21話 JpnⅡ JBC2歳優駿
JBC2歳優駿がJpnⅡに格上げされている近未来の物語。
本当にそんな日が来るのかな?
北海道 門別競馬場 坂路コース
ドッガラドッガラドッガラ!
「ヒメ、抑えて抑えて!」
「ひん?」
これでもワイは抑えて走ってるつもりなんやで?
というか、ミユキもワイの追い切りを乗るために、わざわざ北海道まで来るだなんて暇なんやね。
てっきり、日高ニワノ牧場の近所にある育成専門の外厩のスタッフが乗るものと勘違いしてたわ。
まあ、地方交流重賞とはいえ重賞には変わりないのだから、厩舎関係者の気合の入り方も平場戦とは違うということなんやろうね。
賞金も高いから、当然だけど進上金も高いもんな。
つまり、馬の前にニンジンをぶら下げているのではなく、人間の目の前に現金をぶら下げているのが正解というわけや。
ついでに、ミユキの師匠であるオッチャンも暇やったみたいだな。
ワイを馬運車に載せて此処まで連れて来てくれたのが、サツキのオヤジだったから彼がいるのは理解できるけど。
「そう、それぐらいのペースでいいからね」
放牧期間中は、ワイがデビュー前に調教していた近所の育成牧場でたまに運動していたのだけど、その外厩のスタッフでワイに乗っていたオッサンは、地方競馬の元騎手っぽかったな。
もしかしたら、ちゃんとした追い切りはJRAに登録している騎手や調教助手でないと、ダメとかいう制約があるのかも知れんね。
「ヒメ、お疲れさま」
「美雪、ご苦労さ…え!? 51秒…8?」
ふぅ~、軽めのええ運動やったわ!
「今度からはもう少し抑えてくれると、おねーさんとしては嬉しいかな?」
「ひん」
善処いたします。
「二歳牝馬が坂路の4ハロンで52秒を切るのか……」
「抑えていてこのタイムですから、頼もしい限りですね」
「マジかよ…… 末恐ろしいな」
オッチャンとサツキのオヤジが唖然としているけど、そんなにもあんぐりと口を開けていたら顎が外れるで。
「これなら、仕上がりの早い門別の二歳馬にも負けないと思います」
ワイは日高ニワノ牧場で放牧されていたし、放牧期間中も適度に乗り込み運動をさせられていたのだから、馬体が緩んでいるわけではないからな。
その他にも、放牧期間中も運動不足にならないように、調教メニュー以外にもワイ自ら率先して身体を動かしていたのである。
つまり、適度な自主トレができるワイという存在は、他の競走馬にとって大きなアドバンテージを持っているということやね。
まあ、やり過ぎて身体を壊したら元も子もないので、無理しないように気を付けてはいるけどな。
※※※※※※
11/3 文化の日 北海道 門別競馬場
門別競馬 曇り 重
ダート交流重賞 JpnⅡ JBC2歳優駿 2歳 ダート1800メートル
本賞金 4000万 1400万 800万 400万 200万
ふーん、地方競馬の二着以下の賞金の割合って、中央よりも低いのね。
中央は二着から順に、40%、25%、15%、10%だったよな?
地方は、35%、20%、10%、5%なんやね。知らんかったわ。
僅かでも予算を削減するために、ケチってるということなんかな?
そういえば、中央も一時期、賞金が少しだけ減額された時期があったな。
馬券の売り上げが競馬全盛期の半分ぐらいまで落ち込んだ時期だったので、賞金の減額もやむを得なかったのかも知れんね。
その代わりなのかどうか、GⅠやGⅡでもスーパーGⅡとか呼ばれる大レースは、かなり賞金が増額されてはいるけどね。
『競馬ファンのみなさん、こんばんは。JBCデーの本日、此処、門別競馬場で行われるメイン競走は、ダート交流重賞競走のJBC2歳優駿、グレードはJpnⅡ。ダート1800メートルに13頭の若駒が揃いました。
馬場コンディションは重。12月の川崎競馬場で行われる、全日本2歳優駿に向けて勝ち名乗りを上げるのは、どの馬になるのか? 非常に楽しみな一戦であります。発走まで暫くお待ちください』
秋の日は釣瓶落とし、とは言い得て妙かな。
特に緯度の高い北海道では、如実に感じられる現象やね。
経度も日本標準時子午線から、7~8度は東にずれているから尚更なのであろう。
そう、今日はナイター競馬というわけですな。
もう日はとっぷりと暮れて、辺り一面は真っ暗でんな。
まあ、水銀灯もどきのLEDの照明がダートコースを照らしているので、べつに暗くはないのだけど。
というか、場内実況のアナウンサーが言ってるけど、中央所属の馬はともかく道営所属の馬で、川崎の全日本2歳優駿に出走する馬っておるん?
まあ、数年に一度ぐらいはおるのかも知れないけど、いたとしてもやっぱ少数なんやろうなぁ。
あと、道営所属の馬って、冬の間どうしてるんやろ? 本州にある地方競馬場に出稼ぎに行くんかな?
