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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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タクマの戦い

 イムラーヴァ南部、東西のキグナス港を分ける、ベレス海峡にて。

 ベレノス西方諸国連合の一つ、ベレメル王国は小なりといえども海戦に長けた船乗りの国として有名である。海峡に船団を展開し、防衛線をはりめぐらせていた。船団中、東キグナスに一番近い船上から、船長が遠めがねを手に海峡東岸を鋭い目で見やる。平原にグラドロン教皇国の騎士団が集結しつつあった。


「どうです? お頭」

「お頭はよせ。……妙だな。キグナス東港のフェルナバール軍と連携するかと思ったんだが、城外で待機してやがる。何をしてる? 何かを待っているのか?」

「む! ありゃあ、教皇国第一騎士団ですかい?!」

「……ああ、団長は聖騎士ロレント・ジンバルのはず。噂どおりなら侮れん相手だ」

「けっ! 海戦でオレたちにかなうはず、ありゃせんぜ! 目に物見せてやりやしょう!」


 部下の言葉は船長の思いを代弁していた。しかし……フェル王国の水軍と連携されれば、楽勝と大口はたたけない戦力である。


(ベレラカンの連中、『火縄銃』とやらを惜しみやがって……)


 もしも自分の船に「あれ」が搭載されていたら、海戦の主導権はまちがいなく握れるものを。なんと言っても風にほとんど影響されないのがいい。弓矢とは大違いである。しかし……ベレラカン王国は銃の情報を一切秘匿して、同盟国にも明かそうとしなかった。


(当然と言えば当然かもしれんが……それはベレラカンが、連合の間で突出した地位を占め続けるってことだ)


 船長の胸に嫌な予感が湧く。国のトップが決めた事とはいえ、ここでフェルナバールと事を構えていていいのだろうか? むしろ危険なのはベレラカンの方かも知れないのに。同盟内部の軍事バランスが大きく崩れた現状に、本能的な不安を感じていた。


「ん! ありゃ……人ぉ?!」

「どうした? 何が見える?」

「人間が……水の上を走って来やす!」

「ああ?!」


 部下の言葉に驚いて、遠めがねを奪ってのぞき込む。……事実だった。黒髪の男が一人、まだ年若い青年に見えるが、水の上を走って進んでいる。それも、途方もないスピードで。


「ベレスの加護あれ! 何だありゃあ! 回頭して進路をふさげ!」

「ムリです! 間に合わねえ!」

「くっ!」


 このままでは船の間を抜けられる。船長はとっさに銛をつかむと、男が走りすぎる速度に合わせて投げうった。さすが熟練の技である。銛は男に命中するかに見えたが、相手は視線も変えずに、背中に負った剣を抜きはなって切り飛ばした。そのまま反撃もせずに西岸側に走り去る。


「船列を抜けられやした! 追いますかい?!」

「ちっ! 待て、教皇国騎士団は?!」

「……待機してやす! 動きはありやせん!」

「ぬうう……!」


 一瞬迷ったが、船長は男を追わない事を選んだ。


「ヤツは西市駐留軍にまかせる! オレらの仕事は敵の渡海を止めることだ! ……ベレラカンにゃ銃とやらがあるんだ。えたいの知れねえヤツだったが、なんとでもなるだろう!」


 言い捨てて頭を切り換えようとした船長だが、部下の一人が蒼白な顔で、男が走り去った方を見ているのに気づいた。


「あ……ありゃあ……」

「どうした? ヤツを知ってるのか?」

「ゆ、勇者さまです……。間違いねえ。あれは勇者、タクマ・シドウさまです! イムラーヴァに勇者が帰ってきた!」


 ◇


 キグナス西市前に展開された騎兵陣に、タクマは一人で歩み寄る。


「キグナスに駐留するベレノス連合の諸兵に告げる! オレは聖剣を負う者、タクマ・シドウ! 連合とフェルナバールの戦闘を終わらせるためにここに来た! 全軍、キグナスから撤兵して西市街を明け渡せ! 撤兵ののち、教皇国第一騎士団が駐留して治安を保証する!」


