奥手切は向き合いたい。
「では自己紹介をしていただきましょう!」
先生の掛け声で順番に自己紹介をしていく。
「……」
「どうしたの?」
セツの二つ前の人が黙り込んだ。
「……」
「え、貴女もなの!?」
セツの一つ前の人が黙り込んだ。
「……」
「三人連続!?」
セツも黙り込んで三連勝だった。
先生は困った様に笑うと、苗字だけを皆に伝えていた。
セツ達は窓際の一番端の、一番後ろの席に。
集められたかの様に、ただ黙って息を潜めていた。
o第3話o
↓奥手切は向き合いたい↑
セツは自分が嫌いだ。
思慮が浅くて、他人を傷付けてしまったから。
子供の頃、近くの公園で何人かと遊んでいた。
近所から子供達が集まって勝手に仲良くしていた。
その頃はセツもそれなりに会話ができたと思う。
何も考えていなかったから。
『入れてー』
ある日、1人の女の子が公園にやってきた。
屈託なく良く笑う子だった。
一緒に砂遊びをして、笑い合ったのを覚えている。
『そう言えば、名前! 聞いてなかったね! セツは奥手切って言うの!』
セツがそう言うと、あの子は。
『私は、寄見日和だよ!』
そう教えてくれた。
他愛の無い自己紹介。
でも、子供だったセツは思った事を簡単に口に出してしまった。
意味も分からずに。
『それじゃあ、日和見ちゃんだね』
そんな風に言ってしまった。
無邪気に、何の悪意も無く。
そんな事を言ってしまった。
『日和見ちゃんって言うんだ』
『日和見ちゃん! 日和見ちゃん!』
最初はセツだけが呼んでいたのだけど。
周りの子達も面白くなったのか、同じ様に呼ぶようになった。
日和ちゃんも笑っていたから、セツも笑った。
その時は何も思ってなくて。
むしろセツの言葉で皆が笑ったから。
何だから凄い事をした気がしていた。
『それで日和見ちゃんがね!』
帰ってから御母さんにその話をしたら、少し困った様にたしなめられた。
あまり良い意味で使う言葉では無いと言われた。
けど、日和ちゃんは笑っていたから、そんな事は無いと思った。
『日和見ちゃん!』
そう何度も何度も言っていたと思う。
いつも集まっていた子供達も皆そう呼んでいた。
皆が笑ったから、セツも笑った。
皆が笑ったから、日和ちゃんも笑顔で。
……?
……あれ?
笑っていない?
それに気付いたのは、たまたまだった。
皆が楽しそうにしている中で、日和ちゃんだけは悲しそうな顔をしていた。
誰もそれに疑問を持たない。
それはとても寂しい景色だった。
『セツは悪い子です』
御母さんにそう言うと、セツの頭を優しく撫でてくれた。
御母さんが正しかったのだ。
言葉は無遠慮に投げつけて良いものではない。
日和ちゃんが悲しんでいるのならば、使うべきでは無かったのだ。
セツは謝ろうと思って、次の日も公園へと向かった。
だけど、日和ちゃんはやってこなくて何日も公園に通った。
明日は来るだろう、明日こそは。
そんな日々が続いたけれど。
日和ちゃんが公園に来ることは、もう無かった。
会いたいと思っても会えない。
いつも公園で会うだけで、何処に住んでいるのかも知らない。
あの時間は、とても貴重な時間だったのだ。
そんな貴重な時間を悲しみに沈めてしまった。
セツはその時に初めて、言葉の怖さを知った。
日和ちゃんを傷付けてしまったのだと思った。
その場では笑っていたとしても、意味を知れば傷付く事もある。
言葉は凶器に似ている。
そして、その使い方を誤ったのだ。
何であんな事を言ってしまったのだろう。
そんなつもりは無かったと何度も心の中で繰り返す。
そして結論はいつも同じだ。
全部セツが悪いんだ……。
消えない疼きの様な後悔を抱いたまま。
セツは中学生になった。
「……セツは」
自己紹介すら上手く出来ない。
成長するにつれて、喋るのが怖くなった。
セツの言葉は人を傷付ける。
それをもう知っているから。
『奥手さんも遊びに行かない?』
ある日、不意に声を掛けられた。
端の方で縮こまって生きるのが癖になっていたので、酷く驚いた。
「……っ」
返事に困る。
遊びに行くというには、セツは何も知らない。
また傷付けてしまうかも知れない。
それが怖い。
しかし、断るとなるとまた嫌な気持ちにさせてしまうかも知れない。