まあ、冬の間は放牧している馬のほうが多そうな気もするけど。
それはともかく、なんやかんやで、ワイは美浦の所属なのに、まだ一度も美浦トレーニングセンターに入厩したことがないという、変わり種の馬ということになっています、はい。
「ヒメー! 頑張れー! 今日も一着だよー!」
「ひん!」
今日は牧場から近所だからなのか、サツキのオヤジも一緒やな。
サツキの頬っぺたがリンゴのようになっているということは、やっぱ人間にとってこの気温は寒いんやね。
今の気温って5℃とかだもんね。
みんなモコモコに着膨れしているし、11月の北海道はもう冬なんやで。
まあ、馬のワイにとっては、涼しくて過ごしやすい程度の気温やけどな。
というか、今どきの娘でも、頬っぺたがリンゴのように赤くなる子っているんやな。
まあ、ワイは冬の牧場でサツキを見ているから知っていたけど。
でも、北国の田舎の子の専売特許の気がしないでもない。
「ひめ~みちゅぷり~がんばりぇ~」
「ひ~ん」
わかばちゃんも今日は応援に来てたんやな。
ということは、テニスはシーズンオフに入ったのかな?
それと、みちゅぷりってミスプリ? ミスプリ=ミストラルプリンセス。
つまり、ワイの愛称の一つということか?
なんだか、ミスチルとプリプリとプリキュアがごちゃ混ぜになった名前みたいやな。
「ヒメの能力なら普通に勝てるから、リラックスして気軽に走っておいで」
「ひん」
ワイの馬主さまは常人とは言うことが一味違いますな。
というか、馬に人間の言葉が通じているの前提で話しかけられても、普通の馬だったら困るんとちゃう?
でも、ワイにはちゃんと通じているのだから…ん? ワイが困惑するのが普通なのか?
まあ、悩んでもしゃーないか。
それで、今日のワイの単勝オッズは、1.7倍とな?
前走に引き続き、1番人気みたいやね。
前走、札幌でのダート1700のレコード勝ちが評価されているということなのだろうね。
未勝利戦やったけど。
まあ、中央の馬はみんな一勝クラスの馬ばかりで、純粋なオープン馬は出走してないのだから、ワイが1番人気に押し上げられたとしても、この出走メンバーであったら妥当な評価なんだろうね。
※※※※※※
「90万…… 90万……」
なんか、前走でも似たような光景を目にした記憶があるのだけど、ワイの気のせいやったかな?
前走の13万5千から、金額が増えているのは今回が重賞レースだからやね。
一着賞金も未勝利戦の7倍近くの金額やもんね。
「田中さんさっきから90万って、ああ、もしかして進上金のことですか?」
捕らぬ狸の皮算用を弾いてる、不届きな厩務員でっせ。
まあ、今回は限りなく、その計算が正しい可能性が高いとは思うけどな。
「そそ、年末も近いから臨時ボーナスが欲しいじゃない?」
「確かに欲しいですね。私の場合は勝てば200万だから、緊張してきましたよ」
「やはり、重賞は平場とは金額が違うから、どうしても浮ついちゃうのよねぇ」
人間、生きて行くのには、お金が必要やから、貰える予定の金額が大きくなればなるほど、目の色が変わるのはしゃーないわな。
「田中さんは進上金の90万が入ったら、なにか買う予定でもあるんですか?」
「半分ちょっとの50万は貯金かな? 残りの半分は実家に仕送りして、残りの20万が私のボーナスということで」
いや? 貯金する予定の50万も田中さんのボーナスやんけ。
それと、税金のことも考えておかんと、あとで泣きをみる破目になるで。
もしかしたら、先に月収を年収分で計算した所得税を引かれてから、源泉徴収なのか年末調整なのかで、逆に後から戻ってくる仕組みなのかも知れんけど。
「田中さんは家族想いなんですね。私は仕送りなんてしたことないなぁ」
「実家が貧乏で子沢山なだけよ」
そら、実家が裕福やったら仕送りなんかしんわな。
でも、子沢山ということは、少子化の昨今では出生率で貢献しているのだから、田中さんの両親は立派やと思いまっせ。
生まない自由とかほざいてる連中は、みんなワイみたいに牝馬に転生させられたらええんや。
母ちゃんであるヨーコさんの蹄を削ったカスを煎じて、わがままな連中に飲ましてやりたくなるわ。
ワイの将来なんて、産む機械が確定なんやぞ?
「というわけで、神様仏様おヒメさま!」
「ひん?」
なんか、前走でも同じフレーズを聞いたような記憶があるのですが?
「今日は確実に、90万を頼んだわよ!」
「ぶひーん!」
目が¥マークで逝っちゃってる田中さんに、一着を頼まれてしまった!
というかこの人、もう臆面もなく一着とすら言わずに、厚かましく希望金額を言っちゃったよ。
またレースが始まらなかった…
賞金が減額されたのを知った時の反応… セコっ! だったと思うw(記憶が曖昧




