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9話 この馬ちょっとヤバいかも


 秋から本格的に始まった育成調教で出された課題も、一つ一つ順調にクリアして行き、また季節は巡って翌年の夏がやってきた。

 ワイも二歳になって、競走馬としてデビューする時が、刻一刻と近づいてきたというわけである。


 育成牧場での、ワイの評判は上々やったな。大人しく素直で鞍上の言うことをよく聞く優等生とか、スムーズでしなやかなのに力強い動きとか、かなりの高評価やったぞ。

 まあ、元人間のワイに掛かれば、そこいらの馬の骨とは違うということを見せつけるのは、朝飯前ということですわ。


 畜生とは違うのだよ。畜生とは。



「ヒメのデビューには、あたしも競馬場に駆け付けて応援するから、頑張って調教を積むんだよ!」


「ヒン?」



 サツキはワイの新馬戦のためだけに、わざわざ本州まで応援しに来るの?

 おまえ、今年で中学三年なのに、高校受験の勉強はほったらかしでいいのか?


 まあ、田舎の公立高校なんぞ、少子化の影響で定員割れが続いて久しいのだから、自分の名前さえ書ければ点数に関係なしで合格の気もするけどな。


 ちなみに、サツキの背はあんまり伸びないで、チビのままという感じである。

 たぶん、150台の前半といったところだろう。


 胸は…… うん、まあ、膨らみはあるわな。

 まあ、今のワイは馬でメスやから、どうでもいいか。




 それで、馬運車に載せられ、ドナドナされてやってきた先は、茨城県の美浦にある、美浦トレーニングセンター!

 ワイの入厩先をサツキがそう教えてくれたから、たぶん美浦で合ってるはずだ。


 北か南かまでは知らん。


 ワイの個人的な感想を言わせてもらえるのであれば、栗東のほうが良かった。

 美浦はね…… 飲み水の水質が悪いんで有名なんや! あと、栗東に比べたら厩務員の労働組合が強くて、馬ファーストじゃなくて、厩務員ファーストになっているとかなんとかも耳にしたな。


 馬を優先しないで、どうやって関西馬に勝てる強い馬を作れるのかと、小一時間問い詰めたい。


 まあ、美浦の坂路も改修されて、昔に比べたら高低差と勾配もキツくはなっているから、関西馬が猛威を振るう西高東低も多少は弱まってはいるのだから、美浦所属というハンデは、そこまで気にしなくてもいいのかも知れないけど。

 それに、本当に強い馬であれば、美浦であれ栗東であれ関係なく強かったのだと、歴史が証明しているのである。


 それに、ワイのようにマイナーな血統では、栗東の調教師に声を掛けたとしても、栗東に入厩するのを断られたかも知れないし、これでいいのだ。



 それにしても、北海道から本州に渡るフェリーに乗った記憶がないんだよなぁ。

 あと、体感で二時間ぐらいしか馬運車に揺られてなかった気がするし、いったい此処はドコなんだ?


 うん?


 【 馬糞と寝ワラ以外は入れるな! 札幌競馬場 】


 とか、大きなゴミ箱に書いてあったわ。


 なるほど。どうやら、ワイは札幌開催でデビューする予定みたいだな。

 そういえば、札幌でデビューさせようかどうたらこうたらとか、聞こえてきたような気もしたな。あの話ってワイの話やったんか。




 ※※※※※※




「私がミストラルプリンセスの主戦ですか?」


「ああ、オーナーからの許可は貰ってあるから心配するな」


「ミストラルプリンセスの馬主さんって、テニスの庭野選手でしたっけ?」


「そう、その庭野さんで正解だよ」


「ありがたい話ですけど、でもよく二年目の私を主戦として乗せることに、オーナーの庭野さんが同意してくれましたね」


「ワシが育てたい騎手がいると言ったら、庭野さんがミストラルプリンセスの主戦騎手を美雪に任せてくれたということだな」



 なんやなんや? ワイの鞍上はミユキとか呼ばれている、このネーチャンが主戦で乗ることになるのか?

 競馬学校を卒業して二年目ということは、まだアンチャンということやな。


 いや、女性なのだからそのまんま、ネーチャンでいいのか?


