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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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別れの時

 合格発表の当日。

 いつもどおり起きだして朝食を済ませたタクマは、合格発表確認のためK大学に向かう。


「じゃ、行ってくる」

「はい、行ってらっしゃい」

「早く帰ってくるのじゃー。残念だったら慰めてやるのじゃー」

「細かい準備はまかせておきな」


 みんなと声を交わし家を出る。こんな風に家を出るのも、おそらく今日が最後。

 S市駅から電車に乗って、一時間弱。大学最寄り駅で降りて雪の残る街路を歩くと、自分と同じ目的らしい若者たちの姿が見える。葉の落ちきったプラタナスが並ぶ道が続く。その先の大きな門をくぐって、人の流れのままに掲示板前に進んでいく。


 ドクン、ドクン、ドクン……


 ケジメだけの受験であっても、やはり心音が高くなる。当然かもしれない。一切手を抜いたり「逃げ」を打ったりした覚えはないから。


 ドクン、ドクン、ドクン……


 掲示板に示された、番号を目で追っていく。あたりでは手放しの歓声や、すすり泣きと、それを慰める声が聞こえて来た。


 ドクン、ドクン、ドクン……


 ……あった……。自分の受験番号。名前も確認できた。『志藤拓磨』……体を大きな波が洗い過ぎていくような感覚だった……

 しばらくそのまま立っていたが、自分が喜びの感情を表すのも違う気がして、無言のまま踵を返して、駅へと向かった。


 家に着くと、門の前でアリエルが待っていた。タクマを見つけると、満面の笑みで手を振ってきた。あれ? 結果が知られているということは……


「お帰りなさい、タクマ。あの、合格通知が届いたから……」

「ただいま。そうだったのか、早かったなぁ」


 家の中からゲルダとカレンが出てきた。


「お帰り、タクマ。おめでとうなのじゃ!」

「おかりー。ま、家長の面目躍如ってとこだね」


 みなに祝福されながら家に入る。終わった……きれいに終える事ができた。そんな思いを懐きながら。

 アリエルから受けとった合格通知はがきは、迷った末に勉強部屋の机の上に置いておく事にした。自分がここにいた証、と言ったら大げさだろうか。家の中はできるだけ片づけて叔父夫婦に明け渡そうと思っていたのだが、史子叔母の、


「そのままにしておいて。……踏ん切りがついたら、私たちでかたづけるから」


という希望を受けて、言葉どおりそのままにして、発つことにしたのだった。

 そうして四人でアーケード街にでかけ、久しぶりにファミレスで外食した。「こちら」で食べる最後の食事と思うと、特別な感慨がわいたが、ゲルダがいつも通りのはしゃぎっぷりで、それがひどくありがたかった。思い出に残るのは、しんみりした顔よりも笑顔の方がいい。たとえこれから待っているのが、別れだとわかっていても。


 ◇


 夜半、城跡公園の天守閣跡広場に通じる道は、工事中の札がついたロープが張られていた。余人を寄せつけないための措置である。月が美しい夜だった。もう少し暖かい時期なら、足を止めて空を見上げる人も多かっただろう。しかしまだまだ夜は寒い。公園の日陰には残雪が残っている。

 そんな寒空の下、天守閣広場には、明かりもつけないまま人が集まっていた。タクマたち四人と、田舎の志藤家から祖父母と叔父夫妻。そして魔術管理協会の安曇野、沢村、室生をはじめとする十数人。管理協会の面々は、やや離れた場所にひかえて、肉親同士の別れを見守っていた。


「タク坊、達者で……」

「うん」

「ホントに……体に気をつけてね」

「うん……ごめんね、修二おじさん、史子ばさん。何にも、お返しできなくて……」

「バカ、気にすることじゃない……」


 家族と別れを交わすタクマ。交わす言葉は、もう多くはない。ここに集う前に、すでに語り終えてきたから。従兄弟二人はこの場にいない。タクマは外国に移住する事になったと、後で説明する予定だった。いつか……家族の間の秘密として、明かされる時が来るだろうか。

 祖父の斉兵衛が一歩前に出た。


「……ワシには兄貴がおってのう。戦後間もなく、南米の方へ移民に行った……」

「うん、そうだったね」

「別れる時には、もう二度と会えないと思ったもんだ。……でもな、この空の下のどこかで元気でやっているなら、それでいいと思うたもんさ。そんな別れも……ちょっと前まで、珍しくはなかった」

