第四話 普通であること 特別であること
切るところが見付からずいつもより長くなっております。
いつもなんて知らない、とか思わないでもない
職員室の前に着いたセツナは深呼吸をした。セツナにとって職員室は『来ないに越したことはない』ところであり、来るときは何かあるときであるので少し緊張していたのである。
意を決しノックをしてから中に入り先生を探した。セツナが入ってすぐに二人が気付きセツナの前まで来て場所を移してくれた。目立つ場所で先生二人と話しているとなると何か悪いことでもしたのではないかと他の生徒に勘繰られても具合が悪かったので好都合であった。恐らくセツナに配慮したのだろう。
「さて、それで。アカツキはモンスターを変えたいって言ったな。理由は?」
「自分のモンスターがイレギュラーだったからです。」
ジン先生が手元のメモ用紙に質問とセツナの回答を書き記していく。
『イレギュラー』とは突然変異体に似た言葉として使われている。具体的に言えば同種のモンスターよりも極端に強い或いは弱い個体、モンスターのルールに当てはまらない個体(セツナの場合がこれにあたる)などである。特に後者の方がレアケース。
「イレギュラーの何が悪い?むしろ喜ぶべきところだろう?」
「僕はクラスの皆と同じ土俵で戦いたいんです。」
「…アカツキ。お前はテイマーの何を目指している?」
「…えっ?それは…。」
「仮にランキング上位を目指していたとしよう。最上位ランクは当たり前のように最後まで変態したモンスター、エンテレケイアばかりになる。今、デュナミスでなくエネルゲイアだからといってエンテレケイアになってしまえば同じ土俵に変わりはないんじゃないのか?ランキングに興味がないのであれば尚更同じ土俵にこだわる意味もないと思うが、どうだ?」
「…卑怯な気がするんです。スタートラインが違うのが。皆デュナミスから育ててるのに僕だけフライングして…。リンドさんからモンスターの実力テストもあるのは聞いてます。だからフェアにデュナミスからスタートしたいんです。」
「この際だからはっきり言っておく。アカツキ。お前は生まれたときからスタートラインが違う。初回からイレギュラーが生まれたのがいい例だ。お前は間違いなくシュユさんの血を引いた才能人なんだ。」
「…! 先生も僕の事をアカツキ家としか見てくれないんですか。」
「アカツキ家とも見ている。アカツキが本当に自分の才能を疎むならなぜテイマーの道を選んだ?他にも道はあっただろう?テイマーである以上シュユさんの子供という事実からは絶対に逃れられないことを理解した方がいい。」
「…。」
「アカツキが望むのなら学校をやめても構わない。だが俺もフィリックス先生もそれを絶対に望みはしない。リンドも、恐らくシュユさんもな。」
「フィリックス先生、僕の言ってることはおかしいのでしょうか?プロテイマーは複数モンスターを持つんでしょう?たかが一匹、入れ換えるだけじゃないですか。」
「可能性の話だけをすると入れ換えることは簡単にできます。アカツキ君のモンスターはイレギュラーの中でもかなり特殊で前例のない状態のモンスターだからかなり高値で売れますし国も貴重な研究サンプルとして購入要請してくるでしょう。それだけのお金があればまた卵を買うぐらい造作もないことです。」
「…じゃあなんで止めるんですか?国が喜び僕にもお金が入ってくる。win-winじゃないですか。」
「もしアカツキ君がテイマーを諦めちゃうって言うんならそうなりますね。アカツキ君は自分のモンスターとちゃんと向き合いましたか?」
「ちゃんとデータを見てデュナミスじゃなくてエネルゲイアだって確認しましたよ。」
「アカツキ君はなぜモンスターやモンスターの卵が高値で売買されているか知っていますか?」
「それだけ需要があるからじゃないんですか?」
「…1/4ぐらいは正解です。ですが正解の3/4は供給が少ないからです。」
「エリアに行けばいっぱいモンスターがいるのに供給が少ないんですか?」
「その話はまた、授業でやります。なぜ供給が少ないのか。その理由はテイマーがモンスターを離したがらないからです。テイマーしかモンスターを使役できないのにテイマーがモンスターを保持し続ける。だから供給が不足しているのです。勿論それを生業にしているテイマーもいますが基本的には供給不足です。」
