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32話 GⅡ サウジダービー その3


 サウジアラビア キング・アブドゥルアズィーズ競走馬術広場 晴れ 良

 GⅡ サウジダービー 3歳 AW1600メートル



『残り100を通過! 内からジャンバラヤが差し返す!

 ミストラルプリンセスも負けずにもう一度差し返した!

 これは凄いデッドヒートになりました!』


「くっ、しぶとい」



 きっと、ジャンバラヤを食べてるから、スピードだけではなくスタミナもあってタフなんやろうね。



『ジャンバラヤが粘る! ミストラルプリンセスが追う!

 二頭の追い比べだ! どっちだ? どっちだ?』


「ヒメ、頑張れ! 頑張れ!」



 ホンマ、このジャンバラヤちゅー馬は、マジでしぶといな。

 ブリンカー効果で脳内麻薬でも生成しとるんとちゃうのか?


 さっさと、ガス欠しーや。



『クビの上げ下げで、二頭が並んでゴールイン!

 これはどっちが勝ったのか全く分かりません!』


「ヒメ、勝てたかな?」


「ぶるぅ?」



 今回は微妙すぎて、ワイもどっちが勝ったか判断が付かんわ。

 たぶん、数センチの差やろうなぁ。



「ヘイ、ミユキ! ドッチガ、ウィン、ワカリマスカ?」


「あ、あいどんとのー」


「オーケー、ピクチャ、マチマチョウ」


「いえす、あいあぐりー」



 ミユキさんやい。この外人ジョッキーは、日本語しゃべってますやん。

 アンタが英語で返してどないするん?




『サウジダービーの結果が確定しました。一着はアメリカのジャンバラヤです。

 日本から参戦のミストラルプリンセスは、惜しくも二着という結果になりました!』


「あ~、ヒメ、負けちゃったね……」


「ひん」



 昔に比べたら日本馬が強くなったとはいえ、まだまだ海外にも十分に強い馬がいるということやね。

 今日のレースで、ワイが負けたのは、きっと食い物の差だと思うわ。


 アメリカ調教馬なんて、筋肉モリモリのマッチョな馬体をしているんやで?

 まるで、1200メートルが専門のスプリンターみたいな馬体なんだよね。


 あれらの馬体と比べたら、ワイなんて完全にポニーでっせ。

 絶対に馬体重も、200kg近くは違うはずだわ。


 アメちゃんの馬は草食動物のクセに、絶対に肉を食っているに違いない。

 ジャンバラヤの中にも肉って入ってるはずだしな。


 まあ、そんなわけないはずだから、ワイの負け惜しみなんやけどな。


 あ、ちなみに、外国の馬とも普通に会話できたで。

 馬の言葉は、万国共通だったということやね。


 そう考えると、地球上に様々な言語がある人間って、不便な生き物な気がしてきたわ。




 ※※※※※※




「美雪ちゃん、お疲れさまでした。ヒメも不利があったのに、頑張って最後まで諦めずに走ってくれて、偉かったぞ」


「ひん」



 走るのがワイの仕事だから、当然のことをしたまでよ。

 まあ、今回の結果は、ほんの僅かに及ばなかったけどな。



「オーナーすみません。負けてしまいました……」


「そりゃ勝負事だから、時には負けることもあるわよ」



 異業種だとしても、プロが言うと説得力があるわな。



「ですが、乗せて頂いているのに結果として、オーナーの期待を裏切る形になりました」


「たった3センチの差だったから、惜しかったよね。でも、その気持ちがあるのならば、次のUAEダービーで挽回しなさい」



 オーナーって意外と甘いんだな。



「私をヒメから降ろさないのですか?」


「なに? 降ろされたいの?」



 怖っ! 庭野のこめかみに青筋が立ったよ。

 こりゃ、ミユキは地雷を踏んだな。



「いえ、降ろされたくはないですけど、今日のレースにしても、私ではなくて一流騎手が乗っていれば、勝っていたと思いますので……」


「そんなに私が一度や二度の些細なミスを許容できない、ケツの穴の小さい狭量な人間に美雪ちゃんには見えるのかな? これでも私は寛容な心を持ち合わせている人間だと、少なくとも自負しているのだけどなぁ」


「いえ、ここまで私をヒメに乗せ続けてくださったのですから、オーナーの恩情は感じています」



 まあ、オーナーの自画自賛はともかく、まだ若造で騎乗技術が未熟な美雪を主戦に据えて、あえて降ろさずに使い続けて育てると決断したことは、オーナーが寛容とか寛大な心を持ち合わせている証拠なんだろうね。

 ワイのオーナーが気の短い馬主であったら、ミユキはコスモス賞の後で乗り換わりの可能性もあったのかも知れないしな。


 それにしても、オーナーって顔に似合わず下品だよな。

 ケツの穴なんて言葉を使う女性を初めて見たわ。


 まあ、過去には数多くのやらかしツイートがあるから、それもさもありなんなのかも知れないけどね。



「それに、一流騎手を乗せたところで負けるときは負けるのよ。負ける度に騎手を乗り換わりさせていたら、そのうち乗ってくれる騎手がいなくなるし、馬にも負担が掛かるわよ」


