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第九話 軍師達の反抗 〜Strategist revival

この小説はスマホゲーム 戦国炎舞ユーザー向けですが、ユーザーでなくても気軽にお読み頂けると存じます。


弱小連合の個性豊かな面々が織り成す群像劇。

軍師を目指す二人の男の挑戦と成長の軌跡。

戦国炎舞とリアルの狭間でもがき苦しみながらも二人は成長を続け、追い求めるべき “大事なものは何か” を掴み

理解してゆく……


「宿敵・好敵手・天敵」


スポーツ・格闘技等の競い合いあるところには必ず出現する対象である。


炎舞の世界も例外ではない。人数・勝率諸々の要素に基づき絶妙なマッチングが施されるが故に、自ずと拮抗するライバルが出現する。


雲外蒼天にも宿敵がいた。


盟主 吉田ルイスが率いる「戦場放浪記」

(いくさばほうろうき)である。


吉田ルイスはリアルではメガバンクに勤めるバンカーであった。時間外勤務を抑制する銀行の人事方針が打ち出されて以降、一時のワーカホリック状態から解放された。

それ以来、炎舞にハマり盟主として連合を立ち上げる迄に至った。メンバーのモビットはファイナンス企画関連の本部に在籍していた時の同僚だ。


デイリンの初陣を退け、侮蔑のコメントを残して雲外蒼天メンバーに屈辱的なトラウマを植え付けた彼らは、その後も雲外蒼天から更に勝ちを重ね通算成績を14勝0敗としていた。


吉田ルイスは連合補強の為、浪人化している高戦力者のスカウトに乗り出した。

その結果、紫龍という後衛特化の2台持ち(戦力285万と239万)と、戦力279万の脳筋前衛 古田リョータ の2名を引き入れ、連合戦力の底上げを図っていた。


一時は接戦を繰り返した両者だったが、現時点ではもはや雲外蒼天がライバル視するのもおこがましい程、水をあけられていた。


「デイさん、フレからこれもろたんや」


「なに?」


トンチはスマホの画像データを取り出し、デイリンに差し出した。


画像データは「basic guide for Strategist」と銘打たれているExcelで作成された初級軍師用のハウツー資料だった。


奥義の相性、奥義投入局面想定、班分け運用のハウツー等の詳細が纏まっていた。

2人は年の瀬の12月31日もGin and Limeに居た。お金を浮かせる為、帰省するのを取りやめたのだった。


「これめっちゃええやん」


「せやろ? 見た時これや! 思うたわ」


デイリンは暫く思案した後、トンチに考えを伝えた。


「トンちゃん、これで3週間くらい勉強して、もっぺん勝負しよか」


「待ってました! 」


「遊木風さんに言うとくわ。んでから、もう1つ案があるんや」


「なんですのん」


「ジャストアイデアやけどな。twin軍師や。俺らは一人ずつじゃあかん。2人で指示出しのコンビネーションを組むんや」


「ついん?」


「せや。組み立ては俺が考える。暫くは勉強会やるで。俺がファースト軍師や。んでから、トンちゃんがセカンド軍師」


「ほんで?」


「奥義選択はファースト軍師がやる。セカンド軍師は戦況レポートしながら、後衛の上げ班・下げ班・弓班の運用をやるんや。基本の奥義の流れは一応考えとくんやけど、状況見合いで臨機応変に対応する。お互いそれで精一杯やろ」


「なんかええ感じやね。せやけど皆んなこんなんやったこんな事あらへんから、反対するんとちゃう? 僕ら信用あらへんし」


「一所懸命説明するしかあらへん。トンちゃんはlobi を使うて参戦予定を固めてくれ。俺はセットしてもらいたい奥義を依頼するわ」


「やりまひょか!」


「先ずは参戦率上がるようにせなあかん。今いる扶養メンバーみたいなのを除名して、参戦率高いのスカウトしよや。んでから、核となる高戦力を1人か2人スカウトしよや。俺もトンちゃんだけに任せてはいられないから調べてきたんやけど、結局、前衛も後衛も人集めてコンボ積まな埒あかんねん」


「そうなん?」


「せやで。前衛やったら100コンボで攻撃力2.6倍、500回で3.62倍や。1,000回で4.08倍やで。後衛も基本おんなし理屈や」


「マジですか。そんな倍率知らんかった」


「とにかく勉強。打倒! 戦場放浪記や。あんガキ共には頭来てんねや。しばいたんねん!


