ミッションスタート
壁なんて壊れてませんよ〜と言わんばかりに自宅はそっくりそのまま元通りであり、賢二の精神を少し落ち着かせてくれた。
父親も普通に仕事に行っているというのは本当のようで、家には俺1人だった。
…さて、自分の状況を整理してみると、やはり不可解なことばかりなことに気がつく。天河鈴音の恋を手伝い、俺は天河姫歌と将来結婚する、らしい。
これからどうなっちゃうんだー?と考えていても仕方がないため、俺は今までと変わらずダラダラと過ごすことにした。
あ、そうだ。姫歌と話を合わせるためにもアニメ見ようかな…
―――
「ねぇ、今あいつ何してんの?」
「サッカーの自主練習をなさっているようです。誠也様の御学友と共に」
「違う、雨宮くんじゃなくて賢二よ」
「け、賢二様ですか?」
え、あの鈴音お嬢様が……?
あの、誠也様の為なら自分の臓器を売ってもいいとまで言い、24時間社員に誠也様を盗撮させてその動画を見てよだれを垂らしているお嬢様が…?
「神崎、あなた何か失礼なこと考えてない?」
「そんなそんな。ただ、誠也様以外の男性のことを仰るのは珍しいと思いまして」
私は神崎絵里奈。代々神崎家は天河家に仕えており、例に漏れず私も幼い頃から鈴音お嬢様と姫歌お嬢様のお側におりまして、現在お嬢様のお世話係として働かせていただいております。
「まあね、賢二にはこれから死ぬほど働いてもらうから。それで、今何してるの?」
「現在は自宅にいるようです」
「へー、何してるの」
「アニメを見ていますね」
「はー、暇でいいわねー」
そう言ってお嬢様はやれやれと言った風に苦笑いをなさった。……まさかあのお嬢様が興味を持つだなんて。あの誠也様以外の男性にはお父様でさえ冷たい態度しか基本的に向けないお嬢様が…
あ、でもそういえばそうでした。賢二様の位置情報を確認できるようにと命令したのは鈴音お嬢様でした…何か特別な感情が賢二様に対しても…?
「…ねえ神崎」
「はい、お嬢様」
お嬢様が真剣な表情で私の目を見て言う。その様子は普段誠也様の動画を見ている姿とは全くの別人で、まるで物語から飛び出してきた本物の凛々しいお姫様のように、可憐で凛々しい天河の令嬢だった。
「…あなたに大きな仕事を与えるわ、頼んだわよ」
――
入学式当日。俺は学校に歩いて向かっていた。…疲れの見える表情をしながら。
誠也にこのことについて連絡をするのはやめておいた。というかするわけがない。ただ一言、高校でもよろしくなと送ったのみである。
あと誠也のイン○タみつけた。キラキラした写真を見てやっぱりあの甘いマスクに惹かれたんだろうなと感じてしまう。面食いなだけじゃねぇのあの人。
と、そうこう考えているうちに学校に到着した。やっぱ近い所選んだのは正解だろうな、毎日金出して電車で行くとか普通にきついしダルいし。
入学式の会場となる体育館に入ると、所狭しと椅子が並べられており、座ると周りには当然だが大勢の生徒たち。なんだか少しドキドキしてきた。
「…あの子の髪すごくないか?」
「というかめっちゃ可愛くね?」
「あれ?同じ1組じゃん。話しかけに行ってみないか?
「…行ってみるか」
なんか周りがざわざわしてる。彼らの視線の先には………そう、天河鈴音がいた。やはりあの赤い髪は目立つな。
入学式が始まり、多少の説明を受けた後、我々は個々の教室へと移動することになった。ちなみに俺も1組だし、天河さんも誠也も1組の名簿に載っている。これが天河グループの力か…
よし、教室に到着ー。さーて…誠也はどこだ…?
「誠也くん!やったね!同じクラスだよ!」
「ああ、俺は百合が同じ学校ってことにまずびっくりしたけどな」
誠也は百合と呼ばれた女の子の席近くで話していた。…え???誠也って彼女いたの?というかその百合って言われた女の子もすげぇ可愛いんだけど。目がくりくりしてて髪の毛はすごい長くて、しかも制服越しでもわかるほど出るとこが出て引っ込むところが引っ込んでるスタイルの良さ。モデル顔負けである。
「誠也ー!久しぶり!同じクラスか、よろしくな!君もよろしく!」
と無理して元気よく話しかける。新学期あるあるだよねこういうの。
「賢二!同じクラスで嬉しいよ。あ、彼は白鷺賢二。同じ中学だった人」
「うん、よろしくね。私は高橋百合だよ」
一体どんな関係なんだろう…と思い質問をしてみる。
「なんか仲良さそうに話してたけど、誠也と高橋さんは知り合いなのか?」
「ああ、百合とは幼馴染なんだよ。中学の時は百合が引っ越してたから別々だったんだけど、戻ってきたんだ」
「なるほどね、幼馴染……いやー仲睦まじく話してるからカップルに見えたぜ」
「え、カップル!そっかぁ、そう見えるかなぁ、えへへ…」
明らかにそう言われて喜んでみせる高橋さんは、そう言いながら指をもじもじさせていた。
うわーこれ、鈴音にとってかなり重い障害じゃないか?あいつはそれを知ってて言ったのか…?
「いやいや、違うよ。俺なんかに百合はもったいないって」
「そ、そんなことはないと思うけどなぁ…はぁ…」
そう返す誠也の表情が少し陰った気がした。これは鈍感系主人公なのか…?イチャイチャしやがって……まあいい、それじゃあ早速例のことを聞いてみるか。目的はこれだしな。
手筈はこうだ。まず俺が鈴音について大きな声で話す、するとあら、私の話?と鈴音が来てご対面、という流れである。
「なあなあ!あの赤い髪の女の子見てくれよ!可愛くね!」
声を張り上げながら鈴音がいる方向をチラッと見る。彼女は笑顔を貼り付けながらピーンと姿勢を正して着席していた。緊張してるのか?
「あ、あぁ…見たよ。確かに可愛いな」
「うん、綺麗だったね…というか声大きくてびっくりした…」
前に一度話したことがあると鈴音は言っていたが、覚えてないのか?
というより…鈴音が来ない???
「いやー、ちょっと俺、話しかけに行っちゃおうかな〜」
チラッチラッ。あ、鈴音と目が合った。しかしすぐそらされた。顔を髪と同じくらい真っ赤にして。
「はは、行ってきたら?」
「あ、でも誠也も付いてきてくれよー!俺1人じゃ心細いからよ〜」
「ったく仕方ないな」
そう言うと百合の表情が少し強張った気がした。すまない…と思いながら誠也を連れて行こうとするが…
「席につけー」
教師が来てしまい、計画は流れてしまった。