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第六話 蒼天の霹靂 〜慈愛の心 LV30の漢

この小説はスマホゲーム 戦国炎舞ユーザー向けですが、ユーザーでなくても気軽にお読み頂けると存じます。


関西から上京した二人の男が新天地での飛翔を目指し始動。仕事と戦国炎舞を両立すべく、下町 門前仲町を拠点にして新たな挑戦の機会を窺う二人が出会ったのは弱小連合 雲外蒼天だった……


「悪夢の土曜日」から1か月半余りが経過した頃、仕立ての良さそうなスーツ姿の男がトンチのアルバイト先である「さぼうる」に訪ねて来た。


トンチは店内で私的な話をするのは申し訳無いと思い、店の表に出て立ち話をする事にした。

訪ねて来た男の歳の頃は40代後半だろうか、綺麗に整えられた短髪に銀髪が少し混じっている。


「トンチ様でいらっしゃいますか?

初めまして。私は豊洲の不動産会社で“武田地所”という会社の秘書室 室長を務めております “三浦” と申します。先般、当社社長の武田が窮地の所をお助けくださいまして、誠にありがとうございました。まずは、本日不躾に御伺い致した非礼をご容赦ください」


きっちりかっちりと澱みの無い話し方が、歴戦の企業戦士である事を物語っていた。


「社長さんって、あの商店街の……」


トンチはすぐに社長と“あの時のおいちゃん”が頭の中で繋がったが、何故今頃自分を訪ねて来たのか皆目見当もつかなかった。


「左様でございます。深川警察署を通じて御礼をさせて頂きたい旨を申し入れさせて頂きましたがトンチ様が固辞されておられるとお聞きして一度は断念致しました。


警察署としても守秘義務の観点からトンチ様の個人情報開示は出来ないとの事でしたので、長期間ご連絡をお取りする事が叶わなかったのですが、なんとかご所在をお調べし遅ればせながら今こうして参った次第です」


三浦が主張する通りの事実はあった。トンチは当然の事をした迄で、御礼を受けるには及ばずの旨を警察署を通じて武田に伝達していた。


「しかし何故ここが? 」


「当社系列の調査会社に依頼していたのですがトンチ様の御連絡先がなかなか判明せず手間取りました。勝手にお調べさせていただいた事に関しては重ねて申し訳なく存じます。


こちらのお勤め先が分かったのは、トンチ様が贔屓にされていらっしゃる “呑ん兵衛” という大衆酒場の御店主様に教えて頂きました」


土砂降りの日に呑ん兵衛に寄った時、神田から自転車で帰ってきた事情を話す中でさぼうるで働いていると話した事をトンチは思い出した。


「それで…御用は…?」


トンチは用件を早く聞いて店に戻りたかった。

先輩アルバイトから小言を言われる可能性があったからだ。


「武田が是非御礼をさせて頂きたいと……」


三浦は瞬時にトンチの内心を洞察し、その状況に合わせた言葉の量とスピードを選択しトンチに伝達をした。この点からも三浦の優秀さが窺えた。


「いやいや結構です。酔いに任せて勝手にやった事です。ほんとに大丈夫ですから……」


「それでは武田から叱られます。初めてお会いして申し上げるのも恐縮ですが、なんとか私の顔を立てていただけませんでしょうか?」


三浦は会ったばかりにも関わらず自分本位な注文を、慇懃無礼に、そしてトンチが断りにくそうになる困った表情を作りながら押し付けてきた。これが企業戦士の折衝術なのかとトンチはある意味感心した。


「ホントに結構です。困りますんで」


トンチは店に迷惑をかけたくないので早めに切り上げるべくシンプルな言葉で意思表示した。


「そこをなんとか…それでは私は会社に戻れません。武田の想いを汲んで頂けませんか」


そう言うや否や三浦は地面に手をついてトンチに頭を下げた。


「いやいやお客さんが見てるから……勘弁してください。僕はどうしたらいいんですか?」


人気店のさぼうるは常に順番待ちの客が店前に待機している状況であった。三浦はその点を考慮し一芝居を打った。役者が一枚上である。


「ありがとうございます! トンチ様もお忙しいでしょうから、銀行口座を教えていただけませんか? 適当額をお振込みさせていただきたいと存じます」


トンチは治療費が通院11回で28,589円かかった事を財布に入れっぱなしだった領収書を示して伝えた。


「お忙しいところありがとうございました。武田も喜びます。私と武田の名刺をお渡し致します。何かございましたら御連絡を下さい。出来ればトンチ様の携帯番号か何か御連絡先をお教えください」


