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29話 霞ヶ浦ニワノファーム


 霞ヶ浦ニワノファーム



「じゃあヒメ、私も二日か三日に一度は様子を見に来るから、世話してくれる人の言うことをちゃんと聞いて、良い子にしておくんだよ?」


「ひん」



 田中さんはEVの新車を買える目処が立ったから、ルンルンのご機嫌やね。

 一着になって賞金を咥えてきた、ワイに感謝したまえ。


 川崎で行われた全日本2歳優駿を無事に見事な優勝で飾って、その後に美浦に戻ったと思ったら直ぐに、ワイは短期放牧に出されることになった。


 美浦トレーニングセンターから馬運車に揺られること、僅かに10分あまり。

 はやっ! もう着いてしまった。


 そら、田中さんも頻繁にワイの様子を見に来られる距離だわな。


 それで、着いた先はというと、霞ヶ浦ニワノファームでした。

 いわゆる外厩というヤツで、競走馬の短期放牧の休養と調教を兼ねた育成牧場みたいなモノやね。



「ひーん」



 風光明媚とまでは言わんけど、なかなかええところやね。ワイは気に入ったで。


 どうやら、ワイのオーナーが潰れたゴルフ場を二束三文で買い取って、その敷地を改造して競馬場もどきの育成牧場を造ったらしい。

 まあ、二束三文は言いすぎやな。これだけ広大な敷地面積をしているのであれば、いくら潰れたゴルフ場で安く買い叩けたとしても、田舎とはいえ土地だけで最低でも数億以上の価値はあるはずだしね。


 それに、造成工事には10億以上の費用が掛かっていると言ってたしな。

 そう考えると、ワイのオーナー様は、やっぱお金持ちやね。


 競馬で儲けた分を競馬界に還元する意味も込めて、一口馬主のウイングレッドで儲けた分を全部ブッ込んだのかな?

 それと、儲けた利益を何かに再投資しておいた方が、税金の面でも節約できそうだしね。


 しかし、元ゴルフ場ということは、残留農薬とか大丈夫なんかね?

 まあ、昨今は昭和の時代と違って環境規制も厳しいから、長期間土壌に残留するような農薬の使用は禁止なのかも知れないな。


 それに、ゴルフ場から流れ出た排水は霞ヶ浦に注ぐのだから、もし問題があれば一発でアウトのはずだわな。

 霞ヶ浦の水は飲み水としても利用しているはずだしね。


 つまり、問題なく大丈夫だからこそ、ゴーサインを出したのであろう。



 それで、くだんの霞ヶ浦ニワノファームだけど、コースの全長が一周1400メートルもあるとか、川崎競馬場よりも大きいですやん。


 直線も300メートル以上あるし、高低差も4メートルはあるとか?

 まるで競馬を開催できそうなぐらいの大きさの規模やね。


 まあさすがに、美浦トレーニングセンターよりは小さいけど。


 坂路も途中まで半分トラックに寄り添う形で、全長900メートルという、かなり長い距離の坂路コースも備わっているとか。

 最初と最後がカーブしてるから、距離を稼げているという寸法やね。


 坂路の高低差は28メートルと、美浦や栗東の坂路に比べたらやや低いけど、ダラダラと長く勾配が続いているので、トモの筋肉を付けるにもスタミナとパワーを付けるのにも十分有効なはずである。


 この霞ヶ浦ニワノファームが新規オープンしたのが、今年の秋とか言ってたな。

 厩舎に霞ヶ浦ニワノファームのパンフレットが置いてあったので、ワイもこっそりと盗み読みしてみたのだ。


 ワイのよだれでドベドベになったパンフレットを見て、田中さんがビックリしていたのはご愛嬌ということで。


 一つ気になるのは、内馬場が放牧地になっているのだけど、外周のトラックで他の馬が調教で走っていたら、放牧中の馬も走りたがって興奮しないのかが少しだけ心配かな?

 まあ、そんなに気にしなくても、大丈夫そうではあるけど。


 ちなみに、霞ヶ浦ニワノファームでお馬さんが飲む水は、ちゃんと浄水器を通して濾過してある水みたいで安心したわ。

 オッチャンの厩舎の飲料水も浄水器で濾過してあるし、やっぱ霞ヶ浦の水をそのまま飲むのはイマイチということなんやろうね。



 それで、この霞ヶ浦ニワノファームでは、諸々の事情でJRAを辞めた調教師、調教助手、厩務員、騎手とかの人間を積極的に受け入れているらしい。

 つまり、JRAからの再就職先ということになるのか?


