寄見日和は向き合いたい。
『それじゃあ、日和見ちゃんだね』
そう言った、あの少女の顔がずっと思い出せずに居た。
〆 無口少女は向き合いたい。 〆
―レティセンス・コミュニケート―
四月は、出会いの季節。
期待すら持ち合わせず、世界のレールに流されるまま。
坂の上にそびえ建つ、この学校へ入学する事になりました。
坂道は、ちょっと大変だけど。
部活に入るつもりも無いし、大丈夫かなー。
「はい! 我が校は全員部活参加となります。皆さん、もう部活は決められましたか?」
嬉しそうに笑う、担任の先生が憎かったです……。
先程のオリエンテーション何かで、色々な部活が紹介されてました。
皆さん、凄いやる気に満ちていて。
正直、そんな部活に入ってやっていけるのだろうかと怖くなりました。
部活に入りたくは無い!
そう決心した私は、先生に直訴する事にしました。
「……」
「ん? どうした?」
「……」
「マジでどうした!?」
忘れてました。
私は、喋るのが苦手なのでした。
小学校では、日和見ちゃん何てからかわれたものです。
残念ながら、高校に入った今現在でもそのままなのでした。
はぁ……。
色々なプリントが配られてきます。
前の席の子が自分の分を取って、私に回して来ます。
「……」
「……」
少し怒っている様に見えました。
何かしてしまったのでしょうか?
しかし私は日和見です。
分からない事はそのままなのです。
受け取ったプリントの残りを、今度は後ろの席へ。
「……」
「……」
後ろの席の女の子は、手を震わせながら伸ばしてきます。
ですがプリントを受け取ると、シュッと引き下がり体を丸めてしまいました。
何かしてしまったのでしょうか?
しかし私は以下略。
どうやら初日からしてこれで、前途多難な様です。
これではきっと、友達もできないでしょうね……。
期待もしていませんが。
「……」
「……」
「……」
はぁ……。
ホームルームが終わって、帰る時間にはなりました。
だけれど部活を決めなければなりません。
部活の見学をしてから帰るようにとの言伝です。
できれば楽な部活が良いです。
人と関わるのが苦手なので、運動部や文化系の部活も怖いです。
……選択肢が無いような。
1人で人形と遊んでいる様な部活でもあれば、お似合いなのでしょうか。
「……」
「……」
「……」
はぁ……。
私は立ち上がると、適当にふら付く事にした。
「……」
あちらこちらから楽しそうな笑い声が聞こえてきます。
それは私には遠い存在です。
楽しそうな事さえ近づくのが怖いのです。
日和見もここまで行くと重症の様です。
「あら、もしかして見学かな?」
それはたまたま通りかかった新聞部の前でした。
部員の女生徒に声を掛けられ、驚いてしまいます。
恐らく先輩だと思いますが……。
「……」
しかし、対応は決まっております。
「どうしたの?」
「……」
私は日和見です、ここには居ませんよー。
もはや言葉の意味さえ変えていく所存だった。
「……」
「ふふっ、そういう事かな」
何かを察した様に先輩は呟くと、今度は何かを思い付いた様に声を上げた。
「うーん、あ!」
「……?」
「二階の端の方に、待機部って部活があるんだけど。見に行ってみると良いかな」
「……???」
「じゃあ、私はこれで。またね、後輩ちゃん」
先輩は部室の中に消えていきました。
むむ、待機部とは何でしょう……?
一体何をする部活でしょうか。
そして、何で私は其処をオススメされたのでしょうか??
謎は深まるばかりです。
しかし、私は日和見なのであるー。
ここが、部室でしょうか?
私は結局待機部の部室に来ていた。
理由としては単純です。
先輩に日和見スルーを決め込んだのがちょっと尾を引いているのです。
最強技の日和見は、喰らった相手に精神ダメージを与えるのだ!
ごめんなさい先輩。
という気持ちでやってきたのである。
ふむふむ。
『依頼受付中!!』と書かれてますねぇ。
部室の入り口に掛けられたプラカードの様な何か。
依頼とは一体??
探偵みたいな御仕事でしょうか!
それは、ちょっと気になりますね。
楽しそうな部活かも知れません。
私には関係ありませんけどね。
どうせ……。
しかしここまで来て何ですけど、緊張してきました。
このドアを開けるという事は私の意思です。
それなのに最強技が炸裂したら、何だコイツってなること請け合いではありませんか!
でも先輩に悪い事したしなぁ!?
