郡風華は向き合いたい。
頼りないアタシが、何処にも行けず。
ずっと立ち尽くしていた。
k第2話k
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前の席から渡されたプリントを受け取る。
「……」
「!?」
渡してくれた女の子は、慌てた様に前を向いた。
怖がらせてしまったのだろうね……。
「……」
「……」
プリントを後ろに回す。
渡した女の子は少し怪訝そうな表情を浮かべた。
やはりアタシは変な顔をしている様だね……。
いつも勘違いされてしまう。
無愛想な面構えが悪いのかな。
『怒っているの?』
と、何回聞かれたか思い出せない程。
勿論そんなつもりは無い。
『怒ってない!』
誰も信じてくれなかった。
そんな良くある話。
それでも昔は友達が居た。
近所の男の子。
でも小学校になった頃には遊ばなくなった……。
『一緒に遊んでも楽しくない』
最後にそう言われた。
それだけは良く覚えている。
アタシはとても楽しかったのに。
だけど、何も言えなかった。
そんな風に見られるアタシが悪い。
そう思っていた。
中学校に入る時に、少し頑張ってみた。
笑顔の練習をしてみたり。
発声の練習をしてみたり。
それでも駄目で。
友達は全然できなかった。
そんな簡単な話では無かったのだ。
いつも怒っていると勘違いされてしまう。
アタシは駄目駄目だ。
中学で駄目なら、高校でも駄目だろう。
桜が舞い散る坂道。
新しい学校へと向かう道すがら。
アタシは最初から全てを諦めていたんだ。
「……」
「……」
「……」
はぁ……。
中学の中頃、アタシは喋る事を止めた。
無口で居れば、少なくとも言葉での誤解は無くなると思っての事だ。
それは言葉すら上手く使えない。
アタシ自身がどうしようもなく頼りないからなのだ。
「……」
「……」
「……」
はぁ……。
学校のオリエンテーションが一通り終わると下校の時間になった。
「皆さん、もう部活は決められましたか? 是非色んな部活を見て回って下さいね!」
見学して帰るようにと、担任の先生は言う。
それならばアタシが誤解されない部活を教えて欲しい。
アタシが傷付かない部活を……。
そんな軟弱な思考なのに、見た目は人から怖がられる。
笑うしかないギャップが、本当に笑えなかった。
取り合えず教室から出てみる。
アタシは当てもなく彷徨っていた。
頼りない。
自分への悪口を心で笑っていながら。
本当に笑えないね、ははっ。
「ふふん。貴女、新入生ね!」
「……」
急に話し掛けられて戸惑う。
相手は先輩の様だった。
「あら、違った?」
「……」
アタシは首を縦に振った。
「ふふーん。なるほどなるほど」
何かを納得した様に笑う先輩。
「……」
緊張したアタシは言葉も出ないまま立ち尽くす。
きっと怒った様な顔をしているんだね……。
「んー、ここは任せようかな」
任せる?
呆れられたのだろうか?
少し落ち込む。
いや、割と落ち込む。
むしろ、めっちゃ落ち込む。
「ふふっ。大丈夫よ」
先輩は、心根を察した様に笑みを向けてくれた。
「この先の端の端に、待機部って所があるの」
「……?」
「ふふん。きっと其処なら見つけられると思うよ」
まるで楽しい事が待ってるかの様に、アタシに笑いかけてくれる。
「じゃあ、また遊びに来てね」
先輩はそう言うと部室の中に入っていった。
その部室にはファッション部と書かれている。
少し惹かれる思いがあったけれど、アタシは先輩の言う事に従う事にした。
理由は1つだけだ。
アタシを見て、優しい言葉を掛けてくれた。
それだけで十分だった。
一番奥の部室には、待機部と書かれていた。
一体何をする所なのだろう?
待機?
まさか一生このまま立ち止まって居ろって事!?
はははは、笑えないけどね……。
本心を冗談めかして、アタシはその扉を開けた。
「……」
「……」
「……」
「……」
中に入ると、4人の先輩と。
「……」
同級生の1人が居た。
同じクラスの子だと思う。
大人しそうな印象のその子は、怯えた様に俯いていた。
こちらを見ようともしない。
しかし、それも仕方ないだろう。
机を挟んで4人の先輩がこっちを見ている。
無言で!
