パス回しは正確に
スクリーンが降りてきて、動画が映し出された。音声はないらしい。
それは、サッカーの試合の一部分であった。中学生のように見える。で、1人の選手が敵に囲まれているところからロングパスを出し、綺麗にフォワードの選手にボールが渡り、そのままドリブルで敵を抜き去りシュート。ボールは弧を描き、吸い込まれるようにゴールへと入っていった。
「…」
「ね!どう?」
天河さんが少し興奮した様子で話しかけてくる。…ちょっと顔が近いですやめてくださ………ん?
「……あの、動画これで終わりですか?」
「ええ、そうよ」
「短いっすね、まあいいか…」
「何がまあいいのよ」
「すみません」
…マズいな。なんかちょっと不機嫌っぽい。
………ふむ、これは試練だな。正直サッカーは1ミリも詳しくないが、上手く感想を言わなければならないのだろう。
「い、いやー、あのパスが通ったところは凄いっすねー」
「!!!……そうでしょ!そうよね!カッコいいわよね!!!」
えっ何この子可愛い。ピョンピョン飛び跳ねてる。さっきはちょっとクールな子だと思ったけど、笑顔になると全然印象違うな。
…もう一押ししますか。
「ね!ドリブルからのシュートも鮮やかでしたねー!」
「え?」
あれ?表情が一変し、元の顔に戻った。いやもはや前より険しいまである。すると天河さんが呆れたように説明してくれた。
「はぁ……あなたどこを見てるのよ。私が見てほしいのはパスよ。さっき言ってたじゃない」
「まあ確かに凄かったと思いますけど…トラップって言うんですっけ、あんな簡単に足に収まるんですね」
「…ほんとどこ見てんの」
…もうやめてくれよ。サッカー知らないし。スーパープレイなのかも知れないけどどこがスーパーなのかもよくわからんし。ただこれ冷静になって考えてみると…
「パスを出した人ってことですか」
あ、笑顔に戻った。SEをつけるなら『パアァァァ』みたいなのだと思う。
「そうよ。この男子、いいでしょう?なんとこの方、頭も良くて性格も優しいのよ。神だわ」
「神」
うーん、可愛さでならあなたも女神様〜!ってあれ、何の話でしたっけ……この男子?あれ?なんか見覚えが…
「あれ?これよく見たらウチの中学の試合だ。人が小さくて気がつかなかったけど……この人、誠也かな」
パスを出した少年は俺の中学時代の知り合いだった。クラスの中心にいるようなヤツで、確かに頭も性格も良かった記憶がある。俺みたいな隅っこにいる人間にも話しかけてくるような人だし。
するとその名前を口に出した瞬間、天河さんの顔がパァーっと華やいだ。
「そう!この人!雨宮誠也くん!今年から一緒の学校に通うことになるの。もちろんあなたもよ。あなた黒山高校でしょう?」
…うん、確かに俺が合格したのは黒山高校だ。というか誠也も同じだったのか。もっと偏差値の高いところにも行けそうな成績だった覚えがあるが。ちなみに俺の志望動機は近いし学費安いし……というか、あれ?
「…え?天河さん、同級生なんですか?」
「え?わからなかった…?そう、ふふ…」
なに笑ろとんねん。誠也と一緒の高校に行きたかったからとかみたいな不純な動機なんだろうな。
「そこでね、あなたに頼みがあるのよ」
すると、先程の笑顔は消え、真顔になってこう言った。
「私を、雨宮誠也くんの彼女にしなさい!」
「……」
うーん……?多分だけど話何個か飛んでないかな…?全く意味わからないぞ…
「私を、雨宮誠也くんの彼女にしなさい!」
「いや聞こえてます……えーと、詳しく説明していただいても?」
「…ふん、そうね。まず、あなたのお父様の勤めていた会社の経営が傾いていたのは知ってるわね?」
……あ、そうじゃん父さんどうなったんだろ、忘れてた。病院に連れて行ってもらえたのかなぁ。でもそもそもこっちは怪我させられた方だしもしかして…
「聞いてるの?」
「聞いてます知ってます」
「…あぁ、そう。それでね、ウチの会社が助けてあげることにしたの」
「…まあそうですよね、天河さんって言ってましたもんね、気づいてました」
色々と衝撃があったから忘れかけてたのは黙っておこう。
「そこでね、私、その関係者からずっと雨宮誠也くんと繋がりがある人を探していたの。そうしたら見つけたのよ、あなたを!」
「何してんすか」
プライバシー。まあウチは壁がないからね。誰かさんに吹っ飛ばされたし。そりゃプライバシーなんてねえか…?
