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DATA LOGGING  作者: もちもちまっちゃ
3/5

Data.1 電波障害





 いつもの場所。夢の中。

 いつものように彼女はそこにいて

 いつものように俺は彼女を見つめていた。でもいつもと違うことがひとつ。

 彼女もまた、俺のことを見つめていた。


 澄んだ闇色の瞳が俺のことを捉えている。心臓がうるさい。

 一歩、また一歩と白い足でゆっくりと俺に近づいてくる。長い黒髪がふわりと揺れる。体が熱い。

 ほっそりとした腕が俺に向かって伸びてきて俺の頬に彼女の指が触れた。

 薄い唇が僅かに開いて


「貴方の体。私にくださらない?」


 と微笑んだ。


 頭が真っ白になる、とはこういうことを言うのかと初めて知った。

 彼女はこんな声なのか、こんな風に笑うのか。

 あまりにも綺麗に笑うから、俺はその言葉の深い意味も考えず頷いてしまった。


「感謝いたしますわ」


 彼女の手のひらが俺の首に触れると彼女はそのままその指に力をこめ俺の首を絞めた。


「っ!?」


 ギリギリと首を締め上げてくるその腕の力は見た目からは想像もできないほど力強く、腕を外そうともがくも全然外れない。

 息ができない。足掻く。

 体をくれというのは俺に死ねということなのか。



「抵抗するのはおやめなさいな。私に体をくださるんでしょう?」


 酸欠のせいか頭が混乱してるのか。笑みを浮かべたままついと首を傾げる彼女を可愛いと思てしまった。が、事態はそんなことを言っている場合ではない。

 乱暴ではあるが彼女の腹に蹴りを入れる。彼女は数歩後退って、そこではじめて顔をゆがませた。


「ひどいひと」

「あんたが最初に首を絞めてきたんだろ」


 咳き込みながら反論すると、彼女は腕を組んで大げさに溜息を吐いた。


「貴方が体をくれると言ったのでしょう?」

「殺されるんなら話は別だよ」


 苛立ちが声に滲む。


「あら、そうだったんですの? でも、貴方は同意した。契約はすでに結ばれてしまっていますの」


 残念でしたわね、と憐れむように笑われた。

 何を言っているのか彼女の言葉の半分も理解できないが、確実に言えるのは彼女は俺の夢が作り上げたものなどではなく、全く別の、確固たる人格を持った、もっと厄介なものなんだ。


「貴方の体は私が貰い受けます」


 凛とした声で、まるで俺に拒否権などないように。


「貴方には死んでもらいますわ」


 明らかな殺意が身を刺した。  





 ハッと跳ね起きる。辺りを見渡すとそこは自分の教室だった。

 時計を見ると六時限が終了してから三十分ほどが経過していた。

 全てが夢であることに安堵する。けれど首には絞められた感触が残っていた。

 動揺のせいか深く物事が考えられない。とにかく帰ろう。それで父さんに、いや相談は必要ない。どうせ夢だ。夢なんだ。


 鞄をひっつかんで足早に教室を出る。廊下にはまだ生徒たちが残っている。

 その中には自分の友人もいたようで「じゃあな」とかけられた声にもろくに返すことができないまま逃げるように階段を駆け下りる。


『あら、気をつけなきゃ』


 と、誰かが言った。その声が彼女のものだと理解した瞬間、何かに右足を強く引っ張られた。


 ――――落ちる!


 次に来る衝撃を予想して目を閉じる。


「え、うわ。っと」


 予想していたほどの衝撃と痛みは一切なく恐る恐る目を開けると、俺は落ちてはおらず、どうやら俺よりも下段にいた人物に抱き留められたようだ。

 ほっと息をつく。


「だ、大丈夫?」

「あ、ああ、だいじょう……ぶ」


 助けてくれた人物を視認して思わず固まった。


「よかった。怪我とかしてない?」


 その人は俺の見知った人物で、三年の先輩、榎本サツキ。

 陸上部に所属していた人で学年も性別も違うため関わり自体は薄かったけど結構有名な人だった。

 女子陸上部の主力にして部長。人が良すぎてよく厄介ごとに巻き込まれていた印象がある。私服での登校が許可されているとはいえ生徒の大半が制服で登校する中数少ない私服登校の人。

 が彼女が有名なのはそこではなく。


「トスティ?」

「あ。いや、すみません、大丈夫ッス。ありがとうございました。……俺のこと覚えてるんスね」

「覚えてるよー。部活やめちゃったんだね」


 女子にしては高い身長。金髪碧眼。その人当たりの良さ。行動の端々に見える気配り。少々とぼけたところもあるがそこがまたいい、と。その辺の下手な男子よりも女子人気が高い。

 聞いたところによると学園一の美少女も榎本先輩に夢中なんだとか。


 隣に並ぶと惨めな気分になってくる。


「本当に怪我とかしてない? なんだったら保健室まで付き添うよ?」


 心配そうに伺ってくる榎本先輩に、もう一度大丈夫だと伝えると彼女は安心したように笑った。


「じゃ、私、学園長探してるんだ」

「……。あの、榎本先輩」


 それじゃあ、と階段を登ろうとした榎本先輩を思わず呼び止める。


「ん?」


 夢の中の事を話して、信じてもらえるんだろうか。

 信じてもらえたところで、なんとかできるんだろうか。


「……いや、なんでもないッス」


 思考が頭の中をぐるぐると駆け巡り結局俺は口を閉ざす。

 榎本先輩はそんな俺を不思議そうに見た後カーゴパンツのポケットからケータイを取り出した。


「よかったらアドレス交換しようよ」

「え、いいッスけど」


 流れでアドレスを交換すると榎本先輩はパタパタを階段をかけ上がる。

 そして最上段でこちらを振り返り 


「なにかあったら何時でも連絡してね。私が出来ることなら手伝うからさ」


 と、そのまま行ってしまった。

 イケメンかよ。


『命拾いしましたわね』


 また声がする。


『でも、これでお分かり頂けたかしら。夢の中以外でも私は貴方に干渉できますのよ』


 そんな物騒なことを呟いてくすくすと彼女は笑う。

 ああ、これじゃあ、俺はどうしたらいいんだ。


『大人しく私に体を明け渡せばいいだけの話でしょう?』


 冗談じゃない!!誰が死ねるか! 

 心の中でそう叫んで、階段を半ば手すりに寄りかかるようにして注意深く降りていく、さっきのような真似は絶対にさせない。


 下校中の生徒に不審な目で見られようとも命には代えられない。


『ああ、愚かしい。まさにマヌケそのもの』


 明らかに憐れみを含んだ声。

 そもそも俺の体を使って何をしようというのか。


 階段を降りきるとひとまず安心する。

 あとはどう帰路につくか。とにかく安全に確実に家に帰らなければいけない。 



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