面接会場の様な緊張感を覚えた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
誰も喋らない。
怖い、何この状況。
「……」
「……」
「……」
「……こんにち、は」
「……」
「……」
先輩の1人が話しかけてきた。
アタシは戸惑ってしまい、いつもの怒った様な顔になってしまう。
「……」
だけど先輩は優しく笑みを見せた。
急に恥ずかしくなって、お辞儀をする。
それでも声を出す勇気は起きなかった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
いつまで続くのだろう。
そう思っていた所に、新しい人が入ってきた。
「……」
その顔にも覚えがあった、同じクラスの女の子。
アタシの後ろに座っていた子だ。
その子は、少し辺りを見渡してから椅子に座った。
何でもいいから、この沈黙を打ち破って欲しい。
アタシにはできないから。
「……」
その願いは、届かなかった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
無口が1人増えただけだった。
一体何なのだろう?
どうしてこうも、誰も喋らないのだろうか。
おかしな世界に迷い込んでしまった気分だった。
それからどれだけの時間が過ぎただろう。
もう、誰も喋らない。
もう、誰も誤解しない。
もう、頼りないアタシの言葉を使わずにすむ。
「……」
それなら何の問題もない?
いっそこのままで良いのかも知れない。
アタシにはピッタリだ、ピッタリな部活に違いない……。
延々と此処で立ち止まって居れば良いんだ。
ここが終着点何だ。
そう、思っていたのに。
諦めて生きようと思ったのに。
「……!」
最後に入ってきた子が、口を開こうとしていた。
ずっと無言だった女の子が、何か強い意志を持って。
「……ぁ」
その声が漏れる。
初めて聞く声がする。
「……っ」
絞り出す様な声が響く。
それだけでどうしようも無く分かった。
この子も、アタシと同じだ。
喋るのが得意ではない。
本当の意味での無口。
でもどうだろうか、その女の子が。
「……私は」
今、目の前で、その殻を破ろうとしている。
力強い表情を浮かべて。
それは何と眩しい光景だろうか。
アタシがずっと諦めていた世界を。
その少女は、押し広げようとしているのだ。
「……寄見、日和です」
そして寄見さんは、ちゃんと終えた。
成すべき事を、成した。
それは、誰でも出来る簡単な事かも知れない。
だけど、それを諦めていたアタシには。
何よりも尊いものに思えた。
胸が高鳴る音がする。
心が動かされる。
思考が、その想いに支配されていく。
知らなかった。
悲しい時に感じたのとは全然違う。
これが感動するという事なんだ。
今、目の間で寄見さんがした事は。
頼りないアタシの心に深く刺さった。
そして思い出させてくれる。
諦めていなかった頃のアタシを。
小学校でも無い、もっと子供の頃。
純粋に誰かを思っていたアタシを。
「……!」
心が動いた。
なら、それなら次は、体の番だ。
大丈夫、お手本は見た。
目の前の、少女が教えてくれた。
できるだけ優しく、そして呟く様に、囁く様に、言おう。
怒ってない怒ってない怒ってない。
アタシは怒っていないから!
「……っ」
震えすぎて言葉が上手く出ない。
だけど、その道を進んだ人を見て怯えてなど居られない。
意識を全て頭の方に寄せてくる。
段々顔が赤くなってきた気がする!?
頑張れ、頑張れアタシ。
頼りないアタシ!!
「……郡、風華」
い、言えた!?
怒った様に聞こえなかっただろうか。
口の形は変になっていた気がする。
「……」
「……!??」
寄見さんと目が合った。
思わず顔を逸らしてしまう。
「……寄見、さん!?」
その時、先輩の驚く声が響いた。
慌てて寄見さんの方を見る。
彼女は泣いていた。
あぁ、そんな事って……。
アタシの想いが、伝わったんだ。
それがどうしようもなく分かってしまう。
それは同じ想いだったから。
アタシも目頭が熱くなった。
「……待機部、入りたい、です!」
寄見さんが、そう言った。
その姿は眩しくて、輝いてみえて。
だから追いかけたくなってしまう。
置いていかれたくない。
「……アタシ、も!」
同じ気持ちだ。
今度はちゃんと、寄見さんを見る。
再び目が合った。
だけど今度は顔を逸らしたりはしない。
向き合いたい。
アタシは頼りないアタシを、今、奮い立たせたいんだ。
「……うん」
そう嬉しそうに笑った寄見さんを見て。
胸が張り裂けそうだった。
「……ありが、とう。二人、とも」
花梨先輩は御礼を言ってくれる。
それはこっちの台詞だった。
アタシは小さな満足感を覚えていた。
頑張ったアタシ、よくやったアタシ。
「……」
「……」
「……」
再びの静寂が戻って来る。
でも先程までの重圧感は無くて、少し照れ臭い想いだけが残っていた。
これで新入生の2人が入部を決めた。
そうなると、もう1人の彼女の事が気になってきた。
先に入っていたので、既に自己紹介は終えているのだろうか。
「……貴女の、名前、は?」
花梨さんは少し気を使った口調で、隣の女の子に声を掛けた。
自己紹介は終えていなかった様だ。
「……」
しかし彼女は黙ったままだった。
何か酷く怯えている様に見える。
怖い気持ちは良く分かる。
人に怖がられるという事は、また恐怖だったから。
感情は繋がっている。
この子が怯えているなら、アタシや周りの人も近づく事に怯えてしまう。
だけど、それを乗り越えた瞬間もまた知っている。
「……!」
次はアタシの番だ!
