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勇者の郷里に跳ばされて?  作者: 宮前タツアキ
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誘拐再び3

 坑道の入り口から、車のエンジン音が響いた。ジープが一台走ってくる。タクマたちを見つけると、タイヤを鳴らして停車した。

 ジープから降りてきたのは安曇野、沢村、室生と自衛隊員らしい男が一人。


「無事ですか、ゲルダちゃん!」

「ああ! あれは!」


 室生の喜びの声をかき消すような、安曇野の絶望のうめき。視線の先はまっすぐに、光るモヤに吸いつけられている。


「何て事を……なんてことをっ……! 沢村さん! 空間研の到着は!」

「筑波からここまで、全速で二時間と……」

「……神よ!!」


 ジープのドアにもたれて地に膝をつく安曇野。タクマは安曇野のわきに同じく膝をついて、できるだけ穏やかな声で尋ねた。


「安曇野さん、聞かせて下さい。あれは一体、何ですか?」

「……空間変性です……。以前、お話しした、『魔法によって、この世の物理法則が変質してしまった』空間。あの中では想像できない、イレギュラーな物理現象が起こり得ます。それが、ドミノ倒しのように広がろうとしているのです……」


 あえぎながらも、安曇野は気丈に回答した。光るモヤに目を向けるタクマ。確かにモヤは大きさを増している。既に直径一メートルほどだろうか。


「解消する方法は?」

「……異相空間研究所という集団が、あれを封じ込める力場結界を研究しています……。それに閉じこめて、時間をかけて解消していくしか……」


 安曇野のようすからして、二時間過ぎれば手のつけようがなくなるのだろう。となれば……自分らがやるしかない。


「カレン、空間結界であれを封じこめよう」

「……ムリだタクマ。あれを囲む立方体の頂点八か所に、それぞれ基点を受け持つ術者か魔道具が必要になる。魔道具の手持ちはないし、あたしたちは四人しかいない……」

「結界は立方体じゃなきゃだめなのか?」


 さも意外だというタクマの問いに、思わず顔を向けるカレン。


「どういう……」

「だから、三角錐では? 頂点の数は四つだ」

「……あー!」


 驚愕のカレン。少々表情がおおげさ。


「あたし、タクマに図形の問題、教えられちゃったよー!」

「「えー!」」

「キミたちィ……」


 目の前で繰り広げられる志藤家の漫才に、目が点の管理協会一行だった。


 タクマはジープに乗せられ、外のヘリまで走った。そしてヘリの自衛隊員からラペリング用具を借りうける。タクマに専用ベルトを装着させながら、基本操作をレクチャーする隊員。最初は、シロウトにぶっつけとは無茶だと抗議したのだが、沢村の懇願に、不満顔ながらも矛を収めた。

 ジープの中でアイテムボックスを起動させ、イムラーヴァで使っていた武具を取り出す。地球で言うジャマダハルに酷似したもので、刃の部分がフランベルジュのように波うっている。把手の部分にカラビナを一つくくりつけ、そして身体強化魔法をかけ終えた。

 念のためと、一度ジープをおりて、外壁部分のコンクリートに打ちこんで試してみた。くりだす刃が、まるで豆腐のようにコンクリートに食いこむ。引っ張ってみて、自分の体重は支えられそうだと見当をつけた。ヌン、と足をかけて引き抜くと、刃の周りのコンクリが盛り上がってこびり付いてきた。ガリガリこすってこき落とす。自衛隊員数人が信じられないものを見る目であっけにとられていた。

 タイヤを鳴らして、洞内に舞い戻る。カレン、アリエル、ゲルダは、すでに台を囲むように位置取りを終えていた。

 ジープから飛び出し、猛スピードで駆けるタクマ。その勢いのままコンクリートの壁を走り上がり、斜め上方に跳躍した。光るモヤの上──天井部に、ジャマダハルを打ち込む。鋼の刃が、やや斜めになるように意識した。カラビナにロープを通してぶら下がる。タクマの準備が整った。その人外の軽業をあぜんと見守る管理協会の三人。


「行くよ! 時間神アティス、空間神エマンズの御標みしるしもちて、此岸と彼岸を分かつなり。『空間聖別フィールド・コンセクレーション』!」


 カレンの声とともに、光の筋が走る。カレンからアリエル、ゲルダ、ロープにぶら下がりながら差しのばすタクマの手を通り、再びカレンの手に。四人の間に、白く巨大な三角錐が現れた。