トンチは三浦にスマホの電話番号と銀行口座番号を渋々伝えると共に、武田の配慮に感謝している旨を三浦に伝えそそくさと店に戻った。


三浦と会った翌日の13時に三浦から電話があった。治療費と武田からのお見舞いの気持ちとして幾らかを振り込みしたとの事であった。


トンチはすぐに確認するのも浅ましいとも思ったが確認せずにはいられない気持ちと、現金不足でもあったので、幾らかを引き出しするついでだと思いバイト後に銀行へ寄った。


「錦糸町の奇跡」で入手した資金が、まだ25万ほど残っていたはずだが、先々を考えると心許ない残額であった。


「はぁっ⁈……」


通帳記帳したトンチは目を疑った。


「いち、じゅー、ひゃく、せん、まん、じゅーまん、ひゃくまん、せ……ちょっ待、待て、いち、じゅー、ひゃく、せん、まん……」


現口座残高はトンチの想定の範囲を遥か遥かに超過するものであった。


「30,254,700……えん」「3千万? 嘘やん⁉︎」


トンチは周りをキョロキョロと見渡した。

大金を目の前にして警戒する気持ちと、いわゆる悪戯の類いか何かと思い周囲の様子を窺ったのだ。


しかしそれらしき気配は全く無い。さすがに銀行口座に細工する様な悪戯は出来るわけもなく当然といえば当然だった。


トンチはスマホを使って“武田地所”を検索した。商店街で会った老人が代表取締役社長として顔写真と挨拶文が掲載されていた。


資本金 120億 従業員 2,854名 関連会社9社 先期経常利益 71億 ジャスダックと東証2部に上場している大企業であった。


トンチは震える手でデイリンに電話をかけた。


「もしもしもしもしデイリンです……」


「デ…デイ、デイさんデイさん!……」


「トンチです。えらいこっちゃデイさん。この前の商店街ん時のおいちゃんからお見舞いや言うて3千万円くれはったんや。どないしょ!」


トンチはうわずった声で興奮気味にデイリンに状況を伝えた。


「良かったやん。貰うとき。じいちゃん気前ええやん。今頃言って来たんは年金支給日かなんか待っとたんやな。頑張ってるやん」


デイリンはことも無げに答えた。関西特有のフカシだと思ったのだ。

駄菓子屋のおばちゃんが子供に対して100円を100万円と伝えるアレだ。デイリンの頭の中では3万円が浮かんでいた。年金暮らしの中でなんとか工面つけたんだろうと思ったのだ。


