家族の聖夜
丘の上のバス停に幼稚園からの送迎バスが止まった。降りてきた子どもたちは、みな一様に浮かれたようすだ。手にはリボンで包装された小さな包みを持っている。出迎えのアリエルたち保護者も、みな頬をほころばせた。
「じゃーねーっゲルダちゃん!」
「おうっ、ミスズ、カナコ、また来年なのじゃ!」
「あはは、またねっ!」
ゲルダも、同じバス停で降りる子たちとすっかり仲良くなった。手を振り交わして別れ、家路につく。アリエルも他の親御さんたちとあいさつを交わし、ゲルダと手をつないでバス停を離れた。
「楽しかった? クリスマス会」
「うむ、なかなか盛り上がったのじゃ!」
今日はクリスマス・イヴ。坂本幼稚園ではクリスマス会があり、それが終わると正月三が日過ぎまで短めの冬休みになる。節目のイベントであった。
「プレゼント交換はどうだった?」
「おう、ワラワはのう……これをもらった! キレイじゃろう?」
包みから取り出したのは、美しい千代紙の折り紙セットだった。「隣の芝生は」というか、かなり豪華なプレゼントに見えて、アリエルはちょっと落ち着かない。
「あらステキなのもらったわね、よかった。……ね、ゲルダちゃん、私が選んだの、喜んでもらえたかな?」
幼稚園の先生から各保護者に、三〇〇円以内で交換用のプレゼントを持たせてくれと言われていたのである。あれこれ悩んでアリエルが選んだのだが、送られた先の反応は、やはり気になる。
「おう、ユウタという男子に渡ったのだが、けっこう喜んでおったみたいだぞ。ピョンキーはみんなの人気者じゃからな!」
「そう? ああ、良かった」
肩の荷がおりた思いのアリエル。ゲルダが好きな児童番組のキャラクター人形を選んだのだった。
家に着くと、そのままアリエルはキッチンにこもってしまった。ゲルダはどこか落ち着かない気分で夕食まで過ごす。いつもは二階から降りてきてゲルダと対戦ゲームをするカレンも、今日はなぜか降りてこない。何となく手持ちぶさたでテレビを見て過ごした。
夕刻、タクマが帰って来た。頭とジャンパーの肩に白いものが散っている。
「ただいまー……」
トタトタトタ……
「お帰りなのじゃ、タクマ。あれ、雪が降っておるのか?」
「ああ、アーケード街出るあたりから降りだしたな」
「寄り道しておったな~。さっさと帰ってくるのじゃー。ワラワはちょっとヒマだったのじゃー!」
ゲルダに居間へ引っぱられて行くタクマ。一応「断ちもの」にしていたゲームをやらされそうになったのだが
「お帰りなさい、タクマ。いいの、見つかった?」
「ただいま。うーん、ちょっとこういうセンスは自信ないけどな」
キッチンから顔を出したアリエルに救われる形になった。
「じゃ、ちょっと早いけど、始めましょうか?」
「うん、そうしようか」
「ん? なんじゃ?」
アリエルはゲルダをキッチンに招き入れる。テーブルの上にはチキンのローストを中心に、心づくしのご馳走がならんでいた。ゲルダが目を丸くする。
「ふわぁ、家でもパーティやるのか?」
「ええ、もちろん。こちらの方が本番よ?」
タクマが二階にカレンを呼びに行った。しばらくして二人、おりてくる。カレンはちょっと目が赤かった。
「ごめん、遅くなっちゃった」
「大丈夫? 仕上がった?」
「ああ、包装は抜きにしてね。中味はOK」
「ん? なんじゃ?」
ゲルダの疑問はスルーして、全員席についた。乾杯は、未成年は○ャンメリー、カレンはいつもの缶ビール。ムードにこだわらない女であった。
「「「「カンパーイ」」」」
グラスを干して、食卓を囲むみんなを眺めるタクマ。……本当に、いろんな事があった一年だった。去年の今ごろには、想像もつかない出会いと出来事の連続だったな……
ローストチキンを片づけてテーブルの中央が空くと、アリエル、すかさずしゃぶしゃぶ鍋を出動させる。台所の袋だなにしまい込まれていた品だった。
「わ、この鍋、久しぶりに見たなあ。しゃぶしゃぶやるの?」
「うふふ、実はネットの懸賞で高級牛肉が当たったんでーす!」
「おお、でかしたのじゃアリエル!」
「まったく、アリエルのくじ運にゃかなわないよ……」
