視点:志藤修二2
さて、仮装リレーか……毎年、飛び入りが一番多い競技なんだけど。○ットマンとか、肉襦袢着て相撲取りとか、ドジョウすくいの扮装そのままってのもいる。……まあ、主催者側があまりに干渉してもなあ。市民参加のお祭りだ。ここはしかたないと割り切ろう。ゲルダちゃんは……おおっと……どこからあんな衣裳持ってきたんだよ。あれだろ? いわゆるゴシックロリータってやつ。……うわ……本物のお人形さんみたいだよ……。黒を基調にしたドレスが一部のスキもなく、あのサラサラでキラキラした赤毛が映えること、映えること……
……はっ、何か別世界に行ってしまいそうだった。お、俺はそういう性癖はないと思ってたんだけどなあ……
チームは五組。ゲルダちゃんは三組アンカーか。
……きれいなスタートを切りました。先頭は一組、続いて二組、四組とほぼ差がなく……
……おいおい、レースそっちのけでゲルダちゃんにフラッシュが浴びせられてるよ。気持ちはわからないでもないけど、なんか腹立たしいなあ。あの最前列に身を乗り出してゴツイカメラ向けてるヤツ、上尾さんとこの次男だろ? 引きこもりだってウワサの? なんかイヤだなあ。宣伝になった方がいいに決まってるけど、来年、あんな連中が大挙して押しよせたら、すっごくイヤだなあ。……身勝手かなあ。
おっと、レースはもうアンカーの周。結構、接戦だ。一番手は四組だけど、ほとんど差はない。アンカーが次々スタートする。おお、ゲルダちゃんも速いな! フォームがきっちり決まっている。これは三組優勝でインタビューの理想図か? ……あれ、ゲルダちゃんのペースが落ち始めた。先頭に出ていたのに、四組に追いすがられてる。なんか、痛そうな顔してないか? ああ、抜かれた。着順は、四組、三組、一組だった。
CATVのインタビューは、団体競技なもので四組メンバーだけだった。ちょっと惜しいな……。まあ、別方面で十分、いや、余計な位に宣伝されそうな気がするけど。後でネットを確認してみよう……
席をたって、招待選手の控え室に行ってみる。
ノックして部屋に入ると、衣装係の岩倉くんがゲルダちゃんと話していた。アリエルちゃんとカレンさんは、着てきた服に着替え終わっていた。
「いやー、どうもどうも、お疲れさまでした。助かりましたよ」
「あ、志藤課長」
「どうも、楽しかったです」
「いい気晴らしになりましたよ、あはは」
にこやかなアリエルちゃんとカレンさんをよそに、ゲルダちゃんは岩倉くんを上目づかいに見て話さない。
「どうかしたの?」
「あの、ゲルダちゃんに、できれば終わるまでこの服装でいてくれないかなーと……」
「むー、足が痛いのじゃ……」
足元を見て納得した。エナメル質の、固そうな靴をはかされている。なるほど、これで走るのは、つらかったろうな。
「靴は別なのを用意するから……ね?」
「いや、岩倉くん、ここまでにしよう。ゲルダちゃんは十分、収穫祭の宣伝役になってくれたさ」
「うにゅ……」
岩倉くんの気持ちはわかる。俺だって確かに宣伝効果は欲しい。しかしケジメはつけないとな。こんな子どもに負担をかけ続けるのは、さすがにね。
「それじゃあ、私は売り場に出ないといけないので。これが約束の料理フリーパスです。各自、首にかけておいてね」
「わあ、ありがとう、なのじゃ!」
「ありがとうございます」
「どうも、飲み物もフリーですよね?」
「はい、そこは事前の約束どおり。……今年はちょっと趣向を変えた料理を出すんですよ。キャンプ場との境の席で待ってて下さいね」
さて、俺も料理を出す天幕に急ごう。例年、収穫祭は芋の子汁のふるまいと、業者の屋台でやっていたのだが、今年はそこにダッチオーブンを使った地元食材によるキャンプ料理を出してみる事にしたのだ。
配膳・売り場につくと、もう芋の子汁のふるまいは始まっていたのだが……
「おい、井上くん、ダッチオーブンは……」
「あ、課長、今運んでる最中です。正直、ちょっと人手が足りません」
「え……」
見ると、キャンプ場で煮炊きされていたダッチオーブンを、職員たちが二人一組になって運んでくる。途中で休み休みである。これは時間がかかりそうだ。鋳鉄製の鍋自体が重く、その中に料理が入るのでは、その重量は相当なものになる。見込みが甘かったか! 道場で鍛えて、並みの大人以上に体力があるはずの裕太も汗まみれで苦戦している。まずい、最悪、料理が冷めてしまってから売り場に並ぶことになるぞ。そうでなくても、芋の子汁がなくなってからではタイミングが悪すぎる。今回は、完全無料のふるまいにする分の予算が確保できなかったために、安い値段で提供する「お試し企画」なのだ。無料の汁があってこそ、そこに一品つけ加えようという訴求力が増すのに。
「まずい! 手が空いてる職員は……」
「芋の子の方も始まってますから、完全な手すきってのはほとんどいませんよ」
(……タッタッタッ……ガチャガチャン!)
