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2/12

郡風華は向き合いたい。

 頼りないアタシが、何処にも行けず。

 ずっと立ち尽くしていた。



 k第2話k


 ←郡風華は向き合いたい。→





 前の席から渡されたプリントを受け取る。



「……」


「!?」



 渡してくれた女の子は、慌てた様に前を向いた。

 怖がらせてしまったのだろうね……。



「……」


「……」



 プリントを後ろに回す。

 渡した女の子は少し怪訝そうな表情を浮かべた。


 やはりアタシは変な顔をしている様だね……。


 いつも勘違いされてしまう。

 無愛想な面構えが悪いのかな。



『怒っているの?』



 と、何回聞かれたか思い出せない程。

 勿論そんなつもりは無い。



『怒ってない!』



 誰も信じてくれなかった。

 そんな良くある話。


 それでも昔は友達が居た。

 近所の男の子。


 でも小学校になった頃には遊ばなくなった……。



『一緒に遊んでも楽しくない』



 最後にそう言われた。


 それだけは良く覚えている。

 アタシはとても楽しかったのに。


 だけど、何も言えなかった。


 そんな風に見られるアタシが悪い。

 そう思っていた。


 中学校に入る時に、少し頑張ってみた。


 笑顔の練習をしてみたり。

 発声の練習をしてみたり。


 それでも駄目で。

 友達は全然できなかった。


 そんな簡単な話では無かったのだ。

 いつも怒っていると勘違いされてしまう。


 アタシは駄目駄目だ。

 中学で駄目なら、高校でも駄目だろう。


 桜が舞い散る坂道。

 新しい学校へと向かう道すがら。


 アタシは最初から全てを諦めていたんだ。



「……」


「……」


「……」



 はぁ……。


 中学の中頃、アタシは喋る事を止めた。

 無口で居れば、少なくとも言葉での誤解は無くなると思っての事だ。


 それは言葉すら上手く使えない。

 アタシ自身がどうしようもなく頼りないからなのだ。



「……」


「……」


「……」



 はぁ……。







 学校のオリエンテーションが一通り終わると下校の時間になった。



「皆さん、もう部活は決められましたか? 是非色んな部活を見て回って下さいね!」



 見学して帰るようにと、担任の先生は言う。

 それならばアタシが誤解されない部活を教えて欲しい。


 アタシが傷付かない部活を……。


 そんな軟弱な思考なのに、見た目は人から怖がられる。

 笑うしかないギャップが、本当に笑えなかった。


 取り合えず教室から出てみる。


 アタシは当てもなく彷徨っていた。

 頼りない。


 自分への悪口を心で笑っていながら。

 本当に笑えないね、ははっ。



「ふふん。貴女、新入生ね!」


「……」



 急に話し掛けられて戸惑う。

 相手は先輩の様だった。



「あら、違った?」


「……」



 アタシは首を縦に振った。



「ふふーん。なるほどなるほど」



 何かを納得した様に笑う先輩。



「……」



 緊張したアタシは言葉も出ないまま立ち尽くす。

 きっと怒った様な顔をしているんだね……。



「んー、ここは任せようかな」



 任せる?

 呆れられたのだろうか?


 少し落ち込む。

 いや、割と落ち込む。

 むしろ、めっちゃ落ち込む。



「ふふっ。大丈夫よ」



 先輩は、心根を察した様に笑みを向けてくれた。



「この先の端の端に、待機部って所があるの」


「……?」


「ふふん。きっと其処なら見つけられると思うよ」



 まるで楽しい事が待ってるかの様に、アタシに笑いかけてくれる。



「じゃあ、また遊びに来てね」



 先輩はそう言うと部室の中に入っていった。

 その部室にはファッション部と書かれている。


 少し惹かれる思いがあったけれど、アタシは先輩の言う事に従う事にした。


 理由は1つだけだ。

 アタシを見て、優しい言葉を掛けてくれた。


 それだけで十分だった。









 一番奥の部室には、待機部と書かれていた。


 一体何をする所なのだろう?

 待機?


 まさか一生このまま立ち止まって居ろって事!?

 はははは、笑えないけどね……。


 本心を冗談めかして、アタシはその扉を開けた。



「……」


「……」


「……」


「……」



 中に入ると、4人の先輩と。



「……」



 同級生の1人が居た。

 同じクラスの子だと思う。


 大人しそうな印象のその子は、怯えた様に俯いていた。

 こちらを見ようともしない。


 しかし、それも仕方ないだろう。

 机を挟んで4人の先輩がこっちを見ている。


 無言で!