「どうして保持し続けるんですか?要らないならさっさとお金にした方が維持費もかからないのに…?」
「多くのテイマーは『要らない』なんて思わないからです。実力不足だろうが醜悪だろうが可愛い我が子のようなものです(別の理由もありますが)。」
「でもモンスターはテイマーにとってお金稼ぎの道具でしかない。そうでしょう?」
「いいえ。お金稼ぎの道具であること自体は否定しきれませんが、『でしかない』ということはありません。ケセド代表のレゾナンス選手とポチを見てもアカツキ君はそう思いますか?」
「いえ…そうは思いませんが…。あれは特別な例なんでしょう?」
「その姿が特別であるかどうかはアカツキ君が決めることです。」
「…?どういう意味ですか?」
「理想像に対して『あれは特別だ』と『自分とは違うのだ』と諦めることは簡単です。それが事実として特別か否かは別にして、特別だとしてしまえば『そうなれなくても普通である』と逃げ道ができるからです。ですが多くの人間のもつ『普通』とは『自分と同じ』という側面を持ちます。そして人は普通たらんとします。」
「…それがいけないことなのでしょうか?それが人間であり、それが社会というものではないのですか?」
「いけないとは言いません。アカツキ君がモンスターを変えたいと望んだ理由に普通ではなかったから普通になりたかった、という部分も少なからず含まれていると思います。」
「…論旨が見えてきません。」
「レゾナンス選手のことをアカツキ君は、特別な例なんでしょう?と問いました。私にとってテイマーとは本来ああいう風にあるべきと思っているので特別な部分なんてなにもありません。普通です。」
「ですが、アカツキ君がモンスターのことを道具としか見れない、扱えないと本心で思うのであればレゾナンス選手は特別です。特別なんて大体のものはそうです。」
「しかし先生もクラスメイトも僕の事を普通だとは思ってくれませんよね。それって言ってることがおかしくないですか?」
「そこが間違っているのです。卑怯な気がするとアカツキ君は言いましたがアカツキ君はなにか特別なことをしましたか?」
「…いいえ。」
「アカツキ家として生まれたこともアカツキ君が選んだことではないでしょう。アカツキ君は普通に生まれ、普通に育ち、普通にテイマーとしてこの学校に来ただけです。」
「…?はい。そうですね。」
「アカツキ君にとってアカツキ君は普通でないとおかしいでしょう。むしろ自分で自分を特別だと思えばそれは思い上がりと言わざるを得ません。周りからどう思われようと『アカツキ君にとって』普通であることが一番大事だと私は思います。」
「しかしそれは協調性を欠くことなのではないでしょうか?周りの色に合わせることが大事なのも先生方ならわかると思います。」
「いいえ、アカツキ君。周りに合わせることと協調性を持つことはイコールではないですよ。」
「…えっ?」
「相手も相手の『特別』と『普通』を持っていることを理解し、相手を尊重することが協調というものです。自分は自分なりの『特別』と『普通』を持っていればいいのですよ。必要なのは同調ではありません。調和です。」
「だったら!モンスターを変えたいと言っているのは調和だと思いますし、変えることに反対する理由にはならないと思います。」
「私は別に反対まではしません。本当にどうしてもそうしたいと言うのであればジン先生はともかく私は止めたりはしません。ただ一時の感情でその選択をすることを許すほど甘くはないということです。手放してから後悔しても手元から離れたモンスターは戻ってきませんからね。」
「だから僕にはモンスターに対してそこまでの情はないと、レゾナンス選手達のようにはなれないと言ってるじゃないですか。」
「アカツキ。それは『なれない』じゃなくて『ならない』と言わないとおかしくなるぞ。可能性の否定は逃げ口上でしかない。むしろ本心ではないと言ってるようなものだ。違うか?」
「なら、僕はそうはなりません!僕には僕の意志があるんです。モンスターと仲良くなれなくても困ることはないんです。」
