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第十話 昨日の敵は今日の友

この小説はスマホゲーム 戦国炎舞ユーザー向けですが、ユーザーでなくても気軽にお読み頂けると存じます。


弱小連合の個性豊かな面々が織り成す群像劇。

軍師を目指す二人の男の挑戦と成長の軌跡。

戦国炎舞とリアルの狭間でもがき苦しみながらも二人は成長を続け、追い求めるべき “大事なものは何か” を掴み

理解してゆく……


2016年1月22日に行われた炎舞合戦祭りで、雲外蒼天と激闘を演じた「戦場放浪記」は、その後も破竹の勢いで勝ちを重ねていた。


デイリンとトンチは、戦場放浪記との再戦を熱望していたが、3月中旬になってもその機会は訪れなかった。


理由は両者の属する階級が異なる為だ。


「戦場」は一気にS階級へと駆け上がり、2ヶ月近くそのポジションを維持し続けていた。


雲外蒼天も「戦場」に負けず劣らずの勢いで上昇し、長らく維持したA⇄B階級の連合順位はA階級に固定状態となっていた。


「戦場」との激闘以降、雲外蒼天内で化学変化でも起きたように主要メンバーの意識が変容した。デイリンとトンチが策定した戦術の理解に努め、使用予定の奥義やスキルのレベルアップを積極的に図り、参戦率は格段に良化した。


参戦率が相対的に高くなると、寄生的な扶養メンバーは自ずと居ずらくなり、新たなメンバーと入れ替わるという好循環を生み出していた。


「デイさん、戦場とやる為にはS上がらないかんね」


「ま、ボクシングの階級制みたいやね。あっちはライトヘビー級、ウチはウェルター級や。但し、上には上がおる。クルーザー級やらヘビー級やら.......」


「そりゃそやね。でも、とにかく勝ち続けてSに上がりましょう。このまま行けば確実に上がれますよ。そしたら戦場に目に物言わせてやりますよ。0勝15敗のままにしとくわけにはいかへん」


「せやな」


S階級を維持し続ける戦場放浪記にも「天敵」が出現した。それは雲外蒼天に対する戦場放浪記のような存在であり強敵だった。通算成績は0勝5敗。いずれも大惨敗だった。


戦場の勢いは失速し、天井にあった士気は地に落ちた。ベース戦力に隔たりがあるにも関わらず、この連合同士は何故か不思議と当たった。


昼間の参戦率が極端に悪い相手連合の勝率が影響しているのかもしれないが事実は定かではない。


天敵の連合名は「八旗艷武」(はっきえんぶ), トリプルミリオンプレーヤー4名を擁する古豪連合である。


大きな合戦イベントだけ本気で取り組む「八旗」だったが、軽く流すような闘い方でもS階級に留まるポテンシャルを有していた。


通算5戦目の合戦は「戦場」にとって最も過酷で悲惨だった。


「八旗」は「戦場」を嘲り笑うかのように最初から最後まで奥義「運否天賦」を繰り出したにも関わらず大差をつけて完勝した。


「戦場」メンバーは無力感と挫折感により士気をすり減らした。今迄「戦場」自身が下位階級においてやってきた行為と同様の仕打ちを受け、屈辱と自省の念に苛まれていたのだ。


「戦場」メンバーは、漸く自分達の行為の愚劣さに気が付いた。上昇ムードで万能感に包まれたムードが一転し、ギスギスした雰囲気が次第に醸成されていたった。


まさに「因果応報」だった。


その後も「戦場」の苦悩の種が次々に芽吹き、決定的な事態が訪れたのだった。


「ルイさん、雲外蒼天のやつらには悪い事しましたね。反省しましたよ。悔しいもんですね。

昨日の22時は丸の内のスポーツバーに居たんですが、スマホ叩きつけようかと思いました

もん。かといって途中放棄も癪だったので最後までやりましたが辛かったですよ」


「戦場」の軍師モビットがlobiの個人チャットを使い、盟主 吉田ルイスに反省と屈辱の弁をコメントしていた。


常に冷静沈着で合理的な打開策を打ち出してきた彼にしては珍しい泣き言だった。


「全くだね。私も皆が共通に色々書き込むのを注意すべきだったな。なんとなく、皆が盛り上がっているのに水を差したくなくて看過しちゃったよ。私も責任あるよ。しかし、正直悔しくてしょうがない。残念無念だ」


「来週からAに落ちそうですね。あとバッドニュースがあるんです。紫龍さんが移籍するかもしれません。引き抜きですよ。たまたま紫龍さんの「挨拶」でのやりとりみたら「ウチ来ませんか?」て誘いを掛けられてました。

相手は「ハ旗」の盟主補佐です。まだ回答してないようですが、かなり怪しいです」


「そりゃやばいね。それはそうとモビさんに報告があるんだ。ちょっと残念な報告」


「なんですか。脅かさないでくださいよ」


「今日転勤の内示の内示があった。夕方、支店長に呼ばれて何かと思ったらさ、正式な内示はもうちょい先だけど、行き先が行き先なんで早めに教えてくれたんだよ」


「マジですか。何処ですか?」


「なんと、リオデジャネイロ。子供の学校があるし単身赴任決定だわ」


「ブラジルのリオ ? ルイさんのお子さん私立中ですよね。断りたいですね」


「ホントだよ。けど断るのは無理だな。

今、リオにいる加藤知ってるだろ、私の同期で前にコンプラ統括部の次長やってた奴。家の事情で緊急帰国しなくちゃならないみたいなんだよ。

私は子供の頃、親父の仕事の関係で3年位サンパウロに居たんだわ。それで前に自己申告書にポルトガル語出来るって書いちやったのが引っかかっちゃんだよ。失敗だわ。治安情勢的にも不安あるし、嫁さん耐えられないと思うよ」


