プロローグ
エタ量産中なのに新作をなんとなく勢いで書き始めてしまった……
東京競馬場は15万人を超える大観衆の怒号で埋め尽くされようとしていた。
俺もその怒号飛び交う人ゴミの中に混じって、競馬の祭典である日本ダービーを現地で観戦しているところだ。
レースはもう既に、4コーナーを回って終盤に差し掛かっている。
『前の二頭が後続を大きく引き離して、4コーナーのカーブを回り最後の直線に入って、残り400を通過!』
「これ、前の二頭が残る流れじゃねーの?」
「まーた、溜め殺しかよ……」
『後ろからは、まだ何もこない!』
「タクミとロメールにデニーロは何やっとんじゃい!」
「あばばばばばー」
巨大なターフビジョンに映るのは、ピンクの帽子の二頭のみ。
『まだ前二頭の手ごたえは十分! これは8枠二頭の一騎打ちか?』
「人気薄の逃げ馬は買い……」
「内枠ならまだしも大外の逃げ馬なんて買えるかよ」
俺はグっとこぶしを握り締め歯を食いしばり、ターフビジョンを睨みつけた。
頼むぞ!
『人気のキタカゼタイフーンはまだ馬群の中だ!
イエローストーンも伸びてこない!』
「おいおい……」
「差せーっ! 差さんかボゲェーっ!!」
「なんか来たっ!」
『ここでもう一頭、ピンクの帽子が飛んできた!
大外から一気にサクセスストーリーがもの凄い脚でやってきた!
しかし先頭までは、まだ7~8馬身の差があります!』
「8-8のゾロ目で決まりっぽいな」
「おわたおわたおわたおわった……」
そのまま、そのまま。
「こりゃ大波乱確定っぽいな」
「8枠の三頭での決着だなんて悪夢だ……」
8枠の三頭で決まるなら、他の馬は伸びてこなくてもいいぞ!
『ブロークンアローとクロシオが馬体を併せて坂を駆け上がり、200を通過!
GⅠ馬三頭は馬群に沈んだ!
サクセスストーリーはここから届くのか!?』
カモンカモンカモン……
「届いたらバケモノだよ」
「届きそうな勢いだぞ」
届いても届かなくてもどっちでもいいけど、できれば高目こい!
『5馬身! 4馬身! 3馬身!』
こいこいこい! きたきたきた!
場内に流れる実況の声も、サクセスストーリーが一完歩詰め寄るごとに、アナウンサーの興奮のボルテージが上がっているのが手に取るように分かる。
『届くか? 届くか? 届いた!届いた! 差し切ったーっ!』
よっしゃぁぁぁーーーっ!!
俺は内心でガッツポーズを決めた。
「ぎゃあぁぁーーっ!!」
「10万パーだよ! ちくしょーめっ!!」
「有力どころがお互いに牽制し合って前残りとか、クソみたいなレースだったな」
「ダービーでスローペースからのよーいドンだなんてねぇ」
「ありえん…… こんなのありえん……」
しかし俺の周囲では、怒号と共に外れた馬券を紙吹雪のように撒き散らした阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
まあ、本命党にとっては、目を覆いたくなるようなレース結果なのだからさもありなん。
『ピンクの帽子が三頭並んで、最後にサクセスストーリーが突き抜けました!
僅かに外の18番、サクセスストーリーが体勢有利か?』
「最後すげえ脚だったな……」
「ああ、まるでブロードピーアールの鬼脚を見ているようだったよ」
ああ、根岸ステークスのアレか……
まあ、あのレースはダートだったし、俺も直に生でレースを見たわけではないのだけどね。
俺はその当時、まだ生まれてすらなかったのだし。
しかし、競馬というのは過去を振り返ることも大事なのだ。血を受け継ぐという、ブラッドスポーツが競馬なのだから。
父親や母親の特徴やその母系の特徴とかを知っていれば、その馬の傾向とかも掴みやすくなって、馬券を購入する際の参考になったりもするのである。
その証拠に、最後に大外から突っ込んできたサクセスストーリーの母親も、府中の大外枠から二度ほど追い込み勝ちを収めていたりするのだ。
まあ、母親が勝ったのは1000万下と準オープンの千六と千八ではあったのだけれども。
それでも、競馬が血のロマンとは言い得て妙だと、思い知らされた瞬間だったよ。
つまり、昔の競馬にも興味を持って、ネットに上がっている動画サイトの映像を見たり、血統を辿って父親や母親とかの過去の戦績を調べたりしていたのである。
そしてそれを思えば、サクセスストーリーのアノ最後の末脚は、ブロードピーアールのアノ鬼脚を彷彿とさせる凄まじい追い込みだったことは、確かだな。
『一着はどうやら17番人気のサクセスストーリー! これは大波乱です!
勝ち時計は2分28秒3。ゴールまでの800メートル47秒5、600メートル35秒6の競馬でした。
お手持ちの勝ち馬投票券はお捨てにならずに、確定まで暫くお待ちください』
「上がり3ハロン35秒6なら、そら後ろは届かないわ」
「サクセスストーリーの上りは33秒台だろうね」
「良馬場で2分28秒とか、50年前の競馬かよ」
「近年まれに見るクソレースだったな」
なんか負け犬の遠吠えが聞こえるような気がするけど、気にしないでおこう。
今日の俺は勝ち組なのだから、おおらかな気持ちで養分に感謝できるのだ。
「前走からマイナス20キロやらプラス18キロとか買えるわけないじゃん」
「しかも元から人気薄だから、なおさら買いづらいよなぁ」
「サクセスストーリーだけ一頭別次元の競馬しててわろた」
もっとも、俺もいつもは負け犬側に回ることのほうが多いのが玉に瑕なのだが。
しかしそれも、今日の勝ちで負け組とは永遠におさらばでござる。
つまり、ギャンブルからは足を洗って勝ち逃げということですな。
拙者はこれから、謙虚堅実をモットーにして慎ましく生きていくでござるよ!