「というか、うちの壁壊したのって…」
「ええ、私の指示よ」
「あら恐ろしい。それで何故こんなことを?」
これだけで済ませる俺、聖人君子なのか馬鹿なのか…馬鹿ですよね。
「そ、そんなの、誠也様の恋人になりたいから…にきまってるじゃない…」
なんだよ誠也様って。可愛らしく顔を赤らめているが、話してる内容は他の男のことである。冷める。
「そんなのって。そんなのでウチは爆破されたんですか。
…はぁ、近づくにも明らかに方法がおかしいでしょ。普通に頼めばいいじゃないですか」
「それが無理だから言ってるの。なんとかしてよ」
「なんでやねん…」
横暴である。なんかあんまり可愛く思えなくなってきたな。出会った時のときめきを返してくれ。
「だって…話しかけるのも緊張するじゃない。あの雨宮くんよ?」
「あの…?あれ?誠也ってそんな有名人でしたっけ」
「違うわよ」
「…芸能人の卵とか?」
「違うわよ」
「……あ、実はどこかの御曹司的な?」
「違うわよ!全然違う!一般人よ!」
…なんかよくわからんな。
「…まず聞いていいですか?」
「ええ」
「誠也とは面識は?」
「い、一応あるわよ!一応!…でも、彼は覚えてないと思う…」
「…?じゃあどういう関係なんですか?」
「永遠に結ばれる関係よ♪」
「今の話をしろ、今の」
流石にツッコまざるを得なかった。一回何かの場で会ったことがあるだけみたいなことか?
「まあ半分冗談よ。少し話したことがあるだけだわ」
「半分は本気じゃないですか…とにかく、お二人の仲を取り持ってほしいってことですね?」
「…!そう!そうよ!やっとわかったのね。偉いわ。敬語やめていいわよ」
「いや、敬語はこっちが勝手に使ってるんですけど…」
「さっきから正直言って気持ち悪いのよ、やめて」
理不尽である。………俺はツッコミを放棄した。
「んで、誠也が同じ学校に通うことになるんだっけ?」
「そうよ。絶対彼はこの学校に来るわ。クラスも一緒よ」
「ん?クラスってもうわかるのか?」
「天河の力を舐めないで頂戴」
「うわぁ…」
…家の壁を破壊するようなやつに、こんなこと今更な話ってわけだ。
「…まあとりもってやるのはいいとしよう。でもさ、俺以外にはいなかったのか?正直、誠也とはそんな仲良いって感じではないぞ」
「そんなのあなたのお父様の会社を助けてあげたんだから当然じゃない」
「いやウチの家…」
「それくらい直してあげるわよ」
「父さんは?今どうしてるんだ?」
「普通に会社に行ってると思うわよ?」
えぇ…凄いなウチの父さん、あんなことがあったってのに。
とても俺は平常心でいられるような状況ではないのだが…どうしよう…よく考えたらここがどこかなのかわからないし、今の自分の状況考えるととりあえずOKすべきか…?
「ま、まあわかった。手伝うよ」
「ありがとう!じゃあこれにサインしてね!」
誓約書。これマジだ。とりあえずとかじゃない。えーと、内容はさっき言った通りっぽいが…ん?
『白鷺賢二は天河姫歌と結婚すること』
…誰?