 タクマの呼びかけに応えるように、陣地から一騎の騎士が進み出た。


「これはお目にかかれて光栄です、勇者タクマどの。私はベレラカン軍総司令、イゼルモ・シスト・ベレラカン。以後お見知りおきを」


 名前からすると王族の一人らしい。タクマを見る目は、敬意よりも侮りが含まれている。降ってわいた新兵器の威力に惑わされてのものか。


「しかし異な事を申されますな。確か聖剣に選ばれた勇者は、人族同士の争いには不干渉を謳っていると聞き及びます。それがフェルナバール領の奪還に協力なされるとは。所詮、フェル王国に召喚された者は、フェル王国の走狗というわけですかな?」


 あざけるような調子だが、言葉は一応の正論といえた。しかしタクマはまっすぐ言葉を返す。


「なぜかと言えば、あんたたちが使っている『銃』が、オレが元いた世界から持ち込まれたモノだからだ。あんたらは、本来この世界にない兵器を使って世界の秩序を変えようとしている。それは看過するわけにはいかない。銃を全て廃棄してこの場から撤退しろ。それは、あんたらが持つべきものじゃない」


 その答えに、口の端だけの笑みを返して


「聞けませんな!」


イゼルモは騎馬ごと横っ飛びにとんだ。背後に控える騎兵も隊列が左右に分かれ、影にかくれていた火縄銃部隊の射線が通った。


「『火薬不活性パウダー・イナクティヴ』」

「撃てい!」


 イゼルモの号令に、しかし、銃声は上がらなかった。響いたのはカチカチという撃鉄の落ちる音だけ。鉄砲部隊が、みな狼狽して銃をひねり回している。

 タクマにすれば、予想通りの流れだった。キグナス西市占領司令官イゼルモは、王族の血筋を誇るだけの卑劣な男と悪評が高かったから。


「ぬ? どうした! 撃て! 撃つのだ! 相手が勇者だろうが、そんな事はかまうな!」

「ムダだ。オレの世界では、銃を無効化する魔法があるんだよ。言ったろう? その技術はオレの世界から持ち込まれたと。当然、対抗手段も研究されていたんだ」

「な、何だとぉ!」


 タクマの言葉に、滑稽なほど狼狽するイゼルモ。


「すでに教皇国の者には、その魔法を伝えてある。いずれ全ての国に広まっていくだろう。銃は早晩、兵器として役に立たなくなるぞ。もう一度言う、銃を放棄してこの場から撤退しろ。バルドマギにそそのかされ、踊らされたセグル王の暴挙に、これ以上加担するんじゃない!」

「ば……馬鹿な……そんな馬鹿な……まやかしだ……そんなものは……」


 茫然自失のイゼルモをよそに、銃をいじり回していた兵たちが、それを投げ捨てて逃亡を始めた。それは恐慌の波になり、ベレラカン軍全体を覆っていく。


「退くな! 馬鹿者! 退くなー! 逃げる者は死罪ぞー!」


 部隊の長らしい兵が叱咤するが、逃亡の流れは変わらない。銃の威力で圧勝の戦いに酔ってきた兵たちは、その拠り所が崩れたとき、自身を支えるものが自分の中になかった。ある意味、当然の帰結である。ましてや彼らは、元はイゼルモの私兵だったのだ。国家に仕え、正規の軍人教育を受けた者ではない。いつしか叫んでいた隊長らしい男も走りだしていた。蜘蛛の子を散らすように兵が逃げ去る中、キグナス西市正門前に残ったのは、騎兵が三百騎ほど。

 あうあうとうめくだけで言葉にならないイゼルモの前に、眼光鋭い騎兵たちが進み出て、司令官に後退をうながした。

 騎兵の一人がうめくようにつぶやく。


「……こうなる事はわかっていた。素性の知れぬ発明家とやらが持ち込んだ兵器など、化けの皮がはがれたと言うべきよ……」

「そこをどいて門を開けてくれ。これ以上の抵抗は無意味だぞ」


 語りかけるタクマに、男たちは怖じたようすもない。見ればほとんど「キレイ」な顔がない。みなどこかに傷跡を負っており、凄みのある面構えがそろっていた。


「仮そめの力を失った連中が逃げるのは仕方がない。だがな、タクマ・シドウどの。我らベレラカンの騎士団は、日々の鍛錬で己の力を磨いてきた! 王国の伝統を受け継いで!」

