17話 2歳未勝利戦 ダート1700
2回 札幌競馬 7日目 1レース 曇り やや重
2歳未勝利 ダート1700メートル
本賞金 600万 240万 150万 90万 60万
『競馬ファンのみなさま、おはようございます。第2回札幌競馬も最終週を迎え、今日を含めて残すところ二日の開催となりました。
今日のメインレースは、芝1800メートルで行われる重賞競走、グレードスリー第…回農林水産省賞典、札幌2歳ステークス……
……本日も最後まで、ごゆっくりと競馬をお楽しみください』
ワイの生まれ故郷である、日高ニワノ牧場での短期放牧も終わって、また馬運車に載せられドナドナされて、札幌競馬場に戻ってきました。
そういえば、ワイって美浦トレセン所属なのに、まだ一度も美浦に行ったことがなかったな。
まあ、ローカルデビューの二歳馬であれば、ワイみたいに牧場から直接、競馬場に乗り込む馬も多少はおるんやろうね。
北海道から茨城、また茨城から北海道に行くだなんて、非効率やもんね。
「ヒメ、今日こそは一着だよー!」
「ひん!」
今日も今日とて、我が家のサツキお嬢様が応援に駆け付けております。
パドックには、ワイの横断幕まで掲げられてますやん。サツキお手製なんかな?
【 風のように駆け抜けろ! ミストラルプリンセス 】
なかなかセンスがいい感じのするキャッチコピーやね。
ここまで毎回応援されると、感無量ってヤツですな。
まあ、ありきたりな、ありふれたフレーズのような気がしないでもないけど。
というか、サツキは遊び惚けていて大丈夫なんか? 来年は高校受験やろ?
なんとなく、進学校への受験は端から考えてないような気がするぞ。
まあ、ウインドとウインドウを間違えるお茶目さんやから、サツキの頭脳はお察しの気もするがな。
でも、地方競馬と違って中央競馬は土日をメインにして開催されているのだから、学校が休みのサツキが応援に来れたとしても、別におかしなことではないのではあるけど。
それで、今日のワイの人気はというと、堂々の一番人気である。
それもなんと、現在の単勝オッズは1.8倍!
まあ、前走のコスモス賞での二着入線が評価されたのと、負担重量が前走から4kg減って50kgというのが有利と判断された結果なのだろうなぁ。当然といえば当然の結果だわな。
なんせ、オープン特別でタイム差なしの二着馬が、未勝利戦に出走してくるのだから、これで人気にならない方がおかしいはずであるしな。
逆に、1.8倍も付いているとも言えるわけである。
つまり、ワイの350kg程度の小柄で非力そうに見えるこの馬体で、パワーが必要なダートを走れるのか?
それを疑問視する連中も、多少は存在するということなのであろう。
お? 馬体重が発表されて少ししたら、ワイの単勝オッズが2.2倍に下がったやんけ。
今日のワイの馬体重は348kgで、前走からマイナス6kg。このマイナス体重が嫌われたみたいやね。
「とまーれー!」
さて、もうじき騎乗命令ですな。
今日もミユキを乗せて、ボチボチと頑張って走りますか。
※※※※※※
「13万5千…… 13万5千……」
さっきから、ワイを引き馬する人間の口からブツブツと念仏が聞こえてくるけど、ワイの耳に念仏を唱えたところで、馬の耳に念仏なんやで?
「田中さん、さっきから13万5千ってブツブツ呟いてますけど、13万5千ってなんなんです?」
だぶん、進上金の皮算用やと思うで。
「エステ代じゃなくて、進上金のことよ」
このネーチャン、エステ代と言い切りよった!
まあ、田中さんが自分の進上金を何に使おうが田中さんの自由やし、べつに構わないのだけどね。
「エステ代? ウチの厩舎の場合では、田中さんの進上金の取り分は、2%でしたよね? だから、このレースの一着賞金が600万で、その2%だから、12万ではないのですか?」
「2%の12万が担当厩務員の取り分だけど、残りの3%も私を含めた12人で分けるのよ。つまり、残りの3%の18万を12人で割ると1万5千円ってこと」
「へー、てっきり、残りの3%は担当者以外で分けると勘違いしてました。12万に1万5千を足して13万5千ということでしたか」
ミユキはオッチャンの厩舎所属とはいっても、厩務員じゃなくて騎手なのだから、給与体系なのか給与形態なのかが違うはずだしな。
「まあ、美雪ちゃんは騎手であって、厩務員と調教助手の当事者ではないのだから、知らなくても仕方ないわよ」
「私の場合は、ヒメみたいな所属厩舎の馬で勝利した場合でも、ちゃんと5%もらえますからね」
「そのぶん、勝てない騎手は引退も早いのだから、厩務員よりも安定してなくて大変だと思うわよ?」
まあ、騎手は人気商売の実力主義の世界やからね。
もっとも、いい馬に乗せてもらえる、コネも大切だとは思うけどな。
「私も稼げなくなったら、調教助手に転向することになるのかなぁ」
「調教助手に転向するのも昔に比べたら、ハードルが上がったとかいう話みたいだけどね」
「それって、ポストの空きが問題なのかな? 昔に引退した先輩方が羨ましい」
「騎手がレースで馬を走らせる技術と、馬をレースで走らせられるように調教する技術は、また別ということなんだろうね」
なるほどね。だから、大手の生産牧場や馬主は外厩で調教して、あらかた仕上げるのかも知れないな。
「確かに、ちゃんとしたまともな調教を付けられない騎手も稀にはいますもんね。そういえば、昔は1000勝したら、調教師の一次試験も免除だったみたいですね」
「海外の大レースでも通用するような強い馬を作るためには、ホースマンも腕を磨く必要があるとかで、調教師の勉強をあまりちゃんとしてない、騎手上がりの調教師を増やしたくなかったんでしょうね」
そういえば、名伯楽とか呼ばれる調教師って、騎手上がりの調教師は少なかった記憶があるな。近年の名調教師というのは、大学で獣医学や畜産を学んだり、海外の厩舎や牧場に留学して修業を積んだインテリが多かった気がするわ。
それと、日本の調教馬で凱旋門賞を勝とうと思ったら、日本の芝も欧州みたいに芝を深くして、パワーが必要で時計の掛かる馬場にすれば、ええんとちゃうの?
