54話 ミユキがやらかしたってさ!
テン乗り レースにおいて、その馬に騎手が初めて乗ること。騎手によって得手不得手が分かれる分野
フランス シャンティイ エーグル調教場
「ヒメ、今度のレースで美雪ちゃんはヒメに乗れないんだってさ」
「ひん」
田中さんが詳しく教えてくれた内容によると、ミユキは先週の新潟のレースで斜行して進路妨害で降着をやらかして、二日間の騎乗停止になったらしい。
馬にも懇切丁寧にお話をしてくれる田中さんは、まさしく厩務員の鑑やね。
ミユキへの制裁が二日間の騎乗停止と軽い処分で済んだのは、おそらく癖の強い馬にテン乗りして、そのお馬さんがやらかしたんだろうなぁ。
ワイみたいに、ほぼ真っ直ぐにちゃんと走れる馬って意外に少ないんよ。
馬が走っているのを正面から撮影した、パトロールビデオを見たら一目瞭然でっせ。
内に刺さる外にヨレるとかで、フラフラしながら走っているお馬さんが多いからね。
やらかしたのが新潟だから、もしかしたら左回りが下手なお馬さんだったのかも知れんね。
でも、その内に刺さる馬を御せてこそ、真の一流騎手だとは思うけどな。
だけど、リーディング上位の一流騎手でも、ちゃんと御せないでやらかす時は斜行をやらかすからなぁ。なんとも言えんのか……
昔だったら、今週が騎乗停止の週のはずで、来週行われるヴェルメイユ賞には騎乗できていたはずだったけど、騎乗停止期間のルールが改正されてしまったんだよね。
やらかした次の週から騎乗停止が始まるのではなくて、翌々週からに変更になってしまったのだ。
どうやら、不服申し立ての期間とかで欧米のルールと足並みをそろえるのが、ルール改正の目的だったとか聞いた覚えがあるな。
まあ、競馬の分野で日本のルールが国際ルールになるのはあり得ないのだから、時代の流れで日本がルール変更をするのはやむを得ないとは思うけどね。
でも、JRAの競馬は世界的にみても公正で厳格な競馬を開催していると思うで。
ミユキへの制裁も欧米の基準だったら、騎乗停止にならない程度の斜行だったはずだしな。
もっとも、日本の制裁基準が厳しすぎるとも、欧米からは指摘されていたような気もしたけどね。
だから、日本の騎乗停止処分に科されるラフな騎乗への制裁も、昔に比べたら随分と緩くなってきたとかいう話らしい。
しかしそうなると、誰がヴェルメイユ賞でワイに乗ることになるんかね?
「話は聞かせてもらったわ。人類じゃなくて、美雪ちゃんもツイてないわね」
お? ワイのオーナーさまのお出ましですやん。
どうやら、テニスの全米オープンが終わっても日本には帰らずに、ニューヨークからそのままパリへと足を運んだみたいやね。
というか、人類がどうしたん? 滅亡でもするんかいな?
まあ、数万年後か数十万年後には人類が滅亡していたとしても、別におかしくはないけどな。
「オーナー、こっちに来ていたんですね」
「ええ、ヒメがフランスで走るから、テニスはファイナルまでお休みにしたわ」
北京やパンパシをキャンセルするだなんて、庭野は余裕やね。
それに、確か北京の大会は出場義務がなかったか?
まあ、出場義務とはいっても、その大会に欠場したところで、ランキングポイントに加算される大会数が減るだけで、別に罰金とかがあるわけではなかったとは思ったけど。
「ママ、ママ」
「どうしたの?」
「みちゅぷりに、にんじんさんをあげりゅの」
どうやらわかばちゃんは、夏にワイが短期放牧されていた霞ヶ浦ニワノファームで出会って以降、ワイにニンジンやリンゴをあげるのをわかばちゃんは気に入ったみたいだな。
もしかしたら、馬に何かを与えるという行為は、わかばちゃんがお姉さんっぽく振る舞えるからなのかもね。
「わかば、指を噛まれると危ないから、ニンジンを棒に刺してからヒメにあげなさい」
「は~い」
ワイは間違っても人間の指を噛むような真似はしないけどな。
けどまあ、ワイ以外の他のお馬さんやったら、そこまで気は回らないだろうから、指を噛まれることも稀にある事故なんだよね。
馬にニンジンやリンゴを与える場合には、手のひらを上に向けて、そこにニンジンやリンゴを置いて与えるのが危なくないんやで。
ニンジンを指先で持って馬にあげようとすると、危ないんや。
「みちゅぷり、にんじんさんどうじょ!」
「ひん!」
わかばちゃんおおきに!
