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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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隠密賢者の暗躍2

 グラドロン教皇国、首都ルクセール。

 ロレント・ジンバルは、久しぶりに自宅に旅装を解いた。くつろげるほど気楽な気分ではなかったが。

 南部の港町キグナスをめぐる情勢の急変に、急遽、クロムレック旧首都ネストロモから呼び返されたロレントだった。戦況はベレノス連合有利。それも、ベレラカン王国がほとんど単独でキグナスの西市を占領したという。それだけならまだしも、今まで使われたことのない新魔法か新兵器が使用されたとの情報が入った。キグナスを防衛していたフェルナバール王国第六騎士団は、ほとんど壊滅状態においやられた、と。情報の分析・整理が未だ終わっていないという事で、一旦教皇庁から退出し、自宅屋敷に戻ったロレントだった。


(新魔法、もしくは新兵器とは……? フェルナバール第六騎士団が、そこまでやられるとは……)


 ワイングラスをかたむけながら、つらつらと考える。

 戦況がここで一区切りつけば、フェルナバール側の反応によっては和平仲介に出る事になるかもしれない。ベレノス連合側から戦端が開かれた事情からすると、釈然としない思いのロレントだったが、それでも早く収束できればそれに超したことはない。第一、戦争の終結に釈然とする形など、滅多にあるものではない。


(しかし……『新魔法』が本当ならば、ベレラカンはさらに貪欲になるやも知れん。フェルナバール側が折れたとしても、ここで和平に応じるかどうか?)


 その時、部屋の扉をノックしてうかがう執事の声が。


「旦那さま……その、妙なお客さまが……」

「客? 妙とは?」

「はい、表からではなく、使用人用の裏口に訪ねてこられて、顔まで隠れるローブを着込んでおいでで……」

「……はて、私の屋敷と知って、そういう怪しいマネをしているのかな?」


 首をかしげるロレント。執事も困惑顔である。


「それが旦那さまを個人的に知っておられるような……『サクラマスはタルサ魚醤がよく合う』と、合い言葉でしょうか?」

「!!」


 飛び上がって使用人口に走るロレント。執事もびっくりしてついてこようとしたのだが……


「だ、旦那さま、私の足では~」


 執事は遅れるにまかせて、厨房を抜けて裏口の扉まで。迷うことなくドアのカンヌキを引いて開ける。戸口に立つローブ姿の人物は、人差し指を立て口にあてた。うなずき返して家の中に引き入れる。


「ぜえ……ぜえ……だ……旦那さま……」

「すまぬ、モリス。湯を沸かして洗面所の用意を頼む。他の者は起こさぬようにな」

「は……はひぃ……」


 半刻後──


「ふいー……生き返った」

「すまんが、こんな物しか用意できんぞ。厨房の者が帰ったあとなんでな」


 お湯で体をぬぐい、服を着替えて、簡単ながら食事とワインにありついて吐息をつくのは、カレン・イクスタス。かなりくたびれたようすだった。


「十分、十分。助かったよー、ここ数日ろくなモンを食べてなかったんで。転移門トラベルゲートを見つけなかったら、さすがにガチでタルタロスを出られたか、わかんないわー」

「! お前、タルタロス島に?! どういうわけで? いや、そもそも、いつ帰って来たんだ? アリエルの消息はつかめたのか?」

「うん、順番に話すから。ちょいと長い話になるよ?」

「うむ」


 カレンの話に、うめき、吐息をつき、時には口をはさみながら、ロレントは耳をかたむけ……そして東の空が白む頃、あきれとも驚愕ともとれる表情を向けていた。


「……そんな……そんな話が……」


 迷い、つぶやき、腕組みするロレントに、カレンは静かに語りかける。


「ロレント……確かに、その、おとぎ話に聞こえると思うよ。でもね、あたしやアリエルやゲルダは、現に存在し続けている別な世界の歴史を見て、そう考えるようになったんだ。今はどんなに稚拙で傷だらけで救いがないように思えても、今日は昨日より良くなってきたし、明日は今日よりよくなるはずだって、ね。あたしが生きているうちにはムリだとも思う。でもね……戦争はいつかは終わらせなくちゃならないし、終わった後に、人族と魔族は、新しい関わり方を作らなくちゃいけない。例え、あたしたちが夢見たのとは別な形であっても、ね……。ずーっと今までと変わらない、そのまんまってのは……」


 その先は言葉にせずに、首をふって見せる。眉根を寄せて考えこむロレントだったが、次第にその表情がゆるみ、静かな微笑に変わっていった。


「……お前とアリエルと、そしてタクマがそれに賭けるなら、私もその賭けにのろう。私は四聖戦士の一人、ロレント・ジンバルだから、な」

「ロレント……ありがとう……」


 他に言葉が出ないカレン。ロレントも、彼女にそこまで素直に礼を言われた記憶がない。いつもと違うしぐさに、なにやら変な気分になってしまう。

 何となく「自分たちらしくない」空気に耐えかねて、ロレントは口を開いた。


「……教皇庁の正門が開くまで、まだ二刻ほどある。少し休め」

「うん……」


 部屋から出て、妙に熱い頬をなでて気持ちを鎮めるロレント。「サクラマスはタルサ魚醤がよく合う」のセリフを思い出す。

 あれは四人で旅を始めた頃、彼が今よりガンコで見栄坊だったときの事で、入った宿屋の名物料理を前に、聞きかじった美食知識を受けうりしてひどいめにあったのだった。子どものように彼をイジって大笑いしていたカレンを思い出して、胸の動悸をおさめようとしたのだが、かえって一人笑いがわいてきた。