 まあ、ワイの場合は、凄腕のベテラン騎手が乗ろうが、ぽっと出の新人騎手が乗ろうが、ワイが発揮するパフォーマンスに大した違いはないはずやけどな。

 なんせ、ワイはそんじょそこいらの畜生とは、生まれ持った頭脳が違うからな!



「先生の推薦でしたか。期待に応えれるように頑張ります」


「その言葉は、馬主である庭野さんに直接言って差し上げろ」


「はい、会う機会があった時に必ず」


「だから、これからは美雪の手が空いている時には、優先的にミストラルプリンセスの調教を付けてもらうから、そのつもりでな」



 このミユキとかいう女性騎手は、オッチャンの厩舎所属の若手騎手ということみたいだな。



「そういえば厩務員は田中さんだから、持ち乗りではなかったのでしたね」


「曳き馬厩務員で悪かったわね。ヒメ、おっす!」


「ヒン!」



 引き馬厩務員さん、ちーす。

 まあ、持ち乗り調教助手になれない、全力で馬を走らせるのが未熟な自分を卑下して言ってるのだとは思うけど。



「そんなつもりではなかったのですけど、なんかすみません」


「ふふっ、大丈夫よ。ちゃんと分かっているから」


「田中もキャンター程度までなら大丈夫だけど、ギャロップには一抹の不安があるから持ち乗りの推薦はまだ無理だな」



 それで、オッチャンにギャロップに不安があると言われている田中さんというのが、ワイ専属の厩務員みたいで、この人も二十代半ば頃の若い女性の厩務員なんだよね。

 もしかしたら、ワイが牝馬やから、女性の厩務員を割り当てたのかな?



「テキのハードルは高すぎます」


「おまえの安全と預かっている馬を思ってのことなんだから、ワシが許可を出すレベルまで騎乗技術を磨くんだな」


「精進します」



 田中のネーチャンも気張りや。


 というか、調教助手を希望する厩務員は、いったいドコで騎乗技術の腕を磨くのだ?

 厩舎での仕事中は練習なんて出来なさそうだよな? 勤務時間外や休みの日とかに、引退した競走馬で練習するのかな?


 さすがに、現役の競走馬を練習台にするのは、馬主が許さないだろうしね。

 安くても数百万、高かったらそれこそ億を超える値段がする競走馬を、調教助手希望の人間の練習馬なんかにされたら、普通は激怒するわな。


 競走馬とは馬主の持ち物であって、調教師や厩務員の持ち物ではないのだから。

 まあ、ワイには関係ない話やったな。



「それで、私が主戦ということは、減量の恩恵がある一般戦だけでなくて、この子が勝ち上がった場合には、特別戦や重賞にも私が乗せて貰えると理解してもよろしいのですね?」


「そういうことだな。余程のミスをしない限り、お前が降ろされる心配はないと思うぞ。だから、早いとこ31勝はクリアしておけよ」



 なんや、まだミユキはGⅠに騎乗できる規定をクリアしてなかったんかい。

 まあ、デビューから一年半程度のペイペイなんだから、仕方がないのかも知れないけどさ。


 同期にデビューした騎手でも、まだ30勝をクリアしてない騎手の方が多そうだしな。若手の騎手というのは、厩舎や馬主にコネがあるか手綱捌きが余程上手くなければ、なかなか騎乗機会に恵まれないのである。

 あと、大手馬主や優秀な調教師と太いパイプを持っている、有力なエージェントと契約を結んでいるか否か、これが重要だったか。


 まあ、まだ減量の恩恵があるうちは、一般戦での騎乗機会は中堅の騎手よりも、多少は恵まれているのだけれども。まだ未熟な若手騎手にも活躍の機会を与えるのと、腕の未熟さをカバーするためのハンデ、そのための負担重量の減量特典とも言えるわけだし。

 だから、減量特典期間中に結果を残せなかった騎手というのは、その後に苦労するんだよね。


 でも、勝負の世界なのだから、それが当たり前なのかも知れないけど。


 エージェントに関して言えば、一般人が出入りできないトレセンに、競馬新聞等のトラックマンという立場を利用して出入りしているのに、騎手選定に係わるという、公正な競馬を執り行うという点において、疑義の生じる問題を含んでいる気もするけどね。