「くそ……運動会の方からは……」
「もう片づけに入ってますよ。一応声はかけてあるんですが……」
(……タッタッタッ……ガチャガチャン!)
「ええい、俺たちも行こう!」
「売り場にだって誰かはいなくちゃいけないでしょう? 届けられた分だけでも……」
(……タッタッタッ……ガチャガチャン!)
「え?」
「ん?」
気がつくと料理がつぎつぎと届き始めていた。見ると……拓磨が片手に一つずつダッチオーブンを提げて、腕を左右に開いたヤジロベエスタイルで運んでくる。歩くペースがまた、ほとんど駆け足の速さ。他のみんなは二人一組で一つの鉄鍋を、それも休み休み運んでくるというのに。職員みんなと裕太ふくめ、青い顔であっけにとられている。何だあれは……プロレスラーでも、ああは行かないんじゃないか?
拓磨は事もなげに全ての鍋をほとんど一人で運び終わり、照れたような笑顔で言った。
「叔父さん、じゃ、約束の」
「あ、ああ……」
無料パスを渡す。とてもそれ一枚では報いきれないような働きだったが。
「んんーっ! なんじゃこりは! ただ焼いた鳥肉なのに、すっごく美味しいのじゃ!」
「ほんとう! 何が違うのかしらね? あの大きな鉄鍋で調理するとこうなるの?」
「くーっ、ウマイっ! 豆カレーの香りが立ってるぜっ!」
「カレン、ビールはほどほどにね……」
アリエルちゃんたちは、料理のサクラとしても優秀だった。いや、サクラじゃないんだけどさ。実に目立つ容姿で、本当に旨そうに食べてくれる。それに引きずられるように、ダッチオーブン料理の売り場は、大盛況が続いていた。初めて見るメニューってのは、物珍しさというプラス要因と、得体の知れなさというマイナス要因がつきまとう。正直不安もあったんだが、今回はまたとない「看板」がいた。そして一度口にしてもらえれば、絶対ウマイと言ってもらえる自信があった。
お試しダッチオーブン料理は、ほどなくして完売となった。大勝利!
「いやー……だからー……町おこしのネタになると思うんだよー……。ダッチオーブンも地元の鋳鉄所で作ってもらったんだよー……。オールH町のメニューなんだよー……」
「もう、この人ったら、閉会式前から飲んじゃって。みっともない……」
ワゴン車の運転を史子に頼み、拓磨たちをバス停まで送る。……正直、今日ははしゃぎすぎたよ。反省してる。しかし反省しても後悔はしない。自分が考え、立てた企画が大成功だったんだ。今飲まなくていつ飲むってんだよ! 後で次長に叱られるって? そんなの、いつものことだし。
バス停についた。俺もけっこう酔いがさめてきた。
「今日は楽しかったのじゃ! ありがとう、拓磨の叔父御!」
「ありがとうございました。ダッチオーブンでしたか? 面白そうな器具を教えていただきました」
「いやー、ホントにごちそうになっちゃって。かえって申しわけないっすねえ」
「じゃ、修二おじさん、史子ばさんも」
「ああ……今日はみなさん、本当にありがとうございました。拓磨も、な。正直驚いたよ。家を出た頃とは大違いだ」
「元気でやっているようで安心しましたよ。また、遊びに来て下さいね」
S市からのバスがついた。集まっていた人混みに、結構、向こうから来てた観光客が多かったことを知る。来年はもっと増えてほしいなあ。
拓磨たちがバスに乗り手を振って出発していった。……こうしてみると、かなりウラヤマしい環境じゃないか、あいつ?
バスを見送って、車に戻った。帰りも史子に運転してもらう。
「……拓磨は、頼もしくなったなあ……」
「ええ、本当に」
ほほ笑みながら、車を発進させる史子。亡き兄貴の一粒種ってわけだ。史子が拓磨にかける愛情は、裕太・千尋にいささかも劣らないように見える。
「……やることがないのなら、こっちに戻って役場に勤めてくれないかなあ。そうなると、心強いんだがなあ」
「それは……拓磨ちゃんの希望が優先よ……お母さんも言っていたじゃない。タク坊は『あちら』で生きていくかも知れないからって……」
「……お前は、本気で信じているのか……?」
「お母さんはヘンなウソや冗談をいう人じゃありません」
断言されちゃったよ……。お義母さんの言う『オミワタリ』ってのからして、俺には信じられないんだけどなあ。しかし史子には疑う余地はないらしい。まったく……こういう時には、いまさらながら、婿養子はつらいよ……
この節、終わり