「えへへ、みんなでお腹いっぱいってわけには、いかない量だけどね?」
さっそく卓上コンロに火を入れ、鍋を置く。すでに固定コンロで温めていたので、即、スタンバイOK。
食卓に広げられた肉の皿を前に、何となく顔を見合わせてしまう四人。
「ここは家長から、じゃな」
「いいの?」
「そうね」
「だね」
ゲルダのセリフを意外に感じながら、最初に箸を付けるタクマ。きれいにサシが入った肉を、だし汁に入れてサッと色が変わる程度で引き上げ……
「ん~、うまい! なるほどねえ!」
さすが、高級牛肉。初めての味と香りだ。自分はいくら金があってもいわゆる「美食」とは縁遠い人間だと思っていたが、ここまで違っていると賞賛せざるを得ない。星三つ! ……指三本立てているタクマを、ほかの三人は微妙な顔で見つめた。ワカラないけど、リカイはしてる。そういう顔である。
「次、ゲルダ行けよ。うまいよ、これ!」
獲得者のアリエルが先かも知れないけど、恐らくアリエルはゲルダを先にしたがるだろうと予想して、魔王さまを立ててみる。
「よいのか?」
「ええ」
「ガキが遠慮すんなって」
初めての食べ方にとまどっていたゲルダだが、結局アリエルが「しゃぶしゃぶ」までやって、ゲルダの取り鉢に入れてあげた。ゴマダレをつけて口に運ぶ。
「……んん~~~っ!」
声なく、首をぶんぶん振って感動を表すゲルダ。飲み込むのが惜しいというように、ゆっくり咀嚼し、飲み込んで
「おいひぃ~~~っ!」
顔からはみ出そうな笑顔で言った。思わずつられて口の端が上がってしまう。その手放しの表情に、タクマの胸に何か温かい想いが湧いてくる……
ふと誰かのエッセイの一文が、タクマの脳裏によみがえってきた。三つ星の料理を、自分で食べれば三つ星のまま。しかし、子や妻に、自分の愛する誰かに食べさせて、その喜ぶさまを見れば、それは心の中で五つ星にも七つ星にもなる……そんな内容だった。
(……オレは、自分の子どもは、まだいないけど……)
きっとそれは真実だろう。そんな事を思うタクマだった。
アリエル、カレンもしゃぶしゃぶを堪能し、食卓は一息ついた。ケーキを出す前にやっておくイベントが残っている……
「はい、ゲルダ。あたしからのプレゼントだ。なんつーか、まっさらの新品じゃなくてごめんな」
「ふわ! プレゼント?」
カレンがゲルダに紙バッグを渡した。中味を取り出してみると……
「これは……服かえ?」
「ああ、お前がこっちに来たときに着ていた、露出のきついボンデージスーツ。あれ一応、自動で体に合う魔導服の一種だったんだな。魔法防御なんかも優秀だったんで、リメイクしてみたんだ。さすがに、あのデザインはいかがわしいから」
カレンが目を赤くしていたのは、リメイクに苦労した結果である。時間ぎりぎりだったので、きれいに包装する間もなかったのだ。
(カーレンがー夜なべーをしてー、魔導ー服編んーでくーれーたー)
つまらぬ替え歌を脳内に流すタクマ。
「私はこれ、カレンの魔導服と合わせて使えるように作ってみたわ」
「わあ! ということは、着るものかえ? 開けてよいか?」
「ええ、もちろん」
こちらはきれいにラッピングされた紙包みを、惜しみながら開ける。中から出てきたのは、温かそうなベージュ色のポンチョマントだった。
「おお! カワイイの!」
「ふふっ、私のお手製です。一応これも魔導服よ。自動のサイズ調整機能を持たせてあるから」
「ほぉー、カレンのと合わせると、サイキョーなのじゃ!」
「ええ、正直、カレンと相談しながら作ったわ。魔導服に組み込まれている式を読み解いて参考に……ね」
二人のプレゼントは、なかなかに「ハイテク」な魔導服らしい。
「オレのはこれ。さすがに魔道具ってわけにはいかないけど」
タクマは小さなプレゼント包みをゲルダに渡す。
「開けてよいか?」
「もちろん」
出てきたのは、小さいながらもなかなか凝ったロケットペンダントだった。
「おお、これもキレイなのじゃ!」
「ん、気に入ってくれてよかった」
ロケットの中に納めるものは、ゲルダが追々決めるだろう。あるいはカレンと一緒に試行錯誤している「漢字」を使った短縮呪符かな?