 まあ、ワイのオーナーの本業はテニス選手のはずだから、競走馬の育成や調教の技術なんてないはずだし、餅は餅屋ということで、その道のプロに任せるのが道理ではあるわな。


 サラブレッドを調教する腕はあっても、マネジメントや営業が下手で素質馬を入厩させることができず、勝利数も伸びないから預託馬も集まらないという悪循環に陥って、やがて厩舎の経営に行き詰まり、勇退という名のもとの実質的な廃業。

 つまり、厩舎を解散させざるを得なかったけど、まだ馬への情熱を失ってない元調教師や、定年で引退したけど、死ぬまで馬に携わっていたい馬バカなホースマンとかを雇用しているとか聞いたね。


 家庭の事情で一度は競馬界から離れざるを得なかったけど、その後にまた競馬界に復帰したいけどJRAは無理だから、こっちに来たとかいうホースマンもいるみたいだし。

 あと、これからJRAの厩務員課程を目指す若者とかが、OBとOGに混ざって一緒に働いてるみたいやね。


 これら諸々の内容は全部、田中さんが教えてくれたんよ。

 さすが守銭奴で銭ゲバの人間は、馬に接する態度も常人とは一味も二味も違うと思いました。まる。


 まあ、パンプレットにも書いてあったけどね。


 でも、馬に人間の言葉で教えたところで、ワイ以外には理解できないと思うけど、ありがたかったな。

 しかし、馬が人間の言葉を理解できないにしても、馬に話し掛けることには意味があるんだよね。


 その話し掛けている人間の声色で、なにを言われているのかが、馬にも何となく判断できたりもするのだから。

 これは、人間の言葉を理解できない他の馬から、ワイが直接に聞いた話だから、間違いないで。




 ※※※※※※




 美浦トレーニングセンター



「バルチックの追い切り終わりましたー」


「美雪か、ご苦労さん。バルチックはどんな感触だった? 前走から良化しているか?」


「今日はソラを使わなかったので、走りに前向きになってきた感じはしますね」


「それは良い兆候だな」


「相手次第ですけど、上手く行けば掲示板には載れるかも知れませんね。ですが、未勝利を脱出するにはもう少し時間が掛かるかも知れません」


「まあ、少し奥手の血統だから、焦らずに行くか」


「そうですね。バルチックが本格化するのは来年の秋以降だと思います」


「もどかしいけど、やはりバルチックは、じっくりと育てて行くしかないか」


「育てるのは半分以上、外厩のような感じもしますけどね」


「ワシの存在意義と価値が年々低下して行くような気がするな……」


「ヒメもダートで三連勝して地方交流GⅠまで勝ちはしましたけど、それはヒメの能力が桁外れに高いだけで、今はまだ才能だけで走っている気がします」


「ヒメも血統的には、本来であれば奥手のはずだからなぁ。まあ、二歳馬というのは元々そういうモノではあるけどな」


「道中も結構ソラ使って遊びながら走ってますし、やはり本格化は来年の秋以降の感じがしますね」


「いまでも十分に強いのに、本格化したら一体どれだけ強くなるのか、ちょっと想像もつかないな」


「歴代の名馬や最強馬と呼ばれる馬たちに引けを取らない強さになりそうで、今から楽しみですね!」


「怖いぐらいだな」


「先生、話は変わりますけど、ドバイに向けてのヒメの次走って、ヒヤシンスステークスなんですか? それとも、サウジダービーなんですか?」


「UAEダービーは決まりだけど、オーナーからも前哨戦をどっちにするのか、まだはっきりとは聞かされていないんだよ。もしかしたら、ぶっつけ本番の可能性もあるしな」


「そういえば、私にサウジアラビアの何とか騎手招待競走というヤツに出てみないかと、招待のオファーがあったんですよ」


「そういえば、そんな話が来てたな」


「まだ保留にしていたんですけど、その騎手招待競走って確か、サウジダービーの前日にあるんですよね」


「ほう? 偶然にも日程が重なっているのだな」


「いくら私が若くて可愛くて、日本国内のGⅠ級レースを史上最短で勝利した女性騎手だから、サウジに招待すれば目玉になるからといったとしても、まだ私は通算勝利数が40勝にも満たないペイペイなんですよ?」


「お、おう…… そうだよな」


「これって、私を招待するから、そのついでにヒメも一緒に連れて来てくれという、先方さんからのメッセージでしょうかね?」


「逆じゃないのか? ヒメを招待したいから、じゃあそのついでに鞍上予定の美雪をサウジに連れてくれば、ヒメも行きやすいだろうという、先方なりの配慮なんじゃないのか?」


「やっぱそうですよね。普通に考えれば、私がヒメのオマケ扱いですよね」


「だが、オーナーを泣き落とす材料にはなるぞ」


「オーナ~、サウジダービーがある週って、私も偶然にもサウジアラビアに出張で行っているんですよー。いやーこんな偶然ってあるんですね! オーナーも運命だと思いませんか? こんな感じの、チラッチラッ作戦ですね? わかりました!」


「お、おう、焚きつけたワシが言うのもなんだが、ほどほどにしておけよ……」


ソラを使う 物見をしたりして走りに集中してないこと

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― 新着の感想 ―
[一言] 美雪の自己評価の高さが半端ないな
[一言] 用語の解説助かる、馬は知識無いので意味が分からなかった 競走馬の名前も片手で足りる位しか知らない読者には解説は非常にありがたい 知ってる馬名を並べると ミスターシービー シンボリルドルフ …
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