い換えても良いかも知れません。

 やはり体が重いです、このままでは不味い。


 階段を降りると、洗面所に向かう。



「あ、姉ちゃんおはよう」



 弟に御辞儀をすると、交代で洗面台の前に立つ。

 目の下にクマが出来かけている、目つきもいつもよりも悪い。


 このままでは良くない。

 これでも女の子なのだ……。

 はぁ……。


 朝から溜め息など吐きたくなかった。



「切? 何か有ったの?」



 御母さんの第一声がそれだった。

 セツは首を横に振る。



「でも疲れているみたいだし」



 眠れないだけ、と言いかけて止めた。

 きっと御母さんに心配をかけてしまう。


 それは嫌だった。

 これまでも色々と迷惑をかけてきたのだ。


 セツは少しでもそういうことを減らしたい。



「……大丈夫」



 頑張って絞り出した言葉がこれだ。

 いつか使おうと思っていた言葉。


 大丈夫。


 これは魔法の言葉である。

 全てを解決する魔法の言葉である。


 それと同時に、全てをセツ自身に閉じ込める。

 魔の法だった。


 御母さんは一瞬驚いた顔をした。

 久しぶりに声を聞いたのだ、思う所もあるだろう。



「無理はしないでね」



 少し困ったような顔で笑う御母さんの前で。

 セツも困ったように笑った。







 学校に向かう道は坂道だ。

 長い坂道が続いて苦しい。

 体調不良も相まって余計だった。


 辺りを見回す。

 あれ……、もしかして先輩では?


 待機部の福海先輩だった。

 どうしよう、挨拶した方が良いよね。


 でも、あまり話したことが無いしその後に何を話せば!?

 頭の中でワチャワチャしていると、こちらに気付いた福海先輩が近づいてきた。



「……オハヨー」


「……」


「……オハヨウ?」


「……」


「……モシカシテ、コンニチワ?」


「……あ!?」



 意識が飛んでいた。



「……ませんません!?」



 慌ててしまって、すみませんすら言えてなかった。



「……ダイジョウブ?」



 福海先輩が魔法の言葉を使ってくれる。



「……だ、大丈夫です」



 だからセツも同じように使った。


 オウム返しも人を傷付けにくい技の一つだと思っている。

 魔法の言葉と技のコラボレーションだ、間違いない。


 そう思っていたが、福海先輩意外な言葉を使った。



「……ダイジョウブ、ジャナイ」



 え?

