第七話 モンスターのもつ風格
再開された授業を聞きながらセツナはつららのデータを眺めていた。
精霊族。スノウ・フェアリーLv88♀。氷属性・魔法型。【エンテレケイア】
「いくつか皆さんが疑問に思ってそうなことに答えておきますね。つららもほむらも【エンテレケイア】ですがレベルが上限ではありません。なので成長段階を示す【エンテレケイア】と『エンテレケイア』という言葉は別物だと考えてください。」
セツナには意味がまったく理解できなかったが、恐らく理解の必要はなさそうだと判断した。先生は疑問に思ってそうなことを解消したに過ぎないのだから、疑問に思ってない人間にはあまり意味のない発言であるという認識である。
「皆さんのモンスターにも『魔法型』や『物理型』などの記述があると思います。これらはモンスター自体のタイプであり魔法、物理、特殊の三つに分けられてます。
猛獣族によく見られる牙で噛み付いたり角で突いたりするのが『物理型』、精霊族や悪魔族に見られる特殊な魔法によって攻撃や回復などを行うのが『魔法型』で、ほとんどがその二種類です。」
「物理型であってもレゾナンス選手のポチやドラゴンのように火炎や冷気を吐いたりする器官を持ったモンスターや、魔法型であっても肉弾戦が得意なモンスターもいます。ですのでタイプに囚われない自由で柔軟な思考を持つことも大事というわけです。」
セツナがつららの方へ目を遣ると彼女は先生の説明に応じるように氷で作った槍を(危なくない範囲で)振り回していた。槍であったがそれはさながら剣舞のようですらあった。
そう思っていた矢先、彼女の槍は扇へと変容した。そしてそれを幾何か振った後、その扇は錫杖へと変えられた。
そこまできて、フィリックス先生が多くの生徒の視線が、意識がつららへと向いている事に気付いた。
「つらら。授業の邪魔をしないでください。…と言っても無駄なんでその為にほむらがいるんです。」
ほむらがつららの所へ着いたときにはつららは大人しくなっていたが、容赦はなかった。ほむらはつららの首根っこを掴み、持ち上げた。
猫のようにも見えるその様はセツナの目には軽く滑稽にも映ったが、冷静に考えてかなり体温の低いつららにとって熱を帯びたほむらの掌は、拷問器具のようなものであった。
先生が軽く手をあげてほむらに止めさせるようにと指示をした時にはつららは息も絶え絶えといった様子であった。
直接的に火傷させる事が目的でフィリックス先生はほむらに指示したわけではない。つららが火傷しないためにつらら自身の魔力を防御に使いきらせて疲弊させるためにしたことである。
「はぁ…はぁ…。火傷跡が残ったらどうしてくれるのよ!」
つららには怪我をすることよりも跡が残ることの方が問題らしい。
「怪我をされたら困りますが跡が残るぐらい私は気にしませんよ。」
「鬼!悪魔!体罰教師!」
「…貴女は私の生徒ではないでしょう。あんまり困らせないでください。あんまりくどいと物理的に灸を据えることになりますよ。」
それを聞いたつららは隅の方で膝を抱えて黙りこくった。様子から察するに過去に灸を据えられたことがあるのだろうということがセツナにも窺えた。
「…つららは魅入った相手を凍り付けにしてしまうのであまり魅せられないように気を付けてくださいね。」
つららがそれを聞いて『それじゃあまるで雪女みたいじゃない』と呟く。しかし面倒なのか怖いのかフィリックス先生に聞こえるほどの大きさではなかった。そしてその後に呟いた『間違ってはないけど』という言葉を聞き取れたのはほとんど誰もいなかった。
「えーっと、タイプの説明でしたね。物理型、魔法型の他に特殊型というのがあります。特殊型はそもそも珍しいものなのですが戦闘に関与しない能力を保持していたりすることが多いのが特徴です。
例えばどこかのコミュニティにはモンスターの潜在能力を引き出す能力を持った特殊型モンスターがいます。」
「どこかってどこですか?」
「それを教えると皆が皆そのモンスターを頼ってそのコミュニティに押し寄せてしまうので教えることはできません。それに怠惰へと繋がる可能性もありますからね。」
至って正論なのだが生徒からは『えぇー』という軽い批判の声が聞こえてくる。教えない方がいいような情報をなぜフィリックス先生は生徒に教えたのだろうかとセツナは考えていた。
それを知ったことで誰かがそのモンスターを探し、そして探し出す可能性をただただ作り出しただけではないのだろうか?その可能性こそが先生の言う『怠惰へと繋がる可能性』ではないのだろうか?