そう思うと、どっちも選べずに居た。
『奥手さん?』
迫る様に言葉が攻めてくる。
言葉は、やはり怖かった。
ならいっそ喋らなければ良い。
そう思ったら、少しだけ気が楽になった。
セツは首を横に振る。
『そっか、ごめんね』
セツは首を縦に振る。
喋らなくても、言葉を使わなくても意思疎通はできる。
これならきっと、誰も傷付かない。
もう、誰も傷付けたくない。
傷付きたくない……。
そのまま中学校は何事もなく、平穏無事に卒業した。
誰も傷付ける事なく、誰も悲しむことも無く。
誰にも気付かれない様に卒業した。
これは言わば成功体験だった。
これを人生の指標にしようと意気込んだものだ。
だからこそ、彼女と再会した時に自分の浅はかさを呪った。
高校の入学初日。
「……」
目の前に座る女の子は、想い出の中の面影を彷彿とさせた。
間違いない、日和ちゃんだ。
「……?」
目が合ってしまう。
困った様にオロオロしていたら、日和ちゃんは薄い笑みを浮かべた。
人の顔色ばかり伺っていたからか、直ぐに分かった。
とても悲しそうな目をしていた。
とても辛そうな目をしていた。
そして、それを隠す様に笑みを浮かべているのが分かる。
セツの事に気付かなかった事より、それが胸に刺さった。
想い出の中で笑っていた彼女は、最後は悲しげに俯いていた。
でも目の前の繕った様な笑みで、セツの中のあの子が塗りつぶされていく。
セツの記憶が現在に浸食されていく。
涙が出そうだった。
それはセツが感じた、戸惑いや後悔すら塗りつぶしてしまいそうで。
中学の成功体験も人生の指標も一瞬で瓦解してしまったのだ。
「……」
「……」
「……」
はぁ……。
子供の頃の話だ、もう気にしてはいない。
それは悪魔の囁きめいていた。
実際にそうかも知れない、そうだったのかも知れない。
セツとは全く関係なく、別に悲しい事があったのかも知れない。
そう思いたくなった。
でもそれは、そう思いたいセツが居るだけで。
自分の弱さがあるだけで。
そんな自分が酷く汚く思えてしまう。
あの子は、寄見さんは覚えているだろうか。
覚えて無かったとしても謝りたい。
そして、悲しみを隠した笑みの理由を教えてほしい。
そんな……。
そんな事が……。
出来る訳がない……。
セツは怖い。
謝る事さえ傷付けてしまいそうで。
悲しみに寄り添う事でさえも同じで。
何を選べば良いのか。
何も選ばない方が良いのか。
セツは……
「……」
「……」
「……」
はぁ……。
ホームルームが終わると日和ちゃんはクラスから出て行った。
それを黙って見送る。
今のセツには何もできそうになかった。
セツはどうすれば……。
「奥手さん?」
「……」
名前を呼ばれて気付くと、先生がこちらを見ていた。
「部活は決まりそう?」
セツは首を横に振る。
それ所では無いのだ。
「……」
「んー、あんまり喋るのが得意じゃない感じかな?」
セツは首を縦に振る。
きっと、もっと喋る様にと言われるのだろうと思った。
中学校でも何度もそう言われたから。
セツが間違っているのは勿論分かっている。
でも、セツが口を開くのも正しくないと思っているのだ。
「そっかー、うん。そうだね」
「……」
先生は理解を示す様に優しい笑みを見せた。
「部活が決まってないのなら、オススメの部活があるの」
そして、そんな事を言い始めたのだった。
言われるままにやってきたのがこの部室です。
ジャンっと手で強調してみる。
悲しくなった。
入り口には『依頼受付中』の文字が目立つ。
何をする部活何だろう?
「……」
「……」
「……」
「……」
部室に入ると、全員がこちらに目を向けた。
リボンの色で分かる、全員が3年生の様だった。
「……」
よく考えたらですよ。
よくよく考えたらですよ。
ここから何のプランも無い訳ですよね。
急に入ってきた人が、無言のまま立ち尽くしている訳ですよね。
おかしいですよね。
変ですよね。
「……」
うぅ、それでも。
言葉を使うのが怖かった。
「……どう、ぞ」
真ん中に座っていた先輩が近くの椅子に案内してくれる。
ここは厚意に甘えておくとします。
セツは椅子に座ると、先輩達を見た。
「……」
「……」
「……」
「……」
凄く見られている!?