「モンスターが実力を発揮するためにはモンスターとテイマーが互いに信頼しあわなくてはならない。アカツキの考え方だとランキングでは上に行けないが文句ないな?さっきフィリックス先生が一時の感情で選択をするなと言ったばかりだろう。俺はフィリックス先生とは違って明確にアカツキに反対だ。」
「それが教師だから、ですか。」
「いや、むしろ教師としてなら周りに足並みを揃えてくれるって言われたらありがたいぐらいさ。だがな、教師としての都合で未来を潰す権利なんて校長でも持ってない。人間として、テイマーとしてアカツキに後悔しない選択をしてほしいと思っているんだ。」
「…どうしてですか?」
「そうだな。敢えていうならそれが教師っていう人種だからだ。」
「はい?言ってることがさっきと違うんですけど。」
「『教師という人種』と『教師という役職』は別だ。」
「屁理屈じゃないですか。」
「いいえ、違いますよ。ジン先生の言ってることは至極正当なことです。教師ではないアカツキ君に理解してもらえるかは定かではありませんが…。」
「そうだな。わかりやすく噛み砕いて言えば親心みたいなもんだ。」
「は…はぁ。親心、ですか?ジン先生もフィリックス先生も僕の親ではないんですけど。」
「んなことわかってるって。比喩だ比喩。例えば親という存在は、子供を愛している。これは前提条件だ。」
「はい。」
「その子供が悪いことをした。当然親は叱るだろう。なぜかわかるか?」
「親は周りに迷惑をかけないためにを叱るんでしょう?そうしないと親自身に不都合が生じるから…。」
「それもある。言い換えればそれが親という役職だからだ。叱ること、責任をとることが役目だ。だが誰だって愛する我が子を叱りたくはないんだよ。というのも甘やかしたい気持ちもあるし、叱ることで悲しむ子供を見たくないというのもある。」
「でも親という役職だからそれができないって言いたいんですか?」
「いいや、本当に我が子を思う親であればあるほど叱るところを弁えている。本当にその子の未来にとって正しいのは叱ることか、甘やかすことか。その判断は親に委ねられている。子供の未来を一番に思うのが『親という人種』だ。」
「甘やかすことか一番という考えもあるってことですか。」
「そうだ。勿論それがその子のためという考え方を持った『親という人種』だ。教師も生徒に対して同じような感情をもって一人一人に向き合っているんだ。愛しているか、と問われると答えに困るが。」
「あれ、ジン先生は愛してないんですか?私は愛してますよ?」
「…フィリックス先生、今真面目な話をしてるんで変に水を差さないでください。」
「それで。俺が言いたいのは俺達はアカツキの未来の事を真剣に考え、想った上でアカツキの考えを変えたいと思って話しているんだってことをわかってほしいんだ。」
「先生達が最初っから『変えさせない』って思って話しているんじゃ話にならないじゃないですか。」
「フィリックス先生はそうは言ってないだろう。それにアカツキが意地でも変えてやるって思ってるなら話にならないというのはこちらも同じことだと思うが?」
二人が少し息をついたとき。校内放送が流れてきた。
「フィリックス先生、ヴァールハイト先生至急職員室までお願いします。繰り返します。
フィリックス先生、ヴァールハイト先生至急職員室までお願いします。」
何かあったのだろうと二人は一瞬思った。しかし目の前にいるセツナの事も火急でないと言えば嘘になる。
「ジン先生。先に職員室に行っといてもらえますか?少ししたら私もいきます。」
「わかりました。…アカツキ、俺達は決してアカツキの考えを無下にしようと思って話しているわけじゃない。少し考えてくれると嬉しい。…気を付けて帰れよ。」
そうしてジン先生は部屋から出ていった。この二人の呼び出しはノクシャの喧嘩が原因である。
「フィリックス先生も職員室に早くいった方が良いですよ。僕の事はいいんで。」
「アカツキ君がいいと言っても私に、いえ私達にとっては良くないからそうはいきません。お説教してる訳じゃないのでアカツキ君にこれから用事があるなら話すのは後日にしてもいいですがどうしますか?」
「…僕はもう少し考える時間が欲しいです。ジン先生もフィリックス先生も僕のために時間を割いてくれてるのに勝手なこと言ってすみません。」