そこまで考えたところでフィリックス先生が話し出す。
「仮に私がそのモンスターのいるコミュニティを教えてもそのモンスターの所有者は貴方達に会わせてはくれないでしょう。その人は自分のモンスターですらあまりそのモンスターの能力を使いたがりませんでしたから。」
「それはどうしてなんでしょうか?」
「そのテイマーさんはモンスターに深い愛情を持ってる人でしたから、一から十まで全部面倒を見たかったんだと思います。私も気持ちはわかりますから。」
深い愛情…?という疑問を抱きつつ、セツナはつららを見遣る。その瞬間つららと目が合いつららがニッコリと微笑みかける。
その時セツナは少しドキリとし、咄嗟に目を逸らした。
そう、彼女は美しい。そう、喋りさえしなければ。
「…あぁ、もうこんな時間ですか。本当はもう少し話したかったのですが仕方ないですね。今回話した内容は筆記テストで出しますので絶対に忘れないようにしてくださいね。」
そう言ったときにチャイムが鳴り、礼をして授業が終了した。つららもほむらも元の姿へと戻され、フィリックス先生の持っている専用のケースに収納された。
「アカツキ君。放課後時間ありますか?」
フィリックス先生に呼び掛けられてそれに応じる。今朝のことか或いは昨日のことか。
いずれにせよ、セツナにとってフィリックス先生と話す必要があることになにも変わりはない。
「勿論です、先生。放課後職員室へ向かいます。」
「それではよろしくお願いしますね。」
そうして先生は教室から出ていった。二日続けて先生に呼び出されているその様子を見た他の生徒はやはり『アカツキは贔屓されている』といったものだった。
セツナに贔屓されているつもりはないし、セツナは贔屓されることを望んでもいないが少なからず贔屓目はあった。
「セツナ君、グラウンドにいこう?」
「セシル、グラウンドの前に牧舎だろ。モンスターも連れずにグラウンド行ってどうするよ。」
「揚げ足を取らないで欲しいな。ノクシャ君に言われずともその辺りはわかってるよ。」
「二人とも喧嘩しないでね。とりあえず牧舎にいこうか。」
牧舎へ向かうことは『必要なこと』ではあったがセツナは気乗りしなかった。自分のモンスターに会わせる顔がなかった。目を合わせることすら怖かった。
セツナ達が牧舎につき、牧舎に設置されている機械にデバイスをセットする。デバイスには所有者情報が登録されており、牧舎の機械はそれを読み取り預けられているモンスターをフィギュアに納めた状態で保管しておいてくれる。
そして、保管されたモンスターはフィギュア内で食事や睡眠をして過ごす。食事は所有者が指定する。
銀行のATMのような操作を済ませ、セツナの手元にセツナのモンスターのフィギュアが運ばれてくる。フィギュアの状態であっても外部干渉を受けないわけではないし、つららのようにフィギュア内にいても会話内容は聞こえてくるようになっている。
ノクシャやセシルを含む他の生徒達のフィギュアの色は青かったのに対して、セツナのものだけは銀色に近かった。つららやほむらの色が金色だったことを鑑みて成長段階に応じて色が変えられることは想像に難くなかった。
そんなこと気がついていても、おくびにも出さずにいてくれる二人に感謝しつつ、三人はグラウンドへついた。
ジン先生は既に待機していたが生徒はまだそれほど集まってはいなかった。
ジン先生の隣にはセツナが見たことがない格好をした人型のモンスターがいた。
つららにしてもそのモンスターにしても、パッと見は人そのものであるのにセツナには何故か一目でそれがモンスターであることがわかった。
セツナはそれを『モンスターの持つ風格』のようなものだと思っていたし、一目でわかることは当たり前であるとすら思っていた。
しかし現実はそうでなかった。
「あれは誰だろう?」
「あれ?セシル、誰の事を言ってるの?」
「ジンの横にいる変な服装のやつのことだろ。」
「うん。ボク達のクラスメイトじゃないみたいだからさ。他のクラスの子かな?」
「セシルは何を言ってるの?ジン先生の横にいるのは『どう見ても』モンスターじゃないか。ジン先生のモンスターなんだと思うよ。」