足を洗う…… その予定。 ……足を洗えたらいいなぁ。
これは、俺の自制心が試されるということか。
そんなことを思っていたら、電光掲示板の着順表示には上から順に、18、16、17の番号が点滅しているのが見てとれた。
一番人気と二番人気に人気薄の8枠三頭を絡めた三連単を五頭BOXの60点買いしたのだけど、まさか一番人気と二番人気の二頭とも飛ぶとはね。
人気薄の大外枠の三頭で決着が付くだなんて、馬券を買った俺自身思ってもみなかったよ。
それよりも、オッズはいくら付いてるんだっけ?
馬券を購入する前は20万倍以上の気はしたけど。
プルプルと震える手に持った自分が購入した馬券を見返してみて、ちゃんと馬番が間違っていないか再度確認してみる。
えーと…… 18とちゃんと書いてあるよな。よしよし。16番も書いてあるし、17番もちゃんと書いてある。
確かに、間違いなく的中しているよな?
一番人気と二番人気からフォーメーションで買うよりも、なんとなく保険を掛けてボックス買いにしておいただけなので、人気薄三頭の組み合わせのオッズはちゃんと確認してなかったんだよな。
まあ、フォーメーションが面倒なので、マークシートに書くのを横着したともいうけど。あと、裏目を食らったら悔やんでも悔やみきれないから、保険としてボックス買いをするのだ。
とそこに、聞き慣れたチャイムの音が流れてきた。
『東京競馬、第11競走の払い戻しをお知らせします。
……3連単、18番16番17番、3664万5280円。
なお、単勝複勝ワイドの……』
「3600万馬券……」
「おいおい、これって三連単高額配当のレコード更新じゃねーの?」
「多分そうだと思う」
「さ、三千万馬券……」
「かぁ~、100円が3600万とか夢があるねぇ」
「千円買っていれば三億六千万か、いいなぁ」
「さすがに千円買っている人は、いたとしても馬主ぐらいのモノなんじゃねーの?」
「500円買っているのはいそうだな」
すまん、養分共よ。俺は500円買ってるから。
つまり払い戻しは、一億八千万円以上ということになるのか?
一億八千万円以上の大金だなんて、俺の給料の何年分になるんだ?
俺は高校中退の底辺労働者だし、このまま行けばこれから先の給料も大して上がらないだろうから、50年分ぐらいの収入に相当する気がするぞ。
つまり、慎ましく生きるのであれば、この先、働かなくても死ぬまで生きていけるということだ。
「いったい何人が的中したんだろ?」
「少ないだろうなぁ。百人とか多くても二百人ぐらいなんじゃね?」
「三連単の売り上げがいくらかにもよるけど、仮に百億として75億が配当に回されるから、みんなが最小の100円買いだとしたら約二百人というところだな」
「全国で二百人近くの人間が一攫千金を手に入れたのかよ信じられん。羨ましいぞ、コンチクショー!」
俺も信じられんよ。まあ、その中の一人が俺なんだけれど。
それはそうと、換金どうしよう……
現物の馬券の場合では、払い戻しは現金オンリーのはずだったような?
振り込みや小切手での払い戻しは受け付けてなかった気がする。
一億八千万円なんて大金、持って帰れるのか? バッグもリックサックも手元に無いんだぞ。
帯五本程度までならば、自動払い戻し機の隣で手渡しのはずだけど、金額が金額だから、中に呼ばれるのかな?
前に万馬券を当てた時は帯二本だったから、オバチャンがさっと手渡してくれたしなぁ。
そういえば、あの二百万ってドコに消えてしまったんだっけ?
飲み歩いたり、翌週以降に買った馬券の桁を一つ増やして、それを溶かしたりしてしまって、パーっと使ってしまったような記憶があるな。
悪銭身に付かずじゃないけど、あぶく銭は身に付かずってヤツなのかも知れん。
あと払い戻し後で、悪いヤツに狙われる可能性もあるのかも知れない。
二百万の時も、おっかなびっくりして誰かに後を尾けられてないか後ろを振り返りながら、お家に帰ったもんなぁ。
本当に、どうしたらいいんだ……
まさか、万馬券を当てて悩む破目になるとは。
さっきから、変な汗が止まらないんだよな。
ヒューヒューと呼吸が浅くなり、バクバクと鼓動も速くなっている気がする。
「う゛っ!?」
突然、胸に強烈な痛みが走り、俺は胸に手を当てその場に蹲る。
アカン……
これ、ダメなヤツや。
「おい兄ちゃん、顔色が悪いけど大丈夫か?」
「この人、さっきから顔青かったよ」
隣にいたオッサンが心配して声を掛けてきたけど、俺はそれどころではない。
「そ、そんな……」
社会の底辺を這いずり回っている俺が大万馬券を的中させて、せっかく手に入れた人生逆転のホームランだったはずなのに。
これからバラ色の人生が待っていたはずなのに、心臓麻痺だなんて。
神さま、この仕打ちはあんまりだよ……
「おい! 大丈夫か!?」
「救急車! 誰か救急車を呼んでくれ!」
そのオッサンの言葉を他人事のように、ぼんやりと遠くに聞きながら、俺の視界は暗転した。
好事魔多しとは、この事を指して言う言葉だったっけ?
まさか、この身でもって経験する破目になるとはね……
プロローグだけで、短編が綺麗に纏まってしまった気がする…
本作のブロードピーアールじゃなくて、ブロードアピールの根岸Sをググれは凄さが分かるかも?
ストックが一万文字もないから、不定期更新になると思います。