「うん……」

「それだけじゃ。達者でな。お前の行く所と、空は繋がっていないそうだがな、ははは……」


 心を軽くするために語ってくれたのだろう。思えば「今生の別れ」もまた、今の世にあってさえ無くなったわけではない。人は、人生の節々で出会う唐突な別れに、つまづきながら不器用に越えていくしかない。斉兵衛は、そんな別れを幾たび越えてきたのだろう。祖父の顔のシワに、そんなことを思うタクマ。

 斉兵衛と手を取りあい、固い握手を交わした。早苗、修二、最後に史子と……

 そしてタクマは、アリエル、カレン、ゲルダとともに、魔方陣の中に立つ。カレンが唱えた起動詠唱に続いて、ほの白く光る三角錐が彼らを包んだ。初めて目にする「魔法」に、驚いて目を見ひらく志藤家の人びと。そして……数分経ってそれが消えた後には、四人の姿はもう、なかった。

 早苗と史子は、やはり、嗚咽を漏らさずにはいられなかった……


 管理協会一行は、タクマたちが消えた後に向かって一礼し、そして後始末にかかる。


「沢村さん……拓磨くん関連の『措置』の解除をお願いします」

「はい」

「すでに守るべき対象は在りませんが、口止めは引き続きお願いしますね」

「心得ております」


 少し離れた場所で細々とした打ち合わせを続ける安曇野たちをよそに、室生は部下たちと入り交じって、魔道具や方陣の撤去作業にいそしんだ。


(いつか……きっと)


 一瞬手を止めて、中空にかかる月を見上げ、胸の中で強く想う室生だった。


 ◇─────◇


 四人が転移した先は、カレンの時そうだったように、タルタロス島の環状列石ドルメンの中だった。

 向こう側の城跡公園のように、これも何らかの理由があるのだろう。いずれ調査したいものだ。そんな事を思いながら、カレンは急ぎ魔物よけの結界を構築した。

 あたりは薄日に包まれており、朝なのか夕方なのか。久しぶりに味わうイムラーヴァの魔素に充ちた大気に、むせそうな四人。実際アリエルは少しセキが出た。


「むう、ちょっと抑えておけん……」


 ゲルダがつぶやく。頭部の魔力角がゆっくりと伸びていく。体も大きくなり始めていた。予想していた事だった……。魔素に影響されやすいからこその「魔族」だから。


「待って、ゲルダちゃん。まず……着替えないと……」


 キャリーバッグから、急いで着替えを取り出すアリエル。タクマは一応後ろを向いた。すでにゲルダは、イムラーヴァにおける成人女性と言っていい姿だから。

 ゲルダに、カレンお手製の可変スーツを着せ、その上から自分が編んだポンチョマントを着せて、止めヒモを結ぶアリエル。


「アリエル……自分でできるから」


 ゲルダの声に、だがアリエルは、止めヒモを結び続ける。一つ一つを、まるで愛おしむかのように。

 ぽとり、と、彼女の胸に水滴が落ちた。……ポト、ポトと、シミあとは増えていく……


「……ばかアリエル……泣くなっ……。笑ってサヨナラしようって、言ったのじゃ……。お前が……泣くと……ワラワまで……」


 ゲルダの背丈は、もうほとんどアリエルに近かった。向け合った顔は、二人とも涙に濡れている──

 二人は、固く抱き合った。背中が震え、こらえきれずに嗚咽が漏れる。


「うう……うう~~っ……ふえぇ……ふええぇぇ~~~~ん……」

「うぅっ……うふっ……うふぅぅ……うぇぇ~~~~~ん……」


 タクマは二人のそばにたって、双方の肩を抱いた。カレンは無言でそれを見守っている。

「全ての涙が、悪しきものではない」という、そんな言葉が思い出された。言葉の意味が、今は身に染みる。互いが愛しいから別れがつらい。そうであるからこそ、悲しさは愛しさの証。

 ……だいぶ時がたってから、二人は、互いの温かさのなごりを惜しむように、ゆっくりと身を離した。


「……しばらく、サヨナラじゃ……」

「……うん、またね、ゲルダちゃん……」


 今度こそ、ようやく、笑顔で別れが言えた。二人とも目が赤く、頬は涙のあとで、つっぱっていたが。

 ゲルダはカレンと組になり、アリエルはタクマと組になり、その場から離れていった。……歩みを次第に早め、最後には駆け足となって。

 打ち合わせていた方針にそって、遅滞なく行動する。カレンの時間遡行によって、タイムラグは最小限に抑えられているはずだが、急がなければならない──戦の犠牲者を、これ以上増やさぬために。

 後の史書や歌物語に名高い、勇者と魔王の電撃的なイムラーヴァ帰還──「勇魔帰還」である。

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