30話 GⅡ サウジダービー
サウジアラビアがパートⅠ国に昇格して、サウジダービーも国際GⅡに格上げされている近未来のお話です。
二月下旬
サウジアラビア キング・アブドゥルアズィーズ競走馬術広場
「やっと着いたわね」
「ひん」
成田を飛び立ってから、ドバイを経由して丸一日近く掛かって降り立った先は、サウジアラビアのリヤド!
人間だった前世で飛行機に乗ったことすらなかったのに、まさか馬になった今世で飛行機の初体験をするとは、お釈迦様もビックリだよ。
まあ、ワイが載せられた飛行機は、当然ながらも貨物機だったから、窓から空の景色を楽しむとかの余興が出来なかったのが残念ではあったけど。
それで、砂漠の国って暑いイメージがあるけど、今の時期は多少は涼しくて過ごしやすいのね。
砂漠の夜は冷えるとかも聞くし、昼と夜とでの寒暖の差が激しい土地柄なのかも知れないな。
ここサウジで外国人である田中さんは、べつにスカーフをしなくてもいいのだけど、郷に入っては郷に従えとの言葉もあるし、トラブルを避けるためにも自主的にスカーフをしているのだろう。
まあ、異国のファッションを楽しむ感覚的な意味合いもあるのだろうな。
チラホラと数人見かけた欧米系の女性ホースマンは、茶髪や金髪を見せたままにしているので、さすがは唯我独尊のメンタルといったところやね。
それにしても、サウジダービーからUAEダービーと、まさか海外二連戦の予定になるとは思わなかったわ。
まあ、サウジアラビアとUAEは隣国で距離も近いから、ローテーションも組みやすかったのだろうな。
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サウジアラビア キング・アブドゥルアズィーズ競走馬術広場 晴れ 良
GⅡ サウジダービー 3歳 AW1600メートル
賞金 150万$ 50万$ 25万$ 12.5万$ 7.5万$ 5万$
ふーん、日本の競馬とは違って、サウジダービーは6着まで賞金が出るのね。
まあ、日本でもJRAの場合では、6着以下の馬にも着外手当の出走奨励金が8着か10着まであるけどね。
サウジダービーは、一着の優勝賞金に比べて、二着以下の賞金の割合が少し低い気もするけど、5着が5%だし地方競馬の割合と同等と考えればいいのか。
「ヒメ、今日のレースは今までより強い相手もいるけど、ヒメの実力なら必ず良い勝負ができるよ」
「できりゅよ~」
「ひ~ん」
オーナーとわかばちゃんもワイを応援するために、わざわざ日本から遠くサウジアラビアまで来ていたのね。
つまり、ワイがサウジダービーで勝ち負けできると、そう判断したということなんやろうな。
なら、そのオーナーの期待に応えて、いっちょ頑張ってみせましょ。
「だから、怪我だけはしないように、気を付けて頑張れ!」
「みちゅぷり、がんばりぇ~」
「ひん!」
その言葉を、ワイ以外の普通の馬に言ったとしても、おそらく無理な注文の気がしまっせ。
レース中やレース後に骨折したとか、長きにわたって速く走るための品種改良をされ続けてきた、虚弱体質なサラブレッドにとって骨折とは頻繁に起こるアクシデントなのだから。
まあ、ワイの場合は神さまチートのおかげで、たぶん怪我をしないとは思うけどな。
『競馬ファンのみなさん、こんばんは。今夜の海外競馬は、サウジアラビアからの中継で、サウジカップデーの各レースをお届けします。
本日、第6レースのサウジダービーには、日本のミストラルプリンセスが挑戦します。
前走、川崎競馬場で行われた全日本2歳優駿を快勝した勢いそのままに、海外でも外国馬を相手にしてどんなレースをミストラルプリンセスが見せてくれるのか? そんな期待を抱かせてくれる、非常に楽しみな一戦となります』
「6万7500ドル…… 6万7500ドル……」
まーた、この銭ゲバ田中は、ブツブツと念仏を唱えとるなぁ。
というか、なんかやたらと金額が多いような気がするぞ。
欲に目が眩んで、妄想が肥大してしまったのか?
