33話 GⅠ UAEダービー
UAEダービーがGⅠに格上げされている近未来
三月下旬
UAE ドバイ メイダン競馬場
サウジダービーで惜しくも、3センチ差の二着に終わったワイは、レースの翌日には早くも、次の目的地であるドバイへと空輸されることとなった。
まあ、空輸とはいっても飛行機に乗っていた時間は、ほんの一時間半程度の短時間でしかなかったけど。
ミユキはというと、日本での騎乗があるから一度日本に帰国して、UEAダービーがある週に再度ドバイで合流する形となった。
なんか、「エミレーツのビジネスクラス最高ー!」とか、だらしない顔をしながら言っていたけど、主役であるはずのワイは、エコノミークラスですらなくて貨物室なんやで。
そして、ワイの担当厩務員である田中さんは、ずっとワイに付きっきりで帯同しているのであった。
野生動物でないワイには、お世話をしてくれる人間が必要なんや。
あと、田中さんの他にもう一人、元騎手であった現調教助手のオッサンも、ずっと一緒にいるけどな。
海外遠征となると馬だけではなくて、それに付随して世話をする人間も、長期間拘束されるということになるのだ。
ドバイに滞在して一月ぐらい経つけど、この時期のドバイはまだ暑くもなく過ごしやすくて助かったわ。
まあ、夏は干からびるほど熱そうやけどね。暑いじゃなくて絶対に熱いでっせ!
お馬さんは、暑さには弱い生き物なんや……
それで、ワイは現在、メイダン競馬場の隣にある調教用のコースを、ミユキを背に乗せて走っているところである。
ジャパニーズ、ハラキリならぬ、ジャパニーズ、オイキリ。
つまり、UAEダービーに向けての、追い切りですな。
外国の競馬関係者は、あまり日本みたいな激しい追い切りをしないで、レースに向けて馬を仕上げていたりするのが主流みたいなのだ。
だから日本調教馬は、レースの前にもレースをして馬を消耗させているとか、馬鹿にされていたりもしたのだけど、海外のレースで日本調教馬が活躍し始めたら、その馬鹿にする声も徐々に鳴りを潜めていったとかなんとか。
ようは、どんな調教のやり方であろうと、良い成績を出したもの勝ち、結果がすべてということですな。
まあ、馬の中には、軽めの運動だけのほうが、良い結果に結びつく馬もいるのだから、日本式の調教方法が完全に正しいとまで、そこまでは言わないけれども。
馬の個性や運動能力も、馬一頭一頭ごとに違って千差万別なのだから、その馬に合った調教方法が求められるということやね。
ドッカラドッカラドッカラ…
「ヒメ、いい感じで好調を持続しているみたいだね」
「ぶるぅ」
ワイは生まれて此の方、身体の調子が悪いとか感じたことは、これまで一度もないけどな。
たぶん、これも神さまチートの一部なんだろうなぁ。
でも、そのチートの割には、ここまでのワイの戦績が6戦3勝と、二回に一回は負けているのが、イマイチ解せぬが。
まあ、チートとはいっても、完全無欠の最強馬とは限らないということやね。
「これなら、今回も勝ち負けできる気配が濃厚だよ」
「ひん」
前走のサウジダービーから距離が300メートル伸びるのも、ワイにとってはプラスになるだろうし、期待してくれているみんなのためにも、UAEダービーは前走以上に気合を入れて頑張らんとな。
※※※※※※
UAE ドバイ メイダン競馬場 晴れ 良
GⅠ UAEダービー 3歳 ダート1900メートル
賞金 290万$ 100万$ 50万$ 25万$ 15万$ 10万$ 5万$ 5万$
ふーん、UAEダービーは8着まで賞金が出るのね。
まあ、6着以下は日本の出走奨励金みたいなモノだと、そう思っておけばいいのかも知れないけど。
それにしても、一着賞金が290万ドルとか、なかなか高額な優勝賞金やね。
まあ、ドバイワールドカップやサウジカップとかは、それこそ一着の賞金が1000万ドル以上とか、アホみたいに金額が高いのだから、上には上が存在するともいえるのだけど。