 面接会場の様な緊張感を覚えた。



「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」



 誰も喋らない。

 怖い、何この状況。



「……」


「……」


「……」


「……こんにち、は」


「……」


「……」



 先輩の1人が話しかけてきた。

 アタシは戸惑ってしまい、いつもの怒った様な顔になってしまう。



「……」



 だけど先輩は優しく笑みを見せた。


 急に恥ずかしくなって、お辞儀をする。

 それでも声を出す勇気は起きなかった。



「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」



 いつまで続くのだろう。

 そう思っていた所に、新しい人が入ってきた。



「……」



 その顔にも覚えがあった、同じクラスの女の子。

 アタシの後ろに座っていた子だ。


 その子は、少し辺りを見渡してから椅子に座った。

 何でもいいから、この沈黙を打ち破って欲しい。


 アタシにはできないから。



「……」



 その願いは、届かなかった。



「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」



 無口が1人増えただけだった。

 一体何なのだろう?


 どうしてこうも、誰も喋らないのだろうか。

 おかしな世界に迷い込んでしまった気分だった。


 それからどれだけの時間が過ぎただろう。


 もう、誰も喋らない。

 もう、誰も誤解しない。

 もう、頼りないアタシの言葉を使わずにすむ。



「……」



 それなら何の問題もない?

 いっそこのままで良いのかも知れない。


 アタシにはピッタリだ、ピッタリな部活に違いない……。

 延々と此処で立ち止まって居れば良いんだ。


 ここが終着点何だ。


 そう、思っていたのに。

 諦めて生きようと思ったのに。



「……!」



 最後に入ってきた子が、口を開こうとしていた。

 ずっと無言だった女の子が、何か強い意志を持って。



「……ぁ」



 その声が漏れる。

 初めて聞く声がする。



「……っ」



 絞り出す様な声が響く。

 それだけでどうしようも無く分かった。


 この子も、アタシと同じだ。

 喋るのが得意ではない。


 本当の意味での無口。

 でもどうだろうか、その女の子が。



「……私は」



 今、目の前で、その殻を破ろうとしている。

 力強い表情を浮かべて。


 それは何と眩しい光景だろうか。

 アタシがずっと諦めていた世界を。


 その少女は、押し広げようとしているのだ。



「……寄見、日和です」



 そして寄見さんは、ちゃんと終えた。

 成すべき事を、成した。


 それは、誰でも出来る簡単な事かも知れない。

 だけど、それを諦めていたアタシには。


 何よりも尊いものに思えた。


 胸が高鳴る音がする。

 心が動かされる。


 思考が、その想いに支配されていく。


 知らなかった。

 悲しい時に感じたのとは全然違う。


 これが感動するという事なんだ。


 今、目の間で寄見さんがした事は。

 頼りないアタシの心に深く刺さった。


 そして思い出させてくれる。

 諦めていなかった頃のアタシを。


 小学校でも無い、もっと子供の頃。

 純粋に誰かを思っていたアタシを。



「……!」



 心が動いた。

 なら、それなら次は、体の番だ。


 大丈夫、お手本は見た。

 目の前の、少女が教えてくれた。


 できるだけ優しく、そして呟く様に、囁く様に、言おう。


 怒ってない怒ってない怒ってない。

 アタシは怒っていないから!



「……っ」



 震えすぎて言葉が上手く出ない。

 だけど、その道を進んだ人を見て怯えてなど居られない。


 意識を全て頭の方に寄せてくる。

 段々顔が赤くなってきた気がする!?


 頑張れ、頑張れアタシ。

 頼りないアタシ!!



「……郡、風華」



 い、言えた!?


 怒った様に聞こえなかっただろうか。

 口の形は変になっていた気がする。



「……」


「……!??」



 寄見さんと目が合った。

 思わず顔を逸らしてしまう。



「……寄見、さん!?」



 その時、先輩の驚く声が響いた。


 慌てて寄見さんの方を見る。

 彼女は泣いていた。


 あぁ、そんな事って……。


 アタシの想いが、伝わったんだ。

 それがどうしようもなく分かってしまう。


 それは同じ想いだったから。

 アタシも目頭が熱くなった。



「……待機部、入りたい、です!」



 寄見さんが、そう言った。


 その姿は眩しくて、輝いてみえて。

 だから追いかけたくなってしまう。


 置いていかれたくない。



「……アタシ、も!」



 同じ気持ちだ。

 今度はちゃんと、寄見さんを見る。


 再び目が合った。

 だけど今度は顔を逸らしたりはしない。


 向き合いたい。

 アタシは頼りないアタシを、今、奮い立たせたいんだ。



「……うん」



 そう嬉しそうに笑った寄見さんを見て。

 胸が張り裂けそうだった。



「……ありが、とう。二人、とも」



 花梨先輩は御礼を言ってくれる。

 それはこっちの台詞だった。


 アタシは小さな満足感を覚えていた。

 頑張ったアタシ、よくやったアタシ。



「……」


「……」


「……」



 再びの静寂が戻って来る。

 でも先程までの重圧感は無くて、少し照れ臭い想いだけが残っていた。








 これで新入生の2人が入部を決めた。


 そうなると、もう1人の彼女の事が気になってきた。

 先に入っていたので、既に自己紹介は終えているのだろうか。



「……貴女の、名前、は?」



 花梨さんは少し気を使った口調で、隣の女の子に声を掛けた。

 自己紹介は終えていなかった様だ。



「……」



 しかし彼女は黙ったままだった。


 何か酷く怯えている様に見える。

 怖い気持ちは良く分かる。


 人に怖がられるという事は、また恐怖だったから。


 感情は繋がっている。

 この子が怯えているなら、アタシや周りの人も近づく事に怯えてしまう。


 だけど、それを乗り越えた瞬間もまた知っている。



「……!」



 次はアタシの番だ!

