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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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視点:渡瀬久美

 志藤センパイが豹変した。まるで全身から火花がほとばしっているみたいで、ものすごい勢いで授業のプリント類を片付けていく。予備校が終わると、マウンテンバイクを駆って一直線に家に帰っていく。帰って寝るだけといっていたはずの家に。



 志藤センパイは、私の高校の一つ上。いま住んでいるS市から二十キロくらい離れたH町の公立校だった。在学中はわりと人気者だったのだが、三年の十月頃に突然失踪してしまった。普段静かな田舎町では、ちょっとした事件あつかいになった。

 一年ぐらいしてから、急に戻ってきたというウワサは聞いた。その時、わたしは既にS市へ逃げ出していたから、詳しいことは知りようがなかったけれど。ほとんど接点がなかった人だけど、無事戻ってきたということで、「よかったな」くらいの感想は持った。


 次の年の四月に、私はS市の予備校で志藤センパイとバッタリ再会した。正直おどろいた。私たちの田舎からS市に出てくるパターンは多いけど、大抵就職か進学で、予備校通いというのは滅多にいない。一応あいさつした私を、センパイは覚えていないようだったが……それもまあ仕方がない。高校の頃とは、意識してイメージを変えようとしていたから。

 センパイは、変わらないとも変わりすぎたとも言えた。容姿はほとんど田舎の頃と変わらない。大学デビューとか、そういう事を考えそうに見えなかったから、意外とも思わなかったけど。変わりすぎていたのは……性格のほう。ひどく沈んだ感じで、なにをするにもかったるそう。高校時代とは大違いだった。覚えている範囲では、学業もスポーツもそこそこ上位をキープしていて、努力家という印象だったんだけど。ほぼ一年間の家出のあいだに、何か強烈な体験をしたんじゃないだろうか。関わるべきでない他人事とは思いながらも、つい色々と想像してしまった。


 思えば……その頃から気になりだしていたのかもしれない。


 私は次第にセンパイに話しかけるようになっていった。孤独で虚無的ニヒル、というのではないけれど、センパイの無気力ぶりが「安全」に見えたのだと思う。いわゆる植物系というやつか。私はそれまで、利用するかされるかの関係しか知らなかったから、損得勘定抜きで他愛ない雑談ができる相手というのは、結構新鮮な感覚だった。しかも相手が、母校では「気になる男子」の上位にランクされてたセンパイでは、ちょっと心拍数が上がるのはムリないよね?

 話すうちに、次第にセンパイの事情がわかってきた。家に戻ってから祖父の斉兵衛さん(郷里では有名人だ)に叱られて、昔住んでいたS市の家でひとり暮らしを命じられた、とか。聞いた事は大抵隠さずに教えてくれたけど、一年間どこで何をしていたかは……さすがに話してはくれなかった。


「一軒家でひとり暮らし? わー、あこがれるぅー。ね、あたしが家にいられなくなったら、家出先にしていいですか?」

「……家出はやめとけよ。面倒なだけだぞ……」


 ……言うのにちょっと勇気が要ったセリフだったのに、さらっと流されて軽くへこんだ。別にあからさまな「サイン」が欲しいわけじゃないけど、ちょっとうろたえるくらいは見てみたかったのに。

 それでも少しずつ言葉を重ね、次第に距離が縮まっていると思っていた矢先に、志藤センパイは唐突に豹変した。世間では五月病なぞが話題になる頃に、まるで抜かれていた電池を戻されたロボットみたいな変わりようだった。

 普段の話し方から身ごなしまで、文字通り目覚ましい──目が覚めたような変貌ぶりだった。私と似たような低空飛行域だった成績は、小テストを重ねるたびに右肩上がりに伸び始め、予備校の先生も驚いていた。

 何が原因かは、授業が終わったとたん、私との雑談もろくに付き合わず家に飛んで帰るさまを見れば、イヤでも想像はついた。だから……確かめるのは怖かった……

 でも……ある日の帰り際、駆け出すように自転車置き場に向かうセンパイを呼び止めて、勇気を振り絞って聞いてみた。


「センパーイ、ちょっと最近調子いいみたいじゃないですか~?」

「ん、まあな」

「まるで『やる気スイッチ』押されたみたいじゃないですか。押したのは、センパイのいい人とか……?」

「いい人って……うん。まあ、そういう事だな」


 苦笑まじりだけど、ハッキリ返された返事に、イタズラっぽい笑みを崩さないようにするのが精一杯だった……


 顔を伏せたまま、重い足を引きずるようにしてアーケード通りを歩いた。バイト、フケちゃおうかなと考えていたら……


「アレ? クミじゃん」


 正面からかけられた声に血の気が引いた。顔を上げた先に、アイツらがいた。以前にも増して化粧が派手になり、光り物をジャラジャラ身につけて。取り巻きの男の顔は、知らない連中に変わっていた。


「へー、あんたここらで暮らしてんだ。ふーん、知らなかったなー」

「卒業の年になって、いきなり越しちゃったもんねー。まるで夜逃げみたいに、キャハハハ」


 何か言おうとしても声がでない。逃げだそうとしても脚が動かない。固まっている私の腕を、ミサがつかんで狭い路地に引きずり込んだ。


「なに? 昔のツレ? 地味っぽい子じゃん」

「ちょーっと待ってて。話があるから」


 男たちは表通り側から見えないように並んで壁を作った。やっぱりだ。「そういう事」に慣れきった連中だった。ミサが顔を近づけて、険のある笑みを押しつけてくる。


「ちょっとぉー、薄情じゃん、クミ。あたしらに何のアイサツもなしってさー」

「そーそー、シンユーだと思ってたんだけどなあ。キズついたわー」


 こいつらの口から出る「シンユー」は、毒と同じだ。自分より弱いとみた相手に、絡んで、たかって、食い物にする。……お金を持ち出した事がばれたときの、母さんの顔が思い出された。疲れた顔が怒りにゆがみ、ヒステリックな怒鳴り声を、延々と浴びせられた……


