始
どうも。
ウチノミヤと言います。
……宇都宮ではありませんよ。
家が飲み屋な訳でもありませんよ。
『内海屋』と書いて『ウチノミヤ』です。
下の名前? 言えば楽なんでしょうが、気にしないで下さいよ。別に知ったっていいことなんてないですよ。
ウチノミヤで構いませんよ。家が飲み屋なんて勘違いしなければ。
──私ですね、常日頃色んなものを見てるんです。
『色んなもの』っていったら『色んなもの』ですよ。
そーですね……あえて言うなら、『妙なものごと』ですかね。
ホラ、今アナタの足下の床から白い手が伸びてますよ。
……そういう感じの『色々なもの』です。
それで。
ここでは、そんな『ものごと』の話を皆さんにお裾分け。
血を見るような描写は、あまりないですね。それよりないです。
怖いと思うか思わないか。
それは皆さん次第。
でも、そういう『ものごと』が皆さんの近くにあるかどうか。
誰、次第……なんでしょうね。
では。
話ですか……そういえば。ありますよ。一つ。
つい最近のことです。
「…………どうすっかなぁ」
その日の帰り道、僕は異常に多く溜め息をついていました。
「……。どうすっかなぁ……」
そればかりつぶやいて。
だってどうしようもなかったんですよ。
通学鞄の中には中間考査の答案……それも、どれもこれも五十以下。
「……どうすっかなぁ……」
こうつぶやきたくもなりますよ。
それを考えると、家にも変えれない。
家に帰ったら帰ったらで、テストの点数を見た母さんに……カミナリ。目に見えてました。
そんな暗い気分だったからでしょうか、辺りはもう暗くなりかけて見えました。
僕はそんな中をうつむきながら歩きます。
住宅街の一本道、五時をとうに回った家並みは、嫌なくらいに活気がなく静まり返っていました。その先に踏切もあるのに、ガタンと列車の音一つもありません。
日の光も薄くなって、辺りは蒼い夕闇に包まれます。
「……ううっ、さぶ」
しかもまだ冬。
暮れるのは早いんです。
どこまでも伸びる一本道には、人影は丁度僕と、目の前に歩いている女の人一人。
他には何もありません。
……僕はいろんな意味で背筋が寒くなって。
本当は急ぎたくない帰り道を、足早に歩きました。うつむきながら。
……どれくらい経ったでしょう。
「……寒いなぁ……くそもっ」
僕は不貞腐れて歩きます。
周りは未だに蒼一色の夕闇。
僕の足音の他には、何も聞こえません。
……また背筋が寒くなった僕は、やけくそになって足を進めようとしました。
そんな時です。
「……あ」
パサリ。
目の前に、一枚の白いハンカチが落ちました。
「……ハンカチ」
きっと、前を歩いていた女の人のものでしょう。
ずっと僕の目の前を歩いていたんです。
他に人はいなかったんですから、間違いはないはず。
「……あの、ハンカチ」
拾い上げて、前を向きます。
──ガタンガタンガタンガタンガタン!!──
──目の前を、そういう轟音が通り過ぎます。
「………………え?」
踏切の真ん前。
そこに僕は立っていました。
丁度、鼻の先を列車が掠めていました。
「…………………………え?」
僕は、何も分からずその場に立ち尽くしていました。
薄ら寒い風が、背中の辺りを吹き抜けます。
僕は固まったように、風が吹いた後も立ち尽くしていました。
だって。
女の人、僕の目の前を歩いていたんですよ?
その道に、枝道なんてありません。
しかも、列車が過ぎたのはハンカチを拾ったすぐ後、人の足音はありませんでした。
「………………何だよ」
それまでの気分も……一発でどこかへ行ってしまいました。
それで、僕の手には残されたハンカチ。
「………………」
何がなしに、僕は開いていました。
「……!!!!!!!!!!」
そして、全身の血が凍った思いがしました。
そのハンカチ──名前のように『ウチノミヤ』とだけ隅に縫ってありましたが──何たって。
広げて見たら血まみれだったんですから。
そういえば、女の人の足音って一切していませんでしたね。




