53話 シャンティイって言い難くない?
サブタイに悩む…
8月中旬 フランス パリ
成田を飛び立ってから体感で18時間ぐらい掛かって、おフランスへとやって来ました!
途中で何処かの空港に一度着陸したんだよね。まあ、ワイは貨物室から降りれなかったので、何処の空港だったのかまでは分からなかったのだが。
二時間ぐらい地上で待機していたし、給油でもしていたのだろうか?
もしかしたら、ワイが乗った貨物機では航続距離の関係で、日本からフランスまで直接飛べなかったのかも知れないな。
777Fだったら、日本からフランスまでギリギリだけど、ノンストップで飛べるはずだしな。今回、ワイが載ったのは、747Fだったんよ。
「ひひん(ファントム先輩、今度こそ本当に着きましたよ)」
「ぶるる……(やっと着いたんか? 長かったな~。おまえ、よく平気な顔していられるよなぁ。感心するわ)」
そういうファントム先輩は疲れた顔をしていますね。どんまい。
「ひん(前にもコレに乗ったことがありましたからね)」
「ぶるぅ(若いのに色々と経験しているんだな)」
まあ、人間から馬に転生するぐらいには、色々と経験してまっせ!
そう、今回のフランス遠征には、宝塚記念で轡を並べて走った、スカイファントム先輩も一緒に同行しているのである。
ファントム先輩もワイと同じく凱旋門賞に出走を予定していて、その前哨戦にヴェルメイユ賞と同じ日に行われるフォワ賞をファントム先輩は走るから、ワイと同じ便でフランスにやってきたというわけやね。
しかし残念なことに、ファントム先輩は輸送負けをしてしまったみたいだな。
ファントム先輩は、初めての海外遠征だったみたいだから、当然ながら飛行機に乗るのも初めてだったので、輸送負けをしてしまったとしても仕方がなかったのかも知れない。
でも、レースまでは、まだ一月近くは間隔があるのだから、その間に上手く調整ができれば、ファントム先輩の体調も回復して、レースで好走できる可能性は残されているのだ。
海外遠征で早めに現地入りをするのは、輸送負けをした場合に立て直す時間が十分にあるというのが、早期輸送のメリットの一つなんだろうね。
これがレースの二週前や10日前とかに現地入りをして、輸送負けしちゃった場合には、立て直す時間が圧倒的に少なすぎるのだから。
当然、目標としていたレースは惨敗という結果になる可能性が高いだろう。
もっとも、輸送慣れをしているお馬さんだったら、ちゃっちゃと行って、さらっとレースに勝って、さっさと帰るような強者もいるのだけれど。
それで、シャルル・ド・ゴール空港で飛行機から降ろされ、馬運車に揺られること三十分あまり、やってきたのはパリ郊外にあるシャンティイ。
フランスダービーこと、ジョッケクルブ賞が開催される、シャンティイ競馬場がある場所やね。
それにしても、シャンティイは言い難い。シャンティやシャンティーでも、べつにええやんとか思うのは、ワイだけかいな?
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フランス シャンティイ エーグル調教場
「ヒメ、こっちの水の味はどうかな? 飲めそう?」
「ひん」
田中さんが日本の水とは水質が違うフランスの水を、ワイがちゃんと飲めるのか心配して聞いてきたけど、もーまんたいでっせ。
なんか変な機械を通して濾過してくれているみたいやから、日本の水と変わらんぐらいには普通に飲めるで。たぶん、あの機械は浄水器なんやろうね。
「よしよし、飲みっぷりからすると大丈夫そうだね」
田中さんが心配せんでもええように、いつもの二割増しでゴクゴクと飲んで見せたからな!
ワイは気遣いができるお馬さんなんやで。
どこまでも続く青い空。周囲を木々に囲まれた自然豊かな環境。
そして、広々とした調教コース。
このエーグル調教場という所は、調教施設として何もかも日本とはスケールが違いますわ。
芝2000メートルの直線コースとか、生まれて初めて見ましたわ。
飛行場の滑走路とちゃうねんで。
お馬さん用の、それも調教専用のコースで2000メートルの直線があるんやで。
フランスは日本と違って土地が余っているのかも知れんね。
確かフランスの国土面積は日本の1.5倍ぐらいあるのに、人口は日本の半分ぐらいしかいなかったはずやしな。
ということは、人口密度でいったら日本の1/3ぐらいになるのか?