「……よし、範囲を絞るよ! ゆっくり前へ!」


 地上の三人はジワジワと前に進み、結界の範囲を狭めていく。閉じこめているのは異常空間だけだ。鉄製の台は結界面を透過していく。タクマもロープを片手でコントロールしながら、ゆっくりと降下してくる。三人が台の上に登った。結界の底面に、白いモヤは見えない。うまく閉じこめられているようだ。管理協会の三人が、固唾をのんで見守るなか、結界はゆっくり、着実に範囲を狭めていく。──四人の手がほとんど触れる距離になった。カレンが何かの呪言を唱え、三角錐は……一点に吸いこまれるように消えさった。

 その場の皆がその一点を凝視した。二分……三分……白いモヤが湧きだす気配はない。それが五分を超えたとき、安曇野は再び脱力したかのように膝をつき、そしてたどたどしく拍手を始めた。室生が、沢村が、そして自衛隊員も、四人に拍手を送った。タクマが地上に降り立ち、全員笑顔を向け合う。そして思い出したかのように急いで台の上から降りた。モヤに侵食された台の鋼板は、様々な物質が混じった鉱石のように変質していたから。

 カレンは変質した物体の中に、一つだけ輝きを放っている物を見つけ、拾いあげた。


「……こいつは……魔導結晶か?」


 それだけが変質を免れていた事に首をかしげながら、後で調べようとポケットに入れた。


 ◇


 念のためとガイガーカウンターでも調べたのだが、「変性」が起こった物質からは、通常よりやや高い程度の放射線しか検出されなかった。

 坑道の外の広場に、臨時のテントが張られ、椅子とテーブルが並べられていた。タクマたちと安曇野一行は、紙コップに注がれたインスタントコーヒーで、つかの間、緊張を解いていた。ゲルダが苦いと文句をいい、ひげ面の自衛隊員が困り顔で砂糖と粉クリームを探しに行った。

 憔悴したようすの安曇野が、口を開いた。


「……あなた方には、何とお詫びしていいか……そして、何とお礼をいっていいか、わかりません。あなた方は、まさにこの世界の物理法則変動を止めてくれたのです。もしも……それが起こっていたら、どれほどの被害が出ていたか、想像もつきません……」


 協会の三人はそろって起立し、深々とタクマたちに頭を下げた。


「顔を上げて下さい。そんな危険が迫っていたら、誰だってそれを防ぐために働きますよ。自分と……家族を守るために。そうでしょう?」


 照れがこもったタクマの返事。仲間が皆、それぞれに笑顔を向ける。


「それよりもその……できれば教えてもらえないでしょうか? 佐田が、なぜここを目指して、そしてどういうわけであんな現象が起こったのか? 直前の事を思いだしても、何がトリガーになったか、わからないんですが……」


 直前に起こった事と言えば、タクマが佐田に水月突きを食らわせ、佐田は見当違いの方向に雷魔法を放ちながら倒れた。雷魔法? しかしあれは、安全だと教えられた、「この世界の物理法則を加速する」ものだったはず……

 わずかな間を置いて、安曇野は席につき、語り出した。


「それはあの場所が、極めて不安定な性質の空間だからです。この防空壕跡で、我々は五十年……正確には四十九年と二百十三日前、ある魔法実験を行って空間変性事故を引きおこしました。その跡地だからです」


 沢村と室生が、わずかに緊張したのが感じられたが、無言で着席した。彼らも、もう話さないわけにはいかないと覚悟していたようだ。

 タクマたちは目をむいて固まっていた。「この世界の物理法則が変質させられる」事態が、過去に実際、起こっていた事とは……


「それは、魔法によってごく短い距離の空間を繋いでみる実験でした。言わば魔法の力でワームホールを作ろうとしたのですが……」


 ため息を一つつき、しばらく瞑目してから、安曇野は続けた。


「……実験の詳細と経過は、この際省きましょう。わたくしにとっても、できれば記憶を探りたくない事件でして。……その結果として言えるのは、あの場所の時空が『傷つけられた』状態におちいって、非常に不安定な性質を持つに至ったということです。純粋魔力によらない、物理法則に手を加える程度の魔法の発動で、再び空間変性が起こりかねないほどに」

「…………」


 タクマは無言でうなずいた。以前、管理協会側の主張を裏づける証拠を見せられていないと、自分に言い聞かせたのを思い出す。それをこの場で見ることになったわけか。


「……あやつは、イムラーヴァへの門を作るために、実験をそそのかしたと言っておった……」


 ようやく飲めるようになったコーヒーが、それでも口に合わないようで、不機嫌顔のままゲルダがつぶやく。室生が思わず立ち上がった。


「ゲルダちゃん……そのー……佐田から何か聞かされたのですか……?」

「室生くん、すこし休んでからの方が……」


 沢村がゲルダを気遣ったが、ふるふると首を振り、赤毛の幼女は宣言した。


「覚えている限りしゃべってやるからレコーダーを用意せよ! それでもう、二度としゃべらん! あやつの言ったことは、全部頭の中から追い出したいのじゃ!」


 室生が取り出したスマホに録音する形で、ゲルダの独演会が始まった。佐田のセリフの一つ一つを正確に覚えているようで、タクマはゲルダの記憶力に舌を巻く思いだった。途中、息をのむ音や、かすかなうめき声などが上がったが、誰もゲルダを邪魔せずに、最後までしゃべらせた。


