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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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ゲルダの宣告

「どういう事だ……」


 場所はイムラーヴァ、タルタロス島の古代遺跡を利用した砦にて。

 醜悪なまでに肥満した魔族が、巻物に記された記録をながめてうめきを上げる。魔界侯爵を自称する男、バルドマギである。雇われ間諜が入手した、『ラーヴァの瞳』の記録に、頭をひねっている最中だった。

 雇われ間諜というのは無論、ベレラカンにもぐり込んでいるラミアである。切れ者であるのは認めるのだが、人を小馬鹿にしたような所がある。今回も、『瞳』の記録と一緒に、カレン・イクスタスがフェルナバール王国の『勇者召還の間』を使ったという情報を併せて送ってきて、


「ご明察のほど、うれしく思います。報酬は、いつも通りに冒険者ギルドの『口座』に」


と、書き添えてきた。文面の向こうに「わかるでしょ? わかんないの? 馬鹿ねえ?」という顔が見えるようだ。


 ちなみにイムラーヴァにおいて、「銀行口座」そのものではないが、似た機能を持つ「口座」が、各職種のギルドに設けられている。一定額以上の金を預けておいて、傘下のギルド支所で引き出せるというものだ。国家間条約で保障されたサービスである。さらに、金融業は金貸しが別個に行っている、そういう段階である。


 閑話休題。

 記録に記されている魔力反応の山は二つ。一つはカレン・イクスタスが「跳躍」を行った跡だとわかるのだが、その直後に起こったもう一つの反応とは?


「……ちっ! 『混血ミクスト』が! つけ上がりおって……」


 つけ上がるどころか敵中潜入しているラミアからすれば、かなりな危険を冒して送った情報なのだが、バルドマギという男、そんな他者の事情を察するような者ではない。

 腕組みしてうなり声をあげていたところに、部屋の隅から魔道具が小さなシグナル音を立て始めた。


「……何の用だ、あの若造が……。後足で砂をかけるマネをしておいてからに……!」


 これまた腹立たしげに吐き捨てる。無視してやろうかとも思ったが、延々と応答を乞うシグナルは続く。舌打ちをしてでっぷりとした体を起こし、隠し部屋の扉を開いた。中に収められていたのは魔道通信機『念話の鏡』。異世界通信専用に特化して調整されており、第三者の傍受が不可能なように偽装されたシロモノである。

 起動させると、若造──サタという人族が、いつもどおりの陰気な顔を向けていた。


「ごきげんよう、バルドマギ卿」

「何の用ですかな? 取引を打ち切ったのはあなたの方だ。今さらどの面下げて。人族にも恥はありましょうに」


 丁寧語の形はとっているが、不快を隠しもせずぶつける。サタの顔が笑いの形にゆがんだ。


「恥? ははは、これでも親切心で連絡したのですがなあ。イムラーヴァ魔族のあなたとしては、無視できない『落とし物』であるはず」

「『落とし物』ですと?」


 サタは投影される範囲外から、一人の少女をうながした。四~五歳ほどの、目鼻だちの整った少女だ。眼にも鮮やかな赤毛で、瞳の虹彩からすれば、魔族であるように見える。……鮮やかな赤毛……? いや、しかし……


「何らかの事故により、こちらの世界に次元跳躍してこられたそうで。魔王ゲルドゥアと名乗っておいでです」


 その言葉に衝撃を受けるバルドマギ。脳内のパズルの一片がきれいにはまった感覚。『瞳』の記録の、もう一つの波。それは人族が大慌てで魔王城周辺を探り回っていた日のもの。つまりそれは……ゲルドゥアの次元跳躍を……

 表情には一切出さなかった。そこは術数・腹芸を重ねてきた男である。


「ほう? 面白い事を言うものですなあ。私が知っているゲルドゥア陛下とは、かけ離れた幼女にしか見えませんなあ」


 かけたカマに、サタは言葉ではなく「モノ」を示すことで答えた。透明な水晶様の材質に覆われた、単二電池ほどの物体を掲げて見せる。バルドマギの頬がピクリと動いた。


「ゲルドゥア陛下の胸部に埋め込まれておったものです。体力を急速に消耗させていたので、我らとしても見過ごせず摘出した次第です。どういう機能の魔道具なのかははっきりしませんが、あなたならば心当たりがおありでは?」

