愛さえあれば多分何でもできるんだよ
「えーと、この天河姫歌さんという方は一体…?」
「私の妹よ」
「本気で言ってんのか」
「本気よ」
…恐らくネジが数本吹っ飛んでいるのだろう。だってこれって自分の恋愛のために妹を売るみたいなもんだろ?
「というか、なんでお前がそんなことできるんだ?まだ中学卒業したばっかだろ?」
「お前って言わないで」
「いや、今それはいいじゃん……で?」
まだまだ聞きたいこと沢山あるのに面倒くさい奴め…
「はぁ、まだ言ってなかったかしら。この天河グループの実権を持ってるの、私なのよ」
「この世の終わりだよそれ」
「は?」
声色が一気に下がった。怖いんだよ、美人だから余計に。
「なんでおま…天河さんにそんな権力があるのかは気になるけど、もう一つ聞かなきゃいけないことがあるな。このことについて妹さんの意思は尊重されてるのか?」
「ええ、2つ返事だったわよ?」
「うーん、喜ぶべき?ツッコむべき?」
「泣いて喜ぶべきだわ」
わーい嬉しいなー。ってなんでだよ。なお俺の意思は全く尊重されていない。しかし、これってアレだな。許嫁ってやつだな。
だが、いくら色恋沙汰に縁のない俺とはいえ、許嫁ってのは流石に重く、誓約書へのサインを渋っていた。
「妹さんとは…その…いつ会えるんだ?」
「え、何キモ。こんな性欲モンスターに合わせる訳ないでしょ」
「俺の評価ってそんな底辺だったの?サインしねぇぞ?」
いくらなんでも性欲モンスターはないだろうに。そんな下心見せたっけ?そういえば開口一番に容姿を褒めたの、誰でしたっけ……俺でしたー!
…と頭の中がバグりそうになっている俺を冷たい目で見ている天河さんは話を続ける。
「どうせ大した日常を送ってないんだから、あなたのお父様も喜んでるんだから良いじゃない。ちなみにあなたの祖父母にもこのこと伝えてあるから」
「外堀埋められた!?というかめっちゃ早いなおい」
「元々計画済みってことよ」
さよなら、平穏な日常。ここまでされたら覚悟を決めるしかないのか…?
「とにかく、姫歌としばらく会うことはないわよ。あの子も今忙しいのよ」
「忙しい?何かやってるのか?」
「『俺の妹がこんなに○○な訳がない』って作品をあと10周するって部屋に引きこもってるの」
「すげーオタクじゃん、マジやばくね」
やっぱ秋葉原に行ったら手をあげて叫ぶのだろうか。俺もアニメとかはたまに見るし趣味は合うところがあるかもしれない。それにこの超絶美少女天河さんの妹でしょ。
「彼女いない歴イコール年齢の悲しき男、白鷺賢二は来たる日々に妄想を巡らすのであった…」
「失礼なナレーション入れるな!」
…ガチャ。
そんなやりとりをしていると、別の所から音が聞こえた。ホールの扉が開いたようだ。俺は後ろを振り返ると、さっき拉致された時のような屈強な男どもが入ってきた。というか若干トラウマになりかけてるんですけど。ほらあの人指の関節ポキポキやってる!やだ助けて。
「白鷺賢二様。お迎えにあがりました」
「今度は俺がお迎えされるのか…待っててくれ父さん…」
「アンタ何言ってんのよ…」
天河さんにジト目を向けられた。…というか俺、男の人に様って言われた?
「それでは参りましょう」
「えっ、ちょっとまっ…」
そこからホールを出て廊下を歩いた。こっちに来てからやっと窓の外を見ることができ、太陽が出ていることに気づく。俺が父さんと話をしていて、拉致されたのは確か夜の7時ごろだったのだ。しばらく意識を失っていたんだな…
「それじゃあ賢二、学校では頼んだわよ?いいわね?」
「ん?ええ、ああ、わかった」
急に名前で呼ばれてびっくりしたわ。さっきから思ってたけど、お嬢様って割には意外と距離感近く接してくれるんだな…。色々と腑に落ちない所はあるけど。
「ふふ、よろしい。あなたには私のことを鈴音と呼ぶ権利をあげるわ」
「えっ!?」
呼び捨てなんてしていいのか。少し緊張してきたぞ、というかこんな急に距離詰めれるなら俺の力なんていらないんじゃないか…?
「そ、それじゃあよろしく、すず…」
「あ、誠也様と関係ないことで話しかけないでね」
「…ね」
地獄の学園生活が始まる鐘の音が鳴った気がした。
――
…はぁ
賢二がウチのスタッフの車で出て行ったのを窓から眺めながら、私はため息をこぼす。
…………はぁーーーー
ため息は止まらない。私の行動がおかしいことくらいわかってる。流石に今回はお父様に少し怒られてしまうかもしれない。いつもは目に入れても痛くないと言って私が何をしても許してくれたお父様。計画を実行するためにお金と人員を頂戴って言ったらあっさり快諾してくれた。
…早く雨宮くんに会いたい。話したい。一緒に学校に行って、休み時間はたわいもない話をして、お昼は私の作ったお弁当を食べてもらって、帰りには私の家に来てもらって、そのまま泊まってもらって…
でも私はとにかく人と話すのが苦手。つい突き放しちゃうの。中学生のときは周りの子たちは慕ってくれてる様にも見えたけど、ただ私を怖がっていただけ。
…賢二とは何故か、気軽に話せたような気がするなぁ
あれ、なんで私、アイツのこと呼び捨てにしてるんだろう………まあ、いいわ。学校では賢二になんとかしてもらいましょ。
「ふふ、楽しみだわ!」
無意識にしていたため息も止まっていた。
――
そういえば、なんで誠也のことが好きなのか聞き忘れたなー…まあイケメンだしなー…なんて思いながら車で連れられました。白鷺賢二です。
というかここ、天河グループ本社だったみたい。まあ普通に考えればそうか。あともう一つ発見があったんだけど、意外と俺の家に近かったらしい。車で10分もかからないとか。なんで逆に知らなかったんだろ…
「賢二様、そろそろ到着です」
「ああ、ありがとうございます…というか、なんで俺のことを様つけて呼んでるんですか?」
「それは姫歌様の将来の伴侶ですから。敬意を表するのは当然でございます」
何という非日常感。なかなか酷い目にあったがこれはこれで…
「到着致しました。お疲れ様でございました」
「はい、ありが……ってええ!?」
でぃすいずマイハウス。というか大破してるはずの壁が元どおりになってるんだけど。
「これは…?」
「壊れる前の状態に完璧に直させていただきました」
…もはや何でもあり。夢なんじゃねぇかな。
「それにしても、よく一晩でアレを直せましたね。どうやって…」
「天河マジックです」
「そんなハンドパワーみたいに言わないでくださいよ。そんな万能じゃないでしょ」
「ふふふ…」
何が面白いんだ。
家の中に入ると、まるで時間が戻ったかのように綺麗になっていた。どういうことなんだよすげーな。