それはそうと、サウジダービーで走ったサウジのナントカ競馬場と同じで、この競馬場も綺麗やね。この競馬場も気に入ったで。
砂漠の国で空が広く感じられるから、余計と綺麗に思えるのかも知れないな。
「ヒメ、頑張れ! ヒメなら絶対にGⅠ馬になれるよ!」
「ひん!」
まさか、サツキがドバイに応援に駆け付けているだなんて思いもしなかったわ。
これはあれかな? 中学を卒業した後の春休みだから、卒業旅行を兼ねたワイの応援ツアーに、オーナーがサツキを招待したというヤツなのかも知れんね。
この時期、サツキのオヤジは仔馬の出産とかで色々と忙しいだろうから、数日以上も連続で牧場を空けるわけにはいかなそうだもんな。
だから、ワイの生産牧場である日高ニワノ牧場の生産者代理という形で、おそらくサツキがドバイまで来ているのだろうな。
というか、GⅠ馬になれるとかって、ワイはもう既に川崎の全日本2歳優駿を優勝して、GⅠ馬になってますやん。
JpnⅠは所詮ドメスティックなGⅠで、ちゃんとしたGⅠではないということですかそうですか。
だからサツキは、国際GⅠ馬という意味で言っているのだろうね。
「ヒメがいつも通りの実力を出して走れば、キミならこのレース勝てると思うよ。だから、テイクイットイージー。リラックスして気楽に走っておいで」
「ひん」
オーナーは泰然自若、いつも通りの平常運転やね。
そういえば、昔の名ジョッキーの座右の銘かなにかが、テイクイットイージーだったような気がしたな。
というか、オーナーはテニスどうした?
ワイの記憶が確かなら、この時期ってグランドスラムに次ぐ規模の大会で、サンシャインダブルの二大会目である、マイアミオープンが開催されてなかったか?
まさかとは思うけど、オーナーは本業のテニスのプレーよりも、ワイが出走する競馬を観戦することを選んだとか?
ドバイワールドカップナイトは、凱旋門賞当日やロイヤルアスコット、ブリーダーズカップ開催日とかと並んで、世界の競馬の祭典の一つになっているのだから、オーナーがテニスを放り出してドバイに来ているのも、納得といえば納得ではあるけど。
もしかしたら、わかばちゃんの育児中だから、あえて出場する大会の数を減らしているのかも知れないけどね。
普通に考えたら、こっちが正解っぽいよな。
「ひめ~みちゅぷり~、がんばりぇ~」
「ひ~ん」
わかばちゃんとも、一か月ぶりの再会やね。相変わらず可愛ええのぉ。
ほんの少し大きくなったかな? 幼児期の成長は早いからね。
ワイもわかばちゃんのためにも、かっこええ走りを見せなかんね。
「美雪ちゃんもパッセンジャーの気分で、リラックスしてヒメに乗ってくればいいからね」
「オーナーの期待に応えられるように、一着を目指して頑張ります!」
せやね、オーナーの言うとおり、ミユキはワイの背中に揺られてパッセンジャーになっとればええで。
「そう肩ひじを張って固くならなくても大丈夫よ」
「緊張しているように見えましたか?」
「うん、肩凝っちゃいそうだわ。お馬さんにとってはね、未勝利戦であろうとGⅠレースであろうとも、数ある中の同じ一つのレースでしかないのよ」
まあ、ワイ以外の馬だったらそうやろうね。
「同じですか?」
「もちろん、一緒に走る相手の強さは変わるわよ? でも、GⅠレースだからといって緊張するとか、馬にはあまり関係のない話でしょ?」
「馬にはGⅠなのかどうなのかまでは、分かりませんもんね」
それもワイ以外の馬やったらだけどな。
「緊張をするのは、一着にならなければとかプレッシャーを感じる人間だよ」
「ああ、なるほど。そう言われてみれば、確かにそうですよね」
「勝負に絶対はないのだから、たとえ今日のレースが着外だったとしても、べつに私は怒らないわよ。だから、美雪ちゃんもテイクイットイージーの気分で乗っておいで」
「テイクイットイージーですね。わかりました!」
本当にミユキは意味を分かっているのか?
まあ、言葉の意味を知らなかったとしても、ニュアンスでなんとなく分かるのかも知れないけどな。