 寄見さんから貰った想いを、この子にも届けたい。


 そう思った瞬間。

 先程まで感じていた満足感が、幅を広げた様に感じた。


 アタシは頑張った、でももう少しだけ頑張りたい。

 もっと欲張りたい。


 それが純粋な想いだった。



「……」


「……」



 並んで座るアタシ達。

 隣に居るアタシが、この震えている女の子にしてあげられる事。



「……」



 アタシは、その怯えた様な体の見える位置に手を伸ばした。



「……??!」



 女の子はビクッと体を震わせた。


 直接触れたりはしない。

 だけど、教えてあげる。


 この手があるという事は、ここに繋がりがあるという事。


 それだけで良い、目の前に差し出された手を掴む。

 それだけで良いんだよ。



「……」


「……」



 アタシ達は何も言わない。


 きっと今までだって、言葉で言われてきた。

 あーするべき、こーするべきと言われてきた。


 その上で今、こうして震えているんだ。


 だから出来る事は、手を差し伸べるぐらいの事。

 自分で自分を、変えようとする事。



「……」


「……」



 だけど、女の子は黙ったまま震えている。


 これでは、駄目なのだろうか?

 アタシの手では、駄目なのだろうか?


 急に不安を覚えた。

 アタシは間違っているのかと顔を背けそうになる。


 その時、先輩の1人が力強い言葉で言った。



「……間違ってない」



 綺麗な先輩だった、モデルの様に綺麗な先輩。

 自己紹介の時に聞いた、大儀見先輩だ。



「……間違ってないよ」



 その大儀見先輩が、アタシの迷いを断ち切る様に言葉をくれる。


 凄いと思う。

 言葉何て、人を傷付けるものぐらいにしか思っていなかったのに。


 今、溢れ出そうなぐらいに勇気付けられている。



「……」


「……」



 アタシはただ待っている。

 先輩が教えてくれた、ただ待つだけで良いんだと。



「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」



 長い沈黙の後。



「……!」



 伸ばされたアタシの手に、女の子の手が触れた。

 少し冷たい手だけど、冷たいのならばアタシが温めてあげればいい。



「……」


「……」



 そうか、ここで使えば良いんだ。


 言葉を紡ぐ瞬間。

 何処でも、手当たり次第に言葉を発するのでは無く。


 この瞬間。



「……名前を、教えて?」



 この瞬間の為に、アタシの言葉は生まれてきたのかも知れない。



「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……奥手(おくて)(せつ)



 そう言うと、奥手さんはまた体を震わせていた。



「……奥手さん」



 名前を呼ぶ。

 奥手さんの体がビクッと怯える様に跳ねた。



「……ありがとう」


「……うん」



 顔を伏せたまま、奥手さんは呟いた。

 消え入りそうな声だったけれど、確かに聞いた。


 その声は確かに此処にあった。


 アタシは、思ってしまった。

 彼女と友達になりたい。


 人から怖がられてばかりのアタシが言うには余りにも、無神経な言葉だ。


 それでも言わずには居られない。

 彼女の怯えの元が分かってしまうから。



「……友達になりませんか?」


「……??!」



 驚いた奥手さんに、その言葉を紡ぐ。



「……アタシは大丈夫だよ」


「……なん、で!?」



 アタシには分かってしまうのだ。

 彼女がどうしようもなく、優しいという事が。



「……寄見さんも、友達になって欲しいです」



 アタシは伝える事にした。

 ちゃんと想いを。



「……嬉しいです!」



 想いにはちゃんと。

 想いが返ってくる。


 それが、どうしようもなく嬉しくて。



「……アタシもです!」



 そう言って笑みを見せた。


 アタシは頼りない。

 だけど、それでも向き合える。


 弱くても辛くても良い。

 ちゃんと胸を張れる生き方を、今、始めるんだ。


 そして紡がれたその言葉に。



「……セツも、なりたい」



 怒っていない素顔で喜べる。



「……ありがとう、奥手さん!」



 アタシになりたいと、今、歩き始めた。


 其処に立ち止まったままのアタシは、もう。

 何処にも居なかったんだ。


。今回の向き合いポイント


他人との関係を諦めていた風華は、自分自身の本当の想いと向き合った。

まだまだ成長途中!!


。次回予告


奥手切は向き合いたい。





日和、風華、切の3キャラの視点でお送りいたします。


4話目以降は完全に一話完結型になるので、もう一話御付き合い下さいませ。

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