怖がること
「いいなぁ〜私も混ざりたいです〜。生まれるのが1年早かったらなぁ」
「やめてくれ、手に負えないから」
姫歌が来てからの白鷺家の生活も少し慣れてきた。高校生活の話をすると羨ましそうにする姫歌は年相応に見えるが、普段家の中を当然のようにシャツ一枚でいたり、風呂上がりにバスタオルを巻いたままリビングに来られたりすると大変目のやり場に困る。
初対面の時は驚きや疲労が大きく気づかなかったが、姉の鈴音よりも姫歌の方が背が高く、スタイルが良いのだ。
ほら、今も前屈みになるとシャツの隙間から胸元が露わになって…
「そんな真剣な顔してどこ見てるんですか?」
「なんのことですかね?」
おっとゴミを見るような目ですね絵里奈さん。あのゾーン、吸引力が凄いんですって。ゴミだから吸い取られるんですかねガハハ…
「…掃除するのでどいてください」
「はいすいません」
「絵里奈ちゃーん、ゴミの日いつだっけー?」
「姫歌まで!?俺を出す気か!?」
元はと言えば姫歌が…いや、もう止めておこう。どうせ痛い目見るのは俺だから…
「えへへ、冗談ですよ。えっちな賢二さんも好きですから♪」
「Hを否定させて欲しい…というか姫歌はなんでそれで俺のこと好きなんだよ」
「えー、まだ秘密です!」
「またかい…」
そう言って姫歌は指でハートを作りこちらに見せつけてくる。さっき人のことゴミ呼ばわりしてよくそんな満面の笑みが出来るな?可愛いから許されるんだぞ?許しちゃうのかよ。
以前にも何度か姫歌が何故許嫁を受け入れたのか聞いてみたことがある。しかし、毎回姫歌は「まだ秘密」と言うのだ。自分で言うのもなんだが、俺のどこに好感度が上がる部分があるのか分からん。全国の男をランキング付けしたら見た目も中身も下から数えた方が早いだろう。
もう、別に嫌われてるんじゃないしいっか!という楽観主義者になりつつある。
「ところで、高橋さんがぐいぐい行くようになるなら、鈴音様はそれに負けないようにしないといけないですよね?これ大丈夫なんですか?」
と絵里奈が尋ねた。そう、これが現在直面している問題である。この作戦は誠也が恋愛に対して否定的になっていることを変えようということが発端であり、それは前提として誰も傷つかないことが必要なのだ。
「実はこれ、すごい欠陥がある作戦なんだよなー…」
「やっぱりそうですよね。何で自信満々に言ってるんだと思ってました」
「えーと、どういうことです?」
絵里奈は当然と言わんばかりに俺をディスってきたが、姫歌はわからない様子で質問してきた。
「これ、誠也が改心しない限り誰も付き合えないんだよ」
誰か1人に告白されても今の誠也は受け入れない。しかし両方から好意があるとわかってしまうと片方の告白を受け入れると片方を傷つけるかもしれない。だからこのこじらせ系男子はどっちとも決められず先延ばしにするだろう。
このことを説明すると姫歌は唖然としていた。
「え…なんで百合さん焚き付けちゃったんですか…馬鹿じゃないですか?」
「いやいや仕方ないだろ、俺だって色々考えた結果百合の想いも尊重した方が最終的には後腐れないと思ったんだって!」
「でも八方塞がりじゃないですか…雨宮くんが改心…どうやってさせるんですか?」
ボロクソに言われた。鈴音もそうだが姫歌も随分とストレートな物言いである。この姉妹はこういうことで悩まなそうだな…
「一番簡単なのは時間だ。楽しく過ごしてれば昔の傷も治ってくもんだろ。そうしたらもう一度好きになってもいいのかなって気持ちにもなる。多分」
「適当だ…」
「適当ですね…」
「あとは考え方の問題だな、そもそも告白を断ることを傷つけると決めつけてたらそれは考えすぎだしな。傷つくかどうかなんて告白する側次第なんだし、それで関係性が崩れるようならそれまでの関係だったという話だ」
「うわー賢二さんっぽいなーその答え。私は好きですけど」
「冷たいですけどね…それに鈴音様がフラれたら超傷つきますよきっと」
「そこは何とかする。俺の仕事だからな」
「前途多難……うあーもう考えたくない…アニメ見てくる…」
「中3の受験生なんだからほどほどにな」
すると首を絞められたかのような呻き声をあげて姫歌は部屋に戻ってしまった。すると、絵里奈が落ち着いた声でこう言った。
「恋愛というものは理屈じゃありませんから。賢二様」
「それを言われたらおしまいだよ」
人の感情ほど不安定なものはない。女心と秋の空とも言うが、男だって言うまでもなくそうだろう。考えるだけ無駄、ということか。それともお前如きが恋愛を語るなということだろうか。
「…それでも、鈴音様が悲しまぬよう、フォローしてあげてくださいね」
「任せておけ、ちゃんと策は練ってある」
「では私も1つ教えてあげます。雨宮誠也が恐れているものは誰かを傷つけることではありません。……自分が傷つくこと、ですよ」
「………なるほどね。ありがとう」
最後の言葉を聞いて少しスッキリした。俺も部屋に戻ることにした。というか俺も宿題やらないとなんだよなぁ。
「…よしっと」
絵里奈は隠し持っていたボイスレコーダーの録音をオフにした。鈴音にも話を聴かせるためである。
でも、全部は聴かせられないかな…
それに、鈴音様も賢二様もまだ子供。いざというときは私が動かないと。
―――――
「天河と雨宮が…そうなんですか」
「あれ?知りませんでしたか。東条先生のクラスの子ですよね。いやー若いっていいな〜」
2人が所属するクラスの担任は確かに私、東条凛花だ。確かに2人とも美男美女だし不思議なことではない気もするが…
「ええ。いつから噂になってるんですか?」
「私もさっき耳にしたんですよ。うちの生徒が話してて」
何となく私は白鷺賢二の顔を思い浮かべた。そうだ、彼はこの2人を付き合わせたがっている。………強制的に。
本当に付き合ったのか、彼が噂を流したのか真意はともかく、しばらくクラスを注視しておかないと。恋愛禁止なんて堅いことを言う気はないが、浮き足だった空気になるのは困る。
「はぁ……面倒だ」