「加藤さんは、僕が八王子支店にいた時、融資の代理として居ましたからよく知ってますよ。黒縁のカッコイイ眼鏡かけてますよね。そういやルイさん、二子玉川にマンション買ったんですよね。東京とじゃ随分環境違いますよ。

3年は帰れませんよね。という事は炎舞続けるのも無理ですか」


「新しい環境だし、そもそも時差あるしな。後はモビさん頼めるかな」


「私もファイナンス企画部が3年経ったので異動近いと思いますし、軍師とダブルはさすがに無理です。すいません」


「解散だなぁ……」


「ここまでいい感じで来ましたけど、ルイさんいなくなるなら仕方ないですね。残念」


「皆んなに悪いから後任当たってみるよ」


「いつ迄日本いるんですか? 1日付ですよね」


「遅くても12営業日以内に着任しなきゃならないから4月14日位かな。引継ぎと渡航準備があるから初旬位で炎舞出来なくなると思う」


「戦場放浪記」は結成以来、順調に成長を続けてきたが、ここに来て急転直下、解散さえ危ぶまれる局面に直面した。「好事魔多し」の故事を地で行くような危機だ。


2晩みっちりと検討を重ねた盟主吉田ルイスはひとつの結論を導き出した。


後任として適任者がいない中、主要メンバーだけでは立ち行かず雲散霧消してしまう。


そうなれば現メンバーは散り散りばらばらになってしまうのが忍びないと思った吉田ルイスは『戦場」の名を捨てて、因縁深い雲外蒼天に吸収してもらう道を選択した。


吉田ルイスは、まずは雲外蒼天の盟主 遊木風にコンタクトを取り打診する事にした。炎舞内でlobiのIDを聞き出した上、細かいやりとりはlobiで行った。


雲外蒼天が新規勧誘を本格化させる前に早めに根回しする必要があったので「戦場」メンバーへの意思確認は後回しにした。


「いかかですか? 勿論、枠の関係があるので全員が無理なのは分かっています。主要メンバーは8名。準主要メンバーが3名。後は直近にスカウトした方々なので、最低でも主要の8名はお願いしたい。1名移籍可能性はありますが。無理ですか」


「受け入れ方向で了解です。受け入れ可能人数を至急固めます。いるかいないか分からない人を切ってでも出きる限り枠を空けます。

ウチもアクティブな人が不足しているので願ったり叶ったりです。しかし、何故ウチを選んでくれたんですか.......」


「なぜですかね。雲外蒼天は一番当たった印象があります。私は勝手にライバルだと思ってましたし^^ 因縁というか縁というか……、不思議と「絆」みたいなものを感じたんですかね? 自分でもよく分からない……直感みたいなもんです。せっかく仲が良いメンバーが散り散りバラバラになるのが残念なんです。皆んな良い奴らなんですよ。印象はかなり悪いと思いますが^ ^笑笑」


吉田ルイスの申し出を遊木風は快諾した。


そして「昨日の友は今日の敵」と言うが逆も然

りだなと思った。


「同じ目的・同じ苦労」を共有したメンバー同士には奇妙な連帯感やシンパシーが生まれる。大きな視点で見ると、戦っている相手連合との間に「それ」が生まれても可笑しくはない。吉田ルイスが言いたかったのはそんな事だろうと思った。


また、吉田ルイスと話をして改めて感じたのは相手も普通の人だという事だ。


話をするまでは「戦場放浪記」のメンバーを「凄くて特別な集団」「得体の知れない集団」「冷たい集団」「嫌な奴ら」だと思っていた。


しかし、今回吉田ルイスと話をして思うのは、彼らにも悩みがあり、趣味があり、家族や仕事があり、普通に生活を送っている人々なのだという事だ。


実際に吉田ルイスも「転勤」という現実的な事情により、色々と手を回さなければならない羽目になっている。


アイコンと掲示板等でのコメント内容で判断する相手のイメージは、その者の人格の断片であり虚像に過ぎない。

眉目秀麗なアイコンを使用し可愛らしい言葉を駆使していても実際は中年のオカマかもしれない。筋骨隆々としたアイコンを用いていても、実際はか弱い大学生の女の子かもしれない。


泣きたいような辛い事に直面しているのにアイコンは笑っている。根っから優しいのにアイコンは猛り狂った武将である。


しかしそんな虚構にもメリットはある。

虚構の中だからこそ「素の自分」を曝け出せるのではないか……という事だ。


虚構の中では素直に何のてらいも計算もなく、

他者の事を労わり、謝意を伝え、心配をする。

一方で面白いアイデアや楽しげな話を臆面も無く周りに語りかける。


いずれもリアルの世界では「出来ない」「やれない」事かもしれない。


2ちゃんねるやtwitter、スマホゲーム等の匿名性が確保されたツールの中では「本来の自分とは違う自分が顔を出す。

だから危険」という主旨の論評をする人がいる。それは実は真逆なのではないか。


普段は普通な人なのに、当該ツールの中では相手を中傷し、蔑み、貶めるような醜い行為を平気で出来る人がいる。それはその人の醜い本質が顔を見せたに過ぎない。内面に隠しながら生きているのだ。


その意味では、長期間に亘り「連合」という枠組みの中で「素の自分」同士がぶつかり合い、助け合い、労わり合って構築された濃密な関係性は実はとても貴重なのかもしれない。