「あかんでしょいくらなんでも。額が額やで」


「ほな返したらええやん。競馬の勝ちでまだ金あるやろ。いらんのやったらワシ貰うで」


デイリンは、トンチが3万円を貰った程度で大仰に騒いでいると思い込み、トンチに対して少し苛立った。


「デイさん、また話しますわ……」


デイリンの淡白な応対に拍子抜けしたトンチは武田地所の三浦に電話して確認する事にした。


「お待たせしました。武田地所でございます」


「トンチと申しますが、秘書室の三浦さんをお願いします」


「かしこまりました。恐れ入りますがどちらのトンチ様でいらっしゃいますか?」


「さぼうるのトンチとお伝え頂ければ分かると思います」


程なくして三浦に電話が繋がった。


「トンチ様お待たせ致しました。先だっては不躾にお伺い致しまして失礼をしました。手前共からの入金をご確認頂けましたでしょうか?」


「あれ、間違いじゃないんですか⁈ 3千万入ってます。とても受け取れません。返します」


「少々お待ちくださいませ」


まるで三浦はトンチから電話がある事を予期していたかのように落ち着き払っていた。


「やあ、トンチ君か。久しぶりじゃな」


“あの時のおいちゃん”と思しき老齢の男性に電話が繋がれた。


「武田です。あの時はすまなんだな。動揺していて礼も言えずで。金はほんの気持ちだ。黙って受け取ってください」


「額が凄すぎて無理です。お願いだから返させてください」


「ほんの気持ち」で3千万を振り込む異常な世界に取り込まれたくない恐怖が、トンチの懇願を後押しした。


「トンチ君びっくりさせたか。けどな、儂はとても嬉しかったんじゃ。それに儂は子供がおらん。歳も今年で81じゃ。金をあの世に持っていく事も出来ん。


君のような青年にやるなら惜しくもなんともない。じゃから返してもらわんで良い。もし良ければ儂名義のマンションが豊洲にある。

エレベーターで43階まで上がらんといかんので空き家にしとる。そこに住んでも良い。景色だけは良いんじゃが年寄りには不要じゃ。仕事も儂んとこ来んかね。考えてみてくれ。その気があればまた連絡をください。


それから、一旦渡した金は絶対に受け取らん。恥をかかせんでくれ」


武田の語気に覚悟を感じたトンチは一旦引く事にした。そしてアパートから近い深川公園のベンチで思案する事にした。周りに人がいない事を見計らいLARKに火を点けた。


あの老人にとっては3千万は大した額では無いのだろうなとトンチは思った。


ボーと思案に耽っているところに、小学1〜2年生の集団がやって来た。1人の男の子の周りに男の子4名と女の子2名の計6名で取り囲み囃し立てていた。


よく聞けば1人の男の子を集団でからかっている様だった。男の子は両手で耳を塞いでしゃがみ込んでいた。


涙こそ流してはいないが、目をしっかり閉じて口を真一文字にして涙腺が決壊しないように必死に耐えているのがトンチには分かった。


「何してん! 皆んなで寄ってたかって!」


怒鳴るトンチを見た「取り囲みの6人」はジロリとトンチを睨みつけ、「行こ!」と言い残し小走りで逃げ去っていった。


トンチが男の子に近寄った途端、男の子の涙腺が堰を切ったように決壊した。


事情を聞いたトンチは切なくなった。男の子はケイタと言う名前の7歳になる小学2年生だった。近くの施設「慈愛園」にいると言う。


何らかの理由で親から離れて暮らさなければならない子や孤児を養育する児童養護施設のようだった。


体操着を入れる手提げ袋にプリントされていたのが「キティちゃん」である事をからかわれていたらしい。よく見れば来ている服もなんとなく煤けた感じだし、低学年の割にはランドセルもボロボロだ。


「兄ちゃんが家まで送ったるわ、なっ」


ケイタは躊躇し「知らない人と話すとお母さんに叱られる」と言った。


普段のケイタなら確実に断りを入れ走り去っただろう。しかし今日は「ケイタの心細さ」がトンチの味方をし、最終的にトンチの申し入れを受け入れた。


帰り道でトンチは手提げ袋を買ってやると男の子に提案したが、再び「お母さんに叱られる」と硬くなに拒んだ。後で分かった事だが「お母さん」は施設職員の事だった。


施設に着くと「お母さん」と呼ばれる職員が出てきた。トンチは事情を説明した。


「お母さん」は目を赤くしながらも涙は堪えていた。口元には精一杯笑みを湛え、男の子の頭を優しく撫ぜながらトンチに話しかけた。


「たまにあるんです。新しいものを用意してあげられたら良いんですが……実際は上の子達のお下がりを大事に使い続けているのが現実です。ここには18名の子供達がいます。女の子に男の子用のカバンやタオルを持たせる時もあります。高学年の子は周りに分からないように隠しながら……ですがこの子達のような低学年の子はうまく出来ないんです。でも……当然ですよね。まだ子供なんですから……そんな事普通考えませんよね」