「……これで、全部なのじゃ……。タクマ、もう帰りたい……」

「ああ、帰ろう、オレたちの家にな……」

「ええ……」

「あー……帰ったらビール一缶空けて、昼まで寝たいわー」


 もう時刻は午前二時を回っていた。長い長い一日が終わる……いや、家に帰るまでが一日、か?


 テントを出て、駐めてあるカレンの車に向かう志藤家四人。魔法協会の三人は、見送るように後に続いた。安曇野が、最後尾を歩くタクマの横に並んだ。


「……わたくしたちは、この世界にもかつて魔法文明が存在したと思っていました。いや、事実としては、今でもそう思っています」

「ええ」

「しかし、それは突然失われてしまった……。そしてその後、同じような魔法文明は起こらなかった。わたくしたちは、過去にも物理現象の変質・シフトが起こって、それが古代の魔法文明消滅の原因になったと推論したのです」

「ええ……」


 隣を歩く安曇野は、遠い昔を思い出しているようだった。そして思い出は、その人間を一瞬若返らせる。安曇野の横顔も、八十を過ぎたと思えないほど若やいで見えた。


「かつてのわたくしは、魔法にひたすらにあこがれていましたから……再び物理現象のシフトが起こって、魔法が使える世界になったらどれだけ素敵だろう、そんな事を夢想していました。無邪気というか……愚かだったのですね。いま、わたくしたちのこの世界を支えている法則が崩れたらどうなるか? 病院の生命維持装置に繋がれている人たちは? 飛行機で空を飛んでいる人たちは? それを考える事。自分の口に苦く、耳に痛い想像力を働かせる事。それが……まったく眼中になかったんですよ……」

「…………」

「空間変性発動に触れない方法は、全てお伝えしてあると思います。しかし……気をつけて。ほんの少しだけ気をつけてください。後悔を背負ったまま、年老いないために……」

「……オレ、じきに『こちら側』を発つつもりです」


 タクマの言葉に、驚いた視線を向ける安曇野。


「あの……誤解なさらないで。あなたたちがこの世界にいるという事は、誰にはばかるような事ではありません。人がその場に存在するという事は、いわば神が決めた事であって、人間がそれの善し悪しなど判断するのは許されない事ですとも」


 自分の言葉が、彼らがこちらの世界にいる事を咎めるように響いたのかと、狼狽する安曇野。タクマはそんな彼女に、一つ笑みを向けてから言い切った。


「人がその場にあるって事は、神が決めた事。最初はやっぱりそうなんでしょうね。……でも、人間は自分が生きる場所を自分で選ぶ事だってできるはずです。オレが向こうに渡るのは、それが、家族とオレが一緒になって幸福に近づける道だと思うからです。こちらから追われるつもりはありません。むしろ、向こうにだってやらなければならない事は山積みなんです。そして、オレはそれに立ち向かうと決めました」

「…………」


 言葉の底にこめられた力に、安曇野は言葉を連ねる事の無意味を悟った。タクマの横顔に、つい見いってしまう。ああ……覚悟を決めた若者の横顔は、どうしてこんなに似ているのだろう……

 その時、東の空からヘリの音が響いてきた。チカ、チカとライトが点滅している。


「……空間研のご到着、ですね。拓磨さん、わずらわしい事がイヤなら急ぎなさい。悪い人たちではないんですけど、自分の好奇心に正直な人たちですから」

「おおっと、じゃ、失礼します!」


 急いでカレンの車に乗りこみ、発進する。闇に消えていくテールランプを、管理協会の三人組は無言で見送りつづけた。


 ◇


 数日後タクマの家に、安曇野名義で小包が届いた。

 回収されたジャマダハルが入っており「イムラーヴァ由来の物品の管理は慎重に。あちこちに残さないように」と安曇野の小言が添えられていた。変性した佐田のキャリーバッグの中から、元はDVDだったらしい円盤が見つかり、どうやら向こう側で、科学技術を使って成り上がろうとしていたらしい、など、余聞が記されていた。

 しかし、タクマたちを驚かせ、そして沈んだ気持ちにさせたのは、佐田蔵人の本当の性別が女性だったという鑑識結果だった。どこまでも「承魂」の器として扱われていたという事らしい……

 以前聞いた「犯罪被害の法廷では、勝者も敗者もいない」という言葉が、身に染みる思いのタクマだった。

この節、終わり

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