「デイさん、やったりましょう!」


デイリンとトンチは年明けの1月19日からの協闘イベントから復帰の上、一メンバーとして参戦、そして22日から始まる炎舞合戦祭りに軍師として参戦する事を目標として活動していく事に決めた。


デイリンとトンチの復帰計画、及び新規メンバー採用と扶養メンバーの除名の件に関しては、デイリンから遊木風に事前相談し、全て了承された。


その後デイリンとトンチは手分けし、「掲示板 連合勧誘待ち」で一本釣りを開始した。

2人合わせて60人に対して勧誘をかけたが全く引っかからない状況が暫く継続した。


諦めかけた61人目。懇願するようなトンチの勧誘に戦力320万という前衛志望者が引っかかった。名前は平仮名で「ぜっとん」


コメントにはこう記載されていた。


『とりあえず短期。主要補助は、古今1、風林4、勇烈7、気炎2、西国・天下各4、覚悟12、猛追4、八面1、傍若1 。AかB階級で出来るだけ弱い連合希望 参戦2以上』


トンチはどれだけ雲外蒼天が弱いか、イケてないのか等について猛アピールのコメントを「挨拶」に残した。おまけに負け続けで連合内の雰囲気がギスギスだとも付け加えた。


あり得ない勧誘の仕方だが、意外にもこれが奏功した。


「やり甲斐ありますね^ ^笑笑 お願いします」


「ぜっとん」は上位連合で長い間闘ってきたが、疲弊して「燃え尽き症候群」に近い精神状態に陥っていた。

炎舞自体を辞めようと思っている向きもあるが、取り敢えず弱小連合で骨休めをしようと考えた結果、如何にも弱そうな雲外蒼天入りを決意したのだ。


「デイさんに報告や。メジャーリーガーやで」


その後もデイリンとトンチは軍師に関する情報収集を継続し、月・水・金にGin and Limeに集まり情報交換と訓練を行なった。


奥義プランを紙に書き出し、ああでもないこうでもないと議論を重ね、投入予定奥義の急遽変更を余儀なくされた場合のバックアップ奥義も事前検討を加え、不測の事態に対する備えも行なった。


正確を期して表現するならば「不測の事態」を極力減らす作業を繰り返したというべきだろうか。


驚いた事に、トンチは軍師が具備すべきナレッジを見る見る内に吸収した。


メンバー保有奥義の待機・発動時間に関しても全て暗記をしていた。レベルアップに伴う待機・発動時間の変動も毎日トレースしていた。


トンチをファースト軍師役として行なったシミュレーションでも、トンチは的確な状況判断で淀みなく「仮想指示」を行なった。


意外にもトンチには軍師適性があり、徐々にその力を覚醒しつつあった。


但し、復活戦はデイリンがファースト軍師、トンチがセカンド軍師を務める事にした。


デイリンは、合戦でコテンパンにやられて生じたトラウマを払拭する為には、合戦でやり返すしかないと考えていたのだ。


デイリンとトンチが行なったシミュレーションは、二人のスキルアップに相当に寄与した。


シミュレーションはストップウォッチを使い、延長要素も加味し、30分30秒間の仮想合戦を行う形式で進められた。


時間計測開始とともに、ファースト軍師が投入奥義をコールする。

途上でセカンド軍師が「奥義投入予定者が急遽不参戦!」等のハプニング情報や「相手連合からの奥義投入想定」を伝える等を行い、状況見合いで臨機応変な対処が出来るかを訓練した。


