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天に響く花2

 

 目が覚めたのはどれぐらい経ってからじゃろうか。

 さしもの儂もあまりの衝撃に気を失ってしもうた。カタカタと揺れる骨人間がガシャガシャと骨を鳴らしながら力なく歩く。

 漂う人魂は周囲を少しばかり照らしてくれるが、深い闇のその濃さを尚一層際立たせておる。ちらちらと揺れる弱々しい蝋燭の燭台を支えるのは罪人じゃ。

 捻くれた木に大地を埋めんばかりの頭蓋骨。岩陰にひっそりと怪しげに光る水晶のようなものはきっとこの世で最も高価という冥府の宝石じゃろう。なんでも一カラット25億Gだそうじゃぞ。カラットと億Gがわからんが。

 さて、これは困った事態になってしもうたのじゃ。亡霊に言葉を掛けても世にも憚る恨み言とまっこと情なし泣き言を言うばかりで理性がないようじゃ。蒼檻の中で同じことをブツブツと繰り返しておる。かといって冥府の住人である死神を探すにしても、奴らは非常に冷酷と聞く。

 儂とて何をされるかわからんのじゃ。素直に落ちたと言うても聞いてくれるのかわからぬ。さしあたって人魂に紛れ込んでぶらりと儂は周囲を探ることにした。


「…………何やら聞こえるのじゃ」


 人の声がする。亡霊ではない、はっきりした声じゃ。言葉ではない。それは幼き子供の泣き声のようじゃった。

 くるくると周囲を回って、声のする方向を探り当てて儂はそちらへ向かう事にした。このような所に子供がおるのじゃ。きっと何かあるに違いないのじゃ。

 ぽつんとそこだけ光る場所があった。


「なんと……」


 そこにおったのは、なんと儂としても生まれて初めて見る人の赤子であったのじゃ。炎狐が人型を取った折に一抱えするほどの大きさかの。

 ほぎゃほぎゃと泣き喚き這いつくばっておる子供じゃ。言葉も喋れぬようじゃが何故このような所に人の子なぞおるのじゃろう。

 わからぬ、わからぬが……。大きな声で泣く人の子に、居ても立ってもおれずに抱き上げる。手で触れてみて儂はもうびっくらこいたのじゃ。

 なんと柔らかいのじゃろう!

 ぷにぷにでむっちり、熱いほどの体温にもぞもぞと動く人の子は驚きの柔らかさじゃ。

 精霊どもが囀っていた噂話を記憶から掘り出し、なんとか人間の母親の真似事をすればしゃくりあげておるものの泣き止んだようじゃった。

 あむ、と声を上げた人の子は儂を見上げて、あばぶえだかなんだかわからぬが口端をあげてこう、にっこりとわろうた。ずぎゅんと何やら儂の胸が撃ち抜かれた心地がしたのじゃ。


「なんじゃコヤツ、きゃわゆいぞ」


 人の子はきゃわゆかった。儂決めた。これ儂が貰うのじゃ。儂育てるのじゃ。

 先程まで泣いておったというに、涙で頬を濡らしておるものの今はきゃっきゃと喜んで儂の腕の中で大暴れしておる。

 こんなきゃわゆい生き物がおったというのか。生き物の子供を可愛いと感ずるは本能というが、精霊の儂にもそういうのあったのかのう。

 きゃわゆいきゃわゆい。儂もうメロメロじゃ。頬擦りすればもう堪らぬ。あんなに憧れたグルメも忘れてしまった。


「きゃわゆいのう!!きゃわゆいのう!!ヌシは儂が育てるのじゃ!!」


「俺の子に何をしている」


 後ろからなんか来たのじゃ。変な奴じゃ。何?おれのこ?たけのこか?