 否定されるとは思わなかった、最強のコラボでは無かったのか。



「……ムリハ、ヨクナイ」


「……無理、何て」


「……シテル」



 福海先輩はそう決めつけたように言った。

 其処まで力強く言われると、段々そんな気がしてくる。



「……ダイジョウブハネ」



 福海先輩は優しい瞳で言う。



「……ダイジョウブナトキニ、ツカウノ」



 福海先輩は部室で、日和ちゃんを傷付けるしか無かった時に。

 大丈夫だと言ってくれた。

 怖くても伝えることの大切さを教えてくれた。


 だけど今はそう言ってはくれない。

 まるで見透かされているようだ。


 セツが無理して言っていることなど御見通しなのだ。


 其処で思い出したのは、御母さんの困った顔。

 あれは、そういうことだったのだ。


 駄目な時に、駄目だと言ってくれないことに対する困り顔。

 同じように、見透かされて居たのだろう。



「……どうすれば」



 零れるように言葉が漏れた。

 考えて、言葉を使いたいのに、出てくるのは零れた声だけ。

 心の声だけだった。



「……オシエテ? ドウシタノ?」



 それなのに、こんなに優しい言葉をかけてくれる。


 セツは福海先輩に話すことにした。

 思っていることを少しずつ……。



「……ネムレナイ?」


「……はい、昨日は三時を過ぎてました」


「……ツラカッタネ」


「……」



 言葉も無かった。

 共感の言葉が素直に嬉しい。

 辛い心が少し和らいだ気がする。



「……でも、楽しいこともあるんです」



 二人と仲良くなれて良かったことを話す。



「……トモダチ、ウレシイノ、ワカルヨ」



 福海先輩は、想いを馳せるように空を見上げた。



「……タノシイコト、ダケジャ、ダメ?」


「……上手く話せてるか、とか」



 相手を傷付けてないか、とか。



「……気になってしまって」


「……ココロノモンダイハ、ムズカシイ」



 やはり福海先輩でも難しいようだ。



「……カンガエテミル」


「……あ、ありがとうございます」


「……ウン。タイセツナ、コウハイダカラ」



 大切な、そう言ってくれて嬉しい。

 解決法が見つかった訳では無いが、少しだけ心が軽くなった気がした。







 教室に入ると、日和ちゃんも郡さんも既に来ていた。



「……おはよぅ」



 二人に挨拶を返す、席に座る。


 三人が並ぶと無言になることが多い。

 セツとしては助かる、喋らないということは傷付けないということだ。


 だけどそれで良いわけでも無いのも分かっている。

 傷付けずに分かり合うことの難しさに怯えていた。


 ふと、違和感を覚える。

 何かが昨日と違うような。



「……!」



 それは日和ちゃんの髪型だった。

 今日は日和ちゃんがシュシュを付けている!


 そう言えば小さい頃は付けていたはずじゃ。

 髪型もあの頃に似ているし……。


 よく見ると、少し色褪せていて。

 恐らく昔付けていたのと同じのだと思った。


 どうして付けていなかったシュシュを、今日は付けているのか。

 何か心境の変化があったのだろうか?


 郡さんは気付いていないのか何も言わない。

 セツが勝手に気付いただけだ。


 だから何も言わなくても良いのだろう。

 それでも、思う。


 何か、何か言わなきゃいけない。

 黙ってそのまま見過ごしては駄目な気がしていた。


 だから、精一杯考えて考えて考えて。

 やっと紡いだ言葉。



「……似合っているよ」



 そんな言葉に、日和ちゃんは優しく笑ってくれた。


 ……。


 セツの言葉で笑ってくれた。

 それが凄く嬉しくなる、胸が熱くなる。



「……」



 セツは何も言えなくなって、顔を落とした。

 きっと赤くなってしまっている。

 恥ずかしくて、何も何も。






 本日の授業を終えると、セツ達は部室へと向かった。



「……ボラ部かな?」


「……どうだろー?」



 郡さんの言葉に、日和ちゃんが答えた。

 今日も依頼が無ければボランティア部の手伝いになるのだろうか。


 部室に入る。



「……」


「……」


「……」



 誰も居なかった。

 いつも先輩達の誰かがいる印象だったけど。



「……誰も居ないね」


「……うん」


「……」



 セツ達は黙って椅子に座った。



「……」


「……」


「……」



 少しずつ話ができるようになってきたけど、喋らない時間も多い。

 日和ちゃんの顔を伺う。

 何故か、ちょっと楽しそうに見えた。



「……もし依頼が来たら」


「……!!?」


「……??!」



 郡さんの言葉にセツと日和ちゃんは凍り付く。



「……ふふっ」


「……ははっ」



 冗談だと笑い飛ばした。


 もし依頼人が来たとして、セツ達だけで何ができるだろうか。

 何なら会話すらままならない。


 というか、ここ数日で一人も依頼人が来ていないのだ。

 たまたま先輩方が居ないこのタイミングで来るはずが無い。



「……」


「……」


「……」



 ガラガラッ。



「こちらが、待機部さんですか?」


「……!!?」


「……!??」


「……?!!」



 来た!?


 来ましたね!?


 誰ですかフラグ立てたの!?


 セツです!

 セツです!

 セツですよ!?