セカンド軍師はタイムキーパー的な役割も担い、時間経過を見ながら後衛に対する上げ下げの指示出しと、戦況レポートを行う役割を想定しその訓練を行なった。


この様なシミュレーションを約3週間に亘り継続したおかげで、デイリンとトンチは、相当の力を培った。

短期促成栽培ながら、高い集中力と真摯な取り組みが思わぬ成果を生み出したのだ。


何らの訓練も知識も無く、デイリンが初陣に臨んだ事は軽挙妄動そのものだったと言える。


そして当然の結果としてもたらされた壊滅的敗北で受けた屈辱と恐怖こそが、今般のデイリン成長を後押しした事は言うまでもない。


結果的に「意義ある敗北」となったのは「怪我の功名」そのものであろう。


デイリンは来るべき逆襲の機会を一日千秋の思いで待っていた。無論、トラウマが影響して足がすくむ感覚もなくは無い。


しかし現金なものだが、軍師として準備が万端整った事により不安よりも逸る気持ちの方が勝っていたのだ。


今や先行を許している宿敵「戦場放浪記」も戦力補強を順調に進め手抜かりは無い。


リベンジを目論むデイリン達の思い通りに当該連合と当たる保証は無いが、不思議と早期再戦の予感をデイリンはヒシヒシと感じていた。


打倒「戦場放浪記」に向けた活動に集中していたおかげで、2016年1月15日の今日までカオリに振られた傷に酷く悩まされる事は無かった。いや、寧ろカオリを忘れる為に打倒活動に集中していたと言った方が正確かもしれない。


ただ、ふとした時にカオリの唇の感触や匂いを思い出し胸が締め付けられる感覚を味わった。そしてカオリとの一連のやりとりは全て夢だったのでは無いかという錯覚にも陥った。


カオリの事を思い出す時は決まって、焦点の定まらない目線で虚ろに中空を見つめ続けるような状態となりハッとして我に返る……この繰り返しだった。


まるでデイリンの意識が肉体と離れ「恋慕の情と失望しか存在しない異世界」と「現世界」を行ったり来たりしているような状態だった。


今や「戦場放浪記」の存在が、デイリンを現世界に留まらせてくれている最大のファクターなのかもしれない。


最も愛する者に苦しめられ…… そして……

最も憎む相手に救われる……


皮肉の極みの中で、デイリンは軍師の能力開発に没頭していった。


他方、デイリンの恋慕の対象であり、最大の攻撃者でもある門仲の女神もまた悩みを抱えていたのだ。


そう、昨年末に雲外蒼天メンバーであるドンと別れ、デイリンと新しい未来を歩みたいと願い焦がれているカオリである。


彼女は日本橋にある勤務先に程近いスターバックスに居た。


道路側に面したカウンターテーブルの一番右端に陣取り、大好きなキャラメルマキアートの泡状のミルクを眺めながら思案を続けていた。


カオリはデイリンから付き合いたいという申し入れを一旦は断わってしまった。

実質的に関係破綻していると言っても過言ではないドンという彼氏の存在があったからだ。


カオリはドンとの関係を年末時点で清算をした。しかし直ぐにでもデイリンのもとへ駆けつけたい気持ちを抑えていた。


デイリンの申し入れを退けた気まずさ……

まだドンに愛情を残している罪悪感……

直ぐに次に乗換えるはしたなさ……


これらの気持ちを抱えているカオリは、デイリンに電話をしようとして何度も止めた。


デイリンに会うかもしれないので、Gin and Limeにも近付かなかった。

いや、正確には一度だけ店の前迄行ったが店に入らなかった事が一度だけあった。こんな逡巡を毎日繰り返していた。


得てして男女の恋は、この様な細やかな感情の機微が原因で成就しない場合も多い。


きっと何も考えず素直に短絡的行動を取った方が、成就のチャンスが相対的に高まるはずだ。


しかしそれが出来ない事こそが「人間の証し」なのかもしれない……それは複雑極まりない。


そして今日もまたカオリは行動を抑制した。


「おっわっ! 迅雷…」


デイリンがトンチとの会話に興じながら何気に引いたレジェンドガチャから飛び出したのは、コスト22【雷神】立花道雪だった。


たった7枚残っていたレジェンドガチャから思いがけず当たった。デイリンは長い間貯め続けている数珠と勾玉を使いその場でレベル30迄引き上げた。


「蒼天初の迅雷ですやん。めっさええなぁ…羨ましいわぁ。僕も引いてみよ。20枚ちょっとあるわ。多分ええ時間帯なんかもしれへん。きっと来るで」


トンチは炎舞を立ち上げ、すかさずガチャ画面に遷移させた。そして躊躇なく10枚連続を引いた。残念ながらオールR。続けざまに10枚連続で引くが、低コストSRが2枚と残りがR。