そう言うや否や「お母さん」の頬に一筋の涙が流れた。トンチは切ない気持ちを抑えながら黙って聞いていたが、男の子の泣きはらした顔を見ながら「お母さん」に言った。


「また、来てもええですか?」


「もちろんです! もちろんです!」


「お母さん」は慌てふためく様に答えた。それはまるでケイタを代弁している様だった。


「お母さん」はトンチと会話している間、終始泣き笑いの表情を浮かべていた。おそらくいつも努めて明るく振る舞っているのだろう。


まるで「笑顔でいなければならない罰」でも受けているかの様に映った。


世の中には武田のような人間もいればケイタのような子供もいる。

トンチは割り切れない気持ちを吹き飛ばすかの様に、自分も「笑顔でいなければならない罰」を受ける覚悟を決めた。そしてケイタの横にしゃがみ込みながらケイタに囁いた。


「兄ちゃんまた遊びに来るわ。お母さんがええ言うたからさ。また遊ぼな」


ケイタは「お母さん」の顔をチラッと見た後、トンチに向かって静かに頷いた。


トンチは日本にこんな施設がいくつあるか考えると切なくなった。ケイタと出会ったのも何かの縁だと思い再び慈愛園を訪れる事に決めた。


後で「お母さん」から聞いた話だか、ケイタは母親が再婚した新しい父親から激しい虐待を受けていたらしい。

母親はその再婚相手が作った借金を返済する為、1日中働き通しの生活を送り、まともにケイタの世話が出来なくなっていた。


最終的に市の役人に相談し慈愛園入園が決まった。ケイタが5歳になったばかりの時だった。


入園以来、母親は姿を見せていないらしい。

現在七歳のケイタは、彼此2年は母親と会っていない計算だ。この2年はケイタにとって辛く暗い2年だった。親に甘える事も叶わず、花見や海水浴にも行けず、クリスマスも正月も施設職員と一緒だった。着る服は全てお下がり、流行りのゲーム機等は触れた事もない。


「母親の柔らかさ・優しさ」にも「父親の硬さ・逞しさ」を感じる機会が全く無いまま2年の月日が経過していたのだ。


次第に子供ならではの我が儘や屈託のなさは削ぎ落とされ、遠慮と我慢と気後れの感情が7歳の身体に充満していた。


「お母さん」がケイタとやりとりする中で最も辛いのは、ケイタが時々漏らす独り言の様な質問に答えられない時なのだそうだ。


「母さんもうすぐ来るかなぁ……」


詳しい事情は定かでは無いが、ケイタの母親が近く来園する予定は無いし、その気配すら全く感じられなかった。


「母さんもケイタに会いたいはずよ……」


こんなやりとりを2年の月日で何回交わしただろうか。「来る」と言えないもどかしさや切なさが「お母さん」の悩ませ続けていた。


ケイタが通う小学校で授業参観日があった夜、ケイタは怖くて独りで寝られないと言い、枕を持って当直だった「お母さん」の部屋まで来て「お母さん」にしがみつき泣きながら寝た。授業参観日が、ケイタにとっては辛く悲しく、そして長い1日となった事に起因していたのかもしれない。


同級生が父兄と楽しげに会話しているのを横目で見ながら小さな胸が締めつけられ続けていた。そして早く時間が経てと願いながら机の下で拳を握り締めていた。


本来は外部者に話してはいけない守秘事項を「お母さん」はトンチが信頼出来る人物と認めて話をしてくれたのだ。


ケイタの身の上話を聞いたトンチは、やりきれない気持ちになった。そして、自分には何もしてやる事も出来ない無力さを感じていた。


トンチが慈愛園を訪れた週の水曜日は12月23日で祝日だった。クリスマスイブとクリスマスは夕方までアルバイトが入っていた為、「お母さん」の了解を貰い、23日の昼から慈愛園に行く事に決めた。


昼に慈愛園に訪れると、ケイタは照れくさそうにしていた。こういう形で大人と2人で出掛けることは殆ど無いのかもしれない。


とりあえず近くの普通の公園に行ったが、寒いせいか殆ど人がいなかった。犬を連れた老人男性がシーソーの近くに設置されたベンチに佇んでいるのみだ。


トンチは、ケイタの寒そうな服装が気になったので「鬼ごっこ」をして身体を暖めようとケイタに提案し、ケイタはそれを快諾した。もちろん鬼はトンチだ。


20分程走り回ると次第に暖かくなってきた。ケイタは初めて笑顔を見せ声を上げた。

トンチはケイタの様子を見て嬉しくなった。

それからはブランコ、滑り台、ジャングルジムで遊んだ。


ケイタはトンチのことを「おじちゃん」と呼び、トンチは「ケイタ」と返した。

端から見れば普通の親子に見えるだろう。


15時位迄公園で遊び、帰りにもんじゃ焼き屋に寄った。ケイタは初めてのもんじゃだと言う。トンチは2度目だがもんじゃ焼きの作り方がよく分からないので、店のおばさんに任せる事にした。ケイタにオレンジジュースを勧めたが要らないと言う。