「その我らが、一戦も交えずに引き下がったなら、故国の民に、どの面下げて会えようか!」

「臆病者のそしりを受けるくらいなら、我ら騎士団は死を選ぶ! ここを通りたければ、我らの亡骸を超えていけ! 勇者どの、覚悟を決められよ!」


 馬上槍で天を衝き、ときの声をあげて、男たちは一斉に挑みかかってきた。タクマは聖剣を抜きはなち、八艘に構える。


「ならば! 力づくで押し通る!」


 馬蹄の響きと剣戟の音、気合いといななきが交錯した。鉄製の馬上槍が切り飛ばされ、騎兵は次々と地に落ちる。城壁の上から見守る兵士も、門の前で茫然とたたずむ司令官イゼルモも、その激闘にただ固唾を呑んで見守った。

 まるで大気に紫電を刻むかのような聖剣の閃き。その一撃ごとに騎兵たちは次々と落馬する。だがベレラカン騎士団に、後ろを見せる者はいなかった。寄せては返す波のように、人馬一体となって突撃をくり返す。

 タクマは平原に走り出て、騎兵の群れを誘導した。落馬した味方を馬蹄にかける心配がなくなった騎士団は、雄叫びをあげて追いすがり、さらに鋭い槍撃を打ち込んでくる。それを切り返すタクマの動きは、もはや肉眼では追いきれない。にじんだ風とでも呼ぶほかない。

 やがて最後の一騎が身を躍らせて槍を突き込み、聖剣の一撃ではね飛ばされて落馬した。

 昏倒し、うめきを上げる兵たちの間を通り、タクマはイゼルモの前に進み出て剣を突きつけた。


「戦われるか?」

「……く……」


 蒼白の顔に脂汗を浮かべていたイゼルモは、顔をゆがめて首を横に振った。目の前で見せつけられた勇者の力は圧倒的だった。、抵抗すること自体、無意味に思われるほどに。彼にとって、命をかけて示すような意地はない。ただ銃の力で「血筋にふさわしい」武功を上げる事だけが目的だったのだ。司令官の指示で門は開けられ、ベレノス連合の駐留兵全てに撤退が命じられた。

 イゼルモの指示に重なり、タクマの大声が響く。


「治癒魔法使いは残れ! 門前の兵の治療を頼む!」


 後の歌物語に「三百対一」あるいは「三百の峰打ち」と名高い、キグナス解放戦の結末である。後年、タクマと剣を交えた騎兵たちは、身に残された聖剣の峰打ちの跡を家族や隣人にくり返し見せて、おのれの誇りにしたという──


 キグナス解放戦は終わった。補給港キグナスを失ったベレメル海軍も早急に兵を退き、教皇国第一騎士団は、戦うことなくキグナス西市を占拠した。グラドロン教皇国は中立の面目を保てたのである。


 ◇


 キグナス西市陥落の報告は、早馬を継いでベレラカン王セグルの元に届けられた。王は最初に記された戦闘結果に驚愕して立ち上がり、さらに火縄銃部隊の無力化の下りになると、めまいを起こしたように玉座にくずおれた。


「……馬鹿な……そんな、馬鹿な……。ラミア……どこじゃ、どこにいった……! 銃は無敵のはずではなかったのか! あるのだろう? 何か手立てはあるのであろう? 教えてくれラミア、余のもとへ……戻ってくれっ……」


 だいぶ経って、玉座の間の扉が開かれた。侍従長や宰相、そして「黒の歯」統括役、グラギオ・イド・レギンズ男爵らが緊張した面持ちで入ってくる。彼らに先導されて来たのは、セグルの父、ミゲル大公。前国王であり、譲位の後は隠居生活を送っていた。そしてセグルの弟、グレン公爵。皆一様に厳しい表情をしている。