あと4枚残しても仕方ないので続けて引いた。


「キタッー!」


「マジか⁈ やっぱ時間帯あんねや!」


「斬る!」


「こ………チ、チェンジやね。前向き前向き」


「…………ショックっす」


斯くして軍師復帰戦である当日、2016年1月22日を迎えた。


第1戦、第2戦はデイリンの勤める倉庫会社において保管物紛失のトラブルが発生し急遽不参戦となった。トンチも復帰は2人揃ってと決めていたので参戦しない事にした。

そして2人は22時の合戦に参加する為、21時にGin and Limeで待ち合わせし合流した。


本日からトンチがメジャーリーガーと称する「ぜっとん」が参戦していた。おかげで第1戦、第2戦共に惜敗。いつもなら完敗続きの雲外蒼天にとっては快挙だった。


連合掲示板を見ると、連合メンバーから賞賛の嵐が巻き起こっていた。


たった1名の強者加入でこれだけ戦況に変化が出るものかと……他方「個」の力だけでは限界がある事も合戦結果が物語っていた。


如何に「絆-KIZNA」の力を高められるかが決め手であり炎舞の本質でもあるのだ。


そしてどれだけ志を一つにするメンバーを集められるのか、また、その力を結集して上手く運用出来るのか……勝利の方程式はこれらの要素で構成されるのだ。


「デイさん、この人凄いな〜。2戦共ダメラントップやで。こんでも2敗て……」


「俺らも出てへんから人数足りへんのや。新しい二人も参戦率悪いしな…」


「ヨシさん、バンビさんなぁ。失敗やなぁ。

挨拶も碌にせーへんしな。ヨシさんが合戦中にガチャやっとったってzupiさんが怒っとったで。昼過ぎにlobiで怒りをぶちまけでしたよ」


「勧誘する時分からへんもんな。まあ、しゃーないな」


「せやね。22時はやったりましょう。戦場放浪記と当たる迄は練習ですわ」


「いつ当たるか分からへんけどな。けど、しょっちゅう当たる相手や。近いで、きっと」


「いてもうたりましょ」


二人は復帰戦前の昂ぶりを紛らすかの様に、新メンバーと「天敵」の話題に興じた。時刻は21時35分を回っていた。


「マジか……こんな偶然……」


「どないしてん⁈ 」


「デイさん、22時の相手どこや思います?