そのほうが、馬の脚元にも優しくて、故障する確率も下がりそうだしね。
まあ、スピード決着でレコード記録更新とか、目に見えて分かりやすい強い馬の指標になるから、どうしてもスピードを追求しがちになるんやろうなぁ。
でも、日本の高速馬場適性にマッチした馬づくりと、欧州の力のいる馬場適性の馬づくりとでは、相反する矛盾を含んでいるんやで?
その証拠に、サドラーズウェルズ系の種牡馬というのは、あまり日本では通用しないのだからね。
逆にいえば、日本の高速馬場に適応したサンデーサイレンス系なのに、凱旋門賞を二年連続で二着になったオルフェとか、化け物クラスの気がしてきたわ。
まあ、オルフェーヴルの場合は、ステゴとマックイーンにディクタスが入っているから通用した気もするけど。
そういえば、ワイにもマックイーンとディクタスが入っているんやった。
これってもしかして、ワンチャン? ワイにもワンチャンあるのとちゃう?
「それが、走らせる技術とはまた別の、走る馬を育てる技術に繋がるのですね」
「そういうこと。あと、騎手の人間性の問題があったみたいだよ」
そういえば、誰とは言わんけど、昔なんか奇人か変人のトップジョッキーがおったな。
「なるほどねー」
「でも、美雪ちゃんが言うようにポストの問題。もしかしたら、裏方の既得権なのかも知れないけどね」
「既得権益、絶許っ。私たち騎手は自営業者ですからね」
素直に羨ましいって言ってもええんやで?
「それでも、いくら私たち中央の厩務員や調教助手が、地方競馬の厩務員や生産牧場の人に比べて恵まれているとはいえ、若いうちの基本給は安いのよ」
まあ、地方競馬の厩務員に比べたら、中央の賞金と預託料は高額だから、中央の厩務員が恵まれているのは事実だわな。
その恵まれているはずの中央の厩務員が、春闘でストライキでもすれば、いろいろな方面の人間から、白い目で見られるのもむべなるかな。
いくら、ストライキが労働者に与えられた正当な権利とはいってもね?
白眼視されるのには、それなりの理由があるということなんだろうなぁ。
「若いうちの基本給が安いのは、どの業界でも同じなんですね」
年齢による加算というのがあるから、若いのが安月給なのは仕方ないよね。
「私の場合は、弟と妹がまだ学生で毎月実家に仕送りもしているから、進上金で稼がなければ毎月ピーピーなのよね」
田中さんの実家が安月給というのは分かった。
「でも、先月はヒメだけでも、13万5千以上は稼いでますよ?」
ワイは走る労働者の鑑っちゅーことやね。
「先月は先月、今月は今月よ。ヒメはデビューから一月の間で三走目なんだから、たぶん今月はもう走らせないと思うのよ」
若いうちに数多くのレースに出走させすぎると、使い減りをするとかとも耳にするし、今日走ったら次走まで一か月以上の間隔を開けるのは望ましいだろうね。
それに、馬にも好不調の波や、好調を持続できるピークの限度というのもあるからな。
まあ、それらの事象に、ワイが当て嵌まるのかどうかは微妙やけどな。
「出走手当て目当ての古馬一勝クラスの条件馬みたいに、無理はさせられませんからね」
「だから、今日は頑張って今月のエステ代を稼がないとね」
頑張るのは、実際にレースで走って賞金を咥えてくるワイやで?
「というわけで、神様仏様おヒメさま!」
「ひん?」
「今日は確実に一着を頼んだわよ!」
「ぶひーん!」
半分、目が逝っちゃってる田中さんに、一着を頼まれてしまった!
おかしい、またレースまでたどり着けなかったよ…




