Data.1 電波障害
「なるほど……、てーんでサッパリわかりませんねっ」
学園長に生徒相談室に連れてこられた俺は今抱えている悩みを打ち明けた。
俺の話を聞いていた学園長は少し考えるそぶりを見せたあとあっさりと俺の悩みを投げ出した。
セシル=ランドール。24歳という若さで名門学園の学園長という地位に上り詰めた好青年。
生徒からの彼の評価はお飾り学園長。
魔術の腕は確かに一流なのに、生徒に教えるという事がまるでできない。
天才肌すぎて説明が抽象的過ぎて何も伝わらないのだ。どうしてこの人が学園長なのかというのは学園の七不思議の一つだ。
あとはもう一つこの人には問題がある。
「わかりませんね……って」
あまり期待はしていなかったけど、がっくりと肩を落とした。
「少なくともそう簡単に解決する話ではないですね」
「そうなんですか?」
「勘ですが」
思わずため息がでそうになるのをすんでで飲み込んだ。
「頭の中の女の子は今何か言っていますか?」
学園長にそういわれて、頭の中に響く彼女の声に意識を向けてみる。
『気に入りませんわ許せませんわ一体どうして』
「気に入らないって言ってます。どうして分かったんだって」
恨めし気に言う彼女の言葉を代弁すると学園長は「まあ勘なんですけどね」とあっさり言い放った。
そのせいで彼女の怒りはさらに跳ね上がる。頭の中でキンキンと音が響く。うるさい。
ああ、駄目だ。俺を助けてくれたこと、こんな話を信じてくれたことはありがたいけれど、解決の糸口もなく火に油を注がれるようなこの状況にもう頭が持ちそうにない。
そこでコンコンと、生徒相談室のドアがノックされた。
「はい、ただいま使用中です」
学園長がそう返すとがちゃりとドアノブが回り、僅かにドアが開き小さな女の子が顔をのぞかせた。
「がくえんちょー、今いそがしい……?」
「……」
あ。はじまってしまう。
「ああ理事長おおおお!! いいえ!いいえ!!忙しくありません!忙しくなどありませんとも!!!僕に一体どのようなご用件でしょうかお任せください僕は理事長の頼みであればたとえ火の中水の中この世の果てまでもどこへだっていきましょう!!!」
これだ。学園長のもう一つの問題。
理事長狂い。
「なにかおはなししてたの?」
ぺらぺらぺらぺらと理事長への忠誠心を述べ連ねる学園長を無視して女の子はとてとてと俺のそばまで歩いてくる。
「ちょっと悩み相談を……」
うさぎを思わせるような大きな赤い瞳がじっと俺の顔を覗き込んだ。女の子はかわいらしいうさぎのピン止めで金色の髪を止めている。
年は10才くらいに見えるこの女の子こそ、我が伝統ある学園の理事長リトリエス=アルハンテ、その人である。
その容姿とそれに見合ったかわいらしい振舞いに一種のマスコット的な存在にもなっている。
そしてこの理事長を前にすると学園長がポンコツにポンコツを重ねて最早クラッシュする。
「理事長のお悩み相談だって僕が受けましょう!解決しましょう!さあなんだって聞いてください!今日の夕飯ですか?おやつですか?」
「がくえんちょー、しずかにして」
理事長の一言で学園長がぴたりと黙った。
「だいじょうぶ?」
こちらを心底心配しているような表情で理事長はこてんと首を傾げる。
「あ、と、いえ……大丈夫です」
理事長は見た目こそ少女だけれど、それこそ俺の両親の代から理事長として務めているらしい。噂によればさらにその前からいるらしいが真相は定かではない。
理事長の純真無垢な瞳からぱっと視線を外して、席を立った。
「すみません。理事長は学園長に用事なんスよね、俺はもう帰るので、失礼しました」
理事長や学園長に声をかけられる前に俺は生徒相談室から退室した。
『どういうつもりですの』
不服そうに、不満そうに、彼女はそう言った。
彼女の声には答えない。
『俺の頭の中には女の子がいる。その子はもう一人の俺なんです』
廊下を突き進んで下駄箱へ向かう。