もう暫くすれば関係の無くなる「戦場放浪記」のその後を吉田ルイスは憂いていた。

それは彼が「戦場」というコミュニティにおいて「素の自分」を出しながら濃密なコミュニケーションを繰り返してきた証左だ。


遊木風は雲外蒼天のコアメンバーの9名に声をかけて意見を聞いた。全員の意見は遊木風の判断に一任する方向で合意形成されたので、遊木風は最終的に合併する事にした。


その為、久しぶりの帰還を希望するメンバーに断りを入れ、更に挨拶も参戦もしない寄生メンバーは除名をする格好でなんとか8枠を確保した。今回、たまたま遠征者が多かった事と寄生メンバーが4名も居たのが幸いした。


遊木風は、吉田ルイスからのオファーを貰った日から2日後に吉田ルイスに返事をした。

吉田ルイスは大層喜んで、何度も遊木風に礼を言った。


「これで安心してリオに行けます。お礼にイパネマ海岸で水着のブラジル娘の写真撮ってlobìで遊木風さんに送りますよ ^^ 笑笑」


つい数ヶ月前まで闘争を繰り返し反目し合っていた相手連合のリーダーが、今は軽口を叩き、おまけに家庭の事情まで教えてくれている。


「不思議でもあり可笑しい」感覚だ。


ただ、デイリンとトンチは残念がっていた。「永久に復讐の機会が失われた......」と。

特にデイリンは暫く不満気な様子を引き摺っていたがやむを得ない事だと理解し得心した。


「雲外蒼天」と「戦場放浪記」の連合合併日は4月1日に決定した。


吉田ルイスは、当該日を持って引退をする事となった。未練が残らないようにカードも処分するらしい。


「好きなんですよね炎舞。だから残ってるとやりたくてしょうがなくなってしまうと思うんです。だから、きっぱりと……」


lobi のコメントの行間には、吉田ルイスの無念や寂しさは滲み出ていた。「いつどのように辞めるか」というテーマを持ち続けている遊木風にとって参考となる幕の引き方だった。


戦場放浪記の「箱」は、軍師モビットのサブアカウントで管理する事となった。

そうそうは無いだろうが人があぶれた時のはめ込み先として使えるし、いつか「戦場」再興の暁には元々の「箱」を使いたいというモビットの意向を反映しての措置だった。


合併メンバーは「雲外蒼天」が12名、「戦場放浪記」が8名の計20名で決定した。

ヘッドハントを受けていた2台持ちの後衛エキスパート「紫龍」は「八旗」からの誘いを断り、雲外蒼天に合流する事とした。つまり「戦場」側は実質7名という事になる。


紫龍は不義理な事は出来ないと「八旗」の盟主補佐に回答した。


因みに紫龍は福岡市在住の20台後半の専業主婦だった。

夫は美容院を3店舗経営し超多忙な上にまだ子供が出来ていないこともあり時間を持て余し退屈な毎日を送っていた。


そんな環境下で彼女は炎舞と出会い、いつの間にか2台持ちと後衛エキスパートとなった。

また、短期予定だった雲外蒼天の「ぜっとん」も残留する事となった。意外にも雲外蒼天の空気がお気に召したらしい。


【雲外蒼天メンバー】

①遊木風 ②ZUPI ③デイリン ④トンチ ⑤r-1 ⑥ジュラ ⑦ちぢっこ ⑧ドン ⑨ゆいP

⑩舐めの小次郎 ⑪千春 ⑫ぜっとん


【戦場放浪記メンバー】

①モビット ②シロ ③古田リョータ ④紫龍 ⑤蒼龍(紫龍サブ) ⑥PANDA ⑦こぶ兵

(あんず)


以上の20名でメンバーが確定した。合併後の新連合名は「戦・雲外蒼天」とした。

戦場放浪記に対するリスペクトの念が、「戦」という文字に込められていた。


「これでさっぱりきっぱりと炎舞から卒業出来ますよ。連合名も気を遣わせてすいませんね」


遊木風は吉田ルイスの弁を聞いて切なさを覚えた。何か気の利いた事をしてやりたい気持ちもあるが何も思い付かない。


「ギリギリまで合戦して楽しんで ^ ^」


「ありがとうございます。「八旗」という連合にズダボロにされてまま辞めるの癪なんですが仕方ないですね。他のメンバーも悔しい思いをしていますからやっつけてください ^_^」


「一時のウチに対する「戦場」さんみたいなもんですね ^_^; よく当たるんですか?」


「S昇格後1ヶ月半で5回。全敗 ^_^;」


「嘘でしょ? そりゃ厳しい (゜´Д`゜)゜」


「でしょ? ^_^; 」



斯くして合併新連合「戦・雲外蒼天」が発足した。A階級からのスタートだ。


此処まで各自が順調にスキルアップを図り、充実した戦力構成となった。

特に「ぜっとん」はかなりの資金力を武器に総戦力を急激に上げ、348万迄上昇させていた。押しも押されぬ新連合の看板だ。


軍師については、デイリン・トンチのtwin軍師とモビット単独軍師が交互に務めた。

その内、モビットからtwin制に加わりたいとの申し出があり、3名が交代でtwin軍師システムを運用していった。


4月1日の発足日から「戦・雲外蒼天」は快勝に次ぐ快勝を続け、結局全勝のまま、4月6日(月)にS階級に昇格を果たした。


前衛・後衛・軍師が三位一体となり合戦に取り組み出来ていた。また、良い意味で「旧戦場出身者」と「旧蒼天出身者」が競い合い、刺激し合う事で連合自体のアクティビティに良い影響をもたらしていた。


