第二話 最初の授業
校舎に入った所にある下駄箱の近くに貼り紙がしてあった。新入生への案内である。
クラス分けと靴をしまう場所、そして向かうべき教室が書かれていた。セツナは入念に確認し、靴を片付けて教室へ向かう。
教室は静かだった。いや、正確にはセツナが入ったとき静かになった。
「おい、あれアカツキ家の…じゃないのか?」
「…だね。同じ学年だと思ってもなかったけどクラスまで同じってツイてないね。」
「プロテイマーのリンド・ゼロスティも目をつけてるって噂だしな。」
そんな大きな小声が聞こえるほど静まった空間だった。セツナの黒髪は一目でアカツキ家の血筋だと物語る。
セツナの母親、シュユ・アカツキもプロテイマーの一人だった。実力も高くケセドのテイマーの中でメルヴィンに勝ったことがある数少ない存在である。(ケセド代表に推挙されたこともあるがシュユが断っている。)
シュユは戦わせる能力が特別長けていたわけではない。ただシュユの育てたモンスターは『イレギュラー』であることが多かっただけでありシュユ自身それを理解していたため、代表になることをよしとはしていなかった。
そしてそのシュユ・アカツキは去年から行方不明になっている。
シュユの子供であるセツナには大人からは期待と憐憫の目を向けられることが多かった。それに反して同年代の子供達からはプロテイマーの血を引いている事から来る羨望とそれに伴う嫉妬をぶつけられ、劣等感を抱いたもの同士は結束し、そしてセツナは孤立した。
孤立してもセツナは『それが自分の生まれだから』と受け入れた。才能が遺伝すること自体は疑いようもない揺るぎない事実だ。
セツナが恐れたのは孤独よりも大人達の、期待に応えられないことだったからである。
「ようセツナ。同じクラスなんだな。今日からの学生生活でセツナにも負けないって見せつけてやるからな!」
「負けないよ、ノクシャ。」
そんなセツナにも友と呼べる人物はいる。その多くはテイマーに志願しなかった者達なのだがテイマーになりたい人間の中でもセツナと同じ境遇の者、具体的に言えばプロテイマーの子孫は(同学年にはいないが)セツナとも仲が良い。
そして、唯一の例外がノクシャ・スライフである。ノクシャは恵まれた血筋も特別優れた才能も持ち合わせてはいない。
だからこそ。だからこそ、彼は『才能がない人間』『才能のある人間』という区切り方を嫌った。
才能がなければ何をしても無駄なのか?才能がなければ才能のある人間とは戦えないのか?
特別な才能がないことを自覚した上で才能と戦う、それがノクシャという人間であった。立場こそ違えどセツナとは才能にとらわれたくないという思考が似ていたため二人はすぐに仲良くなった。
始業の鐘がなり皆が席についた頃このクラスの先生が入ってきた。
「はじめまして、皆さん。このクラスの座学を担当させてもらうレリア・フィリックスといいます。よろしくお願いします。」
あまり背の高くない女性の先生だった。プロテイマーの道を歩んだもののうち上位ランカーではないものは教職に就くことも少なくなく(当然本人の希望があってのことである。)彼女もその一人であり、生徒の中には彼女を知っている生徒もいた。
「レリア・フィリックス?『氷華のレリア』のレリア?」
「懐かしい肩書きですね。でも今は『教師のフィリックス』です。なのでフィリックス先生と呼んでくださいね。セシル・オーヴェン君?」
「あっはい。すいません、先生。」
「では早速授業に入りましょう。最初の方はテイマーの基礎知識となりますのでしっかりと覚えてくださいね。」
指示されて教科書を開く。そこまで厚い教科書でもなく文字が敷き詰められているわけでもない。セツナはこの教科書を買ったとき全体的にざっくりと読んでいた。それほどに楽しみであったことの証左でもある。
「コミュニティの名前や役割などは中学校まででやっていると思うので割愛して、エリアの説明に入ります。エリアとは私達テイマーが使役すべきモンスターが生きている地域のことでそのエリアの中に我々はコミュニティを形成し生活しています。」
「エリアはコミュニティから近い順に五段階に区分され、エリア1には人を襲わない大人しいモンスターが生息しています。
プロテイマーではない者が勝手に入れるエリアはエリア1だけで、エリア2はプロの同伴が必要、エリア3以降は禁止とされています。
学生テイマーの皆さんも勿論、エリア1かプロ同伴でのエリア2までとなってますのでお願いしますね。」
口許は微笑んでこそいたが目が一切笑っていない。その冷ややかな微笑に本気であるという気持ちが垣間見える。
「こうやって忠告しても毎年どこかのクラスで誰かがエリア3へと行ってしまいます。
確かにエリア2に比べてエリア3には強力なモンスターが沢山います。その為実技で落第が近い者や逆に高い実力を持つが故に自分を過信したものが宝を夢見て乗り込みます。」
「具体的な数字をあげておきますと、私の相棒であるスノウ・フェアリーの『つらら』であればエリア2までのモンスターは1対1の戦闘であれば三分で片付きます。
