「めでたし、めでたし」
戦争は終わった。
西方諸国連合は、キグナスの戦いにおいて敗北した相手は、あくまで勇者タクマ・シドウであってフェルナバール王国ではないと強弁できないわけではなかったが、銃の無力化とセグル王の自害によりベレラカン王国が「脱落」した状態では、フェル王国側の和平交渉を受け入れざるを得なかった。
魔王国クロムレックの挙兵に端を発する長い戦役は、ようやくここに終結を見た。各国は疲れはてた兵を自国に戻し、戦後処理の「戦い」を、文官に委ねた。
各国の予想を裏切って意外な結果になったのは、フェルナバール領レパレス州を含む港町キグナス西市の、ベレノス西方諸国連合への割譲である。フェル王国の租界と公使館を残し、その中では治外法権も認めるという利権を残したやり方ではあったが、西方連合としては薄気味悪いほどの好条件だった。フェル王国は、第三王女アリエルと、勇者タクマの婚約を発表したばかりで、それは彼の王国に万の軍勢が新たに加わったようなものである。下手に出る必要などないはずなのだ。この時のフェル王国側の狙いが、西方連合によるクロムレックへの賠償を軽減させる事と、連合諸国の政治家や歴史家が気づき出すのはかなり後のこと。クロムレック王国と、後述するシドウ公国による「車輪の両輪」と呼ばれる形での急速な発展を、目の当たりにしてからだった。
タクマ・シドウは二度にわたってイムラーヴァの戦役を終息させた。特にフェルナバール王国にとっては正に救世主であった。戦後、イルフレド王より報償に何を望むかを問われ、彼は王国と魔王国の緩衝地帯になっていた荒れ地を望み、そこに公国を立てる事を願い出た。廷臣の一人が感激した面持ちで
「勇者さまは魔族に対し、王国の盾になろうと申されますか!」
と問うたのに対し、
「いや? 近い方が便利だからだよ?」
と答えたのは、平民出身の彼の照れだったのだろうか?
フェル王国宮廷内には、彼をこそ次期王にという声もあったのだが、それはタクマ自身に固辞された。彼が王位につくのはさらに三十年後、公国経営の成功に廷臣たちも軒並み異を唱えず、第二六代国王レクオン・フェルナバールの禅譲をうけての事になる──が、それはまた後の話。
半年後、新公国制定の諸行事と平行し、タクマ・シドウとアリエル・フェルナバールの結婚式が、盛大に開かれた。口さがない皮肉屋たちも、この時ばかりは「政略」だの「術数」だのと口にする余地はないようだった。黒髪の勇者と亜麻色の髪の姫。二人の世界を超えた恋物語は、以後、吟遊詩人に大いに歌われる題目となる。
◇
そして、それからほぼ一年後、戦後の雑事がおおむね処理され、一応の安定をみたクロムレック国王ゲルドゥア・マグナスは、フェルナバール王国との和平条約調印のために、新設されたシドウ公国に赴いた。
創建の槌音が響くシドウ公国の中央通りを、ゲルドゥアの鮮やかな赤髪と、宰相セルニアの涼やかな翠髪が行く。物語の中の恐ろしげな魔族しか脳裏にない者たちは、二人の艶姿の、イメージとのあまりの落差に、ため息をついて見ほれるばかりだった。二人の後を行くのは四聖戦士の一人カレン・イクスタス。すでにその頃、ゲルドゥアの後見人ともクロムレックの知恵袋とも呼ばれていた。
魔族の王の来訪を好機と見た、グラドロン教皇ラムゼル・ミスカマスも公国を訪れた。みずからの手による人族と魔族の統一法典を携えて。それは正に歴史に残る日であった。
さて、女魔王ゲルドゥアと、勇者公爵夫妻タクマとアリエル。かつての仇敵同士の会見において最初に交わされた言葉は、幾代重ねた現在でも、国々をこえて語りぐさとなっている。
ゲルドゥアは語りかけ、シドウ夫妻は答えた──
「ただいまっ! タクマ、アリエルっ!」
「お帰りっ」
「お帰りなさい、ゲルダちゃん……!」
人族と魔族の間には、それからも紆余曲折が続くのだが、しかしこの時調印された和平条約と、教皇ラムゼル起草による「人魔憲章」公布は、イムラーヴァの歴史において、確かに一期を画するものとなった。
だから……この物語を、こう締めくくっていいだろう。
「めでたし、めでたし」と──
─ 終 ─