 まあ、馬であるワイが気にしてもしゃーないか。



「美雪ちゃん、あと何勝でクリアだったかな?」


「あと7勝です。つまり、ミストラルプリンセスは、GⅠに出走できる素質ということでしたか。緊張してきました」



 しゃーないなぁ。ワイが気張ってレースに勝利して、プラス3勝ぐらいお膳立てしてあげな、これはアカンかも知れんね。

 それでも関東所属で、乗り馬の大半も関東馬なのに、新人から一年半で24勝を挙げているということは、ギリギリ及第点をあげてもいいんじゃね?


 ミユキがこれまで、実力のある馬や人気のある馬に騎乗できる機会が、それほどあったとも思えないしな。

 つまり、ミユキの腕はそれほど悪くないということなのかも知れないな。



「ああ、GⅠを勝てるかはともかく、出走だけに限れば、案外すんなりと行くかも知れんと期待しているよ」


「わかりました。将来が楽しみですね」



 まあ、GⅠに出走するのと、GⅠを勝つのとでは、雲泥の差ではあるわなぁ。



「じゃあ今日は、15-15の軽めで頼むよ」


「いきなり、15-15でいいんですか?」



 もーまんたいでっせ。


 15-15じゃ、ワイの実力を半分も出す必要はない感じやな。

 まあ、そこから先が一気に負荷が上がってくるともいえるのだが。



「育成牧場で乗り込んできているからね。もう既に八分以上の仕上がりのはずだよ」


「了解しました」






 ドッカラドッカラっ!



「ヒメ、抑えて、抑えて! このままじゃ、12-12になっちゃうよ!」



 ぬ? そんなにもスピード出てたか?


 走るのが楽しくて仕方ないけど、なるべく鞍上の指示に従ってあげないとな。

 しゃーないから、緩めたろか。



 パッカラパッカラ……



「ふぅ~ありがとう、助かったよ」



 どういたしまして!



「それにしても、ヒメは小さいのにもの凄いパワーがあるね。ダートも行けそうな感じがするよ」



 まあ、ワイは鍛えているからな!

 だから、パワーが段違いなのは正解だけど、小さいは余計でっせ。




 ※※※※※※




「どうだった、ミストラルプリンセスの乗り心地は?」


「先生、この馬ちょっとヤバいかも知れません」


「そうか? 抑えるのが大変そうで、ちゃんと力強く走ってたじゃないか」


「はい、走るという意味においてです。軽自動車にスポーツカーのエンジンを積んで走ってる感じと言えばいいのでしょうか?」



 それって、フレームとか大丈夫なんか?

 まあ、ワイの場合は、健康で骨も丈夫だと、獣医のお墨付きを貰っているけどな。



「それはつまり、ミストラルプリンセスの素質は重賞級ということかね?」


「はい、私が今まで乗ってきた条件馬と、この子とでは乗り味が全然違います!」


「ふーむ、なるほど。ワシの相馬眼も、まだまだ捨てたモノではないということだな」


「私、この子に惚れました! 先生が一流騎手に乗り替わりさせようとしても、オーナーに直訴してでもミストラルプリンセスに乗せて貰いますから!」



 お、おう…… 凄い入れ込み具合だな。そんなにも、ワイに惚れたんか?

 でも、ワイもメスなんやで? 残念ながらも君の期待には応えられんのよ。



「お、おう…… 美雪がそんなにもヒメに惚れ込んでくれるのであれば、ヒメもお姫さま冥利に尽きるんじゃないかな?」



 いや、纏わり付かれすぎても、鬱陶しいだけですやん。

 だから、好意は嬉しいけど、ほどほどの距離でお願いします。


美浦の地盤沈下は名伯楽である藤沢師と国枝師が定年退職したら、マジでヤバいのかも知れない…


今週は先週と同じく火木土と予約投稿しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 現在進められている美浦トレセンの改修工事(含む計画)が全て終わって,更に浄水設備を一新した時代なんでしょうね。
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