 打ちひしがれていたセグルにも「予感」は感じられた。極めて重大な事態が生じた。それも、自分の王位に関わるような。


「何のご用ですか、父上……」


 力なく問うた言葉に、ミゲル大公の返事は詰問の厳しさが込められていた。


「セグル……お前は、ゼルドマという魔族に心当たりがあるか?」


 思わず顔が引きつるセグル王。それは硝石の提供を申し入れて来た男であり、見返りとして……


「セグル王、いや、兄上。先だって『黒の歯』の者から私に報告があった。兄上が魔族と裏取引をして、フェルナバール側使節──四聖戦士の一人、アリエル・フェルナバールの情報を売り渡した、と」

「…………」

「兄上……」

「は、何を馬鹿な。つまらぬ言いがかりはよしてもらおう。その歳になって、この玉座が欲しくなったか、グレン?」


 動揺しながらも、保身のためにあらがう決意を固めたセグルだったが、グレンはグラギオに、鞄から「それ」を出すようにうながした。取り出されたのは、水晶が埋め込まれた粘土板。それはイムラーヴァに住む貴族・商家階級なら知らぬ者はない、音声を記録して契約の証拠とする魔道具である。

 グラギオが起動させ、魔道具から録音していた音声が流れ出す。……しわがれた男の声に混じり、セグルの声がはっきり聞こえる……。憔悴したセグルの顔が、さらに蒼白になった。


(馬鹿な……録音までは……同意していなかった!)


「グラギオの報告によれば、『黒の歯』の者が、城下に巣くう魔族の根城を急襲したところ押収したものだという。まだあるぞ。公正の神に捧げた誓紙。これに使われているのは紛れもなくベレラカンの国璽じゃ。今は、お前以外に使っている者はない。セグル、答えよ。ワシは信じとうない。あまりに証拠ができすぎておる。疑えるものなら疑いたいのじゃ。しかし、全て『鑑定ジャッジメント』の魔法で確かめたが、ニセモノは一つも見つからなかった。セグル、答えてくれ。知らぬなら知らぬでいい。お前は……一体……」


 老大公──父の惑いに満ちた声にゆさぶられ、セグルはゆっくりと顔を伏せた。はめられた……同意していない録音の前に、その思いが先に立ったが、自分が手を染めた事実は否定しようがない。


「……仕方が……ありませんでした……我が国の……覇道のために……」

「…………うあぁ……うぐおぉぉ……! おおぉ…………!」


 老ミゲルはその場に膝をつき、絞るように慟哭した。ワシは……息子の育て方を、間違った……


 証拠の数々は、「ラミア」がバルドマギに語っていた「爆弾」である。ベレラカンがバルドマギにとって邪魔になった時に、いつでも致命傷をあたえられるように用意された。それがこのタイミングで爆発したのは、ベレラカンの諜報部「黒の歯」が危機感をもって仕事にあたっていたためと言えようか……


 だいぶ経って、グレン公爵が固い声で宣告した。


「……これは我が国、一国の問題では済まされません。フェルナバールはもとより、西方連合の盟約にも違反する行いです。公正の誓紙が正副一対で作られる以上、我らだけでこの件を隠蔽し通す事も不可能……。遺憾ながら兄上、あなたを連合の審問に委ねなければなりません……」


 外で待っていた兵士が数名、静かに部屋に入ってきた。恭しい態度をとってはいるが、手には犯罪者捕縛用の手鎖が握られている。セグルは力ない視線で、茫然とそれを見つめた。

 例え王族相手であっても、国家間条約の違約は許されない。世の常として、軍事力を頼み強引に無視するという方針もあり得るが、『火縄銃』の威光が失墜した今のベレラカンでは──


「……身支度を……調えさせてくれ……」

「兄上、それは……」


 拒否しようとしたグレンの肩に、ミゲルの手がかけられた。目を合わせ、哀しげに首を振る。──父として最後の頼みを察し、グレンはうなずいた。


 侍従もつけず、一人寝室に入ったセグルは、毒をあおって自害した。

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