「アカツキ君が言わなくても私達は話し終わったら考える時間を空けるつもりでしたよ。では、最後に一つだけ言っておきましょうか。」
「はい…。」
「アカツキ君が私達やクラスメイトにとって『特別』であることは私達にとって『普通』なんです。」
「…?すみません、どういう意味ですか?」
「アカツキ君は自分が周りから特別視されることを良くは思ってないでしょう?ですがそれは私達にとって普通の事なんです。」
「…それは理不尽なことじゃないですか?」
「確かにアカツキ君にとっては理不尽、だとは思います。勿論クラスメイトの一人という意味で特別だとは思ってません。ですがセツナ・アカツキ君個人としてはシュユさんの存在は欠かせません。それはジン先生が言った通りです。」
「…特別視されることはもう嫌気が差しているのと同時に慣れていて諦めているので構いませんが…。でもそれが普通と言われても納得はできません。」
「アカツキ君はスライフ君をどう思いますか?」
「ノクシャ、ですか?普通に接してくれる数少ない友達です…。」
「アカツキ君はその言葉を使いませんでしたがスライフ君はアカツキ君にとって『特別』ではないですか?『普通』であるだけなのに、です。」
「…はい。それがなんの意味が…?」
「普通に接してくれる事が特別であるということは、皆から特別視される事が普通であると認識しているということです。無意識であっても。」
「…確かにそうかもしませんが…。」
「だから私達からしたら、アカツキ君がイレギュラーを引いたことも普通の範疇なんです。」
「…。」
「私はさっき自分を特別だと思えば思い上がりだと言いました。アカツキ君がモンスターを変えればアカツキ君が『周りのレベルに合わせてやった』と受け取られても仕方ない事だということも理解できますね?」
「僕が思い上がりでモンスターを変えたいと言っているとフィリックス先生は思ってるってことですか!?先生も僕をそんな風に思っているんですか!」
「私やジン先生はアカツキ君とこうして話をしてアカツキ君の考え、思いを理解していますのでそんなことはないです。でもクラスメイト全員にそんな話をしてはないでしょう?高品質だから低品質にするということは余裕の表れ、という見方をする子がほとんどでしょう。」
「…それは。僕は妬まれるのがイヤで合わせたいと…。」
「先程も言いました。特別である事が普通なのだと。それにね、普通の子なら自分のモンスターが高品質だったら頼まれても低品質にするなんてことはしないんです。それは妬みを生みかねませんがアカツキ君が特別なモンスターを引いても恐らくそこまで妬まれはしないでしょう。」
「なら僕が特別な事をしても、モンスターを変えても妬まれないのでは?」
「繰り返しましょうか。自分を特別だと思えば思い上がりだと。思い上がりは叩かれます。特別だから特別な事をする、なんていえば本当の思い上がりとなりますよ。」
「…はい。すみません。」
「『起こる』ことは特別の範囲内ですが『起こす』ことまで特別だとは思ってません。むしろあんまり特別なことはしない方がアカツキ君的にも目立たなくていいと思いますけどね。では私は職員室に戻ります。」
「…はい。お疲れ様でした。」
「アカツキ君。また後日、決心がついたら話をしましょう。あまり急がなくてもいいのでゆっくりしっかり考えてから、ね。」
「…はい。ありがとうございました。」
「それでは気を付けて帰ってくださいね。」
二人で部屋を出てフィリックス先生が鍵をかけてセツナを見送った。セツナは考え事をしながらゆっくりと家の近くまで帰ってきた。
家の近くにある小高い丘。セツナが悩んでいるとき、落ち込んでいるときいつもセツナは丘の上の大樹の木陰で夕焼けや日の出を見て落ち着かせていた。
セツナはその丘を上るのは一年ぶりぐらいだった。特別な場所でありながら悲しい思い出が詰まった場所でありセツナはここに来ることはあまり好きではなかった。
それでも慰めてくれる大樹が優しくてセツナは何かがあればここに真っ直ぐ足を運んだ。
「…おう、ツナ。ここに来るなんて珍しいじゃねぇか。」
To be continued…
文才のある方々なら先生をもっとスパッと会話を終わらせつつ、名言を残せるんだろうなぁ。