「分から………嘘やろ⁈ まさか……」


「まさかの「戦場」ですよ……因縁有りや過ぎやで、デイさん。心の準備がでけてへん……」


「何言うとんねん。やるしかあらへんやん」


「彼奴ら性格悪いから共通にまたイケズな事書いてんのちゃいますかね」


トンチは共通掲示板を確認した。


「何も書いてへんな。よく当たるから向こうも意識しとると思うたんやけど……」


「あっ! 来た! こいつらー!」


合戦開始17分前、共通掲示板に戦場放浪記のメンバー モビットの書き込みがあった。


『よろしくお願いします。よく当たりますね。お手柔らかに〜。手加減してね ψ(`∇´)ψ』


「ほんまムカつく! 全勝しといて何が手加減やねん。しばき倒したろか! ほんま!」


「トンチ、借金一括完済するで! 」


「皆んな連合作戦みとるかなぁ、念押しとこ」


トンチは合戦前の下準備に取り掛かった。

事前に行ったメンバーへの伝達事項について、連合掲示板を使い改めて再通知する事にした。


「イン 小梅 兵法。 連絡です。連合作戦見てない人は至急確認して下さい。連合作戦記載の奥義セット忘れずに。


あとの三つに班分け(A班・B班・弓班)と、大まかな動きも記載してあるので確認願います。インする時は挨拶と為念で奥義申告もお願いします。


加えて合戦中に感想みたいなコメントは不要です。板が流れます。 以上お願いします」


〜 合戦7分前 〜

デイリンは緊張の余り喉が渇いて仕方ない状態なので、ジンジャエールをトンチの分と併せて2杯頼んだ。

そしてデイリンとトンチはデッキや奥義のセットが間違っていないか確認をした。


〜 4分前 〜

デイリンとトンチ2人に緊張が走る。デイリンは頬から耳たぶ迄が紅潮し、息苦しさと頭痛を覚えた。


トンチは緊張を紛らす為、LARKのトロピカルに火を点けた。そして大きく吸い込み、口を輪の字に空けながら溜息をつくかの様に煙を体外に排出した。


〜 3分前 〜

デイリンは一瞬で20分経過した様な錯覚に陥った。余所見している間にいきなり「2分前という断崖絶壁」の前に立たされバンジージャンプを強要されている感覚だ。

1時間程前迄旺盛に有った自信や士気は見る見る内に減退し、妖魔に精を吸い尽くされたかの様に力が入らない。


「イン 光風 一陽」

TOMOが登場だ。


「いん スポ 啄木鳥 星」

雲外蒼天の切込隊長 r-1登場


「インです 侘び 慈愛」

後衛の要 ジュラ登場


「イン 堅忍 風雷」

前衛のエースアタッカー 舐めの小次郎登場


「入ります 暴欲 侘び」

新無双 「ぜっとん」のお出ましだ。


その後も次々と参戦コールが続く。合戦イベントだけあって参戦率は高い。


しかし「ぜっとん」以外の新規メンバー は予想通りこない。


〜 1分前 〜

「四面 小梅 でイン」

なんと新規メンバーのバンビ登場


「イン 神算 慈愛」

同じく新規のヨシまでが入ってきた


〜 30秒前 〜

「まだ会社。トイレからイン。小梅 確固」

最古参メンバーのzupiだ。


「地下鉄からイン 神算 暴欲」

遊木風が最後に登場だ。


なんとメンバー19名全員がインした。


「デイリン・トンチの軍師復帰戦」かつ「デイリンのリベンジ戦」かつ「炎舞合戦祭り」である重要な一戦で、見事に雲外蒼天メンバー全員が集結した。


後はペーパードライバー的軍師のデイリンとトンチの指揮に勝敗は委ねられる事となった。


〜 15秒前 〜

デイリンは大きく深呼吸し、両手の指をポキポキと鳴らしている。


〜 10秒前 〜

トンチがジンジャエールを一気飲み。2本目のLARKに火を点けすぐに灰皿に置いた。

どうやら緊張を和らげる為のアロマディフューザー代わりらしい。


〜 7秒前 〜

2人は画面を凝視し一言も発しない。


〜 5秒前 〜


〜 3秒前 〜

トンチの唾を飲み込む音が聞こえる。


〜 1秒前 〜


〜 合戦開始 〜

開始から雲外蒼天の前衛は全員倒れている。


「因果⁈ 」


雲外蒼天を舐めきっている「戦場放浪記」は、初っ端から因果応報を放り込んできた。


「小梅! 調子合わせずコンボ積みましょう」


デイリンは冷静だった。迅雷投入も脳裏を過ぎったが、トリッキーな勝ち方をしても、長い目で見ると大した価値は無い。そこで正攻法を貫く事を選択した。


「2000まで連打。以降A下げ、B上げ、1000でパートチェンジ。弓班は臨機に上げ下げ 中盤以降 玉敵警戒」


デイリンとトンチは事前に数種類の指示について語彙登録していた。例えば「2000」と打つと一連の指示センテンスに変換される様に仕込んでいたのだ。


戦術プランを予め策定し、メンバーに事前展開するのは簡単だったが、ハプニング要素や状況見合いの効果的な打ち手を講じていく為には、リアルタイムの指示が不可欠と判断した。


その前提においてコメント打ちに要する無駄な時間を排除する為の工夫を施したのだ。


「星! 残り1分 闇→桜花 奇襲系スキル有れば攻撃コンボ積みに協力!」


未だ雲外蒼天を舐めきっている「戦場」は運否天賦を投入。軍師のスキル水準が低水準だと判断している「戦場」は、雲外蒼天が中盤以降グダグダになると読んでの措置だった。

運否天賦は転じて公事赦免令に化けた。


「戦場」の連合掲示板には、「グッ٩( ᐛ )و 」「ナイス!」等のコメントが次々に並んだ。


「神算」


「1000迄に各パートスキル全弾発射!」


トンチがデイリンの奥義コールに呼応


デイリンはコンボ倍率を頭に叩き込んで以来、コンボの重要性をヒシヒシと感じていた。メンバーが力を合わせ無ければ上げられないコンボという仕掛けが、絆に拘る炎舞のゲーム性の本質だとデイリンは理解していた。