「どう見ても?セツナ、どう見たら『どう見てもモンスターに見える』んだ?」
「どうって…。」
そう問われてセツナは言葉につまる。どこを見て判断しているというわけではない。セツナにとって見分けるという点において外見などなんという問題でもない。ただ器の中に人が入っているか、モンスターが入っているかの違いでしかなかった。
「ジン先生に聞けば解決する話だよ。セツナ君が嘘を吐いているとは思わないけど、モンスターだと思ってたら人だったってなったら事だしね?」
それはセシルなりの優しさだったのだろう。それはセツナにもわかる。
だがあのモンスターがモンスターでない可能性などセツナにとっては無きに等しかったし、ノクシャやセシルからの疑念、疑心がセツナにはツラかった。
セツナには当たり前の事であり何を疑うことがあるのかすら理解できなかったのである。
「こんにちは、ジン先生。その隣にいる子は誰ですか?」
「こんにちはオーヴェン。こいつは俺の二番手のモンスターだ。」
「…主様…。私は今は二番手では…。」
「…あぁ、そうだな。俺の相棒のアメリアだ。」
短髪とマスクにより遠目ではわからなかったがそのモンスターは女性であった。少し暖かくなってきた時期ではあったが彼女の服装はあまりにも薄着で、セツナは見ていて少し寒そうに思えた。
モンスターとはいえセツナは相手が黒髪であったことに親近感を覚えた。黒髪はアカツキ家以外の家系の人間には発現しなかったからである。
「先生、この子をデバイスで調べてもいいですか?」
「あぁ、勿論だ。アカツキもスライフも調べたければ調べてもいいぞ。」
許可を得て、三人がそのモンスターを調べた。
植獣族。椿鬼Lv72♀。地属性・物理型。【エンテレケイア】
「植獣族なんですか?とても植物っぽくは見えないんですが…。」
「生まれたときはこんなんじゃなかったけどな。芽の出たボールみたいなやつだったんだけど、花が咲いたかと思ったらそこから女の子が出てきた。」
「童話みたいな話ですね。」
「本来姿に対して名前をつけるもんなんだが、モンスター達は何故か名前に姿が引っ張られるんだ。」
「そうなのか!?いや、そうなんですか?それを知っていればドラコももう少し強そうな名前をつけたのに…。今からでも遅くない…かな…。」
「あんまり改名はしない方がいいな。一目見たときに頭に直感的に浮かんだ名前が一番いいんだ。それに姿に関しても名前がすべてじゃないしな。」
「そうですか…。まぁドラコって名前を嫌ってるわけではないので、そのままにしておきます。」
そこまで聞いてセツナは自分のモンスターにまだ名前をつけてないことを思い出す。しかしそれでいいと自分に言い聞かせた。
どうせ自分はそのモンスターの所有者としての資格はないのだから。半端な情など互いを苦しめるだけなのだから。
「そういえばアメリアさんも『鬼』なんですよね?鬼って種族ではないんでしょうか?ジン先生の前の相方の剣鬼は悪魔族だったと前の授業の時に聞きましたが。」
「鬼と一言で言っても色々あるからな。オーガのように鬼らしい鬼もいれば、ゴブリンやコボルトも広義では鬼だしな。鬼というのは存在じゃなくて概念であり、恐ろしいものを示す比喩みたいなもんだ。」
「アメリアさんも恐ろしい…?ボクにはとてもそうには見えないんですけどね。」
「恐ろしく見えない事は時に恐ろしい凶器になる。警戒させないだけで闇討ちに圧倒的な優位性を作り出せる。」
「主様。私を暗殺者みたいに言うのはやめてください。私はそんな恐ろしいモンスターではありませんよ。」
そう言って彼女はセシルに微笑みかける。それも含めて警戒させない能力なのだが誰一人彼女を疑うことはなかった。本来、椿鬼は椿の花のように相手の首を切り落とす鬼である。
「まぁ事実として『アメリア』は優しいし気も利くいいモンスターではあるな。」
「そういえばボクたちのモンスターも喋るようになりますかね?」
「どうだろうな。そこは躾とモンスター次第だろうなぁ。悪いが俺にはなんとも言えないな。」
そんな話をしている間にチャイムが鳴り授業が始まろうとしていた。
To be continued…