この相乗効果もあり、明らかに合併前の2連合の力を凌駕する力を合併連合は手にしたのだ。


S階級に上がっても合戦に対するアクティブな姿勢は変わらず、新連合は勝ち続けた。


通算の平均参戦率は90%を超えていた。正に「絆」の力がゲームの勝敗を左右する事を立証する客観的事実だった。


流石に連勝を続けたある日には、化け物揃いの連合と当たるような事もあったが、全く話にならないという事は無かった。


4月14日 奇跡は起こった。いや、アクティブな「戦・雲外蒼天」だから起こせた奇跡だ。


「モビさん、19時! 相手見て」


シロがlobi を使いモビットに伝えた。2分遅れでモビットが確認をした。


「ハ旗……⁉️ まさか今日かよ……」


「 ここんとこの参戦率見る限り、皆んな入ると思いますが、一応参戦督促しますよ」


モビットと同じく「八旗」に対して憎らしい気持ちを抱いているシロが答えた。


「今日、確かルイさんがブラジルに行く日だよね。なんか因縁を感じるよなぁ……」


モビットは感慨に浸りつつ暫く思案して後に、自身のジャストアイデアを表明した。


「ルイさん、今成田に居ると思う。フライトはドバイ経由の遅い便だって言ってたから居るはずだ。本戦、ルイさんへの手向けにしよう」


「おー(╹◡╹)♡」


「シロさん、手分けしよう。全員に事情話して参戦してくれるように頼んで! なんとか出てって。あと……23分だ。急ごう」


モビットは吉田ルイスへスマホから連絡をいれた。もう暫くは連絡を取り合う事もないだろうし、ブラジルへの渡航日当日に「八旗」と当たる偶然を肉声で伝えたかった。


「はい、飯塚です」


「もしもし、櫻井です」


「おー、どした? 別れの挨拶? 」


「ま、そんなとこです。飯塚さん今空港?

なんかルイさんの方が言い慣れちゃって、逆に違和感あるなぁ」


「じゃあ、ルイでいいよ……モビさん」


「何時ですか? フライト。今から「八旗」とやるんですよ、19時。ルイさんまだ連合に残ってたら最後の最後にやれましたね」


「マジか? 飛行機は22時だよ。「雲外蒼天」といい「八旗」といい、因縁を感じるよなぁ。頑張って勝ってよ、強いだろうけど」


「もちろん! 勝って餞別にしますよ」


「ありがとう。嬉しいよ。私もやりたかったなぁ〜。畜生! まだ炎舞消してないよ。やっぱり躊躇するね。消すのは……」


「今かなり良い感じですよ。こぶ兵さんは、終の住処ならぬホーム見つけたとまで言ってます。ルイさんのアイデアは当たりでしたよ」


「良かった。忙しいのもあるけど、皆んなの反応が怖くて居心地聞けなかったよ」


「合戦が見れなくて悔しいでしょ? まあ、任せて下さい。正直言うとかなり強い相手ですから相当厳しいと思いますが、全力を尽くしますよ。「戦場放浪記のDNA」を持ったメンバーが、“我が盟主”の引退の花道を飾る為に頑張るんですよ。期待して下さいよ。


僕は「戦・雲外蒼天」の盟主は遊木風さんとルイさんの2人だと 思ってますから.....」


「ありがとう。これからじゃ合戦参加も出来ないし勝ちを祈る事しか出来ないな。身内が見送りに来てくれてるし搭乗手続きだなんだで、もう電話出れない思う。全力で祈っとくよ」


「結果LINEしますよ。じゃ、これでルイさんの生声聞くのは暫くお預けですね。新天地で頑張ってください。日本戻ってきたら「戦場放浪記」再興ですよ!! 良いですね⁈ 」


「そうだな。いつか再興しよう。それ迄モビさんも頑張ってな 。lobiで後から皆にも挨拶するつもりだよ。とりあえず連合掲示板で皆に宜しく伝えて。“ 頑張って!”って」


モビットは、内心で「戦場放浪記」の復活はきっと無いだろうと思っていたが、「再興」をロにする事で若干ながら自分の寂しさを紛らしたかったのだ。


呼応した吉田ルイスも自分が復帰する可能性は相当に低いと思っていたが、モビットの想いを察して調子を合わせた。


「それじゃあ、ルイさん、これまでありがとうございました」


「モビさん、こちらこそ。1年半位か……一緒に戦場作ってから.....楽しかったね。銀行に居ればいつか会うし連絡も取れるよ。取りあえず最低1年は帰国もしないつもりだ。

家族は嫌みたいだけどね。だから暫くお別れだ。今まで本当にありがとう。モビさんや皆んなと……楽しかった」


「戦場放浪記」を創立した2人だけの正式な解散式だった。


吉田ルイスは、高校時代に所属していたハンドボール部の事をふと思い出していた。決して強くは無かったクラブだったが楽しい思い出と苦しい思い出の両方があった。


当初、単なる暇つぶしのつもりだったが炎舞が、まるで「部活の様だった。良い思い出だな……」としみじみと感慨にふけった。


「戦場放浪記」を立ち上げてから約1年半、モビットと会話しない日は何日あっただろうか。大晦日も正月もクリスマスも会話していた。多分会話しなかった日は殆ど無かっただろう。