「ちょいと誠意を見せてくんない? 取りあえず二枚くらいでいいわ」

「その前にさ、あんた今の住所はどこ? ケータイの番号、交換しようゼ? シンユーなんだからさー」


 恐怖と嫌悪で頭の中がグチャグチャになり、吐きそうになった時──場違いな声が聞こえた。


「あの……何をなさってるんでしょう?」


 やや固い声音の、済んだ女の声だった。全員、表通りに通じる方を見ると、驚いた顔の外人女が立っていた。亜麻色の髪に整った顔立ち。掘りの深すぎない、美人とカワイイが絶妙なバランスで同居している感じ。はっきり言って場違いだった。掃きだめの鶴というコトワザが浮かぶ。

 アイツらも、一瞬毒気を抜かれたように彼女を見ていた。──と、両手を挙げて影絵のキツネの形を作り……


『コンや、これはひょっとすると、いわゆるイジメの現場ではないかな?』

『えー、クチバおじさん、それってなあに?』

『悲しいことに、世の中には自分より弱い者をイジメて、金品を脅し取ろうとする者がおるのじゃ』

『えー、おじさん、そんな事ってよくないことだよー』


……流ちょうな日本語のうえ、児童番組風に声音を作って一人芝居を始めた。あぜんとしていた連中は、さらにあっけに取られている。

 ふと、彼女が私に目くばせしたのに気づいた。あ、今のうちに……


「何だよ、ねーちゃん、ジャマすんじゃねーよ」

「ああ? イジメだあ? 関係ねーのが、クチバシ突っこまねーでほしーなぁ?」


 男たちの注意が彼女に逸れた。ポケットに手を突っ込んで、肩をいからせて近寄っていく。彼女は……意外に冷静だった。ゆっくり後ずさりながら、一人芝居を続ける。


『関係ないこと、ないのですー。辛い人を見たら辛くなるし、悲しい人を見たら悲しいのですー』

『そうだぞ、コンは正しい。悪い行いを見たら注意し、良い行いはほめてあげる。それが市民のギムというものじゃ』

「んだよ、オラァ、ナメてんのか、オメエ!」

「ちょっとあんたら、そいつにかまってないで……」


 彼女に釣られて、アイツらも表通り方向に離れていく。意識してやってるんだ。私からこいつらを引き離すために。逃げなきゃと思うのに、条件反射みたいに足が動かない。モタモタしているうちに、男の一人が彼女の手をつかんだ。──が、その時


「そこで何やってんの、あんたら!」


中年女性の怒鳴り声が響いた。アーケード通り側に、自転車を小脇に押しておばさんが仁王立ちしている。あの人、知ってる。八百屋の名物おかみだ。


「ここでいかがわしい事は一切許さないよ! アリエルちゃんから手を放しな!」

「ああ? 許さねえだぁ? ナニサマのつもりだ、ババア!」


 男の一人が足を速めて突っ込んできたのを見て、おかみさんは躊躇なく防犯ブザーのスイッチを押した。行き過ぎだろってほどの大音量が鳴り響く。男たちも思わず耳に手をあてた。


「どうしました!」


 アーケードの交番から警官が飛び出してきた。それを見てアイツらは


「チッ! 死ね! ババァ!」


頭の悪い捨てゼリフを残して逃げていった。

 防犯ブザーを止めて、おかみさんがお巡りさんに説明しているのをよそに、外人さんが近づいてきた。近くで見ると化粧っけがなく、最初の印象より若くみえる。私と大して違わない歳じゃないだろうか。


「大丈夫ですか? あの……すみません、お節介だったかもしれませんけど、どうしても和やかなふうには見えなくて」

「……大丈夫です……。し、正直、助かりました……」


 気遣わしげな声に、素直にお礼の返事ができた。なぜだろう? 私は、外人だって事を措いても、初対面の人って気軽にしゃべれない方なんだけど……


「そういう事かい。その子がカツアゲされてたから、アリエルちゃんが助けに入ったってわけだね? そんなわけだから、お巡りさん」

「はあ、なるほど」


 親子ほどに見える若い警官に、八百屋のおかみさんが、まるで諭すように語りかける。

 その場で二~三質問に答えて、すぐに解放された。気づいた時には、アリエルと呼ばれていた外人さんもいなくなっていた。今度会ったときに、ちゃんとお礼を言おう……


 アリエルさんにお礼を言わなければと思っていたのだが、彼女が常連らしいアーケード街に、足を向ける事ができなかった。アイツらもまた現れるんじゃないだろうかと、その恐怖が消えなかったのだ。

 そんな迷いにやきもきしていた時、予備校の門を出て、見てしまった。自転車置き場で志藤センパイと一緒にいるアリエルさんを。

 話している内容は聞こえないけど、向け会っている笑顔を見るだけで判ってしまった……疑う余地もないほど、はっきりと。アリエルさんは、マウンテンバイクをこぐセンパイの後ろに立って、一緒に帰っていった。……幸せそうだった。

 はあ……そっか……そういう事か……。恋人ができたと、すでに聞いていた後だけど、ちょっと鼻の奥がツンとした。


 たぶん……恋なんかじゃない。ちょっとした知りあいで、話しやすい相手だったから、心のガードが下がっていただけ。再会したときに、今のセンパイみたいにエネルギーバリバリって感じだったら、話しかけようなんて思えなかった。きっとそのはずだ。……そう思おう。


 ああ、でも……なんか、お似合いだな、あのお二人さん……

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