米将軍の名は伊達ではない
ある日のこと、鍛冶屋に作らせていたものが余のもとに届いた。
「うむ、見事な出来栄えである」
それは黒光りする刃金でできた鍬。
「余の力と刃金の鍬が合わせれば耕せぬ土地などない!」
さっそく江戸城から出ようとする吉宗。
しかし、爺こと加納五郎左衛門忠久が其れを諌める。
「なりませぬぞ上様。
だいたい上様ともあろう方が軽々しく……」
と説教をしている間に出ていく吉宗。
「あれ?上様?上様ー?!」
早速吉宗は幕府直轄の薬草園に赴いてまだ耕されていない畑の前に立った。
「ふふふ、未だ人の手の入らぬ畑なんと素晴らしいことか」
筋肉を膨らませ、剣気をまとった刃金の鍬を振り上げ、精神を極限まで集中しあたかも鍬が自分の腕と一体化したかの境地に至るまでたどり着いた後、力いっぱい鍬を紙面にふりおろす吉宗す。
「人刃一体!ぬうぉぉぉぉ喰らえ!」
ごがあっと鍬が地面を穿つとともに衝撃が走って地面が掘り返されていく。
「まだまだぁ!」
吉宗は横に飛ぶと鍬を振り下ろし次々に畑に衝撃波が走る。
一見すると吉宗がただ畑を破壊しているかのようにしか見えぬが、その畝は計算されつくされた距離であった、やがて未耕作の畑は全て掘り返されてしまった。
「フム良い汗をかいた」
しかし、畑を耕すのはあくまでも鍛錬のいっかんであり、種を巻いたりなどの農作業をするつもりは当然なかった。
「さて、戻るとするか」
こうして畑を耕すことに味をしめた吉宗は夜な夜な城を抜け出しては、たがやされていない畑で存分にその腕と鍬を振るった。
やがて、江戸の町には夜な夜な現れては畑を耕してくれる、農作神がいるのではないかという噂が駆け巡ったが、いつしかパッタリと止んだ。
「おおおっ!
印旛沼よ、ゆくぞ我が鍬を受けてみよ!」
上様が畑を耕すのに飽きて川の流れを変えるべく、川筋を掘って川の流れの付替えを行ったり、沼の干拓にせいを出すようになってしまったからである。
しかしこれにより田畑の作付面積は増え、川の氾濫の被害なども激減したという。
「うむ、余のため人のため働くのはすばらしきことよな」
そこへ響き渡りしは爺の叫び。
「上様、仕事が溜まっておりますぞ!」
今日もお江戸は日本晴。