それはそうだ、新入生が急に部室に来たのだ。
「……御名前、聞かせて?」
先輩が優しい声を掛けてくれるが。
「……っ」
それに簡単に答えられる人間では無い。
捻くれて、捻じ曲がって。
まともに笑う事すらできないのがセツだ。
「……ダイジョウブ」
「……?」
先輩の1人がセツを見て言った。
一体何処が大丈夫なのでしょうか……。
こんな独りよがりのセツの何処が……。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
そのまま黙り込んでしまった。
俯いて、足元を見る。
不安定な足元だ。
この綺麗に整ったコンクリートの上でさえも転げ落ちそうに思える。
こんな自分がとても嫌いだ。
黙ったままの時間は少し長く感じた。
だが、セツには何かを変えられる勇気も無く。
ただ俯いたままだった。
暫くして、部室のドアが開いた。
「……」
新しく入ってきた人は、無言のまま隣の椅子に座った。
「……」
「……」
先輩が名前を訊ねていたけれど、その人も黙ったままだった。
うずくまったままのセツは、そんな事に特に疑問も持たなかった。
また暫くすると再び、部室のドアが開いた。
「……」
また誰かが入ってきた様だ。
するとどうだろう。
やっぱり誰も喋らないのだ。
流石にセツも異常に気付いた。
こんなに喋らない人ばかりが集まるはずがない。
そう言えば、先生が言っていた。
オススメの部活。
そっか……。
喋らない部活なら、セツにはお似合いだと思った。
誰も喋らない世界なら、誰も傷付かない。
優しい世界なのかも知れない。
幻想だと分かっていても、そう思いたかった。
……………………。
…………。
……。
だから、それを打ち砕く様に。
解き放つように紡がれた言葉を聞いた時。
「……寄見、日和です!!」
「……??!」
強く、胸が締め付けられる想いだった。
日和ちゃんだった。
日和ちゃんだったんだ。
喋らない人達の中に、寄見さんが居た。
そして今、其処から殻を破ろうと声を上げた。
それは、セツには余りにも残酷で。
日和ちゃんにとっては素晴らしい瞬間だった。
もう、セツが謝ろうと謝らなかろうと関係が無い。
もう、セツと寄見さんの関係には関係が無い。
セツが、日和ちゃんに謝りたいと思う事が完全なる自己満足となったのだ。
それならば、もはや過去の傷口をほじくる様な事はするまい。
セツは一生。
この事を胸に秘めて。
秘めて……。
暗い未来が目の前に現れた。
一生暗い想いを胸に秘めて生きる。
それは涙が出そうなほど怖ろしい事だった。
だけどどうする事もできない。
話は既に終わってしまったのだ。
セツの物語は此処で御仕舞なのだ。
……。
その眼前に。
手が、差し伸べられていた。
ビクッと自分の体が震えたのが分かる。
「……」
隣に座る女の子の手。
その手は、雄弁に語っていた。
1人じゃないと。
その輝きは余りにも眩しかった。
こんな暗闇の中で、一際輝いて見える。
手を掴みたくなってしまった。
こんなセツに差し伸べられた手を。
でもセツが、……セツがその手を掴むのは。
余りにも自分勝手過ぎて。
できない。
できない。
してはいけない。
セツはこのまま後悔の海に沈むべきなんだ。
救われてはいけない。
だから早く、その手をのけて。
そう、何度も思った。
何度も消えてと思った。
だけど変わらずに、その手はずっと其処にあった。
セツの事をずっと、待ってくれていた。
セツは、セツはどうしたかったのか。
セツは、謝りたかった。
ごめんなさいって、言って許して貰って。
それから。
それから?
セツは、日和ちゃんともう一度。
あの頃、一緒に笑い合った様に。
友達になりたかった?