 完全にパニックになっていた。



「……」


「……」


「……」


「ど、どうなのでしょう……?」



 依頼人さんは困っていた。

 だって誰も返事をしないのだから。

 だけど、やはり一番に口を開いたのは。



「……依頼、ですか?」



 日和ちゃんだった。



「そうなのですよ。折り入って御願いがあります」


「……今、先輩達が居なくて。私達でも大丈夫ですか?」


「もしかして一年生さんですか?」



 セツ達は頷く。



「そうですね……、大丈夫です!!」



 依頼人さんは満面の笑みでそう言ってくれた。







 そしてセツ達は依頼人さんに連れられて部室の一つにやってきた。


 部室には睡眠同好会と書かれている。

 割とピンポイントで気になる同好会です……!



「ぐっすりスヤスヤ心地良い眠りを見守りたい! 私は安眠担当のアンミンだよ!」


「うきうきニヤニヤ楽しみながら眠りたい! ウチは楽眠担当のラクミンや!」


『二人そろって、睡眠同好会!』



 というキャラクターPVが流されていた。



「ちなみに楽眠は造語です。すみません」



 何故か謝られました!?



「改めましてようこそ睡眠同好会へ、私は唯一部員三年の長見眠理ーオサミネムリーです」



 お辞儀をする長見先輩、セツ達も慌ててお辞儀を返す。



「……」


「……」


「……」


「わぁ、まさか新入生の方まで無口だったとはですね」



 無口なのは有名らしい、セツからしても予想外だ。



「今日はどうしても皆さんの力をお借りしたかったのです」


「……」


「……」


「……」


「進めさせていただきますね!」



 長見先輩は無口なセツ達を気遣って言ってくれる。


 うぅ……。

 気遣われてしまった……。


 無口であることで傷付けないつもりでいたが、気遣われてしまうのも考えものだ。



「睡眠同好会ではよりよい睡眠の為に色々と試しているんだけど、最近見つけた方法が他の人にも有効なのか知りたいってのが簡単な理由です」



 またしてもピンポイントなのですね……!

 凄く気になる話です。



「……あ、あの」


「どうかされました?」



 三人がセツに注目する。

 急に緊張してきた、でも知っているから。

 それに打ち勝った人達を。



「……奥手、切です」


「奥手さん、長見です。宜しくね」


「……はい」



 日和ちゃんと郡さんも一緒に名乗っていた。

 少し嬉しくなる、二人よりも先に動けた自分に。



「……あの、知りたいです」



 睡眠できる方法。



「おや、成程そうですね。早速お話しますね」



 長見先輩はセツの顔を見て言う。


 は!?

 もしかして、クマを見て……!?


 は、恥ずかしい……。



「……?」



 日和ちゃんが首を傾げながらこちらを見ている。


 あわわわっ!?

 セツは目元を髪で隠すように俯いた。



「……」



 郡さんもこちらを見ています……、うぅ。



「じゃあ、まず睡眠の前の基本をおさらいしましょうか」



 基本……?

 布団に入って目をつぶるだけじゃないのだろうか?



「やっぱり最初は寝具ですね。布団や敷布団、マットにベッド、何より枕ですね」


「……」



 言われてみると割と多くで構成されている。

 でも、それらの質まで考える必要があるのだろうか?



「ありますよ!」



 何も言ってないのに返事をされました!?

 顔に出ていたのでしょうか、……恥ずかしい。



「布団や敷布団は重さや温度ですね、重いと寝返りがうてなくてストレスが溜まりますよね」


「……?」


「……??」


「……???」



「溜まるんですよー。無意識化でもストレスって溜まるんです、気付いていないだけで!」



 そうだったのか!!

 セツがどこか無意識でストレスが溜まっているのだろうか……。



「それに温度も大事です。適切じゃないと睡眠の質が低下しますし、最悪夜中に目が醒めてしまいます」



 そうなのかな……?

 いつも気絶してるからあまり分からない。


 ふと隣を見ると、郡さんがメモを取っていた。

 流石です郡さん……!


 自分もメモを取ろうかと全身を確認したが携帯すら無かった。


 え、何で無いの携帯??