吉田ルイスは「八旗戦」の必勝に燃えるモビットの気持ちに応える為、ナンセンスだなと自嘲けるもう一人の自分を振り切り、合戦の間は勝利を祈っていようと思った。


「郁美、30分ちょっと煙草吸ってくるわ」


「はぁ? 何で30分も。フライトまで後3時間位しかないわよ。1年位帰国しないんでしよ? 奈美だって寂しい想いするんだから、出来るだけ一緒にいてあげてよ」


「頼むよ。アレなんだよ。俺の為にさ……」


「まさか、また合戦ゲームなの? バッカじゃないの、こんな時まで。 信じらんない......」


「本当の最後だよ。傍から見て馬鹿だと思うのは仕方ないと思うよ……悪いね」


吉田ルイスの妻 郁美は苦々しく思っていた。

娘の奈美を置いて、ブラジルに行く直前までゲームに興じる夫に腹がたって仕様が無かった。これ迄にも旅行先や郁美の実家へ行った時にゲームに興じる夫に内心腹を立てていたのだ。


しかし真剣な眼差しの吉田ルイスをみて許すことにした。郁美には理解出来ないが、思えば仕事人間の夫が長い間続けていた事だ。


正月もクリスマスも、仕事で疲れ切っている時も、眠い眼をこすりながら遅くまで起きてゲームをやっていたのを知っている。


酷い風邪をひいている時も仲間に悪いからと言ってやっていた時もある。

たかがゲームだが何かそうさせるものがあるんだろうと思い許す気になった。


「分かったわ。30分たったら戻ってきてよ。.....あと馬鹿っていってごめんなさい」


「了解。 あの.....30分「超」ね!「超」」


「馬鹿!」


吉田ルイスは成田空港の少ない喫煙所を探し、煙草を吹かしながら、戦場放浪記の「箱」に留まっている盟主役職のままの「吉田ルイス」のプロフィールを眺めた。


「プレイ日数 818日か。よく続いたな……」


それから「吉田ルイス」は「戦・雲外蒼天」の連合ページを開き、「連合仲間」に並んでいる各メンバーとのやりとりを思い出しながら、心の中で一人一人にエールを送った。



「吉田ルイス」へ「ハ旗戦勝利」という餞別を送るべく行なったシロの参戦督促が奏功し、全メンバーが参戦する運びとなった。


ある者は残業を取り止め、ある者は歯医者の予約を変更し、ある者は飲み会の誘いを断わった。年齢も、住んでる場所、職業も様々、顔も知らない各メンバー達が一人の仲間の為に動く。このメンバーがリアルの世界で一同に会する事はきっと無いだろう。


ただ一つ言える事は、今この瞬間だけは確かな「絆」がそこにあったという事だ。


「吉田ルイス」はこれ迄何度も炎舞を辞めようとした。その度に「何の為に続けているのだろう? いつ辞めるのだろう?」と考えた。


食事時の合戦を妻に叱られ、疲れているのにイベントに時間を費やし、イベントが終わる度に手間をかけて人集めをする。


合戦に勝った時の爽快感は確かにある。

戦力を高める楽しさもある。ガチャで意中のカードを引いた時の喜びもある。但しそれらは主たる目的ではなく、飽く迄も附随的な要素だ。


詰まる所「絆」を手に入れる事が主たる目的だったのだ。炎舞民は移籍を繰り返し、はたまた離散集合を繰り返すのは、「次こそ」それに出会えると期待を抱いているからだ。


そして今日、「吉田ルイス」は明確にそれを認識し、確かな「絆」を手中に収める事が出来たと確信した。


残念ながら、成した「絆」の輪から出てしまう切なさはあるものの、主たる目的を達成出来た幸運を「吉田ルイス」は素直に喜んだ。


「そういう事だったんだよな……」


2本目の煙草を吹かしながら「吉田ルイス」は独り言ちた。



〜合戦開始5分前〜


「皆さん、今日は無理言ってすみません。事情はシロさんが連絡した通りです。どうしても勝ちたいので力を貸してください m(_ _)m」


「了解、全力出すよ!」


「任せろ、 応援回数1位の俺に! 八徳無いけどね(ㆀ˘・з・˘)」


「ね、相手300万超4人もいるよ _:(´ཀ`」」


「勝とうぜ!」


「今日本気出します(*☻-☻*)」


「紫龍さん、今迄本気じゃ無かったの?(*_*)」


「桜花でモリモリにして〜(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾」


次々にメンバー達のコメントが並んだ。

意義ある戦いを前にしてメンバー全員が燃えていた。しかし一方で、常勝ムードの「戦・雲外蒼天」の大半のメンバーが「八旗」の強さに脅威を感じていた。



〜開始4分30秒前〜


「モビットさんがファースト軍師、トンチがセカンド。よろしくお願いします。今日は応援回数 1位狙います」


デイリンがファースト軍師をモビットに譲った。モビットが吉田ルイスの想いを背負いながら並々ならぬ想いでこの戦いに臨んでいる事を知っていたからだ。


〜開始4分前〜


「絶対勝とう。いや、勝てるよ。我々は「21人」だ。1人多い ( ̄^ ̄)」


モビットは遊木風の “粋なコメント”を確認し、スマホ画面を見ながらニヤリと笑った。


「21人制になったの?えっ!いつ! 俺だけか、知らんの! マジ:(;゛゜'ω゜'): 」


zupiが居る筈の無い21人目を探し始めた。

彼は今日は多忙な為、残業中に勤務先のトイレに籠り決戦の時を待っていた。


「バグか。俺のはまだ20人しかいないぞ。アプデ出来てないのか! :(;゛゜'ω゜'): ねえ〜!」


〜3分前〜


皆んな其々の場所で開戦を待っていた。ある者はコンビニで、ある者はファーストフード店で、ある者は夕食作りの手を止めて……


〜2分前〜


「小梅スタート 開幕鼓舞後 、コンボ積みに集中、スキル温存。相手はいつもスロースタートで相手見ながら力を調整してます。

開幕直後全員立ってると思うんで桜花打ってください。本気になられたら宵闇シャワーくらうのでなかなか立てません」


モビットは「八旗戦」の苦い経験を思い出しながら開幕前の指示をだした。


「八旗艷武」は合戦イベントではコンスタントに150〜200位の間辺りでフィニッシュする力を持っていた。盟主ジゴンダスか1人で創設し829日が経過。長期間S階級に留まり続ける古豪名門連合の一角である。