「今、着てみたい!」
全部試着するつもりらしい。アリエルと一緒に隣りあった居間に移動して……しばらくして戻ってきた。
「じゃーん!」
「おお、いいんじゃないかい」
「ふふ、手前味噌っていうのかな? 可愛いわよゲルダちゃん」
「うん、いいね。似合ってるよゲルダ」
カレンがリメイクした魔導スーツは、体操服のように体の線にぴったり合って、それでいて以前のような「きわどさ」を感じさせないゆったり感も持っている。抑えめのエンジ色の地の上に、鮮やかな赤線がデザインされており、ゲルダの赤毛にあつらえたようにフィットしていた。その上から、アリエルが魔法繊維から編み上げたというポンチョマントがまとわれている。淡いベージュがスーツの鋭い印象を和らげ、愛らしさを引き出していた。
「にししっ」
タクマに笑顔を向けながら、ポンチョコートの胸元のペンダントをのぞかせる。そしてゲルダは
「のう? みんなで今、写真を撮ろう? 記念写真を」
そう言い出した。それはつまり、ロケットに納めるものは……
少しばかり照れながら、みんな居間のソファー前で記念写真を撮った。後で小さくプリントされた写真が、アリエルからゲルダに渡された。
写真を撮りおわると、ゲルダが急にシュンとする。
「考えて見たら……ワラワは皆にプレゼントを用意しておらん……」
「ゲルダ、それは子どもが気にする事じゃないって」
「そうよ、まだお小遣いだってもらっていないじゃない。幼稚園の同級生たちも、プレゼントのお返しとかはしてないはずよ?」
「そうそう」
みなに声をかけられながらも考え込むようすだったのだが、急に何か思いついたようで、顔を上げてほほえんだ。
「みんな、その……ちょっとしゃがんで目を閉じるのじゃ」
「「「?」」」
?マークが浮かびながらも言われたとおりにする。
一人ひとり、全員の頬に「ぷにっ」とした唇の感触。目を開けると
「えへへ……ありがとう……なのじゃ」
頬を染めて照れているゲルダがいた。これは……ちょっと殺人級に可愛らしい……
ケーキも詰め込んで、いい加減お腹いっぱいになると、居間でだらだらとテレビを見て過ごす。クリスマス特集で「各地のクリスマスツリー」などが紹介されていたので
「ゲルダ、アーケード街のツリー、見に行くかい?」
「うーん……明日、明るくなってからでよいわ。今はここがいい……」
誘ってみたのだが、家の中の方が居心地よさそうだった。
しんしんと更けていく夜に、表の音は吸い込まれたように静寂のまま。雪が降り続いている証である。家の中がとても暖かく思えて、みな、ひとときソファーの上で身を寄せ合った。