テンパる気持ちを抑えつつ。
私は意を決して、部室のドアを開いたのでした。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
私は、途方に暮れていました。
驚く事に、7人も居る部屋の中で、誰一人声を出さないのです。
部室の椅子に腰掛けてから、どれだけの時間が経ったでしょう。
これは、歓迎されてないのでしょうか?
しかし、それでも先輩方同士が喋らないのは不自然です。
ふむむむ、これは一体……。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
もしかして、先生がここへ行けって言った理由って。
全員が無口だからですか!?
どうすれば良いんでしょう。
自分から来たのに、話も聞かずに帰るのも悪いですし。
うむむむ、こうなったら!
様子見です!!
思い出しました!!
私は、とにかく様子見する性格なのでした。
意識を虚空に羽ばたかせる様な心地で待っていると。
遂に、長い沈黙が破られる事になりました。
「……た、たぶっ」
たぶっ!?
不意に、1人の先輩が声を掛けてきたのだが。
初っ端から噛んでしまっていました!?
照れ臭そうに口元を抑える先輩。
凄く愛らしい見た目をしていて、絶対男子にも人気ありそうだと思います。
私も既に好きですね。
「……た、待機、部へ。ようこ、そ!!」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
誰も喋らない!?
先輩が不慣れな感じで挨拶してるのに、誰も喋らないです!?
何なら他の先輩すら喋らないのだけど!?
「……私は、部長の、花梨、です」
可愛い先輩の苗字は花梨というらしいです。
苗字まで可愛い……。
私は寄見。
可愛い?
……。
自分に聞いてしまった……。
花梨先輩は、そのまま先輩方を紹介してくれた。
「……こっち、は」
順番に先輩方の苗字を教えてくれる。
部室の中に七人も居て、花梨先輩の声しか響いてなかった。
「……」
自己紹介を終えると、そのまま先輩も黙ってしまう。
これで結局元通りだ、ただの沈黙が場を支配する。
先輩達はどう思っているんだろう……。
恐る恐ると上目遣いに覗き見る。
綺麗なモデルの様な先輩が笑みを浮かべており。
それに気付いた花梨先輩が恥ずかしそうに俯いていた。
それだけで先輩達の中の良さが見て取れた。
それにしても花梨先輩、本当に可愛いなぁ。
私とは全然違う……。
「……」
「……」
「……」
自己紹介を終えても、私達は黙ったままだった。
私の他にも新入生が二人居た。
今度は横目に盗み見です!
それは見覚えのある顔。
同じクラスの女の子、前の席に居た子と、後ろの席に居た子ですね。
言ってしまえばクラスメイトです。
友達でも何でも無いですが。
ふむ、凄い偶然。
改めて様子を伺ってみます。
「……」
「……」
1人は前の席に座っていた、髪の長い女の子。
こっちの子は怒ってるのかな?
プリントを渡された時も、何処か怒っている様に見えた。
「……」
「……」
もう1人は後ろの席に座っていた、髪で目を隠した女の子。
あっちの子は怯えている?
プリントを渡した時も、震えていた事を思い出す。
「……」
「……」
「……」
私はどんな風に見えているのかな?
そう思ってみても変わらない。
私はいつも通り日和見。
どっちかが喋ってくれたら、私は喋らなくて済みます。
そうやって無口を貫き通すのです。
「……」
「……」
「……」
だけど、いつまで経っても喋ってくれない。
何で喋らないんだろう?
私が言えた義理ではないけれど。
「……アダナ?」
不意に先輩の1人が喋った。
少し前髪が長い、花梨先輩とは違う方向で可愛らしい先輩だった。
「……ううん、まだ」
花梨先輩がそれに応える。
どういう意味だろう?
あだ名??
考えても仕方ない、日和見ちゃんですー。
「……」
「……」
「……」
まだまだ幾ら時間が経っても喋らない。
我慢比べでもしているのですか?
もうそろそろ、半時間が過ぎようとしていた。
いっそ喋って帰ってしまおうか。
「……」
そう思ったけれど、私は日和見。
言葉が口を突いて出ない。
喋る事を忘れたガラクタの様だ。
壊れてしまっている。
「……」
初めからそうだった訳じゃない。
子供の頃のあだ名、日和見ちゃん。
自分の名前から来ている。
ただの、あだ名だ。
だけどその言葉で呼ばれている内に、段々と段々と。
そんな気がしてきて。
私は日和見するから、そう呼ばれているんだと。
思うようになった。
もう誰も、そのあだ名を覚えても居ないだろうに。
「……」
「……」
「……」
変わらないな。
子供の頃から全く成長していない。
私は、高校生活でもまた3年もの間、日和見して過ごすのでしょうか?