主要メンバーは……


①盟主ジゴンダス 戦力309万(前衛)

ワイン好きの彼が好きな銘柄の産地から名前を

取った。造り酒屋の3代目。石川県在住


②軍師 ダッフィ少佐 戦力268万(後衛)

ディズニーランドをこよなく愛する青年。

飲食店勤務。千葉県在住。ディズニーランド年間パスポートを保有。ディズニーブログで有名な「吉田さん」と知り合いとの噂がある。


③盟主補佐 坂本十三 戦力307万(両刀)

「上を向いて歩こう」がカラオケの十八番。静岡県在住。農業に従事。大の日本酒好き。山口県の大吟醸 獺祭が大好物。


④無双 雷電Ⅱ 戦力339万(脳筋前衛)

アンドロイドスマホからアイフォーンに機種変更を機に元々のアカウント「雷電」から変更。小学校教諭。青森県在住。


⑤白鷺姫 戦力332万(前衛まれに後衛) 看護師。ストレスを炎舞で発散。愛知県在住。


合戦イベントでは全力を出す彼らは、通常合戦では軽く流している。但し、それは負けても良いというわけではなく、全部勝つつもりで取り組んでいる。

つまり大半の合戦を軽く流しながら勝てているという事だ。 12時の合戦は集まりが悪く極端に勝率が悪いが、19時、22時はほぼ負けが無かった。ただ、参戦率が極端に悪い時には必死にならないだけだった。



〜合戦開始〜


「戦・雲外蒼天」VS「八旗艶武」の一戦が始まった。「八旗」にとってはなんでもない通常戦だが、「戦・雲外蒼天」にとっては重要な意義を帯びた戦いだ。


立ち上がりは両連合共「今孔明の詭計」でスタートした。一つ違うのは、「戦・雲外蒼天」

はフルメンバー、「八旗」は12名でスタートした事だ。主力の内、無双 雷電Ⅱと白鷺姫はまだ参戦してない。モビットの戦前予想通りだ。


「2000迄連打。以降A下げB上げ、1000で交代。弓班も1500迄連打」


「戦・雲外蒼天」の後衛陣は、開幕から鬼気迫る様相を呈していた。特に紫龍はサブの蒼龍と共にスコールか竜巻の様な勢いで、容赦無く応援のシャワーを降らせていた。

但し、相手前衛は寝ている為、攻撃コンボが繋げない状態だった。


開幕後6分が経過


雲外蒼天 前衛 45コンボ 後衛 892コンボ

ハ旗艶武 前衛 12コンボ 後衛 167コンボ


「神算! 連打継続」


相手も意図した奥義ミラーか否かは定かでは無いが「両兵衛の神算」を合わせてきた。

依然として「八旗」はシフトアップしてこない。一方「戦・雲外蒼天」は紫龍・蒼龍と後衛女王のジュラ、スピードスターの異名を取るzupiが疾風怒濤の勢いで着実に応援コンボを重ねていた。