「…………」


 そうか、そういう事か。頼みの「生体兵器」は異世界に跳躍した挙げ句、壊されていたわけか。つまらん事になったものだ。バルドマギの鉄面皮も、不快の感情を覆い隠せなくなってきた。

 サタと自分との関係に親切心など存在しない。あるのは益と不利益の取引関係だけだ。バルドマギは直截に問うた。


「で、あなたは何を求められると?」

「より踏み込んだ魔法技術の提供を望みたいですな。無論、代償に、陛下のイムラーヴァへの帰還に力添えいたしましょう。願ってもない話と思いますが?」


 どうするか? 確かにあの娘は、強化魔道具『シュガルの供物』の、数少ない適合者だった。しかし、仮にこちらへの次元跳躍が行えたとして、もう一度『供物』を埋め込んでから精神調整をやり直す。それにどれほどの成算がある? ……つまらん。つまらん話だが……


「……取引になりませんなあ。そもそも、あなたが魔法技術の提供を求めていたのは、イムラーヴァに来れないからだ。それをしれっと『陛下の帰還に力添え』と言って、信じられるものか」

「……ほう? そういう考え方をされますか? 魔族の王たる方を、手を尽くしてでも帰還させようとする姿勢も見せず、お前ができないなら、協力することはない、と? ずいぶん、あなたまかせな考え方ではありませんか?」

「くっくっくっ……語るに落ちたのう、サタよ。それはお前に、そいつを帰還させる手などないと自白したも同然だぞ」


 そろそろ言葉を丁寧に装うこともしなくなってきた。バルドマギの顔に、よく似合った嘲笑が浮かぶ。その表情をあまりに長く続けてきたために、顔自体がその形に変形してしまったかのようだった。


「そいつ? はて、自分たちの王を、そいつ呼ばわりですかな?」

「ふん、うっとうしいぞ、人族の若造が。きさまは何か大層な取引材料を手に入れたと思っているようだが、そこにいるガキなど、ワシにとって数多ある手駒の一つに過ぎん。しかもご丁寧に、兵器として役立たずにしてくれたわ。他ならぬ、きさまらがな。それでワシの側に、もっと魔法技術をよこせとは、厚かましいを通り越して愚劣にすぎるわ!」


 吐き捨てられたバルドマギの言葉に、一時ゲルダは目を閉じた──何かに耐えるように。

 サタはしばらく考えて、話の方向を変えてきた。


「ふむ……この子が取引材料にならないというのなら、別のモノを用意せねばならない、と。では、これまで提供した以上の、科学技術を用意しましょう。それでいかがか?」

「は! 先般、きさまの側から取引を打ちきっておいて、今度は乞うのか? つくづく人族とは、恥をしらぬようだな! 取引がしたいというのなら、きさまの方が先に科学技術をよこせ! 明らかに『銃』以上に強力だと思えるならば、考えてやらんこともないわ!」

「『銃』、ですか。ふふふ……」


 サタの含み笑いを聞いて、バルドマギの胸に針のような疑念がわく。何だ、こいつは? 何が言いたい? いや、それよりも……この人族、いつもより饒舌ではないか? 今までは、もっとこう、話すこと自体を厭っているように見えたが……

 その時、ゲルダが話に割りこんだ。


「バルドマギ……聞きたい事がある」

「ぬ? ふふん、まだ魔王きどりか小娘。わかっておらんようだが」

「おぬしは魔族をどう導くつもりじゃ? 魔族が安らかに暮らせるよう、守る気概は持っておるのか?」


 突然、つき出された質問に、一瞬ほうけた表情を浮かべたバルドマギだったが、耳障りな笑い声を上げだした。


「ゲハハハハハ! 何を言うかと思えば、あれか? 教え込んだ『魔族の盾であり、剣』を、未だにくり返しているわけか? きさまはワシの盾であり剣だった、それだけよ。役立たずが、下らん事をさえずりよるわ、ゲハハハハハ!」