 ……鞄の中に置いてきたようです。



「ベッドやマッドは体重を分散させる役目ですね、女の子の体重だと四十キロぐらいでしょうか」


「……」


「……」


「……」


「聞いてないですからね!? 乙女の秘密は守ります!?」



 秘密は守られたようです。



「四十と仮定してですね、その重さの物体を持ち上げようとするとこれが結構重たいわけですね」


「……」


「……」


「……」


「そういう意味じゃないですからね!?」



 何も言っていないのに長見先輩は困っていた。

 ちょっと悪いことをしてしまったかもですね……。



「と、とにかく体重を分散させないと体に負荷がかかるので睡眠にも影響が出る訳です」


「……先生。質問、いいですか?」


「先生、ですか……?」



 郡さんが手を挙げて質問していた。

 長見先輩に聞きたいことがあるようです。


 ……先生?



「……低反発と、高反発がありますが」


「あ、そうですね。理由がなければ高反発マットの方をオススメしますよ。低反発マットは沈みますので寝返りがうちにくくなるんですよ」



 そうなんだ……。

 低反発の方が体に優しいイメージがあったけど。



「体重の軽い女性ならば低反発もオススメできるのですが」


「……」


「……」


「……」


「あ、その。ごめんなさい……」



 遂に謝られてしまいました。。。



「最後は枕ですねー。これはもうね、オーダーメイドが必要なレベルなんですよ」


「……オーダーメイド?」



 思わず聞き返してしまった。



「はい。本人にフィットさせる為にはそうなります。合わない枕を使い続けていると、段々と首にコリができたり寝違えたり散々な目にあいますよ!」



 恐ろしい話をされた……。

 枕なんてどれでも同じだと思っていた自分が恥ずかしい。



「最近は同じ姿勢で携帯を弄ったりするせいで、ストレートネックと呼ばれる首のS字カーブが真っすぐになる人も多いそうです。そうなると枕がより嚙み合わなくなって、呼吸が妨げられたりいびきをかいたり寝違えることも増えていくんですよ」



 い、いびき……。

 流石にそれは恥ずかしい……。


 誰かに聞かれたらと考えると……。

 ……もう駄目そうです。


 へにゃっと、尻持ちをついてしまう。



「……!!?」


「……奥手さん!?」


「……??!」



 恥ずかしくて慌てて立とうとするが、力が入らない。



「……手を!」


「……あ、ありがとう日和ちゃん。郡さん」


「……大丈夫?」


「……う、うん」



 多分……。



「見るからに寝不足みたいですね」



 やはり気付かれていたようです……。



「奥手さん、こちらへどうぞ」



 長見先輩が促してくれた先には、ベッドがあった。



「少し横になっていきませんか?」


「……だ」



 大丈夫と言いかけて、言い淀む。

 福海先輩が言っていた。


 大丈夫は大丈夫じゃない時には使わない。



「……少し、お借りします」


「えぇ勿論です、シーツは毎日洗っていますので安心してくださいね」



 ベッドに腰掛けると、ボスンッと倒れ込む。


 シーツの心地良い肌触りと、洗濯後の爽やかな香りがする。

 布団は柔らかく暖かい。


 凄く気持ちがいい。



「今日は朝から布団を干していたので、気持ちいいでしょう」


「……はい」



 そう言えば最近ちゃんと布団を干してなかった気がする。

 枕の高さも合ってるかどうかも分からない。


 何もちゃんとできてなかったのだろうか……。

 あ、頭がボーっとしてきて。


 …………。


 ……。







「……?!」


「おはようございます」



 目が醒めると長見先輩が声を掛けてくれる。



「……セツは」



 寝てしまっていたらしい。

 既に陽が落ちてしまっている。



「眠れていなかったんですね」


「……はい」



 は、恥ずかしいなぁ。



「……あ、あの、二人は?」


「少し前に帰って貰いました。もう七時を過ぎてますし」


「……??!」



 もうそんな時間!?



「……か、帰ります!」


「はい、また会いましょう」



 長見さんは優しい笑みを見せてくれる。

 セツはお辞儀をすると、慌てて部室に帰った。





 まだ電気はついてる!