寄見さんから貰った想いを、この子にも届けたい。
そう思った瞬間。
先程まで感じていた満足感が、幅を広げた様に感じた。
アタシは頑張った、でももう少しだけ頑張りたい。
もっと欲張りたい。
それが純粋な想いだった。
「……」
「……」
並んで座るアタシ達。
隣に居るアタシが、この震えている女の子にしてあげられる事。
「……」
アタシは、その怯えた様な体の見える位置に手を伸ばした。
「……??!」
女の子はビクッと体を震わせた。
直接触れたりはしない。
だけど、教えてあげる。
この手があるという事は、ここに繋がりがあるという事。
それだけで良い、目の前に差し出された手を掴む。
それだけで良いんだよ。
「……」
「……」
アタシ達は何も言わない。
きっと今までだって、言葉で言われてきた。
あーするべき、こーするべきと言われてきた。
その上で今、こうして震えているんだ。
だから出来る事は、手を差し伸べるぐらいの事。
自分で自分を、変えようとする事。
「……」
「……」
だけど、女の子は黙ったまま震えている。
これでは、駄目なのだろうか?
アタシの手では、駄目なのだろうか?
急に不安を覚えた。
アタシは間違っているのかと顔を背けそうになる。
その時、先輩の1人が力強い言葉で言った。
「……間違ってない」
綺麗な先輩だった、モデルの様に綺麗な先輩。
自己紹介の時に聞いた、大儀見先輩だ。
「……間違ってないよ」
その大儀見先輩が、アタシの迷いを断ち切る様に言葉をくれる。
凄いと思う。
言葉何て、人を傷付けるものぐらいにしか思っていなかったのに。
今、溢れ出そうなぐらいに勇気付けられている。
「……」
「……」
アタシはただ待っている。
先輩が教えてくれた、ただ待つだけで良いんだと。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
長い沈黙の後。
「……!」
伸ばされたアタシの手に、女の子の手が触れた。
少し冷たい手だけど、冷たいのならばアタシが温めてあげればいい。
「……」
「……」
そうか、ここで使えば良いんだ。
言葉を紡ぐ瞬間。
何処でも、手当たり次第に言葉を発するのでは無く。
この瞬間。
「……名前を、教えて?」
この瞬間の為に、アタシの言葉は生まれてきたのかも知れない。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……奥手切」
そう言うと、奥手さんはまた体を震わせていた。
「……奥手さん」
名前を呼ぶ。
奥手さんの体がビクッと怯える様に跳ねた。
「……ありがとう」
「……うん」
顔を伏せたまま、奥手さんは呟いた。
消え入りそうな声だったけれど、確かに聞いた。
その声は確かに此処にあった。
アタシは、思ってしまった。
彼女と友達になりたい。
人から怖がられてばかりのアタシが言うには余りにも、無神経な言葉だ。
それでも言わずには居られない。
彼女の怯えの元が分かってしまうから。
「……友達になりませんか?」
「……??!」
驚いた奥手さんに、その言葉を紡ぐ。
「……アタシは大丈夫だよ」
「……なん、で!?」
アタシには分かってしまうのだ。
彼女がどうしようもなく、優しいという事が。
「……寄見さんも、友達になって欲しいです」
アタシは伝える事にした。
ちゃんと想いを。
「……嬉しいです!」
想いにはちゃんと。
想いが返ってくる。
それが、どうしようもなく嬉しくて。
「……アタシもです!」
そう言って笑みを見せた。
アタシは頼りない。
だけど、それでも向き合える。
弱くても辛くても良い。
ちゃんと胸を張れる生き方を、今、始めるんだ。
そして紡がれたその言葉に。
「……セツも、なりたい」
怒っていない素顔で喜べる。
「……ありがとう、奥手さん!」
アタシになりたいと、今、歩き始めた。
其処に立ち止まったままのアタシは、もう。
何処にも居なかったんだ。
。今回の向き合いポイント
他人との関係を諦めていた風華は、自分自身の本当の想いと向き合った。
まだまだ成長途中!!
。次回予告
奥手切は向き合いたい。
日和、風華、切の3キャラの視点でお送りいたします。
4話目以降は完全に一話完結型になるので、もう一話御付き合い下さいませ。