 ◇


 そしてカレンはラムゼル教皇と密かに会って善後策を協議するほか、二週間ほど隠密行動をとり続け、様々な下準備を整えた。後の物語の題材にもなった「隠密賢者の暗躍」である。それが可能であったのは、彼女の組み上げた次元跳躍魔法が、もはやラーヴァの瞳に記録されないほど魔力波が起こらない──ロスが少ない──完成度だったからだ。だから彼女の帰還自体を秘匿できた。

 彼女の下準備が、のちの戦況にどれほど影響を与えたか、後世、歴史家の議論は尽きない。確かなことは、格段に洗練された次元跳躍が、電撃的な「勇魔帰還」に繋がったことである。


 ◇─────◇


 S市、城跡公園。遠目に見える繁華街では、まだクリスマス・イルミネーションが点けられている時間だったが、折から降り出した雪のため、公園の本丸跡広場は、まったく人気がなかった。暖かい時期ならば、夜景を楽しむ酔客も多いのだが。

 今年最初の寒波ということで、積雪は三十センチを超えていた。その雪面が、突然ビラミッド状に盛り上がり、弾けるように散った。後には、たたずむ人影が一人。


「うわっ、雪かよ。こんなに積もるとは……。履き物の選択、間違ったなぁ」


 カレン・イクスタス見参。雪の中から生えてくる賢者、である。

 ブーツを履いてくればよかったと後悔しながら、通りまで歩く。跳躍魔法の痕跡は、一時間もすれば雪が消してくれるだろう──


 ◇


 夕飯も済んだころ、居間で思いおもいに過ごしていたタクマたち三人だったが、唐突に玄関のチャイムが鳴り、誰かと出てみれば、鳴らした当人はすでに上がりこんでいた。


「ただいまー、風呂沸いてるー?」

「カレン?! え、なんで? 予定では、帰ってくるのは年明けになるって……」

「お帰りなさい、カレン。お夕飯すんでる?」

「おお、シショー、帰ったかや!」


 四人がそろった志藤家だったが、久しぶり……とまでは言えないか。なぜなら、カレンがイムラーヴァに試験跳躍してから、三日・・ほどしか経っていない。

 風呂であったまって慣れたジャージ姿に着替えて、夕飯のオカズをつまみに缶ビールを開ける。


「くーっ! たまんないねぇ! あっちのエールもいいけど、こっちのビールのハズレなし品質は、やっぱいいわー!」

「「「…………」」」


 カレンのオヤジ化について、言いたいことは三人ともあるのだが、大車輪の働きをしてくれているのは知っているので、あえて口をつぐむ。


「ふーい……ところでタクマ、人に聞きたいのをがまんして来たんだけどさー、今日は何日?」

「え? 十二月の二十日……だけど」

「ふんふん、あたしが向こうに跳んだのが十七日だったから……となると、時間遡行変数が最大限有効になるのは、前回跳躍時点から三日後ってところか……」

「……え……?」

「時間遡行……」

「ヘンスウ?」

「ふっふーん♪」

「「「えーーーーっ!!」」」


 カレンの口から出たのは、驚天動地の魔法技術だった。簡単に説明すると、普通に次元跳躍をすると、A世界とB世界の時間経過はほぼ同じである。Aで三日経ってからB世界に行くと、やはりそっちでも三日経っている。しかし、次元跳躍というのは原理的に言えば空間と時間を超えるものだから、魔法式に変数を加えたら、跳躍の際に時間遡行ができるのでは? と考えたという。


「無制限に可能ではないだろうと考えながら、やってみたんだけど、やっぱり制約はあった。自分が存在した時点より過去に遡る、いわゆる『タイムパラドックス』が起きるところまで時間遡行はできない。自分が存在した時間に、あまり近い時点でもだめらしい。跳躍前の時間指定で受け付けてくれないようなんだ」

「「「…………」」」

「今のところ、前回、自分が存在した時点から三日間ほどの間隔を開けないと、時間遡行ポイントには指定できない、らしい」

「あのー……も少し簡単に説明願えますかー……」

「簡単に、というか、具体例があると……」

「アリエルに同じく、なのじゃ……」


 コロッケをぱくつきビールで流し込んで、カレンは続けた。


「具体的にいうと、あたしはこちらからイムラーヴァに跳躍して、そこで二週間ほど下準備してきた。ロレントやラムゼルさまに会ったり、ベレノス連合やクロムレック領の情報集めとか、ね。それからこっちに帰って来たんで、こっちでも二週間後の三十一日か一日ころになっているのが普通さ」

「それが今日、二十日に……あ、そういうこと!」

「なるほどなのじゃ!」

「……あー、時間遡行って、そういう意味か!」


 アリエル、ゲルダ、タクマの順に理解は進んだ。順当である。


「うん。ま、そういうこと。原理自体は前から考えていたんだけど、うまくいってラッキー♪ これで準備に余裕が持てるよ。例えば、あんたのケジメの大学受験。終わってから跳躍しても、あたしが向こうから発った日の三日後時点に跳べる。そんな感じ」

「カレン……」


 この新しい魔法技術が、自分の都合ばかりを考えてつくり出したものではないと、わかってはいる。しかし、ケジメでしかない問題をカレンが覚えていてくれた事に、タクマはちょっと感激した。


「クロムレックの情報と言っておったが、どんな状況じゃろう?」

「うん、あまりいい情勢とはいえない。バルドマギは、ついに武力蜂起して首都ネストロモを占領した……」


 続いてイムラーヴァの細かい現状報告に移る。状況を理解し、自分が何をやるべきか、この夜、おおよその方針は定まった。あとはそれを煮詰めていくだけである。イムラーヴァの歴史の形が、この四人の間で固められたと言えるだろう。

この節、終わり

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