「子供は遠慮せんでもええんや……」


トンチがそう伝えると、ケイタはテーブルに目を落としコクリと頷いた。遠慮して我慢する事が当たり前になっているのだろう。


「コーラもあるで?」


「オレンジ……飲みたい」


「よっしゃ!おばちゃん、オレンジジュース」


ケイタはオレンジジュースのグラスを両手で大事そうに持ち、ストローを使って少しずつ味わう様に飲んでいた。


ケイタは好きなテレビ番組のことや施設の事をポツリポツリと話した。毎週仮面ライダーを楽しみにしていることも。トンチは敢えて家の事情については触れなかった。


16時40分頃店を出て慈愛園に向かった。


ケイタはトンチの左手の中指と人差し指の先の辺りをギュッと握りながら歩いた。

そして時折、靴先が擦り切れた無名のスニーカーで少しだけスキップを見せてくれた。


それは “スキップをしよう” と意識した訳ではなく “無意識にスキップした感じ” だった。

余程今日という日が楽しかったんだろう。


トンチは、ケイタの様子を見て微笑ましい気持ちになったが、一方で、大した遊びや贅沢をしている訳でも無いのに喜びを隠せないケイタを不憫に思い目頭が熱くなった。


17時頃には慈愛園に着いた。

トンチは「お母さん」に挨拶をした後、ケイタに笑顔を向けながら言った。


「オモロかったな〜、なぁ、ケイタ」


「おじちゃんもう来ない?」


ケイタは不安と怖れが入り混じった表情でトンチに尋ねた。


「また来るわ。約束や」


ケイタは「お母さん」の顔を見上げながら楽しげに話し始めた。まるで萎れた花が復活した様に活き活きとした様子だった。


「お母さん、今日もんじゃ焼きっていうの食べてね、それからオレンジジュースも飲んだ。おじちゃんが連れてってくれた」


「お母さん」は初めて会った時のように目を赤くしながら泣き笑いの表情を浮かべ、トンチに対して深々と頭を下げた。


それから2日後の12月25日のクリスマス。


トンチは一大計画を構想し実行に移した。


慈愛園にクリスマスプレゼントを持って行くことにしたのだ。事前に「お母さん」と段取りについて綿密な打ち合わせを行うと共に、慈愛園にいる子供達が何を欲しがっているかを一人ずつ聞き出してもらった。


トンチは東雲のドンキホーテに行きサンタとトナカイのコスチュームを買った。そしてそれに着替え、予め準備していた大量のプレゼントを携えタクシーで慈愛園へ向かった。


隣にはさぼうるのバイト仲間であるゲンジがトナカイの格好をして同行してくれた。プレゼントを運びきれないし、なんとなく独りでは寂しかったからだ。


そのゲンジも炎舞民の一人であった。

「地団駄ーズ48」という弱小連合の盟主補佐兼軍師を務めている。


因みに当連合の無双の戦力は176万である。

バイト代の半分はガチャを回すために注ぎ込んでいたが、連合内では「カス引きのゲンジ」の異名を取る程引きが悪かった。


おかげで連合内ではゲンジのカード倉庫は「関東忍者村」や「ゲンジ流忍者博物館」と呼ばれ揶揄いの対象となっていた。


トンチはゲンジと妙に馬が合い、まるで昔からの友達のように仲良くなっていた。そのゲンジが同行してくれる事がトンチを勇気付けた。


「お母さん」は子供達を食堂に集めていた。


食堂には小さな小さなクリスマスツリーが飾ってあった。貧弱な電飾と折り紙で作った手作り丸出しのオーナメントが幾つか飾り付けてあったが、逆に物悲しげな雰囲気を醸成していた。