「田中さん、その数字なんかおかしくありませんか? ヒメが一着の場合に田中さんが貰える進上金は、その半分じゃないですか?」
ワイもおかしいと思ったで。
「なんで? このレースの厩務員への進上金は10%なんだから、ヒメが一着になれば私に入ってくる進上金は、6万7500ドルで正解のはずだよ」
たぶんそれ、田中さんの勘違いでっせ。
「田中さん、知らなかったのですか?」
「なにをかな?」
「サウジアラビアジョッキークラブは厩務員にも、10%の進上金を支払う規定があるか推奨しているみたいだから、そう案内にも書いてあるだけで、それ以前に私たちが所属する国の規定が優先されますよ」
推奨というところがミソやね。
「嘘っ!? なにそれ! そんなの聞いてないよー!」
「進上金関係は自分が所属する国の規定が適用されるのだから、変更点もない問題を、わざわざご丁寧に説明してくれる人なんていないですもんね」
「つまり、いままでと同じで厩務員への進上金は、5%のままということになるの?」
「そうなりますね」
「トホホな気分とは、このことを指して言う言葉だったのか…… なんか、めっちゃテンション下がったわ~」
守銭奴タナカからすれば、そらテンションだだ下がりになる事案だわな。
というか、ワイに辛気臭いのが移るやろ!
ワイはこれからレースで走るんやから、テンション上げて行かなアカンねんで。
「他国がよその国の慣習に干渉するのは横紙破りで嫌われるから、推奨に止めているのでしょうね」
「あ~、それはあるのかも知れないね」
なんか、美雪が知的なことを言っているように感じるのは、ワイの気のせいなんかな?
「まあ、私は10%もらえるみたいですけど」
「げっ! 美雪ちゃんだけ10%を貰えるの? なんかズルい……」
「騎手への10%は強制みたいなので、なんだかすみません」
このへんの事情は、騎手と厩務員との待遇の差なんやろうなぁ。
「欧米の騎手で馬主と専属契約をしている人は、大抵の場合は10%を貰っているはずだから、それが基準になっているのだろうね」
「日本でも、馬主から指名で騎乗依頼されるような一流騎手の場合では、その依頼された大レースで優勝すれば、馬主さんから御祝儀名目で上乗せとかありそうですよね」
それは、絶対にあるだろうね。
まあ、金額までは知らんけど、帯の一本や二本はざらなんだろうなぁ。
「ケチな馬主以外はね」
「私も早くそんな騎手の仲間入りができたらいいなぁ」
「その仲間入りは絶対にできない厩務員の私は、仕方ないから今日のレースも半額で我慢しよう」
半額とはいっても、いつも通りのパーセンテージですやん。
「半額だと、3万3千ドルぐらいでしたっけ?」
「そう、3万3750ドルになるわね。3万3750ドル…… 3万3750ドル……」
まーた、念仏が再開しおった。
「でも、もしかしたら田中さんにも、オーナーが御祝儀として上乗せしてくれるかも知れないから、それに期待しておきましょうよ」
「あまり期待しないで期待しておくわ」
「それって、どっちなんですか?」
うむ、ワイにも不思議な日本語に聞こえたぞ。
「もらえたら儲けものってことよ」
「ああ、なるほど」
それにしても、この二人ってまったく緊張感の欠片もないよな。
金の話ばかりを、あーでもないこーでもないとしていたからなのか?
「美雪ちゃん、後は頼んだわよ」
「お任せください。最低でも二着は確保してみせます」
そこは、虚勢であったとしても「優勝目指して頑張ります!」とか、言うところと違うん?
一着を目指さなかったら、二着さえおぼつかなくなるかも知れんのやで。
でも、えらく現実的な目標にしては、ミユキも強気やね。二着を確保って、三歳春のクラシック戦線のトライアルじゃないんだから、二着を確保したところで、なんの権利もないのよ?
もしかしたら、田中さんの進上金を気にしてあげたのかも知れないけど。
ミユキにも案外、ステーブル仲間を想う優しいところがあるじゃないの。
でも、進上金はレースの結果でしかない気がするよなぁ。
まあ、ガチガチに緊張するよりかは、マシだと思っておこうかね。
AW オールウェザー、全天候馬場の略。ニューポリトラックとかの馬場のこと。
厳密にはダートとは違うけど、芝とダート二つの括りであれば、ダートに分類なのかな?