「……あ、あの」



 恐る恐る部室を覗く。



「……奥手さん!」



 こちらに気付いた郡さんが声を掛けてくれた。



「……ご、ごめんなさい!」


「……ううん。いいよ」



 そうは言ってくれるが部活の途中で居眠りして迷惑をかけちゃう何て……。

 恥ずかしい、倒れそうだ……。



「……ドウダッタ?」


「……福海、先輩?」



 郡さんの後ろから福海先輩が声を掛けてくれる。

 福海先輩は教科書を広げて勉強中のようだった。



「……ネムレタ?」


「……は、はい。……少しですが」


「……ヨカッタ」



 そう言って笑みを浮かべる福海先輩。



「……ご、御迷惑をおかけ、かけ……」



 先輩にも迷惑をかけてしまった、恥ずかしい。

 恥ずかしいことばっかりだ……。


 不甲斐ない、自分が嫌になる。

 上手くやろうとしてもできない。

 何でこんなに駄目なのだろう。



「……オクテサン」


「……は、はい」


「……メイワクジャナイ、ヨ」



 そう言って再び笑みを見せる福海先輩。

 何処までも優しい人だと思う。


 でもセツは……。



「……帰ろっか」



 郡さんがそう言うと、セツも頷く。



「……マタアシタ」



 福海先輩は嬉しそうに手を振ってくれた。










 郡さんと二人で歩く帰り道。

 いつも三人だったから初めてのことだった。



「……日和ちゃんは」



 セツの口を思わず突いてしまう。

 日和ちゃんは先に帰ってしまったのだろうか。


 見捨てられてしまったのかも知れない。

 こんな馬鹿なセツ何て……



「……家の手伝いがあるからって」


「……そう、なんだ」


「……ごめんね」


「……?」



 何故か郡さんが謝罪の言葉を使った。

 その意味が汲み取れない。


 郡さんは言葉を上手に使うイメージがあったので、驚く。



「……アタシは」



 郡さんが何かを言おうとしている。

 それは何故か、とても重要な瞬間に思えた。



「……寄見さんにはなれない」


「……?」



 何のことだろう……?



「……二人みたいに何の思い出もないから」



 思い出、セツと日和ちゃんが幼いころの記憶?



「……あのね、奥手さん!」


「……は、はい!?」



 急に大きめの声を上げる郡さん。



「……御願いがあるの」


「……御願い?」


「……下の名前で呼んでも、良いかな?」



 名前?



「……アタシも、二人の特別になりたいから」



 特別……。

 ……。


 …………!


 もしかしてセツは、日和ちゃんと郡さんで態度が違っていた?

 そしてそれを郡さんが気にしている?



「……そ、そんなこと」



 無いと言い切れるだろうか。


 日和ちゃん、郡さん。

 呼び方一つも同じじゃないのに。

 二人とも大切な友達になりたいって思ったはずなのに。


 あ、あぁ……!