「乗り換わりもメリットばかりではないと?」



 ワイもコロコロと鞍上が変わるのは面倒で嫌やな。



「そりゃ、美雪ちゃんよりも腕が一流の騎手を乗せたほうが、勝つ可能性は高くなるわね。でも、それでは後が続かないじゃないのよ。森林を伐採する焼き畑農業じゃあるまいし」


「や、焼き畑農業ですか?」


「他人が育てた果実を食べることは、子供でもできるわ」



 その例えでは、ミユキには伝わらないと思いまっせ。



「えーと…?」



 ほらな。いままでの付き合いで分かったけど、あまりミユキは賢くないんや。



「もちろん、一流騎手に乗ってもらいたいと思う、他の馬主さんの気持ちは尊重するけどね。でも、誰かが若手の騎手を育てなければ、いつまで経っても次の世代では、腕の良い騎手が育ってこないじゃないのよ」



 自己の目先の利益を追求するのか? それとも後々の利益と、競馬界全体の利益を追求するのかという、視点の違いなんだろうね。

 でも、勝負事において実戦で若手を育てるということは、間違いなく自ら進んで貧乏くじを引きに行ってるのと、ほぼ同じ行為だよなぁ。


 そら、大レースで億単位の賞金が掛かっている馬主は、大抵みんな腕の良い騎手を乗せたくなりますわな。


 というか、オーナーってまだ若いのに、意外と人格者だったんだな。

 職種は違えど同じプロなんだし、もっとシビアでドライな人間かと思ってたわ。


 プロは結果を出してナンボの世界だからね。



「その育てる役目を、オーナーがなさっているということでしたか」


「育てなければ、ベテランの一流騎手が引退したら日本の競馬界は、それこそ外国人ジョッキーの草刈り場に成り果ててしまうわよ」



 いま現在でも、半分以上はそうなっている気がするけどね。

 まあ、賞金の高い日本の競馬は、外国人の騎手にとっても魅力的だから、日本で騎乗したいと思う気持ちも分かるけどね。


 それに、実際問題として、外国人騎手というのは上手いジョッキーが多いから、馬主や調教師が彼らを積極的に乗せたがるのも理解できるしな。


 だからこそ、半ば自己犠牲の精神で賞金を半分ドブに捨てるような行為ができる、そういう馬主の存在は貴重で尊いのだ。

 金を取るか? 名誉を取るか? この違いとも言えるのかも知れない。


 まあ、ワイが馬主やったら、間違いなく前者の金を選ぶけどな。



「なるほど、オーナーは私を育てるために使い続けてくれたのですね」


「一流になるのに才能は必要だけど、腕を磨く機会がなければ、原石のまま磨かれずに終わってしまうかも知れないでしょ?」


「騎乗機会に恵まれないと、そうなる可能性は高いでしょうね」


「だから、チャンスは与えないとね。まあ、ぶっちゃけて言えば、藤枝先生に頭を下げて頼まれたからなんだけどね」



 身も蓋もないことに、舞台裏をぶっちゃけたら、オーナーの人格者路線が台無しだよ。

 でも、オッチャンに頼まれたからミユキを主戦で使い続けるだなんて、オーナーも優しいところあるじゃないの。



「先生にですか?」


「言っちゃ悪いけど、そうでもなければ、腕が未熟な美雪ちゃんなんか乗せてなかったと思うよ。私の秘書である麻生さんも許さないだろうし」


「そうですよね……」



 そういえば麻生さんって、ワイのミストラルプリンセスの名付け親やったな。

 まあ、それを採用したのは、オーナーではあるけど。



「最初にヒメに声を掛けてきたのが藤枝先生だったのよ。ヒメは血統もマイナーだし馬体も小さいから、藤枝先生が声を掛けてくれなければ、中央ではなく地方で走っていた可能性が高かったと思うわ」



 ワイはべつに地方競馬でも良かったんやけどな。



「だから、オーナーは先生の頼みを聞いてくださったと?」


「恩には恩をってわけではないけど、人との縁は大事にしないとね」



 義理人情とかって、庭野には似合わない言葉だと思っていたのに違ったのか。

 なかなかどうして、オーナーって人情派でもあったんやね。



「私も先生に人との縁は大事にしろと教えられました」


「だから、藤枝先生の顔に泥を塗るような、自分から降板するような言葉は慎みなさい。今度そんな眠たいこと言ったら、本当に降ろすわよ?」


「ね、眠たいですか?」



 眠たいなんて日本語、一部でしか通じないと思いまっせ。

 オーナーって関西人だったか? 生まれも育ちも横浜だったよな?