初陣に臨んだ時のデイリンであれば、初っ端から啄木鳥を投入しかねない知識しかなかった。


開幕後6分が経過した。

雲外蒼天 前衛 212コンボ 後衛 719コンボ

戦場放浪記 前衛 101コンボ 後衛 342コンボ

得点差は1億程度、雲外蒼天が上回っている。


雲外蒼天の様子に違和感を感じた「戦場」では、僅かながら動揺が走っていた。


「ルイさん、いつもと違くない?」


「統制とれてる? 軍師変わったかな 」


「なんかヤバイ」


「シロさん、次、孔明。立て直し」


「紫龍さん、鬼応援ヨロシク」


「こんなトコに負けたくない」


「集中しよ!!!!!」


軍師 モビットの檄が飛び、徐々に蜂の巣をつついた様な状態になった「戦場」は、混乱の渦へ完全に落ちる前に冷静さを取り戻した。


「光風!」


デイリンが中盤の固めに入る


「発動時間残り200、100下げ合わせ」


トンチがデイリンに呼応する


2500 この時点で雲外蒼天は優位をキープ


雲外蒼天

得点 762,689,541

前衛コンボ 591コンボ

後衛コンボ 1,271コンボ


戦場放浪記

得点 476,532,541

前衛コンボ 458コンボ

後衛コンボ 992コンボ


ジリジリ得点差が離れ焦る「戦場」は必死に巻き返しに向けて本領を発揮し始めた。

特に二台持ちの後衛エキスパートの紫龍が、神業的な力で後衛のコンボ数を重ねていく。


1500 「戦場」がコンボ加速し怒涛の追い上げ


雲外蒼天

得点 1,708,132,874

前衛コンボ 601コンボ

後衛コンボ 1,556コンボ


戦場放浪記

得点 1,408,653,079

前衛コンボ 507コンボ

後衛コンボ 1,423コンボ


「暴欲!」


デイリンが突き放しに取り掛かる。デイリン交感神経はフル稼働状態で、バクバクする鼓動を周りの者に聞かれているんじゃないかと思える位に興奮していた。


そして「勝てる!」そう確信した。


「暴欲発動10秒前下げ一発、発動から上げ。玉敵狙い来てる。潰して!」


トンチもデイリンと同じ様に興奮していたが、与えられた役割を的確にこなし続けている。

その佇まいはまさしく立派な軍師そのものだ。


暴欲が発動する直前に想定外の事態が発生した。


「戦場」の脳筋前衛 「古田リョータ」の渾身の玉敵が炸裂したのだ。


奇しくも弓班の2人が同時にAP回復に入った間隙を突かれた。


玉敵警戒せよとのトンチの指示が出た直後に撃たれたのだ。不運という他無い。


1000 「戦場」が雲外蒼天をオーバテーク


雲外蒼天

得点 1,901,232,526

前衛コンボ 536コンボ

後衛コンボ 2,171コンボ


戦場放浪記

得点 2,199,102,075

前衛コンボ 459コンボ

後衛コンボ 1,996コンボ


逆転を許したデイリンに、トラウマの原因となった初陣での惨敗光景が鮮明にフラッシュバックした。


デイリンは、トンチの即製アロマディフューザーが灰になり、そのフィルターがテーブルに転がったのを見て灰皿に戻した。

今の今まで全く気づかなかったにも関わらずだ。明らかに集中力を切らした証左だった。


「デイさん!!」


デイリンの様子を察したトンチが呼びかけた。


「ごめん」


「ラスト侘び!」


気を取り直したデイリンは、ラストの奥義をコールした後、残りの応援スキルの消化に取り掛かった。


「発動待機中下げ交えながら上げ。発動10秒前下げ一発の後上げ。発動残り180下げ1→上げ、残り100下げ1→上げ」


トンチが最後の語彙変換を実施し、残りの応援スキルを消化に取り掛かった。古田リョータの一撃を除けば、ほぼ互角か、やや雲外蒼天が押している状況だった。

無双「ぜっとん」の強スキルが面白い程決まり、雲外蒼天の総得点の約60%を叩き出していた。


雲外蒼天VS戦場放浪記


15戦目の今日、両者は初めてガチンコの殴り愛合戦の渦中に突入していた。


もはや両連合のメンバーは得点等気にせず、ひたすらスキル使用とAP回復に没入していた。