それは、とても怖い。
いいや、怖すぎる!
この3年間も同じ様に過ごせば。
きっと、これから先も同じ様に日和見で過ごすのでは無いか。
そんな風に思えてならない。
それならば、今。
「……!」
もしかして、この瞬間は。
私が、私を変えられる瞬間なのでは?
気付く。
これは掛け替えのない瞬間。
二人よりも先に、私が口を開けば良い。
たったそれだけの事だ。
それだけの事で変われるんじゃ?
目の前に転がってきたボールを、蹴る。
そんな簡単な話。
もし、このチャンスを逃したら……。
もし、二人が先に口を開いたら……。
私は、永遠に日和見ちゃんだ――――。
散々自分で思ってきた事なのに。
それだけは、嫌だった。
決意を固める。
「……」
それなのに。
声を上げなきゃいけない。
そう思っているのに、口が開かない。
家族以外と喋らずに居たせいか、上手く声が出せそうにない。
「……!」
だけど、それをしようとする。
それは日和見じゃない、私の意思だから。
「……ぁ」
「……!?」
小さく声が出る。
「……ガンバ」
それを見て、先輩が励ましてくれた。
「……わた」
「……」
「……」
他の二人がこちらを見ている。
急に恥ずかしくなってきた。
でも、この程度の事で怖気づいている方が、もっと恥ずかしい事だと。
今更気付いたんだ。
「……私は」
「……うん」
先輩は嬉しそうに、優しく笑った。
それを見て安心する。
私は間違っていないと、導いてくれている。
「……寄見、日和です!!」
「……!!?」
「……??!」
言えた、ちゃんと言えた。
誰よりも先に言えた。
そう、その程度の事だった。
知らず俯いていた顔を上げて、先輩を見る。
少し顔を上げれば、乗り越えられる程度の。
私は、もう。
日和見したくない。
私の名前は、日和見ちゃんじゃない。
寄見日和、大切な名前がちゃんとここにあるのだから。
それは心からの思いだった。
だから、その先がある何て知らなかった。
「……郡風華」
「……!」
少し怒った様に見えていた子が、口を開いていた。
先程までそんな素振り何か無かったのに。
郡さんは、顔を赤くしながら必死な感じで口を開く。
その姿に見惚れていると、郡さんはこちらを見て。
恥ずかしそうに俯くのだった。
「……?!!」
それはまるで、教えてくれている様だった。
私の、踏み出した一歩が。
郡さんの心に響いたという事を。
「……」
「……寄見、さん!?」
私は、気が付けば涙を流していた。
それは知らなかった感情だから。
知らなかったんだ。
何も。
だからこそ胸を打つ。
胸を焦がす。
この感情は。
この熱い感情の名は?
其処まで考えて気付いた。
それは、名前を付けてしまうには勿体無い程の。
ありふれた幸せという、感情では無いだろうか。
「……大丈、夫?」
「……」
私は頷く。
「……」
私はいつの間にか、そんな当たり前の感情を切り捨てていた。
そして、それにすら気付かずに生きていた。
これはきっと、ここじゃ無ければ気付けなかった。
誰も喋らないけれど、そばに居る。
そのままで向き合ってくれる。
そんな瞬間は、何処にも無かったから。
「……入りたい、です」
「……!?」
私は向き合いたい。
今まで見捨ててきた自分自身と。
向き合い続けて行きたい!
「……待機部、入りたい、です!」
向き合って、生きたいんだ!
「……うん」
先輩は小さく頷くと。
「……ありがとう、寄見、さん」
そう言って、笑みを浮かべた。
それを見て、私も笑った。
そんな普通の事が、とても嬉しかった。
ここに居ればきっと、私は私を好きになれる。
そう思えたから。
「……ヨロシクネ」
「……よろ」
「……!」
先輩方が挨拶をしてくれる。
それを見て、日和見な私が。
日和見だった私が。
「……はい!」
元気よく返事を返したのが、何よりも愛おしかった。
y第1話y
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。今回の向き合いポイント
流される様に生きてきた日和は、自分自身の本当の想いと向き合った。
まだまだ成長途中!!
。次回予告
郡風華は向き合いたい。
こちらの作品は、8/4に完結したコメディ作品『レティセンス・ガールズ』のキャラや舞台設定を引き継いでおります。
もし御時間宜しければ前作を参照くださいませ♪