しかしエリア3となると1対1にかかる時間はモンスターにも依りますが早くて十五分、氷が効かないようなモンスターが出ようものなら三十分は優にかかります。」
スノウ・フェアリーは多対多を得意とする種族なので少しだけ話を盛っている。
「そんなモンスター達相手に新人テイマーが三十分も戦っていられるでしょうか?とても無理です。そもそもエリア3は三人以上のプロテイマーでのみ侵入許可されているエリアです。あなた方ならその意味も勿論わかってくれると信じていますからね。」
「その先生のモンスターはどんなモンスターなんですか?」
「そうですね。次の授業のときはモンスターの解説をするのでその時に連れてきますね。」
「エリア4、5は上位ランクのテイマーの部隊でのみ入ることができるエリア、特にエリア5は未調査エリアですので未知数な部分がとても多く、テイマーという存在の存在理由がこのエリア5の調査になります。」
「上位のテイマーしかいけないエリアなのにテイマーの存在理由が調査なんですか?それって下位テイマーの存在否定では?」
「順序が違うんですよ。…テイマーの歴史。そもそも何故なぜテイマーというものが生まれたのか。それこそが未調査エリアの調査だということです。そしてコミュニティから遠ざかるほどに強くなることが解り、実力の足りないテイマーを連れていく事がリスクとなるという判断のもと、チャンピオンシップという形式でランク分けをしているのです。」
「フィリックス先生も上位ランクなんですか?」
「一応、ですけどね。でも私はそもそも調査に向いたテイマーじゃなかったのでこの仕事をしてるんですよね。まぁそれでも必要があれば私も未調査エリアに向かうんですけどね。それがテイマーの本分ですから。」
「フィリックス先生は上から何番目位なんですか?」
「ケセドの中で上から16番目ですね。ベスト16から上位扱いされますがまぁ、先生はご覧の通り教師やってるので調査は基本的には行きません。」
「その理屈なら、教師なんか下位テイマーに任せて上位テイマーは調査に行かなくちゃいけないんじゃないんですか?」
「うーん…。好きで教師やってる身としては『教師なんか』と言われてしまうと応えに困りますね。さっきも少し言いましたがテイマーとして強い弱いと調査に向いているかどうかは別なんです。」
「それなら大会でランク分けしても意味はなくないですか?求められる強さが違うならそれに則した形でランク分けして調査部隊を結成すべきです。」
「向き不向きは調査に実際に行かないことにはわからないのです。例えば不測の事態に陥ったときの状況判断、対応速度。着眼点の違い、行動力と順応性。そういった様々な能力を要される環境で絶対的に必要となるのが強さです。『調査』だけの話をすれば弱いテイマーはいない方がいいと考えてください。」
「弱くても調査に向いているって事はないのですか?」
「非戦闘員を庇いながら戦える余裕は未調査エリアにはありません。誰もが自分のことで精一杯、自分の身は自分で守る、それが大原則です。その覚悟がないならテイマーであっても調査部隊である資格はありません。」
「そういう意味で先生はとてもじゃないですが調査向きではなかったんですよね。調査部隊を目指している方がいるなら学生の間に甘えを捨ててください。それがプロってやつです。」
「そしてはっきり言っておきますが私が16位ということは調査部隊に入る為には私に勝てなくてはなりません。私は今の下位テイマー達に抜かれないように強くなっていきますので今よりもあなた方が卒業する頃の方が強い私と戦うことになります。そのつもりでいてくださいね。」
「さて、時間もいい頃なので今日の私の授業は終了します。次に皆さんにはグラウンドに出て実技の授業を受けてもらいます。休憩は10分なのでその間に移動しておいてくださいね。」
鐘が鳴り、礼をして先生が退室する。最後の彼女の話にはどこか凄みや陰があってセツナにはきっと過去に何かあったんだろうな、と察せられた。
「なぁセツナ?お前はテイマーになって何がしたい?」
「え?」
ノクシャに話しかけられてぼんやりしていたセツナは曖昧に返事をする。
「え?じゃねぇよ。男なら一位目指すのは当然としてだ。何をしたいかは決めとかないといけないぜ?」
「うーん…。」
セツナは調査部隊志願だったが、それを他人に言ったことはない。『自分は上位ランクに入れます』そう言ってるように思われるのが嫌だったからである。
「まぁいいさ。卒業までは大差ないから卒業までに決めればいいもんな。先に言っとくが俺は調査部隊に入るぜ。」
「…そっか。じゃあフィリックス先生より強くならなきゃね。」
「…それはまぁ、卒業して本格的に育成が始まってからだな。」
「あっあの!」
「…ん?」
「セツナ・アカツキ君…ですよね?」
話しかけてきたのはさっき先生に注意されたセシル・オーヴェンだった。
先生…話が…長いです