「……」
セツは、卑怯で酷い人間です。
だけど、この想いにだけは。
ちゃんと、向き合いたい。
手を伸ばす。
ずっと、待っていてくれたその手に。
手が重なった。
先程、名前を聞いた。
郡風華さん、とても”温和な感じ”で魅力的な人だ。
「……名前を、教えて?」
そして、何て上手に言葉を使うのだろうか。
セツは、その想いに答えたい。
だから、せめてもの言葉を紡ごうと思う。
「……奥手切」
か細い声が響く。
頭の中で聞こえていた声とは別人の様で。
自分の声を久しぶりに聞いた気がする。
余りにも弱弱しい声だった。
「……ありがとう」
けど、それを聞いて郡さんは笑みを見せた。
彼女は暖かい手をしている。
セツの心に沁み込むような優しい手をしている。
セツは欲張りだ。
日和ちゃんだけでも欲張りなのに。
郡さんとも友達になりたいと思ってしまった。
セツは欲張りで、意地汚い……。
「……友達になりませんか?」
「……??!」
卑下する自分を照らす様な。
欲しかった言葉が心に刺さる。
でもそんな奇跡の様な言葉こそが、心を不安にさせた。
セツと友達になって、また傷付けてしまわないだろうかと。
だけど、郡さんはそれすらも超えて。
「……アタシは大丈夫だよ」
優しい言葉を投げかけてくれた。
「……なん、で!?」
思わず口を付いて出る。
まるで当然みたいに優しい笑みを見せる郡さん。
セツの心に先回りする様に言葉を掛けてくれた。
逃げ道にスポンジケーキを詰め込んでくれるような。
甘くて柔らかい言葉だった。
「……寄見さんも、友達になって欲しいです」
「……嬉しいです!」
「……アタシもです!」
二人が友達になっていた。
友達になりたいと思った二人が目の前で。
恥ずかしい、辛い、申し訳ない。
そんな想いだけれど、それでも思わず零れてしまう。
「……セツも、なりたい」
そう言ってしまった。
「……ありがとう、奥手さん!」
郡さんが嬉しそうに言ってくれた。
もう戻れない。
「……二人も是非」
郡さんが、寄見さんとセツに言う。
「……はい、是非!」
あ、あぁ……。
日和ちゃんがそう言って、セツに笑みを向けてくれた。
無理だった。
とても耐えられそうになかった。
「……ごめん、なさい」
「……ぇ?」
「……奥手さん?」
二人が戸惑った顔を見せる。
セツが傷付けた過去を隠したまま、どうして笑えるだろうか。
どうして自分を許せるだろうか。
泣いてしまいそうだ。
友達になる為には、傷付けなければいけない。
乗り越えたばかりの日和ちゃんの心をほじくり返さなければならない。
そんな事ができるのならば。
できたのならば。
最初から、こんなにも後悔していないのだ。
「……」
「……」
「……」
再びの沈黙が降り注いだ。
しかし今度は違う、セツのせいで生まれた沈黙だ。
「……」
「……」
「……」
「……」
先輩達もきっと呆れているだろう。
でもセツは何もしなければ誰も傷付かないはずだ。
はず、だよね……?
「……」
「……」
目の前に先輩の1人が居た。
椅子に座ったセツの目線に合わせる様にしゃがみ込んだまま。
確か福海先輩と呼ばれていた人だ。
「……ダイジョウブ」
それは心配で声を掛けた様な言い方では無くて。
「……ツタエルコト」
道に迷った人を導いてくれる様な、力強い言葉だった。
「……タイセツナコトハ」
大切な事は。
「……ツタエルノ」
伝える。
そんな当たり前の事を、セツの目を見て言ってくれる。
「……コワクテモ、ツタエルンダヨ」
怖くても、伝える。
そう言った福海先輩は、笑みを浮かべるとセツの頭を撫でてくれた。
その甘やかな心地に、心が解される。
セツは傷付かないで欲しい。
ずっとそう思って生きてきた。
でも、臆病で怖がっていた自分を言い訳にしていた部分もある。
「……!」
セツは誰かと向き合うより以前に、自分とすら向き合ってなかった。
さっき見たじゃないか。
自分と向き合うという事。
そして、自分と向き合ったから他人とも向き合える。
セツは間違っていた。
「……」
「……」
セツの心配そうに見ている二人。
見守ってくれている先輩達。
自分を傷付けるという事は、他人を傷付ける事でもあるんだ。
セツは。
セツが向き合うべきは、臆病な自分。
そんな弱さが他人を傷付けているのなら。
セツは強くなりたい。
だから……。
伝えるべきなんだ。
「……ごめん……なさい」
怖くても苦しくても、伝えなければならない。
「……ごめん、なさい。日和ちゃん」
「……え?」
「……ずっと、ずっと謝りたかった」
この言葉を伝える為に生きてきた。
「……子供の頃、あの公園で」
それを忘れない為だけに口を閉ざしていた。
「……セツなの」
「……!」
日和ちゃんはハッとした様な顔を見せた。
「……日和見ちゃん?」
「……!?? ……うん」
涙が我慢できずに零れ落ちた。
やはり覚えていたんだ。
日和ちゃんは忘れて何かいなかった。