ぼりぼりぼり……
うむ、やっぱニンジンは歯ごたえと甘みがあって美味しいよね。
でも、日本のニンジンと比べたら、甘みは同じぐらいだけどフランスのニンジンはやや硬い感じがするな。
もしかしたら、日本とフランスとでは土壌の成分が少し違うのかも知れないな。
「わかばも早くニンジンさんをちゃんと食べれるようになるといいわね」
「た、たべれりゅもん!」
それって、小さなニンジンの欠片を鼻をつまんで無理やり口に入れて噛まずに飲み込んでいるんじゃね?
「小さいヤツだけじゃなくて、大きいのも食べれるようになろうね?」
それは、なかなか難しい注文の気がしまっせ。
「うみゅ~」
ほらね。わかばちゃんぐらいの年頃では、ニンジンが大好きとかいう子供の方が圧倒的に少ないと思うんよ。
小さな子供の舌には、ニンジンの味は異物と感じてしまって、きっと舌が受け付けないのだろうなぁ。
ワイが人間の子供だった頃も、たしかニンジンが苦手だったような記憶が朧気ながらにあるからね。
あと、ピーマンやシイタケとかも苦手だった気がするな。まあ、大人になるにつれて自然と食べられるようになっていたけど。
ちなみに、セロリとゴーヤは論外やで。
あれはきっと、人間の食べ物じゃなくて宇宙人の食べ物なんだと思うわ。
それと、お馬さんが食べられない食物は結構多くて、ネギやナス科の植物は駄目なんやで。
アブラナ科もダイコンを除いて駄目だったな。馬がキャベツを食べられないと知った時には驚いたよ。
ちなみに、セロリとゴーヤは馬に与えても大丈夫ではあるけど、ワイには論外やで。
あれはきっと、お馬さんの食べ物じゃなくて宇宙人の食べ物なんだと思うわ。
他のお馬さんもセロリは不味いって吐き出していたしな。
ワイの味覚が正常ということで安心したわ。
※※※※※※
それで、やらかしたミユキやけど、ヴェルメイユ賞でワイに騎乗できないはずなのに、なんでか知らんけど、ワイの目の前にミユキがおるんよ。
「ヒメ、ごめんね」
「ひん?」
「私、今週は騎乗停止で、ヴェルメイユ賞でヒメに乗れなくなっちゃったの。本当にごめん……」
「ひ~ん」
騎乗停止でも、わざわざフランスまでやってきてくれたのね。
殊勝な心掛けやね。感心、感心。
でも、ミユキさん。 ……目が死んでまっせ。
アニメで例えるのであれば、ハイライトが無いレイプ目とかいうヤツやな。
もしかして、騎乗停止の傷を癒やすための、傷心旅行なのかい?
でもまあ、たぶん、オーナーが「レースに乗れなくても見学するだけでも勉強になる」とか言って、後学の為にミユキを招待してあげたんやろうなぁ。
あれでもオーナーって顔に似合わず、優しいところがあるからね。
それに、長期間騎乗停止の制裁を喰らった騎手の中には、その騎乗停止期間中に海外競馬を視察する騎手もいたりするのだから、今回のミユキもそれと同じようなモノなんだろうね。
まあ、あっちは自腹での海外視察で、ミユキはオーナーの招待みたいだけど。
それで、ミユキの代打でヴェルメイユ賞でワイに騎乗するのは、ポール・ルフェーヴルとかいう、フランス人の騎手みたいだ。
でも、その人って…… 誰?
フランスのリーディング上位常連のトップジョッキーの一人でしたか。
つまり、ミユキはお役御免ということやね。
さらばだ、ミユキ!
おぬしの骨は拾ってやるから、心配しないで安らかに眠れ。
フレーバーイベントでミユキには犠牲になってもらいましたw
トールポピーが勝ったオークスのパトロールビデオおすすめ。
アレで降着にならなかったんだぜw