「行くで!ゲンジ。盛りあげろや!」


「任せて! 慈愛LV30 発動します!」


「メリ〜〜クリスマ〜〜〜〜〜ス!!!」


勢い良く食堂の引き戸を引いて、まずはトナカイゲンジが突入、次いでサンタトンチが入って行った。


食堂は一瞬沈黙に包まれた後、ワンテンポ置いて子供達の大きな歓声が沸き起こった。


「うわぁー!! サンタさん!!!」


ここ数年来、慈愛園にはおよそ無かったであろう華やいだ雰囲気をドンキホーテ製の偽サンタと偽トナカイが創り出したのだ。


偽者達はこの日この時、“本物” になった。


トンチはどの子に渡すプレゼントかを識別するために、プレゼントの一つ一つに付箋をつけていた。そして一人ずつ頭を撫で「メリークリスマス、○○ちゃん、○○くん」と言いながらプレゼントを笑顔で手渡した。


ケイタ以外の全ての子供達も其々に複雑な事情と背景が有り入園していた。少なくとも入園以来、プレゼントをもらう事は無かったろうし、ましてや心から欲しいと願うオモチャや洋服等を手にする事も無かっただろう。


子供達へのプレゼントタイムのトリであるケイタにトンチは慈しみに満ちた笑顔でプレゼントを渡し、そしてケイタに話しかけた。


「約束守ったやろ……嘘は言わへんねや」


ケイタはよほど嬉しかったのだろう。満面の笑みを浮かべ反射的にトンチに抱きついてきた。その瞬間、他の子供達もトンチやゲンジに向かって一斉に抱きついてきた。


日頃から愛情を求める子供達は、寂しさを埋める為の行動を無意識の内にとったのだろう。


「それからケイタさ、言うとくけど “おじちゃん” やのうて “お兄ちゃん” やで。ええか?」


最後にトンチは「お母さん」に向けて言った。


「お母さんにも……メリークリスマス!」


「トンチくん…ありがとね、ほんとに……」


「お母さんにもプレゼントあんねや」


「嘘。そんな…私に?」


「まあ、慈愛園にやけどね。これ」


トンチは「武田地所名義の3千万円小切手」を「お母さん」に手渡した。


トンチは三浦に相談し、武田から貰った3千万円を小切手にして慈愛園にプレゼントにしたい旨を相談した。


慈愛園の口座に振り込みすれば簡単だが、日頃苦労している「お母さん」を通して慈愛園に渡したかった。

武田が振り込みしてくれたお金を武田地所に一旦返金し、武田地所が慈愛園に寄付する格好で処理を進めた。だから小切手の振出人名義は武田の名前だった。


「お母さん」は度を超えた豪華なプレゼントをしてくれたトンチの行動に、文字通り開いた口が塞がらない様子だったが、程なくして顔をクシャクシャにして泣き、両手で顔を覆った。


「お母さん」は「笑顔でいなければならない罰」から漸く解放されたのだ。


慈愛園全体がハッピーに包まれた一日となった。

2015年12月25日のクリスマスの出来事だ。


武田地所の社長武田は、トンチの事をますます気に入り会社に入るように強く勧めたがトンチはそれを固辞した。

一方で、慈愛園に毎年寄付をする様に頼み武田はそれを快諾した。


クリスマスがあったその翌週、現金を下ろしに行き通知記帳したトンチは、その口座残高を見て愕然とした。


「いち、じゅー、ひゃく、せん、まん、じゅーまん、嘘やん…124,700円しかあらへん…」


慈愛園での一大計画を実行したトンチは、虎の子の軍資金を相当減らしていた。


「マジでアホやなぁ……俺。しゃーないか」


ケイタを始めとする慈愛園の子供達や「お母さん」の笑顔を思い浮かべながら、ニヤついた顔で減少した口座残高を眺めた。


「稼がなヤバイで……バイト、バイト」


自転車で颯爽とさぼうるに向かうトンチの顔には、まだ「悪夢の土曜日」で負った傷が残り痛々しい状態だったが、その表情は慈愛に満ちた漢の顔そのものだった……



愛とは他人の運命を自己の興味とすることである。他人の運命を傷つけることを畏れる心である。倉田百三(劇作家 1981 〜1943)



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