「ああ、たわけたこと、ふざけたことって意味ね」


「わかりました。もう言いません」


「よろしい。それで、今日のレースを振り返ってみて、勝った馬の鞍上と美雪ちゃんとの差を、強いて言うのであれば、経験の差かな?」


「経験イコール腕の差じゃないのですか?」


「そうとも言うけど、ちょっと違うとも言えるのかな? 勝った馬ってゴール板の寸前で、馬のクビをスッと伸ばしてたでしょ?」



 あれなー。 アレをミユキがやるには最低でも、あと5~6年は掛かりそうだな。



「そう言われてみれば、確かにそうだったかも知れません」


「アレは場数を踏んでないと、咄嗟には出来ない技術だと思うわね」


「場数イコール経験でしたか、なるほど」



 経験値というのは、それだけで強みになるからな。

 少しばかり腕が悪かろうが、場数を踏んでいるベテランが侮れないのは、経験値でカバーしているから、そこに集約されると思うぞ。



「私に言わせれば、中央の騎手はお上品すぎるのよ」


「お上品ですか?」



 お上品イコール乗り方が綺麗や、御し方が上手いではないからな?



「競馬は勝負事なんだから、降着にならない程度のラフな騎乗も時には必要なはずだよ」


「したたかな騎乗ということですね?」


「そうだね。勝負事で狡賢いのは、けして悪いことではないわよ」


「わかりました」



 馬主や調教師が地方出身の騎手や外国出身の騎手を優遇するのは、まさにソレなんだろうね。

 勝負師として度胸や勝負に掛ける覚悟が、中央の騎手とは違うのだろうなぁ。



「美雪ちゃんはまだ若いのだから、これから経験を積んで、セコく狡すっからい技術を身に付けて行けばいいのよ」


「自己の研鑽を積んで精進します」



 オーナーは若い頃から、狡猾なテニスをしていたのだから、異業種とはいえ同じプロなんだし、言葉の重みが、説得力が違うよなぁ。

 でも、基本技術の向上が一番大事ではあると思うぞ。基本があってこその応用だしな。



「よほど目に余る酷い騎乗を二度も三度も続けてしない限りは、美雪ちゃんをヒメから降ろすつもりはないから安心してちょうだい」


「はい! これからもよろしくお願いします」


「人材を育てるのを怠ってしまえば、たとえそれがどんな業種や業界であろうとも、その先の未来は暗いのよね」



 あれ? 庭野環希ってこんなにも人格者で教育者だったっけ?

 もっと、奇矯な振る舞いをしていた変人だったような記憶があるのですけど?


 まあ、もしかしたら、わかばちゃんを産んで母親になったことで、心境の変化があったのかも知れないな。

 それはそうと、オーナーの説教ってオカンみたいやね。




 ※※※※※※




 ミストラルプリンセス 競走成績


 サウジアラビア キング・アブドゥルアズィーズ競走馬術広場 晴れ 良

 GⅡ サウジダービー 3歳 AW1600メートル

 賞金 150万$ 50万$ 25万$ 12.5万$ 7.5万$ 5万$


 53kg 牧村美雪 4人気 2着 1.36.8 ハナ差 計不

 ※ 人気は英国ブックメーカー調べ


 本賞金(収得賞金)       25万USドル 2500万円

 総賞金(付加賞各種手当等除く) 50万USドル 5000万円

 ※ 1USドル100円で計算


 6戦 3勝 中央 3戦 1勝 地方 2戦 2勝 海外 1戦 0勝


 全  3. 3. 0. 0. 0. 0


 芝  0. 2. 0. 0. 0. 0

 ダ  3. 1. 0. 0. 0. 0


 累計賞金額


 本賞金(収得賞金)        7600万円

 総賞金(付加賞各種手当等除く) 16040万円


 内訳


 中央               1640万円

 地方               9400万円

 海外              50万USドル

 ※ 1USドル100円で計算


 合計              16040万円


 主な勝鞍


 JpnⅠ 全日本2歳優駿

 JpnⅡ JBC2歳優駿


ヒメは惜しくも二着という結果でしたw

今話はタマキがイキってしまったから、オッチャンと田中さんの出番がなかった…


その昔、オペラオーやトップロード鞍上の若手騎手がミスをしても、我慢して乗せ続けた馬主さんは尊敬に値すると思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] この二着の原因は普通なら騎手のせいと言えますが,今回の場合は普通でない馬のせいでは? もし主人公がレース後に分析と反省(特に新馬戦)をしていれば,十分勝てたと思います。 しかし勝ったレースの…
[良い点] ミスプリは、マイナー血統で馬体が小さいどころか本来なら死産予定だったのですし、 6戦3勝残り全て2位なら、十分神様に愛されているといえる成績だと思います。 [気になる点] 次戦はミユキ以上…
[一言] 毎回脚が足りてないのだから陣営は先行も考えるべきでは
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