『……俺、二重人格なんです。今までは大丈夫だったんですけど、最近もう一人の俺が暴走しだしてて』
彼女はどこまでも不機嫌そうだ。
『すみません。この話は親にもしていないんです。迷惑はかけませんので、黙ってていただけませんか』
俺が学園長にした相談内容。
自分は二重人格である。今日に限って自分の中の人格が勝手を働いてしまった。
この話は親にもしていない。近いうちに病院に行ってみようと思っている。
だから、それまでは親にも黙っていてほしい。こんな話誰にもできない。学園長が気づいてくれなかったらずっと一人で抱え込んでいたと思う。気づいてくれてありがとうございました。
そう学園長に話したのだ。
救いの手を差し伸べてくれた学園長に、俺は本当のことを正直には伝えなかった。
「本当のことを言わなかったのはあんたにとっては悪い話じゃないだろ」
なにがそんなに不服なんだと漏らせば、頭の中で彼女がぎゃんと鳴いた。
『私が不満に思っているのはそんなことじゃありません!! 貴方、あのスーツ男に私のことを「アスティ」と言いましたわね!? なんですのアスティって!まさかそれ私の名前だなんて言いませんわよね!?ねえ!?』
……そこかよ。学園長への説明をしている最中、彼女のことをなんと呼んだらいいかわからなくて、適当に名前を付けた。センスがなさ過ぎて自分の名前を一文字変えて。
彼女は俺のつけた仮の名前がそれはそれは気に入らないようだった。
『なんてセンスのない……!』
嘆きが聞こえる。
「……名前なんてどうでもいいだろ。仮なんだし。名乗る機会もないだろうし」
『いいえ!少なくともあの男には私がアスティであると認識をさせたわけですわ!大罪です!』
「じゃああんたの名前なんなんだよ」
『教えませんわ!』
俺は、はあと深い息を溜息を吐いた。
まあ彼女の名前なんてどうでもいい。いやほんとはちょっとかなり知りたいけど。でももう俺には関係ないことだから。
『急に黙ってどうしましたの?』
「俺の体、あんたにやるよ」
体を明け渡す。俺は彼女に殺されようとおもう。
『……急に、どういう風の吹き回しですの』
彼女の声に、少しの驚きが含まれている。そりゃあそうだ。抵抗していた人間があっさりてのひらを返したのだから。
「いや、あんたのほうが、優秀だし……魔術も使えるし、俺なんかよりあんたのほうが」
友達も、母さんも、父さんもきっと喜ぶんじゃないかって。そう思ったんだ。
学園長に呼ばれて思わず返事をしてしまったけど、優秀な彼女が俺になった方がいいと思った。
『私は貴方の人生を背負うつもりはありませんわよ』
ぴしゃりと切り捨てるようなそんな口調。なんだろうかそこに苛立ちが含まれているような。
今度は彼女が溜息を吐いた。
『私は貴方の体が欲しい。それは私が私の自由にできる体が欲しいということなのです』
貴方の体を手に入れて、貴方として生きるわけじゃないのだと彼女は言った。
『貴方の事情を私に押し付けるのはおやめ下さいまし』
彼女のいう事はもっともだ。俺は何を考えていたんだろう。最悪だ。
……とそこまで考えてはたと気が付いた。
「いや、あんたが言えた話じゃないだろ」
あんまりにもナチュラルに説教を受けたのでびっくりする。
『ええ。確かにそうです、その通りですわ』
彼女は静かにそういった後一切話すのをやめた。問い掛けても反応はなし。
ほっと息を吐く俺は帰路につく。
俺は決して優秀じゃない。勉強も魔術も。唯一いい成績をとった陸上だって、それは一番ではなかった。優秀じゃなければ、一番じゃなければと何も認められない。
頑張った。それでも結果はでなかった。だから諦めたんだ。
彼女が俺の体を乗っ取った時、魔術を使った。
俺は使えない魔術を、彼女は使ったんだ。
でも、だからといって彼女に俺の人生を押し付けるってのは訳が違うな。
これだから俺は馬鹿なんだよな。
ぐしゃりと前髪を掻き崩した。