 もしかしてセツは、セツはセツは……。


 郡さんを……、傷付けていたのだろうか……。


 そう思い至った瞬間、脈拍が加速するのを感じた。

 あまりのことに涙が出そうになる。


 誰も傷付けたくないと思っていたはずなのに、早くも人を傷付けてしまっていた。


 言葉だけじゃない、態度や思考。

 人は生きているだけで人を傷付けてしまう。


 ならセツは、……どう生きればいいのだろうか。


 ……無理だ。

 そんな方法は無い。


 セツがあの暗闇から出てきた以上、避けようがないことなのだ。

 それなのに日和ちゃんの優しい言葉に、郡さんの優しい仕草にのこのこと出てきてしまった。


 その結果がこれだ。

 やはりセツはあのまま、暗い場所で。



「……切、ちゃん!」



 ……。

 その言葉は、照らしていた。



「……ちょっと、恥ずかしいかも」



 そう言って笑う郡さん。

 その言葉は、ちゃんと照らしていた。


 セツの暗い部分を、真っすぐに。

 こっちに居るよ、そう言ってくれているよう。


 あ、駄目です……。

 我慢できそうにありません……。



「……えぇ!? ご、ごめんなさい!?」



 思わず泣いてしまったセツを気遣うような言葉をくれる。

 傷付けたのはセツなのに。



「……ち、違うの。ありがたかったから」


「……ありがたい?」


「……こっちこそごめんなさい」



 セツは郡さんのことを尊敬している、でもそれは日和ちゃんにも同じだ。

 二人に対する思いに違いなんてない。


 それなのにセツは苗字で呼んでいた、郡さんの……。

 風華ちゃんのことを。


 別に苗字で呼ぶことは不自然では無い。

 だけど友達何だ、もう少し特別でも良いのではなかったか。


 だからちゃんと思いを込めて言おう。

 初めてだけど、これからたくさん使うことになる。

 大切な名前を。


 少し意識して、心を込めて言う。



「……風華、ちゃん」



 少し照れが出てしまった。


 だけど風華ちゃんの表情をみれば分かる。

 これこそが向き合うということ、自分に風華ちゃんに。



「……切ちゃん!」



 そう言った郡さんの気持ちが凄く伝わってきた。

 それに煽られてセツも嬉しくなってくる。


 ちゃんと顔を向き合って名前を呼ぶ、それだけでこれ以上ないほどに分かり合えた気がした。


 セツがどんな暗闇居ても照らしてくれる。

 そんな存在。


 それはどうしようもなく特別なのだと。

 何回でも刻み込むように反芻していた。








「……福海先輩が言ってたよ」


「……?」


「……眠れてないんだよね?」


「……うん」



 それから帰り道の途中、風香ちゃんが教えてくれる。


 長見先輩から聞いた睡眠の話は奥深く、どれも興味深いものだった。

 取っていたメモを後で送ってくれるらしい。


 本当に助かります……。

 また涙が出そうだった。



「……長見先輩はそんなに困っている感じじゃなかった」


「……え?」


「……多分、福海先輩が御願いしたんだよ」


「……ぁ」



 納得してしまう。

 福海先輩はセツの為に考えてくれると言っていた。



「……アタシの想像だけど」


「……ううん。セツもそう思う」


「……うん。ふふっ」


「……ふふふふっ」



 嬉しくなって笑ってしまった。

 優しい先輩達と、大切な友達。

 そして、この分かり合えた瞬間が何よりも愛しく思える。








 御風呂から出たセツに御母さんが言った。



「切? 大丈夫?」



 相変わらず心配をかけている。

 それは仕方のないことだけど、ちゃんと向き合おう。


 セツはちゃんと御母さんの顔を見て。

 笑顔を向けていった。



「……大丈夫だよ!」



 それを見た御母さんが、嬉しそうに笑った。

 セツが笑えば皆も笑ってくれる。


 そんな簡単なことに、初めて向き合ったのだ。






 その日の夜。

 睡眠の為にできることを全部して布団に入る。


 最初は心配だったけど、皆のことを思うと自然と笑みになって。


 自然と心地良くなって。

 自然と眠りにつくことができたのだった。


 zzz

。今回の向き合いポイント


セツは自分を思ってくれている人達への思いに向き合った。

まだまだ成長途中!!


。次回予告


郡風華は笑いたい。



御楽しみに!!




すみません、大変遅くなりました!


別の連載を始めたせいもありますが、不徳の致すところです。

本当に申し訳ありません!!


言い訳をさせて貰えるのならば、この作品は凄くすごーく長い目で書こうと思っています!


宝物のようにゆっくりと大切にしまっていきたい作品です。

なので読者様の方々にも長い目で読んでいただけると、幸いです!!


今回はセツちゃんの回です、可愛いですよねセツちゃん!

おどおどしているのに誰よりも優しいんです。


でも優しさに必要な強さはまだ備えていない。

それを暖かく見守っていける環境こそが今の時代には必要だと思いますね!!

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[一言] 投稿お疲れ様です。お久しぶりですね、そしてあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!
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