「……ごめんなさい。ずっと謝りたかった」
「……」
「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
泣き崩れてしまったセツの体を、福海先輩と郡さんが支えてくれた。
謝って許してくれる事では無い。
だけど、その言葉以外に紡げなくて。
臆病過ぎて、閉じこもっていたセツには。
そんなありふれた言葉しか使えなくて。
「……ごめんなさい」
何回も繰り返した。
「……寄見、さん!?」
花梨先輩の声が響く。
日和ちゃんがセツに近づいてきた。
ぶたれてもおかしくない。
やっとできたかさぶたを、セツが剥いでしまったのだから。
「……奥手さん」
「……はい」
何を言われるのだろうか。
せめて、これ以上寄見さんが傷付かない事を祈る。
「……やっぱり、友達になろうよ」
「……ふぇ?」
言葉の意味が理解できなかった。
「……私はずっと引きずってきた」
「……ご、ごめんなさ」
「……ううん。分かったんだ。結局は自分で選んできた事なんだよ。誰かに何かを言われて傷付くのは普通だよ」
それは何処にでもある、ありふれた悲劇。
「……でも、その悲しみの沼から自分を引き上げなかったのは自分の選択何だから」
自分を救わなかった自分にも責任があると言っている。
「……だけど、セツのせいで!?」
「……傷付られた方が覚えているのは当たり前だけど、傷付けた方が覚えているのは当たり前じゃない」
そう言うと日和ちゃんは、まるで尊いモノでも見るかの様な眼差しを向けた。
「……奥手さんは優しすぎるよ」
「……何もできなかったのに!? セツは何もしてこなかった。日和ちゃんに何も!?」
「……何年も前の事をずっと後悔していたんでしょう?」
「……それは」
「……そんなのあまりにも悲しいよ」
悲しいと、言ってくれている。
「……だから私は奥手さんを許します」
許すと、言ってくれている。
「……だから、御願いだからもう」
日和ちゃんは泣きそうな声で。
「……そんな悲しい場所に1人で居ないで欲しい」
そう言った。
あまりにも優しい言葉に眩暈を起こしそうだった。
日和ちゃんが言うように、セツは自分が傷付く選択をし続けて来た。
せめてもの贖罪のつもりだった。
だけど、そんなセツを許すと言ってくれている。
セツは許されても良いの?
それは自分への問いかけだ。
『痛い』
チクッと胸を刺すような痛み。
『痛い痛い痛い』
溢れ出る感情が痛みを訴えている。
ずっと閉ざしていたのは自分自身の感情。
セツはずっと痛かった。
ずっと辛かった。
ずっと苦しかった。
それを気付かないふりをしていた。
それは向き合って来なかった。
セツ自身の弱さだった。
痛かったら痛いと言うべきなんだ。
そう教えてくれる。
「……図々しいのは分かってるの」
「……うん」
「……でもね、ずっと辛かった。痛かったの」
「……そうだと思うよ」
「……そして何より、日和ちゃんと」
「……私と?」
「……また笑い合いたかったんだよ」
「……そん、なの。いくらでも!?」
そう声を荒げる様に言った日和ちゃんは。
ハッと気付いた様な顔をすると。
「……すまいるー」
そう言って笑顔を見せてくれた。
それは子供の頃に見ていた。
あの子の、愛らしい笑みそのもので。
「……っ、ぁ、ふふっ」
セツも自然と笑みを浮かべた。
臆病で全てから逃げていた先で。
再び向き合う機会に恵まれた。
大切な事はちゃんと言葉にする。
できるだけ相手が傷付かない様に言葉を選んで。
それでも自分が傷付くし、相手を傷付けるかも知れない。
だからこそセツは。
言葉という重責に向き合っていきたいと。
切に思うのだった。
。今回の向き合いポイント
後悔の海に沈んでいたセツは、自分を傷つける自分自身の弱さと向き合った。
まだまだ成長途中!!
。次回予告
寄見日和は○○たい!
まるで博多弁ですね……。
後で更新しておきます笑
しかし、後悔の海を航海中とは良く言ったものですね!
センスが光ります!!
今初めて言いましたけどね!
大分お待たせしてしまいました、申し訳ございません。
切の話は感情込め過ぎたせいで、ちょっと俯瞰的に見えない部分もありまして。
1話2話との整合性を取るのに四苦八苦したりと、色々と大変でした。
3人娘のキャラの方向性の違いを出すのも大変でして。
3人が似ているから分かり合えるって部分と、キャラとしての差別化の部分でバランスをね。
へへっ。
しかし、もう何かこれ最終回ですよ。
完って付いててもおかしくないですよ。
それぐらいの気持ちで書きましたからね!
長すぎですよね笑
次はもうちょっと長くしようと思います(オイ
次話からは、部活を始動させてちゃんと1話完結の話に持っていこうと思います。
同じ話を各キャラ視点で描くのは、特に必要が無ければ今回だけのつもりです。
話が停滞する理由になりますしね!
では、また後日お会いしましょう♪