「誰だ貴様は。精霊なんぞが何故此処に居る」


「わ、儂は精霊界から落っこちたのじゃ。人間界に降りるつもりじゃったのに丁度星が落ちてきて当たってしもうた」


「……もっとマシな嘘をつくことだ。まあいい、俺の子だ。返せ」


「いやじゃ!!」


「…………………なんだと!?」


「儂が育てる!!儂が貰うのじゃ!!きゃわゆいのじゃ!!」


「な、何を言っている!かわいいのは認めるが俺の子だぞ!?何故どこの馬の骨ともしれん精霊にくれてやらねばならん!!」


「おれのこ?まさか俺の子じゃと?似ておらぬではないか!!」


「ぐっ!!」


 何やら呻いておるが、全然似てないのじゃ。この人の子は太陽のような髪の毛に熟れきった桃のような肌、目玉は透き通った空の色じゃ。

 目の前の男は片目も骨で左手も骨じゃ。肌も青く目も不気味に赤いのじゃ。髪の毛だって青銀色じゃし、天響花がひっくり返ったって似てないのじゃ。

 そもそもどう見たって種族が違うのじゃ。男は冥府の住人じゃがこの人の子は人間の子じゃ。


「似てなかろうが俺の子だ!!さっさと返せこの霞の如き光玉めが!!」


「なんじゃと!儂は美女じゃぞこの肉付き骨め!!」


「なぁにが美女だただの光る玉だろうが胡散臭い霞が!

 子を育てるなぞアホを抜かすな精霊なんぞに子が育てられるかこれだから夢見がち種族と呼ばれるのだ!!

 どうせお前は頭も悪いのだろう、見ればわかるわ!!三日で死なすのがオチだ!!

 大体肉付き骨なぞ言われる筋合いはない、どう見ても肉の配分の方が多いのだから骨付き肉だろうが!!」


「うるさいうるさいのじゃ!!厭味ったらしい肉骨じゃの!!どうでもいい事を喋りおって亡霊の方がまだマシじゃ!!

 人間の子を冥府の住人が育てるなぞ馬鹿な話があるものか!!へんちくりんな事を言っておるのはヌシじゃ!!」


「馬鹿な話は精霊も同じだろうが!子を育てるなど無謀な真似をする暇があるならば人間界にでも言って遊び呆けてくればよいだろう!!

 どうせふらふら彷徨う人魂レベルの存在だろうが精霊など!!楽しければそれでいいだけのこの世で最も信用ならない種族だ!!

 誰が任せるか!!さっさと返せ!!」


「嫌じゃ嫌じゃ!!儂が育てるのじゃ!!こんなきゃわゆい子供見たこと無いのじゃ!!」


「無茶苦茶を抜かすなこのクソ光球が!!

 可愛ければそれでいいならばそのへんの亡者でも連れて帰って育てておけ!!

 身体も空っぽ頭も空っぽ、空っぽづくしで重さも金貨一枚もないような種族だ、亡者だろうが共に一日過ごせば赤子と間違えるだろうからな!!」


「不敬じゃぞ貴様!!誰に向かって口を利いておるのじゃ!!」


「不敬は貴様だろうが!!

 この冥界にあってこの俺に向かって悪態の数々、しかもよりにもよって俺の子を略取するなぞ霞だろうがなんだろうが毒沼に沈めて墓石の下に詰め込んでくれる!!」


「口の減らぬ下郎め、そのような口の悪さでこのきゃわゆい子を育てるなぞじょーそうきょういくに悪いに決まっておる!!

 儂がちゃんと可愛がって育てた方がよいに決まっておるわ!!」


「明らかに平仮名じゃねぇかこの馬鹿精霊が!!貴様のようなポンコツ精霊に何が出来る!!

 話にならん、漸く見つけたと思ったら貴様のような胡散臭い輩が纏わりついているなど―――――」


「うぇ、えっぐ、ぶわ、ぶえ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!」


「ぬあ!?」


「ぐあ!?」


 泣き出した人の子に言い争いが有耶無耶になってしもうたのじゃ。

 じゃが儂諦めんぞ。

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