「ワンサイドゲームになりそうですね」


トンチが楽観的観測をコメントとした。開幕後11分20秒が経過した時点だった。


「油断禁物ですよ」


モビットが楽観ムードが醸成されるのを防ぐ為にコメントした刹那、強力なプレッシャーの波紋が疾走した。


「無双来た!!」


「八旗」の無双 雷電Ⅱが出現した途端、「戦・雲外蒼天」の前衛が一気に薙ぎ倒された。

次いで「八旗」の女傑 白鷺姫が登場。


「八旗」の援軍が一斉に集結した。


1速から4速まで一気にシフトアップした彼らは、静寂の壁をぶち破り、膠着した戦線になだれ込んで来たのだ。


同時に、電源が途絶されたサーキュレーターの様だった「八旗」の後衛陣が、高速回転で旋風の様な応援を戦線に供給し始めた。


「星 !」


モビットが内心の焦りを抑え指示を出した。


そして「八旗」も星を投入。ここまでを見る限り、「八旗」は奥義ミラー作戦を展開していた。地力に勝る「八旗」らしい判断だ。

小賢しい工夫は施さず、同じ条件下なら負けるわけは無いという判断だ。


「星発動闇→全体上げ1 連打継続!」


「1500役割交代 弓班 前衛援護 玉敵警戒」


モビットの指示に続きトンチも指示を出した。トンチは「八旗」の勢いに驚愕の念を抱き、やや気圧されていた。


応援で押しているはずの「戦・雲外蒼天」が押され始めた。「八旗」のトリプルミリオン4人衆の激烈なアタックを受け得点を許した。


序盤で攻撃コンボ数が稼げなかった事も、次第にボディブローのように効いてきた。


〜1500〜 「ハ旗」が怒涛の追い上げ


戦・雲外蒼天

得点 989,689,541

前衛コンボ 471コンボ

後衛コンボ 1,425コンボ


八旗艶武

得点 897,532,541

前衛コンボ 321コンボ

後衛コンボ 1,191コンボ


次の奥義投入局面で戦局の分岐点が現れた。


「機知 」


「八旗」は機知をセットしている者がいない為、ここで追随出来なくなった。「八旗」は「慈愛の心」を選択した。


「発動で山吹活気鼓舞優先で単体スキル!」


トンチは定石通りの動きを促しながらも、

「慈愛の心」発動局面でどう対処するか迷いを抱いた。指示の仕方によっては戦局を左右してしまう。ここでトンチは敢えて細かい指示は避けた。


指示過多で混乱させるのを避けたのだ。悪く言えば「後は野となれ山となれ」の感覚だ。


「次、迅雷。ここ山場。終盤ラスト宵闇ラッシュ来ます。前衛は強スキルよろ。ラスト暴欲」


モビットはラスト奥義手前で勝負を賭け、逃げ切る戦略に決めた。



〜1000〜 「ハ旗」前衛陣が奮闘


戦・雲外蒼天

得点 1,501,232,526

前衛コンボ 609コンボ

後衛コンボ 2,391コンボ


八旗艶武

得点 1,899,102,075

前衛コンボ 499コンボ

後衛コンボ 1,899コンボ


「ハ旗」のトリプルミリオン4人衆のパワーだけで「戦・雲外蒼天」の戦線はジリジリと後退した。救いは後衛陣のテンションが切れずに応援コンボで差を付けている事だ。

この日の紫龍は凄まじいスピードでコンボを重ねていた。


スピードスターzupiの応援特化記録593回を上回る様な勢いだ。2台持ちとしては信じられない速さだった。


「迅雷」


モビットは吉田ルイスへの想いを込めて迅雷風烈をコール。「八旗」を仕留めるデスブローとして投入したがスカせば敗北必至。

「侘び寂びの心」を外した事が一抹の不安として残った。


「無双の玉来てる! 迅雷発動で闇。全上げ下げ半々。使い切りスタンスでOK。音色も!」


トンチが最後の指示出しを行なった。


警戒していた「八旗」の雷電Ⅱの玉敵が炸裂。次いで白鷺姫の松風裂破が叩き込まれた。


しかし「戦・雲外蒼天」の看板である「ぜっとん」とエースアタッカー 舐めの小次郎も黙ってはいなかった。迅雷発動後に爆上げされた2人は強スキルを連発。


舐めの放った五方之形が「八旗」の前衛にフルヒットし、前衛全員を薙ぎ倒した後、「戦・雲外蒼天」最強の漢 「ぜっとん」が圧倒的なチカラを解放した。


玉敵爆裂フルヒット! 3,899,763,215


「戦・雲外蒼天」側のポイントゲージが「八旗」側へ津波の様に押し寄せた。

この一発は「八旗」メンバーの士気を急激に削ぎ落とし、彼らの手数を相当程度減らさせた。


「ぜっとん」は残りの攻撃強スキルをありったけ叩き込み、「八旗」の士気を力任せに圧縮し、抜け殻の様になった「八旗」をブンブン振り回すかのように蹂躙した。


ラストの暴欲で駄目押しをした「戦・雲外蒼天」は結果的に激勝した。



勝利……


戦・雲外蒼天

得点 14,651,546,101

前衛コンボ 821コンボ

後衛コンボ 2,798コンボ


八旗艶武

得点 9,109,541,191

前衛コンボ 689コンボ

後衛コンボ 2,426コンボ


ダメラントップは戦・雲外蒼天のぜっとん

応援ランのトップは戦・雲外蒼天の紫龍


ありったけの “絆の欠片” を集め大勝利を呼び込んだ「戦・雲外蒼天」は、この瞬間「最高の連合」になった。


“強い連合” は沢山ある。上には上がいるのだ。しかし、炎舞民が本来求めるべき至上の尺度は強さだけでは無いはずだ。


“絆の太さ・大きさなのだ。その意味で「戦・雲外蒼天」は至上の領域に今日辿り着いた。



「ぜっとんさん、味方で良かったわ」


「紫龍さん、応援回数凄か∑(゜Д゜) 」


「初めて勝ったね。凄い!」


「仕事もどりまーす♪( ´θ`)ノ」


八旗戦勝利に湧く「戦・雲外蒼天」の掲示板は凄い勢いで埋まっていった。勝ちの喜びと、重要な一戦における強烈なプレッシャーから解放された安堵感がそうさせているのだろう。