詳しくは知らん。馬の脳ミソは少ないから難しい計算は苦手なんや!
でも、そうやって考えてみると、パリ近郊とはいっても使える土地は沢山あるんだろうなぁ。
フランスは農業国とも聞いたことがあるし、やはり土地は余っているのだろう。
それで、フランスも季節は当然夏だけど日本の蒸し暑さとは違って、パリはそこまで暑いとは感じないから過ごしやすい環境で助かったわ。
この辺りの気候は、北海道の夏と少し似ているのかも知れんね。
ふーん、フランスの馬場はこんな感じなのね。
日本の固い馬場と違って、下が柔らかくて蹄が沈むような感じがするから、こっちの方がパワーが必要だしスタミナの消費も激しそうやね。
だけど、日本でも洋芝である札幌競馬場の芝を更に深くすれば、この馬場と少し似ている感じになるのかも知れんね。
しかし、今まで日本調教馬が、凱旋門賞やキングジョージに勝てなかった理由が、これでハッキリと分かったわ。
芝と一括りに言っても、日本の芝と欧州の芝とでは完全に別物ということやね。
日本の芝がターフならば、欧州の芝はグラスとでも言い換えればいいのかも知れないな。
まあ、ちょっと走ってみた感じでは、ワイは別に走り難いとか思わなかったから、本番のレースでも案外大丈夫そうな気がしてきたけどな。
それでも、勝ち負けは相手がいることだから、どうなるのかは実際にレースを走ってみなければ分からないけどね。
なにせ、フランスをはじめ欧州のGⅠ馬やGⅠ級の能力を持った猛者ばかりが、ワイの相手としてヴェルメイユ賞と凱旋門賞を一緒に走るのだから、簡単には勝たせてもらえないだろうなぁ。
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9月初旬 フランス シャンティイ
フランスに来てから三週間が経った。再来週の日曜日にはヴェルメイユ賞があるけど、ワイはまだあまり強い追い切りをしていないんだよな。
あくまでも、ヴェルメイユ賞は前哨戦という位置づけであり、本番は凱旋門賞ということで、今回は目一杯は仕上げないで余裕を残した仕上げということなんやろうね。たぶん。
それで、フランスに着いた当初は輸送負けで、ヘロヘロにくたばっていたファントム先輩も、この約一月の間で体調もすっかり元に戻って元気になったみたいだな。
調整が上手くいったみたいで、良かった良かった。
これで、フォワ賞で恥ずかしいレースをして惨敗という結果にはならないであろう。たぶん、おそらく、きっと、めいびー。
「ヒメは飼い葉さえ食べれれば、ご機嫌なんだから羨ましいよ」
「ひん?」
なんだなんだ、いきなりどうした?
「フランスは人間の食費が高すぎる…… ヒメもそう思うでしょ?」
「ぶるぅ?」
知らんがな。
田中さん、ワイに同意を求められても困るのですけど?
ワイは馬やから、人間の食事代には無頓着なんやで。
そういえば、この前もハンバーガーのセットが日本円で1800円とか2000円だとかなんとかで、発狂してたもんなぁ。
あと、日本食レストランの値段も、ぼったくり価格だとかで憤慨してもいたよなぁ。
さすがは、金に五月蝿い守銭奴タナカだと思ったけど、その愚痴を馬のワイに言ったところで、解決する問題とは違いまっせ。
ワイは馬やからな。
まあ、日本の貧乏人じゃなくて庶民が行くような外食チェーン店が、欧米先進国の外食と比べて安すぎるような気もするけどな。
でも、ワイが稼いであげたから、田中さんの懐は暖かくて裕福になったのと違ったん?
500円や1000円ぐらいの差で、ぎゃーぎゃー喚くのも大人げないで。
まあ、守銭奴タナカやから、喚くのはしゃーないのかも知れないけどさ。
「はい、田中です。 ……えっ!? うそ、美雪ちゃんが騎乗停止!?」
「ひん?」
なにやらミユキが、やらかしたみたいだな。
最近の日本馬がフランスに遠征する時に使用する空港って、アムステルダムやフランクフルトの空港に降り立って、そこから陸路でパリに入るのが多いみたいなんだけど、日本からシャルルドゴールへの貨物機の直行便って少ないのかな?