延長に突入。最後の最後に「ぜっとん」が残していた五方之形を撃った瞬間終了した。

長い長い延長だった。死闘を演じた両者はクタクタになっていた。


両連合メンバーの各半数が「負けを確信」し、そして「勝ちを確信」した。それだけ拮抗したゲームだった。


雲外蒼天の各メンバーは、デイリンとトンチ両名の差配振りに驚嘆し賞賛のコメントを送っていた。


初陣で失態を演じたデイリンと、「一夜城」をレベル30にし、実戦で「秘中の秘」を無断投入するウツケとの噂があるトンチのイメージと、本戦に於ける当該2人の奮闘振りとのギャップに驚いたのだった。


此れまで口数の少なかった「ぜっとん」がコメントを残して去っていった。


「合戦中の指示出しは、もっと短くシンプルにした方が良いね。あと、皆んなが慣れてきて阿吽の呼吸で動けばもっと円滑になると思う。良い指揮だと思いました ♪( ´θ`) 」


22時35分 結果が出た。合戦記録を見ればもっと早く結果が分かったが、デイリンは敢えて普通に結果が出るのを待った。


焦ってガッつくと負ける気がした……実際には既に勝敗が決まっているにも関わらずだ。験担ぎに近い感覚だろうか。



敗北……


雲外蒼天

得点 2,951,546,101

前衛コンボ 781コンボ

後衛コンボ 2,812コンボ


戦場放浪記

得点 3,009,541,191

前衛コンボ 712コンボ

後衛コンボ 2,726コンボ


ダメラントップは戦場の古田リョータ

応援ランのトップは戦場の紫龍


トンチはソファに深く沈みながら、天を仰いでいた。いつも饒舌なトンチが言葉を発しない。

寝ているのかと思う程だ。合戦終了から15分は経過していた。


デイリンは戦況履歴を追っていた。全部で671頁もあり、短時間に全てを見るのは無理だったが、198頁目でデイリンが見つけたのは「戦場」の吉田リョータの一撃だった。


まさに玉敵1発に沈んだ結果だった。

「戦場」の古田リョータが放った敵中突破は、彼がセットしている全ての「補助」が発動していた。


玉敵の直前、後衛エキスパートの紫龍によって一瞬ステータスを爆上げされた。


その刹那に放った偶発的なエクスプロージョンショットは、恥辱と焦燥の砂で出来た深い深いバンカーの中に落ちていた「戦場」を軌道に戻す起死回生のショットだった。


デイリンもトンチと同じ姿勢で天を仰ぎ、199頁以前の頁を遡るのを止めた。


トンチが電気ショック受けたように突然飛び起きた。


「デイさん共通見た⁈ 」


「見てへんよ」


トンチはソファに転がしていたスマホを拾い上げ、共通掲示板を確認した。


『お手合わせありがとうございました。

良い闘いでした。実質的に負けでした。またよろしくお願いしますm(._.)m』


「デイさん、戦場の奴等初めて普通に書いてきてるで。意外や……」


戦場の盟主 吉田ルイスからのコメントを見たトンチが感想を述べた。それは如何にも拍子抜けという様子だった。


「戦場」軍師 モビットもコメントを残した。


『お疲れ様でした。序盤のサイコロ等失礼しましたm(__)m』


「こいつらなんなん。ウチらを認めたんか」


「せやな……」


デイリンは落胆した気持ちが少し晴れた。雲外蒼天メンバーと戦場メンバーのコメントを見て意外にやれていたのだと認識をした。


トンチは先程迄の落胆振りが嘘のように、嬉々として戦況を確認し始めた。


デイリンがふと気づくと、合戦前迄は空白であった役職の任命が行われていた。


デイリン・・・盟主補佐

トンチ・・・・軍師


遊木風による無言の褒誉だった。


デイリンはトンチに役職就任の旨を伝えた。

それから2人は一言も発する事なくお互いニヤリと笑みを浮かべながら握手を交わした。



2016年1月22日 金曜日の夜


デイリンとトンチは雲外蒼天の正真正銘の軍師となったのだ……


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