「それは、おぬしが『魔族の盾であり、剣』に、なるつもりはないという事か?」

「うっとうしいガキよのう……つけ上がりおって、まだワシと対等に口をきけると思ってるのか! きさまのような有象無象は、ワシに尽くすために存在するのだ! ワシが他者のための盾になるだと? 寝ぼけた事を! 支配者というものは、民草に奉仕される者であって奉仕する者ではないわ! ワシの手が届かんと思って、なめた口をききよると許さんぞ!」


 バルドマギの怒気を受け流し、ゲルダは目を閉じて、その言葉を胸に刻むかのようだっが、


「……ワラワは必ず、そこに戻る。覚えておくがいい」


開いた瞳をまっすぐに向けて一言残し……そして通信は唐突に絶ちきられた。


「ガキがぁっ! ぬ?! どういう事だ、故障か…………ちっ! なぜ繋がらん!」


 突然打ち切られた通信を回復しようとしたのだが、いっこうに再接続できない。どうやら向こうの通信機が切られているようだった。


「何だ……どういう事だ! あの人族が! 取引を続ける気はないのか! なめおってぇ! 何がしたかったのだぁぁっ!!」


 魔道通信機に向かって吠えるバルドマギ。相手が何を求めていたのか、最後まで気づくことはなかった。


 ◇─────◇


 佐田の屋敷の、魔道通信機前に人が集まっていた。志藤家の四人と、魔術管理協会からは沢村・室生と他数名。

 カレンが拍手しながら歩み寄る。


「上手いうまい、しめじっち。声優になれるんじゃない?」

「変な略しかたやめてくださいってー。それに声優ってなんですか? もうー」


 佐田蔵人に扮していたのは室生だった。背格好が似ているというのが理由である。抗議しながらも、結構得意げだった。かけていた術を解くと、かぶっていたシリコンマスクがだらりと垂れた。モノと魔法の合わせ技による変装である。腕には翻訳の腕輪が着けられていた。

 アリエルがゲルダのそばに駆けよって肩を抱いた。


「大丈夫じゃ……ヤツがワラワを道具としか見ていないのは、とっくにわかっていたことじゃから」


 ゲルダの声はしっかりしていた。さしてショックを受けたようすはない。アリエルはほほえんでゲルダの手を取った。

 腕組みしていた沢村が、物思わしげに口を開いた。


「しかし……銃、か。むこうでは存在しない武器だったわけだね?」

「ええ、イムラーヴァの文明レベルは、こちらの中世ヨーロッパと考えてもらえれば。魔法があるために、単純比較はできませんけどね」


 答えるタクマの声が低い。「向こう側」への懸念が胸に湧く。既にどれだけの量が生産されているだろうか? 何にせよ、魔族の未来を、あんな男に委ねるのは論外だ。

 傍目から見れば四苦八苦の観があった室生の芝居だったが、最終的には目的を達する事ができた。佐田が向こう側にもたらした技術がなんなのか。残された資料からでは判然としなかったのだが、それをバルドマギの口から聞き出すことに成功したのだ。

 カレンが魔道通信機のコア部分を取りはずした。佐田が持ち歩いていた魔導結晶である。結晶内が、イムラーヴァの空間と性質的に繋がっているものだ。変性空間に飲まれても変質しなかったのは、自らが設定された空間を作り出し続ける性質ゆえだった。空間結界が変性を受け付けないモノなら、これは変性されても元の性質に戻ってしまうモノと言える。


「さてと……悪いけど、これを動かす所を見せられるのはここまでだ。こいつは帰還の際のコンパスになってくれるんでね」

「稼働の際のデータ収集だけでも大変な収穫ですよー。ひょっとして、いつか、イムラーヴァと地球とで、自由に通信できる時代がくるかもしれませんねー……」


 どこかしみじみとした室生の言葉。魔道通信機のうち、カレンが修理してくれた部分だけでも管理協会としては数年分の研究対象になるだろう。

 端的に言って、室生は魔法技術の推進について、諦めきれない気持ちを持っている。自分の目でじかに見る事になった空間変性は論外としても、カレンたちが残してくれた技術を慎重に調査・展開すれば、いつかは……

 まだデータの整理を続ける調査員を残して、タクマたち一行は部屋を出た。魔導結晶の性質が確認されたからには、いろんな意味で「追い込み」をかけなければならない──

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