「皆さんありがとうございました。ルイさんに連絡しますね」


『ルイさんやりましたよ! 有言実行です。

後はルイさんが有言実行する番ですよ。仕事頑張って、そして戦場放浪記の再興です。

それ迄サブアカの管理人が守ってます。では、お元気で……永遠の相棒モビット♪( ´θ`)ノ』


モビットはLineを使い、吉田ルイスへ勝利の報告をした。


満足感と寂しさが同居する奇妙な感情を持て余しながら……


しかしその後待てど暮らせど「吉田ルイス」からの返信は無かった。律儀な彼にしては珍しいと思いながらモビットは床に就いた。


その夜11時53分、モビットの部屋の静謐な空気をスマホのつんざく音が切り裂いた。


「もしもし、櫻井です」


「榊原です。テレビ見てる? 見てないなら点けろ! 早く! どのCHでも良いから!」


「なんだよ藪から棒に…分かったよ」


電話の主は銀行の同期 榊原だった。比較的仲の良い男だった。

テレビの画面には緊急ニュース速報の文字が踊り、多数の人や車がごった返していた。


「ウチの行員が乗ってたらしい。やばいよな」


「何言ってるんだよ、何だよこれ」


「墜落だよ、飛行機。リオ行きの便がエンジントラブルだと。ウチらの4年次上の人だと」


「まさか……ちょ…ま、また連絡する、じゃ」


テレビに映っていたのは望遠で撮影された飛行機らしき物が爆発炎上している光景だった。

テロップで流れる搭乗者の名前を食い入るようにモビットは見詰めた。


そして数百名いる搭乗者の氏名 住所が流れる中、最期の処で見つけた。


『飯塚圭一 東京都世田谷区』


「嘘だろ……」


モビットはその場で膝をつき泣き崩れた。


「まだ褒めてもらってないじゃん。返信くれよ。戦場再興するんだろがっ!」


モビットは床に拳を力任せに押し付けながら、唸る様に声を絞り出した。


大人になって初めて流した涙は、とめどもなく溢れ、モビットの瞼は腫れ上がった。


それから1週間の間、体調不良を理由に有休を取得し泣き暮れていた。事故以降、炎舞には一度も入れなかった。


1カ月位経った頃、盟主 遊木風に連絡をいれた。出来る限りプライバシーを守る為、秘匿を条件に遊木風だけに事情を伝えた。話を聞いた遊木風も人知れずさめざめと涙をこぼした。


モビットは「吉田ルイス」との思い出が残る炎舞を辞める事にした。彼は程なくして銀行の名古屋支店に転勤となった。


約3カ月後のある日、名古屋の栄にあるログハウス風のカフェにモビットは居た。精神的なダメージは癒えて居なかったが、部屋に籠ると良く無いと思い無理矢理出てきたのだ。


東京を離れる時に「吉田ルイス」の自宅に寄った。住所は年賀状で知っていた。

葬式に行けなかったモビットは、初めて吉田ルイスの妻子である郁美と奈美と面会した。


写真の中の吉田ルイスは、漸く訪れた相棒を歓迎するかの様にモビットに微笑みかけていた。


銀行でお世話になった事、フライトの直前迄やりとりしていた事を妻の郁美に伝えた。


「もしかして⁈ 櫻井さんも合戦ゲームを?」


「え! あ、はい。すいません」


郁美は哀しさが溢れかえるその顔に微かに笑みを浮かべた。


それはまるで、母親がやんちゃ息子達の可愛い悪戯を見つけた時の様な優しい眼差しだった。


そして郁美は、フライト直前の吉田ルイスの様子を教えてくれた。


「合戦ゲームから帰って来た時、嬉しそうにニヤニヤしてたの。気持ち悪いわって伝えたら、あの人こんな事言ってたのよ」


『たかがゲームだと馬鹿にするなよ。いい奴らなんだ、俺の為にさ。恵まれてるよ俺は……郁美も奈美もいるし、そしてまさか暇潰しのゲームでもこんな良い仲間が出来るとはね。呆れたか?』


『馬鹿ね。でも、良かったね、最期に……』


『うん。お礼の連絡しなきゃいけないんだけど、気の利いた言葉思いつかないから、飛行機ん中でゆっくり考えるわ。


きちんと伝えたいんだ、皆んなにさ。なんて言ったら今の嬉しい気持ちが伝わるかな? ……良く考えて連絡するわ。あとさ、俺向こうで頑張って出来るだけ早く日本に戻してもらうわ。やっぱ良いわ、日本が……』


『それでまたゲームやる気なんでしょ?』


『バレた? 悪いけどね。なんか “絆” ⁉️ みたいなもんがあってさ。なんつって。恥ずかしいね、言葉にすると。一番はお前達だけどな』


『あ・た・り・ま・え!! 馬鹿!』


郁美と吉田ルイスのやりとりを聞きながらモビットは涙を流していた。


それを見た郁美も泣いた。後は2人でわんわん声を出して泣いた。娘の奈美が自室に居てくれて良かったとモビットは思った。



コーヒーカップをソーサーに戻した時、吉田ルイスが好きだと言っていたエリッククラプトンの曲 Tears In Heavenが流れてきた。


『こんな時に止めてくれよ……』とモビットは思ったが、気を取り直して吉田ルイスへの鎮魂歌だと思い、最後迄聴く事にした。


『最期迄聴いて店を出たら、気持ちを切り替えて吉田ルイスの分まで頑張るんだ……』そう決意した。


2016年7月16日の出来事だ。


“絆” は人を助けるし強くもする。だが一方で、一際、人を哀しませる要素にもなり得る。


全く厄介なものだ……


多くの炎舞民は「吉田ルイス」や「モビット」の様に、沢山の哀しみや苦しみ、或いは遣る瀬無さを抱えているのかもしれない。

その感情をアイコンのキャラクターで隠しながら生きているのだ。


そして2人が炎舞を去った事を、殆どの炎舞民は知らない。アンドリューのich氏を始めとするカリスマ的スタープレーヤーでも無ければ大概そうだろう。


そんな哀しみやを苦しみを抱えた儚い存在だからこそ、自己の存在証明の為、そして哀しみ等を紛らす為に、炎舞という空間の中で “絆”を求め彷徨い歩くのかもしれない。


「吉田ルイス」のDNAを受け継いだ連合「戦・雲外蒼天」は、メンバーの絆をエネルギーと武器にして今日も闘いを続けている。


「吉田ルイス」が去り、「モビット」が去り、また、誰かがこの連合を去るだろう。だがまた “絆” 探しをしている新しいメンバーがやって来る。


それはまるで「ゆく河の流れ」の様に流転する。炎舞に存在する連合の数だけ、この様な事がおそらく毎日の様に繰り返されている。


“絆” はカタチを変え、人を変えて受け継がれ、永遠に続いていくんだ………きっと……



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